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From The Earth ~地球から来た剣闘士~  作者: Gibson
第一章 ――アキラ――
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決戦

いつも読んで頂きありがとうございます。

おかげ様で沢山の人に読んで頂け、感想を書いてもらい、

書いてよかったなぁと思います。

 どうしてこうなってしまったのだろう。


 フレア男爵の紋様が刻まれた鎧を身に着けながら考える。

 試合前に考える事はいつも一緒だったが、

 今は少し違う。


 フレアやウル、キスカやパスリー。それにタロウ。

 頭に浮かぶのは仲間達の事。

 そして何よりも外の世界についての事。


 本当に一人でやっていけるのか?


 不安が溢れ出そうになる。

 だが先日のフレアの激昂を思い出すと、それも自然と収まってくる。


 フレアに友人と呼べる存在は少ない。

 あの立ち振る舞い、目付き、そして貴族という立場。

 周りを見渡せば敵だらけ。


 一体どんな感じなのだろう?


 この世界の住人であるフレアはフレアで、自分が外の世界に感じているような不安や恐怖を、同じように感じているのかもしれない。

 思い返せば、もう6年もの付き合いになるが、自分やキスカ。ウル以外の人間と楽しそうに話している姿を一度も見た事がない。

 あんなに感情を剥き出しにした姿を見るのも初めてだ。


「フレアの言う通り俺は何も見てなかったのかもしれないな……」


 具足に重ねた脛当てのベルトを、いつもよりきつく結ぶ。

 ふと、思いついたようにあたりを見回してみる。


 薄暗い通いなれた控室は変わり始めた季節に応じ、少し肌寒く感じる。そういえばもうすぐ秋に差しかかる所か。

十メートル四方程の広い控室の壁や床は、全て均一の大きさで切り出された石で組まれ、

元々は白く美しかっただろうがそれは今では土や埃。剣闘士達の血や汗で薄汚れてしまっている。

 部屋の隅には近日試合の予定されている剣闘士達の装備品や、応急手当の為の担架や治療道具が積まれている。

 傍にはいつでも対応できるよう治療術の心得のあるローブを着た医師が待機しており、医術書だろうか?何やら本を片手にぶつぶつと唱えている。

 壁には本日のメインイベントである、つまり俺とカイルの試合がでかでかと書かれた広告が何枚も張り出されており、美女対野獣!!とフレアとロゾル伯爵を暗喩した挑発的な文句が踊っている。


 ここはこんなに広かっただろうか?


 もう何十回通ったかわからない場所のはずなのに。



 しばらくそうして周りを見ていると、いつものホーバークと開閉式ヘルムをつけた係員がやって来て、もうしばらくで試合が始まる事を告げてくる。

 チャンピオン戦の為、ホーバークの上に見事な刺繍の入ったサーコートを被っている。

あんたには世話になったなと声をかけると、無言で手を差し出してくる。

 手を握り返すと「勝てよ」とだけ言い、再び無愛想な顔に戻る。

 やるだけやるさとぶっきらぼうに返すと、立ち上がり後に続く。


 体調は悪くない。

 レザーアーマーの上にブレストプレートを付けた鎧はかなりの重さがあるがそれもあまり気にならず、手に持つフレアから支給された幅広のソードも軽く感じる。

 小型ながらも鉄で出来た頑丈なシールドがしっかりと固定されているかをもう一度チェックしつつ、対戦相手であるカイルの事を考える。


 ――カイルは強い


 仲間の話によると物心付く前から戦場で戦っていた筋金入りの戦士で、ずっと傭兵まがいの事をして生き抜いてきたらしい。

 伯爵の目に止まり剣闘士になったのが2年ほど前の事で、それ以来二十二試合負け無し。

 生死問わずの戦いでは必ず相手を殺すキラーで、集団戦では仲間から嫌がらせや邪魔をされる程嫌われている。

 だがそれらも全て力でねじ伏せてきた。

 先祖返り。すなわち豹型のライカンスロープであるカイルに力押しで挑むのは自殺行為だろう。


「賭けだな……」


 段々と近づいてくる闘技場の光を眺めつつ呟く。

 生え抜きの傭兵と聞いた。ならば自分がやろうとしている作戦は、そう分の悪い賭けでもないかもしれない。


 カイルとの戦いの作戦を考えながら、何の感慨も無く闘技場へと入る。



 途端、耳をつんざく歓声。


 驚いて周りを見ると、巨大なフランベルク剣闘場が完全に満員となっていた。

 一体どれ程の人間が来ているのか?立見席まで完全に埋まっており、歩く隙間もない程に人が詰め込まれている。

 貴賓室にはいつものようにフレアが立っており、その周りをいくつものフレア男爵紋様の旗がひらめいている。

 観客席には同じ文様の恐らく手作りだろう旗がいくつもはためき、巨大な横断幕がそこかしこに張られている。

 観戦室にはパスリーはじめ見知った仲間たちが詰め掛け、こちらもぎゅうぎゅう詰めだ。

 チャンピオンになるという事と、自由になる事を重ねていたのだろう、今まで最終戦を一度も見た事がなかったが、こんなにも凄いものなのか。


 半ば呆気にとられながら開始線へと歩く。

 既に開始線で待機しているカイルが見下した様な目でこちらを見ている。

 予想通り獣人化しており、愛用している曲刀のシミターをかつぎ、トントンと肩を叩いている。


 足元のプレートへと一歩近づく。

 無機質な木で出来たプレートは幾人もの剣闘士達に踏み込まれ、角が丸くなってしまっている。今までに一体どれだけの剣闘士達に死の宣告を送って来たのだろうか。

 魔法のかけられたこの木片は両選手の足の重みを感じると、すぐさま裏で待機している楽団に通知が送られる仕組みになっていたはずだ。今も俺とカイルの殺し合いの開始を観客全員に知らせる為、じっと待っている。


「剣闘歴たった二年と三年の組み合わせにしちゃあ大した盛り上がりだなぁおい。ナバールの時もこんなじゃなかったぜ」


 客席を挑発気に眺めながらカイルが言う。


「だがムカつく事によぉ。全部お前に向けてだ。まぁたった3年で百戦近くもやってりゃそうもなるわな。正直狂ってるぜお前」


「…………他にやる事がなかっただけさ。そうか。そんなにやってたのか。」


 顔には出さないが正直驚く。カイルの言う通り異常なペースだ。

 怪我をした際や遠征の時間を差し引くと、ほとんど毎週のように戦っていた計算になる。


 その様子を見たカイルは地面に唾を吐きつつ答える。


「自覚ねぇってんだろ? はっ、俺はお前のそういう所がムカつくぜ。

 なぁ、正義のヒーロー様をやれるってのはどんな気分なんだ? え?」


 豹人化した恐ろしい豹の顔で牙をむき出し言う。


「こっちは悪役だ。殺りたくもねぇ相手も殺らなきゃいけねぇ。パトロン様がそうしろってんだからな。上に逆らえないのはお前ら隷属剣闘士だけじゃねぇ。俺たちは同じだ! けどなんだ? 俺とお前の差はなんだ? 同じ人殺しのはずだろ俺たちは!」


 背骨まで響くような大きな叫び声に怖気が走る。

 手元に目を落とし、ソードをしっかりと握りしめ、ウルやフレアの顔を思い浮かべる。


「いや、お前の言う通りだ。俺だってなりたくてこうなったわけじゃない。それに俺が正義のヒーローだなんてきつい冗談だな。」


 軸足に力を溜める。


「俺がやろうとしてるのは……」


 腰を落とし、プレートへ足を伸ばす。


「薄汚いただの復讐だ!!」


 プレートを強く踏み込み、駆ける。

 カイルも瞬間的に反応し、突進してくる。

 二人とも振るった相手の剣戟に対応するつもりで突っ込んだ為、お互い獲物を振るう事なく盾、兜とがぶつかり合う。


 猫科特有の縦に長い瞳孔と至近でにらみ合う。


 体重差のあるカイルと押し合うわけにもいかず、距離を取ろうと重心を後ろに戻した瞬間

 カイルがその豪腕で盾を振り上げるように払う。

 たったそれだけで体が宙に浮き三メートル近い距離を飛ばされる。


「くそ! 怪物め!」


「それを着地できるおめぇも人間じゃねぇよ」


 すぐさま走りこんできたカイルのシミターをソードで受けると、まるでグレートソードを叩きつけられたかのような巨大な衝撃が両腕にかかり、思わず膝を突く。

 自分のソードの刃が首下すぐで止まり、冷や汗があふれ出る。

 すぐにソードの上をすべらせるようにして繰り出される返しの刀を、その腕を足で蹴り上げる事でかろうじて逸らす。

 不恰好に尻餅をつく形になるが、盾を地面に叩きつけるようにして、飛び起きる。


 再び対峙する二人。


 恐らく歓声が沸きあがったのだろうが、集中する精神がそれを遮断し、ただただ相手の一挙一動と、可能であればその近い未来を読む事に全神経が向けられる。


 やはり力勝負では話にならない!


 何の前触れも無く突き出された刃をソードの腹で受け、軌道を逸らす。

 耳障りな音と共に火花が散らされ、焦げた匂いが鼻を突く。

 引き戻されたシミターをすかさず盾で左に強く弾き距離を詰めようとするが、カイルは弾かれた力をそのままにくるりと回転し右からの剣戟へと繋げてくる。

 あわててたたらを踏むとすぐさま後ろへ飛ぶが、間に合わずに腿を切りつけられる。


 目を向けず、太ももにまだ力が入る事で傷が深く無い事を確認すると、両手でソードを斜めに振るう。

 カイルが盾を持ち上げた瞬間、肘をたたみ膝の力を抜く。

 倒れこむ様な格好で振るわれた剣は、盾をすり抜けカイルの左腿を切りつける。

 そのまま跳ねるようにして前に跳び、次のカイルの剣戟を剣元で受け止める。

 両者つば迫り合いの形に。


「足を切る位俺だってできるんだぜってか?」


「そんなつもりはないさ」


「やっぱムカつくぜお前」


 余裕を持ったカイルに対してこっちは必死だ。

 かけられた体重に足の筋肉が悲鳴を上げる。

 カイルはシミターを上へ振り上げるようにしてソードをはじくと、そのまま両手で持って全体重をかけた必殺の一撃を繰り出してくる。

 それを後ろへ跳ぶ事で避けようとし――


 それを止め、あえて剣で受ける。


 一体何を叩きつけられたんだ?という程の信じられない衝撃が受け止めた剣にかかり、殺せなかったその剣戟に押される形で自分のソードが自らの肩口にめり込む。


「ぐぅぅぅ!!」


 肩当のプレートが刃そのものは受け止めたものの、骨まで伝わる衝撃が苦しみの声を上げさせる。



  ――馬鹿な事はするもんじゃないな……だが……



  ――だが、これでいい



 次々に繰り出される剣戟を、できるだけ避けず、時には盾を、時には鎧を用いて一つ一つ丁寧に受けていく。



  ――もっとだ!もっと打って来い!!



 盾が削れ、鎧がはじき飛び、筋肉と内臓が悲鳴を上げる。

 腕にくくり付けられた盾はまだ使えるが、左手の甲は潰されており、血と肉の間から骨が覗いている。

 頭に付けられた打撲による裂傷から血が流れ、左目の視界がほとんど塞がっている。

 あばらはもう何本折れているのかさえわからない。



  ――大丈夫だ。まだ右腕は動く



「どうしたアキラ! そんなものかお前は!!」


「さぁ……かもな。」


「はっ! ……そうだアキラ。あの兎娘はどうした。」


「……黙れ」


「あいつはもっといい声で泣いたぞ!」


「黙れと言ってるんだ!!」



 怒りにまかせて振るった剣は"無事"カイルに剣に受け止められ、振るわれた盾で顔面を殴られる。


 ふらつき二歩、三歩と後ろに下がると、たまらず膝を付く。



 ――もう限界が近い



 唾液と共に口に溜まった血を地面に吐き出す。



 ――体中が痛い。もう終わらせよう。



 腕に巻かれたベルトを外し盾を投げ捨てると、剣を両手で掴み、体を捻り限界まで引き絞る。



「捨て身か? お前らしいっちゃらしいが……」


「ぐだぐだ言ってねぇでかかって来いよクソ猫」



 特に考えもなく返した言葉に相当頭に来たらしい。

 引きつった笑みと共にこちらに駆け出してくる。


 もう気力も体力も無い。

 これ以上カイルの剣戟を受ける事は難しい。


 これが最後になるだろう。



 ――ウル、頼む! 力を貸してくれ!!



 ウルの病室からお守り代わりに持ち出した投げナイフを投擲する。

 ナイフは払い上げるようにしてシミターに弾かれる。



 ――ありがとうウル。後は……



 歯を食いしばり残った力を総動員する。

 捻り切った体に貯めた力を全て一撃にかける。



 ――フレア!! お前を信じるぞ!!



 剣を投げナイフによって"上げさせられた"シミターが、突進の勢いそのままに振り下ろされ、対して下から振り上げたソードと接触する。



 ――俺はまだ生きなきゃいけない!!



 火花。

 そして突き抜けるような感触。



 まるでスローモーションのようにゆっくりと進む世界の中。


 フレアから譲り受けたソードは、度重なる衝撃による金属疲労から脆くなっていたカイルのシミターを――


その根元から打ち砕いた。




次回、地球から来た剣闘士。お楽しみに!


・・・全然最終回じゃないですよ。

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