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From The Earth ~地球から来た剣闘士~  作者: Gibson
第一章 ――アキラ――
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崩れ行く日常

いつも読んで下さって、ありがとうございます。

暗い話ばかりで申し訳ありませんが、

辛い事があったからこそ報われるものもあると思います。

もうしばしのご辛抱を。

 闘技場を包んでいた歓声がやがてざわめきへと変わっていく。

 試合の開始が告げられたのは随分前になるにも関わらず、対峙した二人がいつまで経っても微動だにしないからだ。



「こんな事が……」


 どうすれば良いのか分からず、両手をだらりと垂らしたままじっとタロウを見つめる。

 こちらに向けられた剣先は激しく震え、歯を打ち鳴らす音がここまで聞こえて来そうだ。

 今までだって知り合いを殺した事はある。出来るだけ殺さないで済むよう気を配って戦うようにしているが、相手の実力が自分に近かったり、事故のような終わり方をする場合は、どうしても命を奪う結果になってしまう事がある。

 だがここはフランベルクではない。

 敗者には死を、を地で行く悪名高いアインザンツ剣闘場だ。

 この決闘はどちらかが死ぬまで行われ、とどめを刺さずにいたとしても、勝負が決まれば結局は専門の処刑人がやってきて命を奪っていくだろう。


 警備を突破するなりなんなりして逃げる事はできないだろうか?

 やり場のない思考が不可能な事を考えさせ、すぐに打ち消す。

 大体逃げてどうなるというのか。こちらの身柄は知られているし、逃げる際に誰かを傷つければちょっとした外交問題になるだろう。

 フレアの顔を完全に潰す事になるし、諍いでも起ころうものなら何十倍、何百倍もの人間の死を呼ぶ事になる。

 聖人君子を気取るつもりなど毛頭ないが、それは出来ない。


 いつの間にか噛み締めすぎて感覚の無くなっていた顎を軽くさすると、こちらもタロウに向け剣を構える。


 タロウが一歩、二歩と後ろへ下がる。


「すまない。約束は守れそうにない」


 誰へともなく呟き、タロウへと切りかかる。

 繰り出された剣は盾で止められるが、衝撃を流さずに直接受けてしまった為、盾が腕からはずれ床を転がる。


 ――駄目だ。勝負にすらならない


 腕で保持する大き目の盾と違い、扱いの難しい手で直接持って使用する受け流し専用のバックラーではあるが、剣闘士になった後真っ先に習う馴染み盾でもある。

 ろくに訓練もさせてもらえなかったのだろう。


 一歩踏み込み、剣を繰り出す。


 タロウは引けた腰のまま両手で持った剣でそれを受けると、こちらへ頭から突っ込むような形で突進してくる。

 無いとは思うが切り返しに注意をしながら足を踏ん張ると、体躯の差から自然とつば迫り合いの形になる。


 頬を伝う大量の涙に気づき、胸が痛む。


 このまま剣を切り返し一撃すればそれだけで勝負は終わるだろう。

 だがそれが出来ない。

 軽装によるつば迫り合いは相討ちの危険性がある悪手だが、止める事が出来ずにそのまま迫り合う。


「――たんだ!」


 嗚咽の混じる声でタロウが叫ぶ。


「知ってたんだ! 今日あんたとやり合うって!」


 無言でタロウの目を見る。


「知ってたんだよ……今日で俺は死ぬって……最期に……最期にあんたに会えてほんとに良かった! 嬉しかったんだ! 俺だけじゃなかったんだって!」


 既に剣に力は無く、ずり落ちる剣をこちらが支えているだけの形になる。


「あんたが……あんたが主人公で、俺が脇役なんだ……頼むから最期はあんたがやってくれよ! 主人公らしく! あいつらじゃなくて! あんたが!」


 唾と涙を飛ばしながら叫ぶように声を上げる。

 何も言ってやれない自分に怒りを覚える。


 だが一体何を言えというんだ!!


「へへ、そのよ、なるべく苦しまないように一発で頼むぜ……き、昨日の夜からもう覚悟は出来てたんだ」


 強がる口調と裏腹にどうしようも無く震えている足を見て、決断する。

 これ以上引き延ばしてもタロウに余計な恐怖を与えるだけだろう。


「あ、あんたさ。多分俺だけじゃない。他にもいるはずなんだ。

 俺たちの希望なんだよ。頑張って……頑張って生きてくれ!!」


 ゆっくりと、だが強く頷くと剣と体を返す。

 タロウはつんのめる形になり、首が目の前に露出する。

「わかった」とだけ呟くと、


 その首を刎ねた。



 その後どうやって宿舎に戻ったのかよく覚えていないが、厚手の布団に子供のように膝を抱えて丸くなると、声を押し殺して泣いた。


「知ってただと? 嘘をつけ……組み合わせが決まったのは今朝だ」



 誰かを殺して泣いたのは初めてだった。




 フランベルクへと戻り、フレアへ事のあらましを説明すると、「そうか……」とだけ呟き、黙って酒を差し出してくれた。

 どれだけ飲んだか覚えていないし、何の解決にもならないが、それがひどく重要な事の様に思えた。



 次の日、二日酔いのひどい頭痛に耐えながらフレアの元へ訪れ、酔いさましに効くというお茶を啜りながら話をする。


「扉か……異世界との繋ぎという点ではこれ以上にない程それらしい物ではあるね」


 そう言うフレアもこちら同様に酷い頭痛に苛まれているのだろう。

 水のようにお茶を飲み干すと、お代わりを注ぎつつ続ける。


「しかしそれだけ目立つものとなると今後は文献だけでなく、口頭で伝わる伝承や何かに当たってみても十分に結果が期待できそうだ。

 いや、待てよ。そうなるともう少し人員が欲しい所だな・・・どこか引き抜ける所が無いか当たってみるか。たしか……」


 まるで自分の事のように、ぶつぶつと唱えながら真剣に考えを巡らしてくれる主人に感謝の念を覚えながら返す。


「いつも助かるよ。頼り切るわけじゃないが、方向性はフレアが考えた通りにやってくれて構わない。その方が効率的だろうしな。

 それより最近は国外にまで手を伸ばしてるんだろう? いくら俺が利益を出してるからってどう考えても足が出てるだろう」


 目だけをこちらに向け、フレアが答える。


「いや、それがそうでもないんだよ君。あぁ、もちろん君の稼ぎだけでは賄えない額になって来てはいるが、最近はこの調査そのものが利益になって来ているんだよ」


 得意げな顔で笑みを浮かべるフレア。


「君の知識から発想を得てね。自前の諜報部隊を組織する事にしたんだ。今までのように文官や軍の人間が兼任するものでは無く、専門の者をだ。

 情報はどんな金よりも価値があると言ったか?全く以て賛成するね。その言葉を考えた奴はよほどの天才だろうよ」


「諜報部隊か……なるほど。それじゃこの調査そのものを訓練というか、それに準ずる物として扱えるって事か?」


「そうだ。おかげで立ち上げはスム-ズに行く事だろうよ。さしずめ君は情報部隊のパトロンの一人という事になるな。

 奴隷のパトロンが持つ情報部隊のパトロンが奴隷。ふふ、こんがらがるね」


いかにもおかしそうに笑ういながら立ち上がると、こちらに向き直り、口を開く。


「まぁ、そういう事だから遠慮無く目的に向かって進むといい。

タロウと言ったか。それがその男への手向けにもなるだろう。」


 フレアの言葉に無言で強く頷く。


 目的へ向かう、といっても自分に出来る事は剣闘士として戦う事だけだ。

 今までもそうだった様に、これからも戦いの日々が続くのだろう。

 狭い世界であり、常に血の匂いのする嫌な場所ではある。

 だが外の世界にある様な"過ぎた自由"は存在しない。

 タロウの話を思いだし改めて思う。やはり自分は外の世界で生きて行く事は出来ないだろう。ここには仲間たちが居て、自分のやるべき事があり、目標がある。


 決意を新たにし、立ち上がろうとした所へノックの音が入る。


 入れとの言葉に続き部屋に現れたのはキスカだった。

 目があったのでやあ、とばかりに手を振るが、不安そうな顔で軽いお辞儀を返されただけで、すぐにフレアの元へ走り寄ると、すぐさま耳打ちを始める。


 ――何かあったか?


 漠然とした不安を感じながら二人を見ていると、フレアの表情が段々と険しいものになって行くのが分かる。

 これは席を外した方が良いかもしれないと立ち上がりドアへ向かうと、非常に強い力でフレアに腕を掴まれる。

 目で行くな、と訴えるフレアに従いおとなしく待つ事にする。


 ――なんだ?俺に関係する事か?


 いつもの下目使いではなく床を向いたままの姿に不安が加速する。

 腕を掴まれたまま五分も待ったろうか。ようやく話し終えたフレアが口を開く。


「ウルがやられた。相手はカイルだ」


 一瞬理解が出来ずに固まる。


「まだ生きてはいる。だが目を覚す気配が無い。聞いた話では」


「待て!待ってくれ!」


 フレアの言葉を遮り、肩を掴むと畳み掛けるようにして言う。


「おかしいだろ!ウルとカイルが当たるなんて有り得ない!

 いくらなんでも実力に差がありすぎる!それに同じ宿舎……」


 そこまで言い、気付く。


「君の想像通りだ。またやられたよ」


「くそっ!!」


 悪態と共に自らの膝を強く叩く。


「そして黒幕が何者だかもわかった。詳しい事は歩きながら話そう。今はウルの元へ急ぐべきだ」


 そう言うとドアに向かうフレアだが、やおらその足を止める。


「だが何れにせよ……」



 若干の逡巡の後、再び口を開く。




「どうやら君には剣闘士生活を辞めてもらう事になりそうだ」

特に第一部、第二部等と分けるつもりはありませんが、

あえて言うのであれば第一部の佳境といった所でしょうか。

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