表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/129

地球から来た剣闘士

「ミリア……?」


 倒れ行く彼女を手で支える。


「なぁ、おい。待ってくれ」


 流れ出した血が床を染め、ブロックの隙間へと消えて行く。


 腰のあたりに感じる、軽い衝撃。

 ガラスが割れた時のような、透き通った破裂音。


 震える手で貴重品入れへ手を伸ばすと、

 その粉々になった宝石の欠片をすくい出す。



 ――アキラ、その石は彼女の命そのものだ――



「あぁ……」



 ――落とさないよう大事にしまっておけ――



「あぁああ……」



 ――それが割れれば彼女も死ぬ――



「貴様ぁぁああああ!!!!」


 立ち尽くすネクロ。その短剣を持つ腕を握りつぶす。


「なぜ!!」


 その腕を折れるがままに任せて捻り上げ、ネクロの手にしていた短剣で彼自身を貫く。


「なぜだ!!」


 勢いのままネクロを持ち上げると、部屋の奥にあった棚にそのまま磔にする。差し入れた剣が棚を貫通し、ネクロの体に手首までが埋まる。


「こんな事をして、何の意味がある!! お前は何をしたいんだ!!」


 こちら側へ滑り落ちそうになるネクロの体。それを無理矢理押し戻す。


「答えろ!!」


 痛みに顔を顰めるネクロ。剣を持つ右手を捻り、その身体の中をかき回す。


「これで……いいんだ……」


 焦点の合わなくなった目で、遠くを見つめるネクロ。


「いいわけがないだろう!! 答えろ!! 何故だ!!」


 虚ろな男に向かい叫ぶ。


「あぁ、ネリア……今、行く……君を――」


 か細い声。


「君を、愛してる……」


 ネクロの四肢から力が抜け、重力に引かれるがままに垂れ下がる。


「何故だ……何故……」


 力なく問うも、死人は口を開かず。

 もう起き上がる事も無かった。




 砂埃の舞う中央通り。涙を乾かす、乾燥した秋の風。

 抱き上げたミリアの体は軽く、それを運ぶのに何の苦も無い。


「いい天気だな」


 少し灰色がかった青空を仰ぐ。

 返事が来る事は期待していない。


「隊長? いったい何が? 術師を呼びますか?」


 こちらを見つけたウォーレンが、おろおろとしながら発する。共にいた何人かの仲間も、ウォーレン同様訝しげな表情。


「いや、大丈夫だ。これは俺の血では無い」


 そう答えるも、ある意味自分の血かもなと皮肉気な笑みを浮かべる。顔はネクロの返り血で汚れており、表情を変えた際、乾いたそれがぱりぱりと音を立てる。


「い、いや。その、アニキもそうだけどよ。そうじゃなくて、ミリアのやろうがよ。それ……」


 こちらの歩くペースについて来れず、少し小走りでウル。


「少し眠っているだけだ。気にするな」


 明らかに嘘とわかる言葉。だが、そんな事はどうでもいい。


「気にするなって……あんたら、そいつを見といてくれよ。あたしゃ急いでジーナを呼んで来るよ」


 そう言うと、広場の方へ向かって走るベアトリス。その顔に浮かんでいた表情から、彼女も何が起こったかは十分理解しているのだろう。ただ、何もしないでいる事が出来ないだけだ。


「俺はこのまま中央広場へ向かう。すまないが、ひとりにしてくれないか?」


 足を止める事なく、真っ直ぐ前を見たまま呟く。ウォーレン達はベアトリスの言葉もあって迷った様子を見せるが、結局は先に行ってくれるようだった。恐らくフレアへ報告をするつもりなのだろう。


「君は、前の俺を知る唯一の人間だった」


 歩きながら、ひとり呟く。


「また、独りになっちまったよ。酷い話だ」


 孤独というのは、ある意味死と近しい。


「ごめんな、ミリア。俺は最後の最後で、君を守ってやれなかった」


 自分を理解出来る人間がいるというのは、それだけで幸せな事だ。


「少しだけ、少しだけ待っていてくれ」


 そしてそれを失う事は、何よりも耐え難い。


「すぐ、君を起こしに行く。今度は、真っ先に向かうよ」


 何よりも、耐え難い。


「考えてみりゃあさ。始めから無理な話だったんだ」


 足を止め、生気を失ったミリアの顔を見る。


「ふふ、だってそうだろう。ここにあのフレアはいないんだ。納得なんて出来るはずがない。俺は奴と一緒だ。最初から、詰んでたんだ」


 溢れる涙が止まらず、ミリアを抱えている為に拭う事もままならない。


「馬鹿みたいだよな。ははっ、無理だとわかっているのに、不可能だとわかっているのにあんなに努力して……君は女々しい男と笑うかい? 過去を引きずるつまらない男だと。でも仕方ないじゃないか」


 再び足を踏み出し、広場へ向かう。


「ここは"ファンタジーの世界"なんだ。どうしようもない事でも何とか出来るんじゃないかと、期待するだけの要素が十分に揃ってる。それに縋らない奴なんているか? いるとしたら、それは本物じゃない」


 生活音の無い街は静まり返り、自分の足音だけが響き渡る。


「どうせ終わりが無いのなら」


 最後の角を曲がり、中央広場はすぐそこだ。


「せめて次は、もっと上手くやるとしよう」


 扉の待つ、その場所へ。




「……どこだ?」


 がらんとした中央広場。見張りをしているはずの突撃隊の面々が、所在なげに動き回っている。


「扉は……」


 事態に理解が及ばず、思考が停止する。


「扉はどこだ!! どこへいったんだ!!」


 誰へともなく、叫ぶ。

 先ほどまで扉があった箇所には、その形に沿った大地の窪み。

 他には、何も無い。


「し、将軍。申し訳ありません。例の扉ですが、つい先程忽然と姿を消しました。理由は不明です。誓って、誰も触れてさえいません」


 傍にいた剣闘士のひとりが発する。茫然としたままそれを聞き流すと、扉があったはずの場所へと歩みを進める。


「そんな……」


 確かにそこにあったのだぞと主張する、地面の窪み。ミリアを傍へ下ろすと、その窪みを指でなぞる。


 ――いや、まだだ


 腰に差したミスリルの剣を抜き放つ。


 ――まだ方法はある


 柄を地面に固定すると、その切先を喉に当て――




「あきれた人。貴方、本当に欲張りなのね」




 下からかけられた声。

 驚きのあまり力が入り、刃を掴んだ手から血が滴る。


「……ミリア?」


 ゆっくりと、その目を開く蛇族の少女。


「君は……君は確かに」


 頬を撫で、その首に流れる脈動を感じとる。


「まさか、まだ持っていたなんて思いもしなかったわ。あいつはきっと知っていたのね。貴方に似て、嫌な性格ね」


 ミリアの腕が上がり、腰につけた貴重品入れに優しく触れる。

 開かれたそれから漏れる、暖かな光。


「割れたのは、ふたつめ」


 ミリアの手には、赤い宝石。


「これは、最初に貴方へ託した物。まだナバールを名乗る前の貴方に」


 虹色のうねりを発する、命の石。


「なんでも……とっておくもんだな」


 語りかける言葉が見つからず、出てくるのはどうしようもない一言。


「えぇ、そうね。本当にあきれた人……あぁ、体が軽いわ。ひとつの体にひとつの心。なんて素晴らしい事なの!!」


 伸ばされた腕。小さな体を強く抱きしめ返す。

 これでもかという程涙が溢れ、こびりついた血を洗い流していく。


「さぁ、行きなさい。貴方を待ってる人がいるわ」


 優しい笑み。細い手が、後ろを指し示す。

 何の事かと疑問符を浮かべる。


「忘れたの? 魔女はひとり。もう私は魔女ではないわ」


 血と涙で汚れた顔のまま、茫然と振り返る。



「ふむ。まるで長い夢を見ていたかのようだ」



 その小さな体に似合わない、独特な下目使い。



「あぁ、君。自害などという暴挙を私が許すとでも思ったのかね? 君は"私のもの"だ。勝手は許さんよ」



 歩み寄る、懐かしい気配。懐かしい声色。懐かしいその表情。

 声にならない声を噛み殺し、やっとの思いで言葉を紡ぐ。



「……おかえり。おかえりフレア。俺は、ずっと君を待ってた」



 涙はもう、出ない。流す必要が無い。

 それは視界を遮るだけの、邪魔者だ。



「ただいま、アキラ」



 心が満たされていく。

 円環が解け、再び螺旋になるのを感じる。



「ただいま。私の愛しい、地球から来た剣闘士」







長い間お付き合い頂き、本当にありがとうございました。

未熟な処女作ではありますが、皆様の暇を潰す一役を買えたのであれば幸いです。


2013/07/06追記 新作はじめました。こちらも楽しんでやって下さい。

http://ncode.syosetu.com/n9463br/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
完結作で探してて辿り着いて、最後まで読んでやっと10年前の作品て気付いてびっくりした 10年前でこのクオリティならもっと有名で良い、と思ったけど次作が何回もオススメで名前聞いた事ある作品で納得した …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ