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もうひとりの自分

「他愛も無い、ただの書きなぐりさ」


 薄汚い兵舎。既に略奪され尽くしたのだろう。本来雑多な物が溢れているそこは、今は空っぽの何もないただの広い部屋と化している。


「つまらない日常が嫌で、鬱屈した感情を書きなぐっただけ」


 狭い廊下を抜け、医務室。武器庫等が立ち並ぶエリアを進む。


「もう十年以上も前の事だ。すっかり忘れていたよ」


 広い練習場は雑草で覆われ、とても使い物にはなりそうにない。そういえばナバールに良くここで稽古を付けてもらったものだと、昔を思い出す。


「内通者なんていなかったんだ」


 朽ちた扉が片方だけぶら下がり、中の控え室を太陽の光で照らし出している。


「そんなものがいなくても、全部わかってたんだろう。カダスと同じだ」


 石で出来た細い通路を進み、奥の出口から漏れる強い光に目を細める。


「自分がやった事なら、そりゃわかるよな……」


 全身を光が包み、無人の観客席からの見えない声援に耳を傾ける。


「なあ、そうだろう。ネクロさんよ」


 試合の開始線に立ち尽くす、ひとりの人影。

 無言で歩みを進めると、反対側の開始線へと立つ。


「ふむ、気付いていたのか」


 黒いローブに、特徴の無いシャツ。顔が違うのは当然だろう。度重なる転生で、この肉体だったのは遥か過去のはずだ。


「もう、随分昔の事になってしまったな……」


 愛おし気に地面の開始線を撫でるネクロ。彼はしばらくの間そうしていた後、無言でゆっくりと立ち上がる。


 ――"Compulsion"――


 何の前置きも無しに唱えられた魔法。この期に及んで抵抗するのかと、身構える。しかしミリアが無反応な事から、その必要は無いのかもしれない。


「さあ、全ては終わったんだ。君は満足したまま、扉へ向かう。謎は解け、君の心は晴れ渡っている。愛しい人は君の傍におり、君は満たされている」


 ネクロはこちらを諭すようにそう言うと、こちらに背を向けて歩き始める。


「なんだ? なんのつもりだ?」


 事態についていけず、そう発する。ネクロは驚いた表情でこちらを振り返ると、もう一度先ほどと同じ魔法を唱え始める。


「無駄よ。彼の腕を見たらどうかしら」


 先ほどからじっと黙っていたミリアがつまらなそうに発する。ネクロはこちらの腕に視線を落とすと、歪めた顔でひとつ舌打ちをする。そこにあるのはミリアからもらった、魔法の腕輪。


「精神加護の法具か。貴様……くそっ、余計な事をしてくれたな!!」


 怒りの表情で叫ぶネクロ。今にも掴み掛からんとする程の激昂に、慌ててミリアを後ろ手に庇う。


「くそっ、くそっ! なんて事を……万に一つの可能性だったのかもしれんのだぞ」


 ネクロはぶつぶつとそう呟くと、何やら考え込んだ様子を見せる。


「彼、貴方を煙に巻こうとしたんだわ。非常に強力な"強制"の魔法よ。母が良く使っていたわ。きっと――」


 こちらの袖を軽く握ったミリア。彼女は何かを続けようとするが、「違う!!」という怒声に遮られる。


「お前が納得するという条件はな。お前らが思っている以上にやっかいな問題なんだ。特にお前のように欲深い人間にはな……いや、それとも俺のように、というべきか?」


 ネクロはこちらへ語るというよりは、自分に言い聞かせるように続ける。彼は太陽を仰ぐと「長くなる。ここは熱い」と再び奥へ向けて歩き始める。


「行きましょう」


 こちらを見上げるミリア。彼女にひとつ頷くと、ネクロの後を続いて行く。




「何から話したものかな」


 ネクロは選手控え室に入ると、残されていた木のベンチに腰掛ける。こちらもそれに対面する形で腰掛けると、じっとその続きを待つ。


「魔女がいる以上、嘘も難しいか。お前は真実を知った上で、納得する事が出来るのか?」


 問いかけなのかそうで無いのかすらわからない、呟くような言葉。


「この世界は、辛く厳しい。お前はまともに根付く事も出来ず、死んでいく自分というのを想像した事があるか? 俺はある、というよりも。見てきた」


 かつての経験を思い出しているのだろう。どこか遠い目。


「こちらへ来るアキラの、ほとんどがそうだ。俺のように魔法の力だったり、お前のように剣の才能を発揮できるのは、本当に極稀だ。ほとんど奇跡と言っていい。この世のほとんどの人間がありふれた人生を送るように、ここへ来た人間も普通はそうなる。何も出来ずに死んでいく者も多い」


 ネクロは指をぱちんと鳴らす。どこからか風が吹き、熱された体を冷やしていく。


「英雄とはそういった可能性を排除して残った、いわば可能性の行き着いた先にあるものだ。俺は何千回とお前らを見てきたが、そのほとんどは下らない終わりを迎えていたよ。今回のように本気で打ち負かされたのは、初めてだ。お前は間違いなく奇跡の申し子だよ」


 皮肉なのかそうでないのか、ネクロはこちらを一瞥してから続ける。


「最初はお前と同じだ。納得の出来る結末を目指し、努力した。英雄になった事もあるし、大陸を制したこともある。だがな、駄目なんだ。俺の場合はやり直しのタイミングが悪かったんだろうな……いや、その事はいい。とにかく、俺自身が納得した上で扉に到達するという選択肢は、あり得なかったんだ」


 俯いたまま、淡々と語るネクロ。


「それで、他のアキラやナバールに託したというわけか?」


 こちらの問いに「そうだ」と答えるネクロ。


「お前は決して馬鹿じゃあない。俺の正体に気付いているという事は、薄々感づいているんだろう?」


 ネクロの言葉に「あぁ」と短く答える。


「お前の描いたシナリオは、かつて俺が書いた物語の内容にそっくりだ。俺に満足の行く結果を残させるため、お前が演出したんだな?」


 そう考えないと腑に落ちない事が多すぎる。どうだ、とばかりにネクロに視線を送るが、笑って返される。


「俺は神じゃあない。全てを演出するなんて不可能だ。それとなく誘導はしたが、ほとんどは結果的にそうなったというだけの話だな。直接やった事と言えば、お前にナバールという名前を付けた事くらいだ。そうか、そっくりか……残念ながら俺は、もうその物語を思い出す事さえ出来ないよ」


 自嘲気味に笑うネクロ。


「今回の目的はお前達じゃあなかった。世界をくまなく探し、扉の力を打ち消せるような。漠然としているが、そんな不思議な力を持つ何かが無いかと探そうとしていたんだ。何も扉の理にだけ縛られる道理もあるまい? ところがどうだ。お前は死者の軍を打ち破り、ここまで来てしまった。まったく、人生というのは何が起こるかわからん」


 ネクロは笑いながらそう言うと、石の壁に背をもたれる。


「お前は、死んだ事があるか?」


 突然の質問に、意図がわからず訝しげな視線を送る。ネクロはそんな視線を受け止めると「羨ましいものだ」とはき捨てるように発する。


「俺はあるぞ。殺された事もあれば、自殺した事もある。その後どうなるかは、毎回決まってる。お決まりの場所で目覚めるのさ。扉を潜って出た、あの場所に。螺旋が円環である以上、終わりなんて無いんだよ。これは永遠に続く」


 ネクロはつまらなそうにベンチを撫でると、目を瞑る。


「貴方は、死にたいのね?」


 優しく、寂しげなミリアの声。ネクロは目を閉じたまま、何も言わない。

 永遠とも思える長い沈黙の後、再びネクロが口を開く。


「魔女というイレギュラーはあったが、今回は上手くいった。お前は英雄の階段を駆け上がり、ほとんど理想的と言っても良い結末を迎えた。なんとも情けない話だが、俺の努力とは関係無しに運が良かっただけなんだろうな」


 再び降りる沈黙。頭には様々な疑問が浮かぶが、いったい何から聞けば良いのだろうか?


「貴方の使う輪廻の魔法。それは母が見つけたものだわ。どうやって手に入れたの?」


 ミリアが椅子から立ち上がり、強い調子で訊ねる。ネクロが閉じていた目を開き、ミリアをじっと見つめる。


「君の母ネリアは……次の輪廻の肉体として、俺を選んだ」


 ミリアの目が大きく開かれ、やがて納得したようにそれを伏せる。


「俺がこの世界のやり直しを行う度に、必ず共通してやらねばならない事がある」


 語り始めるネクロだが、ミリアが「もういいわ」とそれを制する。


「残念な事に、俺は死ぬわけにはいかない。というより死んでも意味が無い」


「もういいわ!!」


「やり直しで戻るタイミングは、既に輪廻の契約が成された後だ」


「もういいって言ってるでしょう!!」


「俺は、お前の母親を殺したぞ!! 何度も、やり直す度に、数え切れない程だ!!」


 激昂したミリアが振り上げた手。死の魔法が放たれる前に、その手を掴む。


「まだ、聞かねばならない事がある」


 涙を浮かべたミリア。彼女に心の中で侘びを入れると、続ける。


「お前程の力があれば、死霊術になど頼らずともやれる事は多いだろう。なぜそれを選んだ?」


 こちらの質問に、指を二本上げるネクロ。


「理由はふたつだ。ひとつは非常に効率的だから。もうひとつは、お前だ。お前は、ただの戦争に勝った所で素直に喜ぶ事など出来ない。真の意味でこの国の住民では無いからだ。お前は正当性の無い殺戮に満足を覚える程出来た人間じゃあない」


 ネクロの回答に、眉間を押さえて座り込む。


「理想的な悪役か……正義の味方は倒すべき悪がいて初めて成り立つというやつだな。クソ食らえだ」


 はき捨てるようにそう言うと、何がおもしろかったのか笑い声を上げ始めるネクロ。


「くっくっ、そうだな。俺もそう思う。クソ食らえだ。だが世界がそうである必要がある以上、仕方が無い。まだ何かあるか?」


 もう語るべき事などないぞとばかりに、ゆったりと立ち上がるネクロ。彼はゆっくりとこちらへ歩み寄ると、手の届く距離で動きを止める。


「ところで、お前。アンチ・マジック・シェルという魔法を知っているか。使用者の命を奪う程の強力な魔法だ。無論、俺も使えば死ぬ」


 ――"AntiMagicShell"――


 答えを待たずに唱えられる、全ての魔力を打ち消す魔法。

 状況が全く理解できずに、体が固まる。


「これで、決着だ」


 突き出されるネクロの手。

 手元に光る金属の輝き。

 スローモションのように流れる、静止した世界。


「何を……」


 ネクロの手にした鉄の刃は、

 ミリアの体を深々と貫いた。




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