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最後の希望

「ミリアは対抗呪文が使える。彼女の魔力が尽きるのを待っていたんだ……だが、どうやってそれを知った?」


 ほんの先ほどまで肩を並べて戦っていた仲間の首へと剣を突き入れる。それでも抵抗してくる彼へ再び剣を振るうと、首を切り落とす事で二度目の死を与える。


 ――信号の内容を知っていた? 内通者?


 こみ上げる吐き気と戦いながら、時には壁。時には囮となって撤退する仲間の援護をする。敵に自由に四散されたのでは満足な撤退は望めない。建物の中や外壁にいた仲間が内壁へスムーズに向かえるよう、敵の侵攻路を限定しなくてはならない。


「だが信号は毎日組み合わせが変わるんだぞ……どうなってるんだ?」


 信号の内容や組み合わせを決定するのは、アキラやフレアをはじめとした絶対に安全とされる者達だ。それに信号そのものは部隊長クラスのみに通達され、一般の剣闘士はそれを知らない。もし知っていたにしても、外部との連絡を行うのは不可能としか思えない。光を使うにしろ魔法を使うにしろ、ばれないわけがない。


「将軍!! 外壁は……がっ……」


 駆け寄ってきた剣闘士が、元仲間の剣闘士の槍に貫かれる。近くにあった角材を全力で振りぬき、元剣闘士の頭部を兜ごと破壊する。


 ――すまん、許してくれ


 心の中で詫びを入れると、倒れ伏したもう一人の剣闘士の頭部も角材で叩き割る。少なくともこうしておけば、再び起き上がる事は無い。


「外壁……あぁ、わかったよ。十分に伝わった」


 外壁上でせわしなく動く敵の姿に、外回りが完全に陥とされたのだという事がわかる。知らずに流れていた涙。大きく瞬きする事で視界を取り戻す。


「隊長、急いで下さい!! 城門を閉じます!!」


 内壁上から聞こえる声。目を向けると胸壁から身を乗り出したウォーレンの姿。


「まだ孤立した仲間達が……」


 そこら中から聞こえる、止む事の無い戦いの音。主要な部隊は内側へと引き上げたはずだが、それを逃がす為に残った部隊も多い。主に最精鋭である突撃隊がそうだ。


「隊長、まだこんな所にいたんですか。早い所あっちに引っ込んでくださいよ。こっちはもう時間の問題です」


 かけられた声に目を向ける。突撃隊でもかなり古株の三人。そして疲れた笑み。


「まだ終わっちゃいませんぜ?」


 剣を振り上げるその姿に「馬鹿野郎」と小さく返す。


「すまない。ありがとう」


 短く告げると、城門へ向かい走る。

 喧騒に負けて「応」の声は聞こえなかったが、聞き取る必要は無かった。




「終わりかい?」


 キープに戻り破損した鎧を取り外していると、歩み寄ってきたフレアが一言。それに「そうだな」と返すと、場に沈黙が降りる。「あっけねえな」とはパスリーの言葉だが、否定は出来ない。


「連中の攻城兵器が来るか、もしくは堀を埋められるかまでの間か。どう来るかね?」


 フレアの声に「そうだな」と考える。


「堀には苔を流し込んであるから、死霊連中が力ずくでという事は無いだろう。そうであれば既にここは死体の山さ」


 内堀には運び入れた青い苔を定期的に流し込んでおり、死霊にとっては死の川となっている。苔は死霊を骨になるまで溶かし尽くすだろうから、死体で堀を埋める作戦も使えないはずだ。発言に「動くのも動かないのもな」と皮肉を付け加えるが、それを笑う者はいない。


「まあ、堀の退避路を作って埋めるのであれば、死霊どもは坂の近い後ろから来るだろう。ご覧の通り攻城兵器が健在だから、人間の兵は正面から堂々とやってくるはずだ。資材が無いから、今頃火を付けた資材置き場を必死に漁ってる所じゃないか?」


 窓の方を仰ぎながらそう発する。フレアは窓際へ近づくと、「そのようだね」と外を見ながら感情無く答える。


「後ろと前で別個にやってくるようならまだ勝ち目があるんだがなぁ……同時に来るよな?」


 フレアの後ろから同じように外を覗きながらパスリー。それに「そりゃそうだろ」と続ける。


「まだうちには五百以上の兵が残ってる。相手は五千だか一万だかかもしれないが、それ位の兵力差であればひっくり返った例はいくらでもあるだろう。攻城戦であればなおさらだ。きちんと再編成した後、同時に襲ってくるよ」


 兵の数こそ減っているが、アイロナからは相変わらず資材が運び込まれており、矢も槍も十分にある。外壁側の資材庫へ通じていた通路は崩落処理されたが、こちらはまだ健在だ。


「普通の戦争であれば間違いなく俺達の勝ちだったんだがな。敵の兵はもう半分以下になっているはずだし、あんな状況で士気が持つわけが無い。残念なのは、普通じゃなかったって事だ」


 動き易い部分板金鎧を脱ぎ去ると、フルプレートメイルを身に付け始める。もう指揮を飛ばす為に方々へ走り回る必要は無い。目的は既に次の段階へ移行している。


「隊長、既に意味の無い事かもしれませんが、御報告です。外壁西側が大規模に崩落しました。東側が最初で良かったですよ。西が先だったら満足に撤退も出来なかったでしょうから」


 入り口から駆け込んできたウォーレンが発する。それに苦笑いで「いや、意味が無いなんて事は無いさ」と返す。


「穴が一つだけなら攻勢をかけて敵を追い出す、なんて事も出来ただろう。これでそれも不可能にはなったが、決行する前で良かったよ。そうなってたら目も当てられん。不幸中の幸いと言ってしまってはあれだが、最初の崩落で撤退する事になったのは結果的には良かったのかもな。ありがとうウォーレン」


 外壁の穴を守り通す事が出来なかった責任。そして後悔に押しつぶされそうになっていたが、これでいくらか救われた気持ちにはなれそうだ。無論、絶望的な状況が好転したわけでは無いが。


「それより避難路や脱出口は無事か? 連中の横穴とぶつかったりしていたら、洒落にもならんぞ」


 悲壮感に身を沈めるのは簡単だが、それが許されるのはもう少し先だろうと質問を投げる。我々にはやらなければならない事があり、それはまだ終わっていない。


「そういった報告は入っていない。恐らく問題無いだろう。すぐに発たせるかね?」


 フレアの声に小さく頷くが、手を振る事で次の句を遮る。


「あぁいや、俺が直接向かう。君は……そうだな。悪いが、急いで鎧を身に着けてくれ」


 今彼女はどんな表情をしているのだろうか?


「俺と一緒に、囮になってもらう」


 それを確認できる程、顔を上げる事は出来なかった。




「離せ!! 僕も戦う!! 離せえ!!」


 キープから外へ出ると、そう遠くない場所から聞こえるアキラの声。声の元へ歩み寄ると、暴れるアキラとそれを取り押さえる数人の剣闘士の姿。


「くそ、命令だ! 離せよ!! あ、ナバール!! 僕だけ逃げるなんて出来るわけがない! 僕も最後まで戦わせてくれ!!」


 こちらを見つけると、懇願するようにそう言うアキラ。苦虫を噛み潰したような表情でそれを受け止めると、傍にいたミリアへ目配せをする。


 ――そういえば、俺の時は何も知らされなかったな


 自分が扉へ向かわねばならなかった時は、ナバールもフレアも。誰もやり直しについての話をしてくれなかった。この状況を見れば、それは正しい判断だったと思わざるを得ない。自分も同じ様に抵抗しただろうからだ。


「あぁ、ミリア。やめてくれ。僕は、僕は――」


 アキラはなおも何かを続けようとしていたが、それが語られる事は無かった。ミリアの魔法が発動し、気絶するように眠りに落ちたからだ。


「すまんなアキラ……フォックス。こいつを頼んだぞ。ぶん殴ってでも扉へと連れて行け」


 倒れ落ちたアキラを支えるフォックスと、彼女と同じくアキラの護衛する事になっている腕利きの剣闘士達数名が深く頷く。彼らはアキラをラーカの背中へ縛り付けると、それを引いて脱出口へと足を向ける。


「いや、待て。脱出口は使うな。もっと確実な方法を取る。全員ラーカへ騎乗するんだ」


 これまでの経緯から、敵は何らかの手段でこちらの動きを見通していると考えるべきだろう。であれば、脱出口すらも安全とは言い難い。出口で待ち構えられていたら一巻の終わりだ。


「敵陣を突破して、直接フランベルグへ向かえ。突破口は我々が開く。危険だが、確実だ。読まれていようが関係無い」


 こちらの言葉に、不安げな目線を交し合う剣闘士達。それに「大丈夫だ」と応えると、続ける。


「俺やフレアが囮になる。敵中堂々と名乗ってやるさ。こっちを放っておいて逃げに徹するお前らをどうこうするとは思えんし、お前らと同じ様な構成の騎兵を同時に走らせればもっと確実だろう。うん、そうだな。それがいい」


 反応を待たずに、騎乗に優れた剣闘士をすぐさま準備させるよう指示を出す。彼らは戸惑いながらも、己に課された役割を果たそうと厩舎へ向かって走り出す。


「さあ、いよいよ最後の戦いか。じりじりと消耗戦を戦っても良いが、それだと気付いた時にはアキラを逃がすだけの余力が無い。なんて事態も考えられるからな。それは避けなきゃあならん」


「そうだろう?」と目線を送ると、寂しげだが、優しい笑みを見せるミリア。


「あの子は頑張れるかしら?」


 ラーカに縛り付けられたアキラを見ながらミリアが呟く。それに「どうだろうな」と発する。


「だが、頑張ってもらわなければ困る。フォックス、これを持って行け」


 騎乗したフォックスを呼び止めると、手持ちの丸薬を全て手渡す。我々にはもう必要の無い物だ。


「いい天気だな」


 見上げた空は高く、一帯に充満する灰と火の粉さえもその青さを埋め尽くす事は出来ない。


「そうね」


 ミリアからの答えは短いが、

 今必要な全てだった。




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