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死者の呼び声




 蜂の巣をつついたかのような騒ぎとなっている砦の内部。破壊された外壁方面へ足を進めると、その惨状に顔を顰める。


「これは……修繕は無理だな」


 崩落した地面に引き込まれる形で、一メートルかそこらの頭だけを地上に残した外壁。周辺の基礎を巻き込んで崩落している為、まともにするには大がかりな工事が必要となる。せき止められた堀の水が溢れ出し、傾斜のついた丘へ壁に泥の川を作ろうとしている。


「ジーナ、敵が前進を開始したら教えてくれ。工兵は区画の封鎖、お前らは階段の破壊だ。急げ!!」


 東側の一画は武器庫や資材庫が建ち並び、道は狭くなっている。簡易バリケードだけでも作る価値があるだろうし、そばにある階段さえ破壊してしまえば外壁の上へは登れない。十分な抵抗が出来るはずだ。

 自らもすぐ傍の資材庫から木製のハンマーを持ち出し、階段へ向けて走る。杭を持った工兵が後に続き、素早く岩の隙間へとそれを差し込んでいく。


「どけ、打ち込むぞ!!」


 叫びながらハンマーを振り上げると、腕程もある杭へと叩き付ける。突き抜けるような音と共に積まれた岩のブロックがずれ、いくらか隙間が生まれる。杭が全て埋まるまでハンマーを叩き付けると、空いた隙間へ工兵が角材をねじ込む。


「いくぞ! いち、に、さん、押せ!!」


 呼吸を合わせ、十人がかりで角材を押しやる。てこの原理でずれた岩をさらに動かし、手前へ飛び出させる。この階段のこのブロックだけは内面が丸く削られており、簡単に取り出す事が可能だ。この工兵だけしか知らない秘密のブロックを除去した後は、その上のブロックへ杭を打ち込むだけで階段は簡単に崩れる。積まれたブロックの力がそこへ集中するように計算されているからだ。


「城の設計技師が恐ろしく高級取りなのも頷けるな。これを作った奴を抱きしめてキスしてやりたい所だ」


 工兵の撃つハンマーの一撃をきっかけに、がらがらと崩れ落ちる階段を見て呟く。群がる工兵は崩れ落ちた石材を丸太へ乗せ、バリケードを築く予定の箇所へと転がし始める。階段を構成する全ての岩が崩れたわけでは無いが、少なくともよじ登るのは不可能だろう。


「さぁ急げ! 敵が来る前にできるだけ封鎖するんだ!! 資材は使い切って構わん!!」


 慌ただしく工兵達が動き回る中、こちらへ走り寄るウルの姿。


「アニキ、多分もう一か所か二か所はあるぜ。みんなの足音がさ、なんつーか違うんだ。下が空洞になってっからだと思うんだけど。そっちの裏と、西の方。西のはちょっと自信ねえけど」


 ウルの言葉に、悲鳴のような声で指示を飛ばす。


「下がれ!! バリケードを後ろへずらすんだ、そこは崩れるかもしれん!! 武器庫を破棄するから中身を持ちだせ!!」


 叫びながらウルの脇を抱えて持ち上げると、武器庫付近へと移動する。「ここはどうだ?」と足を踏み鳴らし、それにウルが「ここもだ」と答える。別の箇所でもう一度。別の箇所でさらにもう一度。そんなやりとりを数度繰り返すと、ようやく安全と思われるエリアが決定される。これでようやくとひと息ついた所で、遠くから聞こえるジーナの声。


「敵襲!! 敵襲!!」


 狂ったように鳴らされる鐘と、怒声を張り上げる見張り達。ウルを降ろすのも忘れて外壁上へと駆け上がる。


「ナバールさん、弓、死霊、兵器に後詰めと、全部動いてます。全部です!!」


 ジーナが泣きそうな顔で叫ぶ。どうすれば良いのかわからないといった様子の彼女に「落ち着け!」と叫び返すと、行動を開始した敵軍を指差す。


「編成をよく見て、出来るだけ詳しく教えてくれ。何が見える? 死霊共は何故走り込んで来ない? この前とどう違うんだ?」


 死霊軍の前進スピードは武装した人間のそれとは比べ物にならない。先日の攻防でもそうだったように、普通に走らせればあっという間に肉薄されているはずだ。

 ジーナは大きく生唾を飲み込むと、いつもの様に手でひさしを作り、じっと遠くを見つめる。


「壁……そう、壁です。重武装させた死霊と、そうでない死霊を交互に配置しています。重武装した死霊を壁にするように、その後ろを低く屈んだまま歩いています。どれもローブと、顔に何か布のようなものを巻き付けています」


 ジーナの言う編成を想像し、その気色の悪い動きと、思った以上にやっかいな編成に眉を顰める。重武装の層は銀の射撃武器に。ローブは苔に対する対策だろう。


「トレブシェットはどうだ。周辺で動きはあるか?」


 戦場でひときわ目立つ、背の高い投石器を指差す。ジーナはしばらくそれに目をこらした後、「傍には誰もいません。弾はあるようですが」と発する。


「くそ、やりにくいな。相変わらず何をしたいのかがさっぱりわからん」


 吐き捨てるように呟くと、ジーナに内壁へ移動するように伝え、階段を駆け降りる。途中で武器置き場から盾を数枚引っ掴むと、バリケード建設現場にそれを放る。


「いくらもしないうちに矢が来るぞ。作業中も出来るだけ盾を携帯しろ。背負っているだけでも構わん。ミリア! 聞こえるか!!」


 今日は持ち回りの順から塔にいるはずだと、上を見上げて叫ぶ。やがて顔を出したミリアと付近の工兵へと簡単な作戦を伝える。「効果がありますか?」という回りの懐疑的な声に「どうだろうな」と苦笑いを返す。


「アンデッドと言えど物理法則には逆らえんさ、たぶんな。それよりもう時間が無い。急げ急げ!!」


 声を張り上げると共に、付近にあった樽の中身をひっくり返す。空になったそれを工兵へ押し付けると、運ばれてきた別の樽を受け取り再び放流する。


「スリング……始まったか」


 外壁上から聞こえるスリングスタッフを振るう音。怒号と叫び声が徐々に大きくなり、戦いが始まった事を知らせる。


「さあ、全員離れろ! ミリア、頼む!!」


 蜘蛛の子を散らすようにバリケード後ろへと避難する剣闘士達。各々はこれから起こる事に備え、口を布で覆い始める。


  ――"IceStorm"――


 頭上より奏でられる魔法の囁き。ひんやりとした空気を感じた次の瞬間には、荒れ狂う突風のように冷気の嵐が訪れる。


 ――相変わらず凄まじいこった


 下手に息をすると肺が凍りつく可能性がある為、口には出さずに心の中でそう呟く。体温が凄まじい速さで奪われ、空気中を凍った水分がきらきらと瞬く。付近の剣闘士と素早く目配せをすると、続々と運ばれてくる樽の水を外壁へ向かいぶちまけていく。


 ――さぁ、楽しいアトラクションの完成だ


 地盤の崩落により下り坂となった外壁付近。バリケードから流された水は地表を伝いながら凍って行き、滑らかな氷の坂道を作り上げる。分厚い氷の塊は何時間もしないうちに溶け切ってしまうだろうが、我々にはそれで十分だ。


「こ、こここ攻撃が矢にかか変わったな。て、敵も撃ってくくるぞ」


 上を見上げながら、寒さのあまりがちがちと合わさる歯で警戒を促す。壁に立て掛けてある凍りついた盾をばりばりと引きはがすと、暖を求めて移動する。どこからか「敵斉射!! 盾ぇ!!」という声が届き、かじかむ体で盾に身を隠す。


「敵さん、随分数を減らしたようさね。前の時のあれに比べりゃ屁でもないよ」


 屈みこんだベアトリスがかついだ資材を盾代わりにしながら発する。彼女の言う通り、フランベルグのロングボウはその数を大きく減らしていた。先日の攻防で迎撃の主力を弓兵へと向けていたからだ。


「その分白兵部隊は元気一杯だろうよ……あぁいや。どうなんだろな?」


 飢餓に襲われている兵がどれだけの力を出せるのか。それを考えると元気一杯と言うには無理があるかもしれない。


「いや、想定は最悪を採るべきだな……そろそろ来るぞ。全員迎撃準備は済んでるな!!」


 心に浮かんだ甘い考えを捨て去ると、その場にいる全員に届かせるための怒声を発する。返される「応!!」の声。少し離れた場所から聞こえていた地響きとその振動が、徐々に近づいて来ているのを感じる。


「ぉぉおお、来た来たきたああ!!」」


 槍を手にしたウルが奇声を上げる。十メートルほど向こう。壊れた外壁の向こうに覗く死霊の隊列。武装しているにしてはありえないその速度に怖気が走る。やがて外壁の隙間へと到達した彼らはその整った隊列を崩し、狂ったようにこちらを目がけて走り始める。


「槍構え、隙間を作るな!! 奴等を蜂の巣にしてやれ!!」


 肩と肩が触れ合う程に密着した剣闘士達。バリケードにより狭くなった路地から大量の槍や矛が付き出され、銀の矢を手にした射撃部隊が武器庫や資材庫の屋根に登る。

 緊張と共に衝突を待つが、押し寄せる死霊の最初の一体が崩落による坂へ差し昇った時、思い付きで作った罠が十分な効果を発揮した事を知る。

 死霊は凍りついた地面に足を取られ、凄まじい勢いで転倒。冗談のような速度で地面へ頭部を打ち付け、その内容物を晒す。倒れた勢いのまましばらく坂を滑り上がると、次は重力に引かれ滑り落ちて行く。


「こんな状況じゃなけりゃ笑える絵なんだがな」


 それでも構うものかと押し寄せる死霊達は、仲間の死体を乗り越えては倒れ乗り越えては倒れを繰り返し、やがて出来た仲間の体で出来た道をよじ登り始める。地面そのものが蠢いているかのような、非現実的な光景。下敷きになっている者達は普通であれば圧死しているだろうが、死霊相手にそれはわからない。


「あたいらは上!! あんたらは下だよ!!」


 とうとう上まで登りついた死霊に、ベアトリスが槍で応じる。口から後頭部へ抜ける一撃をもらった死霊は、仲間を巻き込みながら転落していく。最初の一体を皮切りに次々と乗り込んでくる死霊に、バリケード周辺は大乱戦の様相を見せる。


「押し返せえ!!」


 登頂を果たす相手が増えてくれば、それを一気に追い落とすべく突撃をかける。落下していく死霊達を乗り越えて襲い来る新たな死霊。幾度と無く繰り返される同じやりとり。いったいどれだけそれを繰り返しただろうか。突き出した槍がすっぽ抜けて飛んでいく様を見て、疲労による手の痺れに気が付く。


 ――まずいな、ペースが速すぎる!


 次第に増えてくる死傷者と、蓄積していく疲労。剣闘士達はまさに千切っては投げ、千切っては投げと獅子奮迅の戦いをするが、それでも人間としての限界が迫っていた。敵は疲れず、そしていくらでもいる。即席の外壁と呼べる地面の大きな傾斜は死体で埋め尽くされ、もはやその役割を果たさない。


「何か……何か手を打たないと」


 とめどなく押し寄せる死霊を前に、肩で息をしながら頭を巡らせる。損害比を考えれば圧倒的有利にある自軍だが、相対する敵の数があまりに多すぎる。このままの状況を長々と続ける事が出来れば我々の勝ちだが、それは不可能だ。その崩壊も近い。


「ほんの少しの時間だけでいい。立て直す時間が……ミリア!!」


 ひっきりなしに魔法での攻防が行われている塔へ声を上げる。ミリア本人には届かないだろうが、この距離であれば傍にいる兎族が聞き取るはずだ。


「岩の魔法であそこを塞いでくれ! きっちり塞げなくても構わない。押し寄せる数を減らしたいんだ!!」


 塔から返事こそ返って来なかったが、それの替わりに中空へと岩の塊が現れる。岩はいくらかの死霊を押しつぶすと、失われた外壁の一部としてその穴を塞ぐ。侵入口の全てを塞ぐ事は叶わないが、それでも時間あたりに侵入する敵の数を制限するには十分だろう。


「打ち止めか……だが助かったよミリア。これでもう少し戦える」


 塔からミリアの魔力切れの信号が発せられ、それに感謝の念をもって呟く。これで戦線を膠着させる事が出来れば、勝利への道筋が十分に見える。


 脳裏に浮かんだ僅かな希望。

 それが良くなかったのだろうか?


 ――"AnimateDead"――


 どこからか。しかし間違いなく聞こえたその声。

 力尽き、倒れていた仲間達がゆっくりと起き上がり始める。


 自分に出来る事は、悲鳴のように退却の言葉を上げる事だけだった。




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