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前哨戦




「マインドハックを? 貴方に?」


 何を言ってるのと、驚いた様子のミリア。夜の帳の中、月に反射する彼女の瞳が薄く輝く。濡れた肢体が艶かしく光り、そのシルエットを浮き上がらせる。


「あぁ、そうだ。俺は何か重要な事を知ってるはずなんだ。それを探り当てて欲しい」


 背負っていたバックパックから水袋を取り出すと、それを浴びるように飲む。近くには澄んだ川があり、人も馬も飲み水には不自由しない。


「それは構わないけれど、まさか今からとは言わないわよね。しばらく寝込む事になるわよ」


 彼女は投げ渡したローブを受け取ると、それを身に付けながらそう答える。それに「わかっているさ」と返すと、続ける。


「会戦が終わった後でいい。どうしても気になる事があってな」


 この頃度々と感じるようになった既視感を思い浮かべると、横になって空を見上げる。そこにあるのはこの世界へ来て初めて見た空と何もかわらない星々の姿。あれらは我々が死んだ後も変わらず瞬き続けるのだろう。そう考えると自分や自分の行っている事がほんのちっぽけな事に思えてくる。


「ナバール将軍。ナバール将軍はいますか!」


 分隊の野営地中央から聞こえる声。厄介ごとでなければ良いがと腰を上げると、そちらへ向かって歩き出す。


「俺がナバールだ。君は……クライン殿の所のか。向こうで話そう」


 伝令と思われる女の鎧についた紋様を確認すると、天幕の方へ促す。夜は声が良く通る為、ここではあたり一帯に筒抜けになってしまう。ネズミの存在を考えると不適切だ。


「楽にしてくれて構わない。何か問題か?」


 使者の属するクライン男爵は、クオーネ卿と共に諸侯連合軍を率いるジパングの重鎮だ。諸侯連合軍はその名の通りフレアへの恭順を示した諸侯達で構成された臨時騎兵団で、今回の先制攻撃における主力となっている。これから行う奇襲を行うには機動力が必要不可欠だが、これだけの数の騎馬を集めるのはフレア単独では不可能だ。今まで行ってきた諸侯への様々なアピールが実を結んだと考えて良いだろう。

 ただし問題が無いというわけでも無い。彼らは重装騎兵という戦場では間違いなく最強の兵種ではあるものの、それぞれが貴族やそれに近い身分の者達だ。集団で戦うという事にあまり慣れておらず、諸侯同士の軋轢もある。フレアに歯向かうような馬鹿はさすがにいないが、にらみ合いやちょっとした喧嘩はしょっちゅうで、行軍するだけでも気苦労が耐えなかった。

 今回もそういった類の報告だろうと陰鬱な表情で返答を待つ。しかし彼女が運んできた情報は、そんな些細な問題とはかけ離れたものだった。


「はっ。西分隊の拠点近くでフランベルグ軍の輸送部隊を発見。一部の諸侯がこれに攻撃を仕掛け、現在戦闘中です。戦闘兵の姿はほとんど確認できておりませんので、恐らくは――」


 報告の途中だが、それに構わず「何て事をしやがる!!」と叫ぶ。西分隊には敵を発見しても決して攻撃を仕掛けないよう厳命していたのだが、どうやら守られなかったらしい。血気盛んな若者の多い西分隊には敵の進撃ルートとして可能性が低い方へと配置していたが、それが裏目に出てしまったようだ。


「奇襲はそう何度も行えるものじゃない。一気に全力で同時に行わなくては効果が薄いに決まってるだろう……くそっ、お坊ちゃん方にはそんな事もわからんのか」


 イライラとした気持ちを隠すでもなくそう呟くと、すぐさま寝ていたウォーレンを叩き起こす。寝ぼけ眼の彼を引きずるようにして外へ出ると、全軍へ戦闘準備の通達をする。


「全員起きろ!! 仕事の時間だ。寝ている者は叩き起こせ!! 武装は最低限で構わん。五分で装備を整えろ!!」


 返事を待つ事も無く自らも装備を整えると、慌しくなった宿営地の中をひた走る。兵站を受け持つ部隊に野営地を引き払う事を伝えると、すぐに西分隊の駐屯地へ向けて馬を走らせた。




「戦況はどうなってる。まだ戦闘中か?」


 西の拠点へ到達すると、挨拶もそこそこに状況を尋ねる。襲撃に加わった思われる若い諸侯が誇らしげに報告をして来たので、思わず殴り飛ばしそうになるのを必死に堪える。勝手な行動を許すのは長い目で見るとマイナスだが、今この状況で彼らの面子を潰すわけにもいかない。


「将軍、ちょっとといいでしょうか」


 かけられた声に振り向くと、親指で後ろを指し示す土竜族の男の姿。報告を上げてきた諸侯にねぎらいの言葉をかけると、少し離れた場所へ移動する。


「君はフレアの情報部か? 連中ああは言ってるが、実際の所どうなんだ」


 先ほどまくし立てられた、どう考えても過剰と思われる戦果の数々を思い描くと、溜息まじりにそう訊ねる。


「実際はその三分の一にも満たないと思います。それより問題なのは、戦果の中身でしょう。輸送部隊が運んでいたのは武器や諸々の装備品です。"本命"はまだずっと奥にいます」


 情報部の言葉に舌打ちを飛ばすと、地図を広げて位置関係を把握する。


「恐らく本命は引き返すか迂回するかを選択するだろう。となるとここ……もしくはここで叩く必要があるな。森を直進して回りこめないか?」


 襲撃に適した位置を指先で軽く弾きながらそう発する。土竜族の男は難しい顔をして「厳しいと思います」と答えてくる。


「直進するならこのあたりを通過する事になりますが、ここら一帯はキラーアントの縄張りです。補足されたら骨も残りませんよ」


 男の言葉に「そいつはまた……」と顔を顰める。体長が六十センチ程もある獰猛な蟻のキラーアントは、ギガントスパイダーと同じく森で最も恐れられる存在のひとつだ。固い殻に強力な顎。素早い動きと女王を中心とする組織立った行動と、生物としてひとつの完成形なのではと思う事がある。かつての剣闘士団が彼らに対して導き出した対処法はひとつ。とにかく逃げろ、だ。徒歩では難しいが、馬ならそれも可能だ。


「森に火でも放ちますか? うまく行けばかなりの打撃となりますよ」


 情報部の提案に首を振って答える。


「だめだ。確実では無いし、何より時間がかかる。平野へ出られてしまえば寡兵での奇襲は不可能だからな。本命の数は把握してるか?」


 情報部の男は胸を張ると「当然です」といった顔付きで答える。


「ただ飯食らいと馬鹿にされるわけにもいきませんからね。本命は全部で八機です。実際はその倍はあったようですが、運用できる工兵が足りなかったようですね。確実な情報です」


 八機という数に嫌気が差すが、同時にそれを事前に知る事が出来たことに対して安堵も覚える。


「そうか。ご苦労だったな。しかし八機か……理想を言えば全部だが、せめて半分にしたい所だな」


 フランベルグの持つ最も厄介な攻城兵器であるトレブシュット。今回の奇襲目的の本命とされるその巨大な遠投投石器は、魔法の力と遠心力によって数百メートル先へ巨大な岩を放り投げる事が出来る。もちろん飛ばすのは岩でなくても構わない。鉛の榴弾。ダイナマイト。その辺のゴミ――十分に加速されればクギ一本でも致命的だ――でもなんでも飛ばせる。病気を引き起こす為に動物や人間の死体を放る事も出来るが、今回は無いだろう。長期戦にならないだろうからだ。もちろん矢で破壊できるような代物では無いので、これをなんとかするには城の外へ出て騎兵を突撃させる必要がある。それによる被害がどれ程になるのかは、正直想像もしたくない。


 ――どうする。敵の隊列を貫くか?


 敵は一定間隔に戦闘部隊を配置し、隊列の対魔物用の護衛としている。恐らく歩兵であろうからなんとか撒く事も出来るだろう。森と林道を使った陽動をうまく使えばかなり有効な打撃を加えられるはずだ。

 頭の中で戦術シミュレーションを行い、悪く無い案だと笑みを浮かべる。しかしそれもつかの間。友軍の諸侯達の事を考えた所で頭を抱える。


 ――駄目だ。あの連中にそんな複雑な事が出来るわけが無い。


 戦力の半分を占める諸侯連合軍は、フレアの率いる常備軍と違い、複雑な戦術行動を行えるほど練度が高いわけでは無い。一般人に比べれば十分な武芸を嗜んでいるだろうが、それ自体が生きる糧である剣闘士団とは比較にならない。それに敵に捕まった場合無視して置いていくわけにも行かないので、一部がへまをすれば総倒れになる可能性もある。


「もっと単純な作戦を行う必要がある……もっと単純な……」


 うずくまるようにしてしばらく考えに没頭する。単純かつ効果的。そんな都合の良い作戦などそうあるものでは無いが、無いで済ませる事も出来ない。


「キラーアントをなんとか出来ればいいんだが……」


 地面を忙しそうに歩き回る小さな蟻を見ながらそう呟く。蟻は仲間に呼ばれたのだろうか。獲物である芋虫へ真っ直ぐ向かうと、仲間達と共に芋虫へと牙を突き立てる。それがまるで自分達とその馬の末路のように見え、ぶるりと震えが走る。


「あまり歓迎出来ない死に方だな」


 なんとか逃れようと必死にもがく芋虫にいくらかの憐憫を覚えた所で、「あっ」と声を上げて立ち上がる。


「何も我々の末路と考える必要は無い……そうだ。忘れていたな」


 魔物の存在は、ジパングの有効な盾である。かつてそう称したのは自分では無かったか?

 思いついたアイデアに悪辣な笑みを浮かべると、馬の扱いに巧みな者とそうでない者とを頭の中で選り分け始める。


「フレア。やっぱり君は正しいよ」


 実地を伴った魔物の対処法は、黄金よりも価値がある。

 フレアの言葉をいま一度頭の中で反芻すると、

 より効果的な作戦へ練り上げる為の思考に没頭し始めた。





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