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「またネズミにやられたというわけか……くそったれ!!」


 八つ当たり気味に地面を蹴りつけると、大きく息を吐き出す。その場にいた誰もが陰鬱な表情をしており、由々しき事態に顔を顰める。


 事の発端となったのは、盛り土の中から見つけたいくらかの木の実。


 ある季節になると一斉に実を落とす植物の種が盛り土の中で層のように含まれている事が発見され、フォックスがその事実を指摘。そしてその時期は、我々が砦の建設を計画した頃とほぼ同じだろう事がわかった。つまりこの穴は、何か月もの時間をかけて周到に掘り続けられた物という事になる。何者かが外部へ情報を漏らさない限り、有り得ない。


「穴がひとつってことは無さそうだね。蜂族が森で似たような場所をいくつか見たっていってたけど、もしかして全部そうなんじゃないかい?」


 眉を顰め、穴の奥を覗き込むようにベアトリス。それに「だろうな」と短く返すと、姿の見えない敵にもう二、三の悪態を付く。


「ばれないように少人数で多数の穴を掘ったんだろう。どれだけあるかは知らないが、森の全てを探しつくすのは不可能だ。くそっ、敵ながら良く考えてやがる」


 不本意ながらも賞賛の声を発すると、これらをどうすべきかと考える。穴の目的は堀と壁の破壊だろう。穴が掘りまで達すれば中の水は逃れていってしまうし、壁はその重量から下へ沈下してしまう。作業員を生かす為のノウハウが難しい攻城トンネル工事だが、その心配はいらないわけだ。奴等は既に死んでいる。


「時間が……時間が欲しい……」


 今まで決して無駄な時間を費やしてきたつもりは無い。やるべき事はやってきたつもりだし、かなりの準備を行う事も出来たと思う。だが――


「何事も万全は無いという事か……」


 煮えくり返る怒りをなんとか抑え込むと、

 誰にも聞こえないよう、小さくそう呟いた。




「崩落の危険は無さそうだな……良くもまあ、これに穴をあけたもんだ」


 穴へ入っていくらか進んだ先。固い岩盤で出来た壁を松明の柄で何度か小突く。アイロナ山脈の溶岩から出来ているだろうこのあたりでは、さして珍しい地層では無い。


「大量のがらくたが転がってた理由がわかるわね。尽きない体力で力任せに掘り進んだんだわ」


 嫌悪感を含んだ、呆れた口調でミリアが発する。それに「死体ってのは便利なもんだな」と軽口で返すと、彼女はこちらへ不快そうな流し目を向けてくる。


「地球人ってのは皆"そんな"なの? 確かに労働力。軍事力と申し分ないかもしれないわ。でも超えてはならない一線を大きく超え過ぎよ。彼女のやっている事は到底許される事では無いわ」


 ネクロマンサー。すなわち自らの母の事を思い描いたのだろう。幼い顔付きの眉間にしわが寄り、ふんと鼻を鳴らす。


「死者を敬う気持ちは地球人だって同じさ。悔しいが俺は追い詰められてるんだろう。外道だろうがなんだろうが、利用出来るものはなんでも……あぁいや。すまない」


 ミリアの表情がさらに険しいものとなっていくのに気付き、謝罪の言葉を口にする。


「別にいいわ。それよりあれ、何かしら」


 そう言って進路先を指差すミリア。目を細めて暗がりを覗き込むと、松明の光に反射した青暗いほのかな明かりが見て取れる。


「亡霊の類かもしれん。土木工事の何の役に立つのかは知らんがな。後ろへ下がっていろ」


 実際に目した事は無いが、実体を持たない幽霊のような魔物がいるというのをかつての報告書で目にしたことがある。ミスリル製の武器を持っている事に感謝を覚えながら――ミスリルは彼らを直接切り裂ける――奥へと足を進めると、やがて見えてきたのはもっと単純な物だった。


「例の青い苔か……なるほど。天然洞窟にぶちあたったんだな」


 松明を大きく掲げると、ほとんど直線へと掘られたこの通路に対し、大きく口を開けた横穴が確認できる。横穴を覗き込むと、一体どれだけの深さがあるのか。底が見えない青い鍾乳洞のような世界が広がっている。


「気をつけなさいよ貴方」


 囁くような声でミリア。それに「わかってる」と返すと、地面に倒れ伏すいくつかの白骨死体へと慎重に足を進める。動く気配は無さそうだが、念のためにとそれらの頭蓋を砕いていく。


「何らかの理由で力尽きたのかしら。でも妙ね。なんでわざわざ白骨死体に服なんて着せたのかしら。偽装?」


 しゃがみこんで頭部の破壊された白骨死体の着ている服をつまみ上げるミリア。ふむと鼻を鳴らすと、こちらも傍へ腰を下ろす。


 ――確かに妙だな


 死体の着ている服は、傷んではいるが古いわけでも朽ちているわけでも無い。白骨死体が出来上がるまでの時間を考えると、生前から着ていた物とは考えにくいだろう。


「ひとりのみならず全員、か。偽装と考えれば納得できない事もないが、手間を考えると馬鹿馬鹿しい。奴の考える事は良くわからんな……ん、なんだ?」


 トンネルの最も奥に位置する場所に倒れていた、マトックを手にした死体。それの服をめくりあげた所で、はっと手が止まる。


 ――なんだ、これは?


 服の下から現れたのは白く生気こそ無いが、紛れも無い人の肉と肌。何かの間違いかと見開いた目で視線を横へ動かすと、完全に白骨化した頭部が目に入る。


「……ミリア、少し目を瞑っていろ。あまり気持ちのいいものじゃあ無いからな」


 そう言うと死体の服を脱がせ、その腹部を短刀で一文字に切り裂く。現れた物は形容し難い臭いを発する液状化した臓腑だった。


「どういう事だ。こいつはまだ"新しい"ぞ」


 白骨した頭部や手足と、いくらか人間らしさを残す腹部とを見比べる。別々の死体ならばともかく、同じ死体でこれはあまりにも不自然だ。


「何かそういう魔法があるのかしら……ちょっと、貴方。何をしたの?」


 ミリアの声に疑問符を浮かべ、その視線の先。つまり目の前の死体へと目を向ける。そこに見えたのは恐ろしい勢いで腐敗の進んでいく死体の肉。まるで早送りをしているかのようにぐずぐずと崩れ始め、いくらもしない内に骨だけを残して朽ち果ててしまった。


「俺は何もしていない。酸か何かか? 尋常ではないぞ。すぐにここを――」


 何か空気中に危険な物質があるのかもしれないと撤退の意思を固めるが、ひらめきのように思い至った考えにその足を止める。


 ――早送り?


 立ち上がりかけた腰を再び下ろすと、死体へ顔を近づけてまじまじと観察する。酷い臭いに顔を顰めながら松明の位置を調整すると、ミリアの制止を無視しながら白骨化した骨の表面を指で軽くなぞる。


「苔だ……」


 指先にこびりついた青い粉。まさかという思いと共に天然洞窟側へと視線を向ける。壁一面にうっすらと生えた青い苔。「苔がどうかしたの?」とのミリアを無視して急かされるように立ち上がると、まだ肉が残っていると思われる死体へと歩み寄る。


 ――この苔を……いや、待て。そういえば


 指先の苔を服で拭うと、ベルトポシェットから古びた鉄の容器を取り出す。「消費期限は無いだろうな」と呟きつつそれを開けると、かつて脳死状態のウルを救った際に手に入れた青黒い丸薬を取り出す。


 ――さあ、どうなる


 爪で引っかくように丸薬を崩すと、死体の上へと振りかける。

 期待通り、振りかけた場所の腐敗があっという間に進行していく。


「ちょっと貴方。その粉は何なの? 説明しなさいよ」


 わなわなと震える体を抑えると、ミリアを強く抱きしめる。


「回復魔法だ……やっぱりそうだ!! 時の流れを加速してるんだ!!」


 叫びながら、かつて風呂場で考えた回復魔法についての考えを思い出す。

 目を白黒させているミリアを開放すると、鍾乳洞の方へと走る。広場で遊ぶ子供のように壁へべたりと手をつくと、すぐさま死体の元へと戻り寄る。


 まだ肉の残っている腿を露出させると、壁についた手でそれを握る。

 手の形に崩れ落ちていく腐肉。


「はは……」


 手のひらに残る青い苔を見つめると、思わず笑いが漏れる。


「あはは……あっはっはっ!! やったぞ。ざまぁみやがれ間抜けめ!! 見つけたぞ、お前がアイロナに固執する理由を!! お前のおかげでな!!」


 フランベルグまで届けとばかりにそう叫ぶと、広げた手のひらをぐっと握り締める。


 まだだ。

 まだ終わってない。





「隊長、また見つかりましたぜ。ここから南西にしばらくいった所。えぇと、このあたりですね」


 簡易テントで作られた野戦指揮所にて、テーブルの上に置かれた付近の詳細な地図を指差すツヴァイ。すぐさまウォーレンがそこへ丸い印を付ける。


「これで八つ目ですね……一体全部でいくつあるんでしょうか?」


 答えの返らない質問だという事は承知の上だろう。ウォーレンが顔を向ける事も無くぶつぶつと続ける。


「もっと前に見つける事が出来れば良かったのですが……それともこの段階で見つける事が出来た幸運に感謝するべきですかね?」


 地図から顔を上げてウォーレン。それに「どちらでもいいさ」とぶっきらぼうに返すと、いくらかの装備を手に外へと向かう。すぐ隣ではフレアが隊長達へ直接指示を飛ばしており、自分が出る幕は無さそうだ。


 外へ出ると新鮮な森の空気を胸一杯に吸い込み、その青臭さと土の匂いを楽しむ。雑草から伝わる朝露がいくらか不快だが、こればかりは如何ともし難い。首を上げると陣地へ戻ってきた蜂族の姿が目に入り、寄越された敬礼に略式の返礼を返す。蜂族は約束を果たした我々に、いくらかの協力を申し出てくれたのだ。飛行能力を持つ彼らがいれば、戦術、戦略共に大きな発展が期待できるだろう。残念なのはそれを考案、訓練する時間が無い事だ。


「やあ君。行くのかい?」


 かけられた声に振り向くと、テントの入り口から顔を覗かせているフレアの姿。彼女はテントの中へ何事かを発すると、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。


「行くのかいって、そりゃあ行くさ。まさか残れとは言うまい?」


 今更カダスの手記を疑う余地は無く、会戦まではわずか半月ほどだ。今はひとりでも多くの人手が必要で、危険な森の中での行動は経験豊富なベテランが行う必要がある。自分をそれに含めないなど論外だ。


「わかっているさ。止める道理は無いよ……ふむ。少し歩かないか?」


 少し疲れた表情のフレア。一瞬そんな事をしている時間はないだろうとイラつきを覚えるが、穴に関しては封鎖そのものよりも、むしろ発見の方に難が生じている。ここで焦っても仕方が無いかと、付近の森へと足を運ぶ事にする。


「エルデの堀があらかた完成したそうだよ。これで少なくとも最低限の防衛は出来るね」


 人気の無い林を沈黙と共に歩いていると、フレアが思い出したようにそう発する。デアエルデは対人間用の都市として設計されていない為、あくまで対魔物用の防衛だ。アイロナで防ぎきれなかった場合、防衛拠点としては何の力も発揮できないだろう。だが、魔物に対する防衛の人数をアイロナへまわせると考えれば、ほんのいくらかはマシになったとも言える。


「そうか。悪い知らせで無くて良かったよ」


 そう返答すると、再び訪れる沈黙。

 風の無い森。わずかな鳥と虫の声。


「勝てるかね?」


 足を止めたフレア。こちらも足を止めると「どうだろうな」と続ける。


「少数精鋭と言っても限度があるからな。向こうは多勢で、しかも豊富な攻城兵器を持ってる。正直あまり期待は出来ないな……いくらか有効な手段を手にしてるつもりだが。どこまで通用するやら」


 付近にあった切り株へ腰を下ろすと、手のひらをじっと見つめる。


「君は……」


 覆われた影に、目を上げる。

 逆光の中にフレア。


「これから来る戦いの中で、死んでも良いと思っているね?」


 眩しさで顔色は窺えないが、とても寂しそうな声。


「まあ、そうだな。この狂った繰り返しを終わらせる条件は二つだ。ひとつはアキラを地球へ返す事。もうひとつは――」


 呟くように発すると、フレアがこちらの頬を包むように手をあててくる。


「君達ふたりが納得できる結末を迎える事だ。なるほど。納得の上の死であれば問題無いという事か。なるほど、なるほど」


 妙な言い回しに違和感を覚える。顔を見ようと手でひさしを作ると、次の瞬間。頬に強烈な一撃を食らう。


「……ぐっ、いいビンタだな」


 痛みに顔を顰めるが、すぐさまそれを戻す。

 こちらに怒る資格があるとは思えない。


 しばらく無言でこちらを睨み続けるフレア。彼女はひとつ溜息を吐くと、隣へと腰を下ろす。


「私が魔女で無いのが残念だ。君の隣で戦う事も、君と共に旅をする事も出来ない。私はいつも待ってばかりだ」


 地面に落ちていた小枝を拾うと、それをくるくると弄ぶフレア。残像が枝の先端に輪を描き、虚像の円環を映し出す。


「君の知っているもう一人の私は、魔女の力を持ち。剣を扱え。強靭な精神力とカリスマを持っているんだったか? ふむ。とんだ化物だね。しかし、君の隣に居るべきはそんな"彼女"なのかもしれないな」


 もたれかかるようにして頭を預けてくるフレア。

 その表情はこちらからは見えない。


「待つのは疲れたよ……かといって隣を歩く事も出来ない。私は中途半端だな」


 かすかに震える声色。

 揺れる黄金の螺旋。

 零れ落ちる涙が、朝露と混じり消えて行く。


「お願いだから、私をひとりにしないでくれ」


 哀願するかのような、弱々しい声。

 とても女王の発するそれでは無い。


 無言のまま過ぎる時間。

 小さな嗚咽。


「君は――」


 震える肩へ、そっと手を回す。


「君はひとりじゃないだろう」


 柔らかい髪を優しく撫でると、幼子へ諭すように語りかける。


「ウルやジーナ。ベアトリスにミリア。フォックスやウォーレンもいる。アインやツヴァイ達。グレース。ニッカ。パスリー。皆がいる。君を好いていない剣闘士はいないはずだ。前の君……彼女は確かに強かったが、孤独だった。君はそうじゃない」


 フランベルグの館で、フレアが時折見せていた寂し気な横顔を思い出す。他人の助けを必要としない人間。孤高と言えば聞こえはいいが、孤独である事に変わりは無い。


「ひとりだなどと悲しい事を言うな。君を慕う人間達に失礼だろう。それに――」


 ひと呼吸を置き、

 たとえ嘘でも口にしてしまえば真実になるのではと続ける。


「――生き残ってやらなきゃならんと思ってる事も沢山ある。デアエルデの発展を見守る必要があるし、ジパングのこれからを考える必要もある。寂しがり屋な誰かさんの面倒もみなきゃならんしな」


 木の葉の隙間から見える二つの太陽。それが当たり前だと思うようになったのはいつからだったろうか?

 冷たく濡れたシャツを掴む手。それを握ると、ゆっくりと体を離す。


「俺だって死にたいわけじゃない。約束は出来ないが、生き残れるよう最大限の努力はする。君の進む道の露払いをするのが俺の役目で、出来ればそれをずっと続けたいと思ってるよ」


 立ち上がり、今度はこちらが彼女へと影を落とす。


「さあ。お約束ならばそろそろ妖精が迎えに来るはずだ。行こう」


 そう言って一歩足を踏み出す。

 突然の言葉に、不思議そうな目を向けて来るフレア。


 ――お約束? 何のだ?


 自分でも何を言っているのかと戸惑いの表情を浮かべる。


 しかし、やおら聞こえ来る羽音。

 現れるベルの姿。


「うちの族長が呼んでるぜ。御礼がしたいんだとよ」


 ベルの報告に、際限無く広がりそうになる混乱を無理矢理押さえつける。

 込み上げてくる吐き気。


 ――俺は


 震える足で、ゆっくりと立ち上がる。



 ――俺は、何を知っている?




元々2話分で出す予定だったので、

ひとつにしたらちょっと長くなってしまいました。反省。

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