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忘却

 ――全員準備は出来たな?


 心地よい木漏れ日を顔に浴びながら、これまで幾度となく繰り返されてきたハンドサインを周囲に投げかける。ウルやベアトリスを始めとした突撃隊の面々が親指を上にあげ、戦闘準備が整っている事を示す。死霊どもが会話を読み取るとも思えないのでハンドサインを使う必要は無いのかもしれないが、術者がそばにいる可能性もゼロでは無い。


 ――よし、それじゃあ


 ヘルムのバイザーを下ろし、手にした矛――ハルバード。槍と斧が一体化したような穂先を持つ――を握りしめる。風が心地よく、実に爽やかな空気。


 ――始めだ


 無言のまま地を蹴ると、ゆったりとしたペースで死霊達へと向かい走る。

 重武装による金属音が森の静寂を破り、地響きがあたりへ木霊する。


「予定通り行くぞ。第一波に注意」


 森の不整地の中でも隊列を崩す事無く、敵を囲む円弧が徐々に縮まっていく。


 外敵に気付いた死霊達の緩慢な動き。

 生者へと向けられる憎悪のうなり声。


 瞬間、弾かれたように走り出すゾンビ達。


 ――いいぞ、予想通りだ


「構え槍!!」


 その場に急停止すると大声で叫ぶ。まわりにいた副官や小隊長らがそれを復唱し、各々都合の良い場所で槍を構え始める。二列に並んだ鉄の壁からは前衛が腹の高さに。後衛がしゃがんだ前衛の肩の間から胸の高さに槍が付き出される。槍の柄は地面に置かれ、体重をかけた足で踏みしめられている。


「さぁ来やがれクソ野郎共!! まとめてあの世に送り返してやる!!」


 少なくない恐怖心をごまかす為。己を鼓舞する為。逸りきった気持ちを抑える為。各々が様々な理由で怒声を発すると、鉄と土が擦れる音のみが支配していた森の中が喧騒に飲み込まれていく。


 そしていくばくもしない内に走り来る死霊達。


 ――なあに、馬に比べりゃマシさ


 人間では到底出しえない速度で眼前に迫る、生気の無い顔つきの男。

 両腕、そして全身にかかる衝撃。


「ぐうう!!」


 うめき声と共にそれを堪えるが、突き刺された男の後ろから次々と亡者共が押し寄せる。彼らは前に他のゾンビがいようとお構いなしにこちらへ飛び掛かってくる。


 ――串刺し。いや、一本釣りか?


 殺しきれなかった力が矛の柄を支点に上へと方向を変え、まるで棒高跳びを行っているかのように相手が中空へと持ち上げられる。


「うぉぉお!! ちょい待ち!! ちょい待ち!!」


 声の方へ目を向けると、まわりとは逆に中空へ持ち上げられているウルの姿。何をやってるんだかとウルを持ち上げているゾンビの足を切り裂くと、ウル共々無様に地面へ崩れ落ちる。


「体重差を考えろ……さあ、重量級が来るぞ。漁の準備だ!」


 次々と討ち取られていく死霊達の向こうから重武装された死霊達が走り来るのが見える。武装の重さからすれば信じられない速度で走り続ける彼らだが、それでも非武装のゾンビに比べれば足の速度に差がついている。結果、衝突までのタイミングに時間差が生まれていた。


 ――残念というべきか、それとも幸運というべきか


 軍の突進のように時間を合わせられていたら、一気に飲み込まれていた可能性もある。組織立った行動をしていないという事は、近くにネクロの存在がいないという事だろう。


「各自任意で投擲!!」


 命令を飛ばすと自らも腰に手を伸ばす。ずっしりとした重みのあるそれを手にすると頭の上で何度か回転させ、頃合を見計らい敵へと投げかける。

 続く形で投げられる大量のロープの塊。

 付けられた重りに引かれて空中で大きく広がり、ゾンビ達の身体へとまとわりついていく何十もの投網。それは殺傷能力を持たないが、相手の自由をいくらか奪うには十分な効力を発揮する。ある者は足を取られ転倒し、ある者はそれを取り去ろうと動きを止める。投網は武器を振るうのを、身を守る行動を、そしてこちらへ伸ばそうとする手の動きを阻害する。魔法がかかっているわけでもなんでもないただの投網は、それを取り去るのにほんの数秒もあれば事足りるだろう。だが戦場においてその数秒は致命的だ。


「ふむ。なんともあっけないな」


 投網にもがく死霊の脳天にハルバードでの一撃を食らわせると、誰へともなくそう呟く。死霊達の最初の勢いはどこへやら、戦場は既に残党狩りの様相を示している。


「まったくですね。数で互角ならどうという事は無さそうです。本番でもこうだと良いのですが」


 組み伏せたゾンビの頭蓋へ槍を突き入れながらツヴァイ。そうだな、と曖昧な返事を返すと肩の力を抜く。死霊達が恐ろしいのは、その数と恐れを知らぬ突進力による飽和攻撃だ。現状のように数的優位性が無ければさして恐ろしい存在ではない。


 ――だが、本番ではそうはいかんだろうな


 じきに起こる会戦では、カダスの情報により五千の死霊がやってくる事がわかっている。国軍五千と合わせて一万。後方支援を合わせると二万から三万の軍勢といった所だろうか。こちらの用意できる数のおよそ十倍近い。国中から剣闘士をかき集めれば今の倍は用意できるだろうが、それでは魔物から町を守る事が出来なくなってしまうし、治安の維持もおぼつかない。場合によっては欲を出した諸侯が後ろから牙をむくという事もあり得る。国内を無防備にした場合、内通者がそれを教唆する危険性がある。


「どうやら一通り片付いたようだよあんた。次はどうするんだい?」


 後ろからかけられたベアトリスの声に振り返る。彼女の肩越しに戦場を見渡すと、既に立っているのは剣闘士達の姿だけとなっている。


「相手に動きが無いようであれば片っ端から潰していくしかあるまい。ベルの話では他にもいくつか似たような連中がいる場所があるらしいからな。各個撃破できれば大した損害も無く戦果を上げられるだろう」


 当たり前の事ではあるが、十対十の戦いを一度行うよりも、十対五の戦いを二度行う方が、同じ十人であるにも関わらず被害はずっと少なくて済む。軍隊が時間に厳しいのはこれが理由だ。攻撃のタイミングを合わせる事が出来なければ、せっかくの多人数による攻撃もあまり意味が無い。


「しかしそう考えるとますます理由がわからんな。会戦はもうすぐ起こるはずだ。なぜ事前に戦力をすり潰すような真似をする?」


 とても合理的とは思えないネクロの行動に疑問符を浮かべる。常識的に考えれば何か理由があっての事なのだろうが、今までのネクロの不可解な行動を考えると何とも言えない。いつかの森での追撃戦がまさに戦力の逐次投入だった。いわゆる悪手中の悪手だ。


「死体野郎の考える事なんかわかんねえけどよ、この調子ならさくっといけそうだよな。今のうちに削れるだけ削っちまおうぜ」


 ウルの声に「確かにな」と頷きを返す。彼女の言う通り、考えればわかるという物でも無さそうだ。


 顔を上げると、あたりを見渡す蜂族の姿が目に入る。下にいる団員に何かを指差しており、恐らくそう遠くない地点に次の死霊達がいるのだろう。


 ――妖精を助ける為に死霊と戦う、か。まるで……


 そこまで考えて、思考が止まる。口をぽかんと開け、だらしなく中空を見つめる。


 ――まるで、何だ?


 喉元まで出掛かった何か。その何かが出てこず、もどかしさに身震いする。ここ最近ずっと気になっていた感覚であり、ただの勘のようなものともまた違う。


 ――思い出せ、何だ。俺は一体何を言おうとした?


 不快な感覚と共に意識を集中するが、その何かは雲を掴むようにあやふやで不確かな記憶の渦に紛れ込んでおり、一向に姿を見せる気配が無い。しかし間違いなくそれは自分の頭の中にあり、それは非常に大事な事のように思える。


 ――俺は何か、大切な事を忘れている気がする


 なぜそう思うのかすらわからない。しかし今までこういった感覚に頼って間違えた事は少ない。恐らくそれは本当に重要な事のはずだ。


「隊長、ちょっと来てくれませんか。妙なもの見つけました」


 意識がだんだんと深い所へ沈み込もうとした所で、駆けつけた伝令の声に意識を現実へと引き戻される。大げさに何度か瞬きをすると、頭を切り替えて伝令の後へと続く事にする。頭の中の何かが気になって仕方が無いが、今は目の前の事象に対処する事の方が重要だろう。


 伝令に案内されるがまましばらく足を進めると、特に特徴も無い窪地へとたどり着く。そこは先ほど殲滅した死霊共がたむろしていた場所の付近であり、辺りには良くわからないガラクタが散乱していた。なんだろうとそれを拾い上げると、まじまじと観察する。


 ――壊れたスコップ? 死霊が土木工事でもするのか?


 考えてみれば疲れを知らないゾンビは労働力として最高だろう。食料も必要無ければ水もいらない。変わった事態に対処するのは難しいだろうが、単純作業を行うにはうってつけだ。

 まわりに目をやると、どこからか運び込まれたと思われる土が山のように積まれている。それは長々と森の方へと続き、やがて窪地の土手と自然に溶け合って――


「そんな……馬鹿な……」


 窪地の中からあたりを見回す。そして彼らが何をしていたのかに思い当たり、背筋を怖気が走る。


「なんてこった……あぁ、ちくしょう!! すぐにフレアへ連絡しろ。砦の連中も呼び出してこの辺りを徹底的に調べるんだ。くそっ、こいつはまずい事になったぞ!!」


 窪地の真ん中に見つけたそれは、ぽっかりと空いた大きな穴。

 人が通るには十分な広さがあり、

 恐らくそれは、砦の方へと真っ直ぐ続いている事だろう。




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