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言葉


「クソ野郎共がいるのはこの先の窪地だ……窪地です。ちょっと前まではもっといたんだけど、最近は半分位になった。どこいったんだかな」


 深い森の中、剣闘士一行を先導する妖精。蜂族のベルが語尾を訂正しながらそう発する。こちらの身分を知った現在。先日の初体面の時のような喋り方はしてこなくなったが、口が悪いのは相変わらずのようだった。こちらへの敵意からではなく、元々そういう喋り方なのだろう。


「ふむ。以外と近いね。しかしこの距離に君等や死霊共がいるというのに、それという報告が来た覚えはないな。私の諜報員は揃いも揃って無能なのかね?」


 左手を歩くフレアが不機嫌そうに呟くと、傍を歩く諜報調査担当官が青い顔をして下へ俯く。この森は砦やアイロナ鉱山からさして離れた距離にあるわけでは無く、確かにあまりおもしろい事態では無い。


「ゾンビも蜂族もほとんど魔力の流れを発しないわ。前者は死んでいるし、後者は体が小さいもの。あまり攻めるのは可哀想よ」


 後ろから聞こえるミリアの声に、「だそうだ」とフレアの顔を見る。彼女は「なるほどね」と頷くと、「魔法に頼り切りの現状をなんとかするべきか……ふむ」と熟考に入る。現場の調査員には気の毒だが、恐らく今後は足を使った調査が増える事になるだろう。


「熊族か兎族の剣闘士がもっと欲しい所だな。音と匂いが索敵や調査に良いだろう。鷹族も優秀だが、森や山間では十分な視界が取れない」


 突撃隊の早期警戒装置であるウルやベアトリス。そしてジーナは、もはや隊には必要不可欠な存在となっている。隊を一人の人間として捕えるならば、彼女らはまさしく目、鼻、耳といった五感に相当しており、失えばその能力は著しく制限される事だろう。理想を言えば全ての部隊に彼女らのような存在を加えたい所だ。


「そうだね。戦後は産めよ増やせよとなるだろうから、そのあたりの改善は期待できるだろう。しかしそれはあくまで戦後の話さ。今は限られた資源でやりくりするしか無いね」


 こちらの声に答える形でフレア。彼女は「それよりもだ」と続ける。


「死霊どもが何故この場に集っているかが気になるね。大した数じゃないとは言え百以上はいるわけだろう? 自然発生にしては多すぎる。ネクロが何らかの目的をもって送り出したと考えるべきだね」


 フレアの声にいくつか考えうる可能性を思い浮かべるが、説得力のある答えは思い浮かばない。奇襲をかけるにしては少なすぎるし、偵察にしては多すぎる。それとも威力偵察――実際に簡単な戦闘を行い相手の実力を測る偵察行為――だろうか?


「伏兵という可能性は考えられませんかね?」


 ジーナから発せられた意見に、思わず片眉を上げる。


「おいおい、会戦までまだ何日あると思ってる……あぁいや、なるほど。そういう事か。有り得るかもしれんな」


 否定の言葉から入るも、その考えが正しいかもしれないと思い直す。


「相手は飢えも渇きも無い死人よ。待つのは得意中の得意じゃないかしら。あの遺跡を守ってた連中だって、何年あそこにいたのかわかった物じゃなかったじゃない」


 賛同を示すミリアに頷く事で答える。我々は反射的に人間としての常識で物事を考えてしまうが、そのあたりの常識は捨て去るべきかもしれない。


「カダスの手記には確かにそういった相手もいたとあるが、基本的にあまり詳しくは書かれていなかったな。かなり努力した事もあったようだが、時が経つにつれて会戦は避けるようになったらしい。恐らく自身の命が危うくなるからだろう」


 いくら扉の力でやり直せるとは言え、命を落としてしまえばそれまでだ。やり直しの末のベストを目指すのであれば、まずは生き残る事が最優先だろう。恐らく皆もその事を皆もわかっているようで、非難めいた顔付きは見られず、誰もが納得した表情をしている。


 皆でああでもないこうでもないとひそひそと話ながら足を進めて行くと、中空で先導をするベルが無言で手を振り上げる。


「ついたぜ。この向こうだ。ほら、見えんだろ。でくのぼうが突っ立ってる姿がよ」


 鬱蒼とした森を進にあった大きな窪地。ベルの言葉に息を殺して覗き込むと、確かに数十人のゾンビの姿が目に入る。彼らは何をするわけでもなくその場に立ちつくし、各々あさっての方向へ顔を向けている。


 ――何度見ても腹立たしい限りだ


 あそこで死後も醜態を晒し続けている亡者達が自分の家族や仲間だったらと考えると、吐き気にも似た強い嫌悪感が込み上げてくる。


「アニキ、大丈夫だとは思うけどよ。あんま大きい音はまずいんじゃねえか」


 傍に居たウルにそう指摘されるも、何の事かわからずあたりを見回す。誰も彼もがこちらを不安気な表情で見ており、視線が合うとそれを逸らされる。


「歯ぎしりだ。凄まじい音がしていたぞ」


 フレアが皆からの視線を遮るように顔を寄せて呟く。気まずさから顔に手を当てると、素早く亡者の方へと向き直る。


 ――そんなに酷い顔をしていたのだろうか


 皆の不安そうな。というよりも怯えに近い表情が頭に残る。


「まぁ、いい。なめられるよりはマシさ……敵は五十かそこらか。まともに武装しているという事は間違いなくネクロの手の連中だな。ジーナの言う通り伏兵の類だとするとこいつらだけじゃない可能性もあるか」


 ひとりぶつぶつと呟くと、ベアトリスに周辺の索敵を行うよう指示を出す。視界も音も無いとなると匂いに頼るしかないだろう。幸い風は穏やかで、彼女達の能力を発揮するには申し分無い。


「それよりもナバール。わかっているんだろうね?」


 耳元で呟かれるフレアの言葉に頷くと、「大丈夫だ」と続ける。


「最悪なのはこいつらが囮だった場合だって事だろう? わかってるよ。今すぐ奴等を肉片に変えてやりたいのは山々だが、一旦引くとしよう」


 なるべくフレアの顔を見ないようにしてそう答えると、後ろ髪を引かれる想いでその場を後にする。


 何度も何度も振り返りながら。

 憎悪を込めた気持ちと共に。




「まったく。君が現れてからというもの、実に不思議な事ばかりが起こるね」


 薄暗い洞窟の中、蝋燭の僅かな明かりに浮かび上がるフレアの姿。彼女は手にした燭台を水の浸食によって出来た天然の窪みにそっと置くと、床に敷かれた粗末な敷布の上へ腰かける。


「妖精の導きに従い、太古の遺跡で夜を明かす。事情が事情でなければ大層ロマンティックだったろうね……そういえば彼らはコモンを喋っていたな。思ったより人に触れる機会が多いのかな?」


 現地偵察の後、蜂族の代表達と話し合いを行った時の事を思い出しているのだろう。遠い目で天井を見上げるように、友好の証としてもらった指輪をもてあそびながらフレア。


「コモン――標準語――か。確か土竜族は独自の言語を持っていたな。このあたりにはどれくらいの数の言語があるんだ?」


 特に意味も無い興味本位の質問。フレアはしばらくこちらを怪訝そうな顔で見ると、「あぁ」と納得の声を上げる。


「君の故郷。地球には沢山の言語があるんだったか。文化的に興味深いと思わなくもないが、不便そうだというのが正直な感想だね。というかなぜコモンを使わないんだ? 何か理由があるんだとは思うが」


 不思議でしょうがないといった様子のフレア。そんな彼女を覗き込むように見上げると、片眉を上げて見せる。


「何故と言われてもなぁ。君が言ったように文化的な側面だったり、言語がひとつのアイデンティティであったりもするからな。そういう運動が今までに無かったわけでは無いらしいが、そう簡単に行くものでも無いだろう。何より新しい言語を覚えるのはかなりの労力だしな。むしろこっちはよく統一なんぞできたもんだ」


 言語を統一したという事は、それまで使われていた言語が使われなくなった。すなわち消えたという事でもある。よほど強い強制力でも無い限り難しいだろう。かつて世界をまとめあげた王でもいたのだろうか?


「ふむ。何か話が食い違うね。労力というが、コモンはそれを喋る人間さえ近くにいれば誰でもすぐに話せるようになるじゃないか。事実君だってそうだったろう?」


 フレアの言葉に、地球へ来たばかりの頃を思い出す。言われてみれば確かにそうだったかもしれない。ファンタジー世界だからそんなものかと気にもしていなかったが、考えて見れば異常だ。


「それに前の言語に"取って代わる"わけだから複数の言語を話す事が出来るという君等の方が我々にとっては不思議だよ。しかし君の反応からすると地球にはコモン自体が無いという事か……気軽に足を踏み入れられる場所では無さそうだ」


 そういうと蝋燭の明かりを消し、隣で横になるフレア。既に熟睡しているウルのいびきがそばから聞こえ、洞窟の壁に不快な反響を呼び起こす。


 ――取って代わる? 言語が上書きされるという事か?


 そういえば近頃では土竜族の連中が流暢な共通語を話すようになっていた。てっきり物覚えが良いだけかと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「言語を上書きねえ。とんだファンタジーだな……原理はわからんが概念そのものを翻訳してるってとこか?」


 あまりに自然すぎて気にもしていなかったが、オノマトペや外来語。その他明らかに文化に依存するような言葉を用いても今まで何の問題も無く会話をする事が出来た。今まで様々な不思議体験をしてきたが、よくよく考えるとそれが最も不思議な事かもしれない。


「まあ、今更だな。それよりフレア、ここの連中はどうするんだ。やっぱり助けてやるのか?」


 暗がりの中ひそひそとした声でそう尋ねると、同じような調子で「仕方あるまいよ」と返ってくる。


「知らなかったとは言え、砦を作る為に森を斬り倒したのは我々だ。そのせいで土地を追われたと言うのなら、せめて移住先の障害を取り除いてやる程度の責任は取るべきだろう。幸いにも敵は同じ死霊どもだしね。それより私はそろそろ寝るよ。慣れない森の移動は堪えたよ」


 そういうと体の節々をぽきぽきと鳴らしてみせるフレア。今日の様な行軍はかつての彼女ならものともしなかったろうが、こちらのフレアには随分と重労働となったようだ。


「わかったよ。それじゃおやす……あ?」


 ふと、頭の中に蘇ったいつかの光景が就寝の言葉を遮り、とぼけた声が自然と漏れる。


 ――はーん、言えねえってか? んじゃ名前はどうだ?――


「……すまないフレア、最後にひとつだけいいか。"過去を無くした人"という言葉をコモンで喋っても、あくまで"過去を無くした人"という音になるんだよな?」


 ――んじゃおめぇさんも俺と同じナバールだな――


「何を当り前の事を言ってるんだね君は……もしかしたら何かあるかもしれないが、ぱっとは出てこないね。健忘者? いや、過去とは記憶に限った事でもないか。地球人の言葉なら何かあるんじゃないのかい」


 ――俺の故郷の言葉さ。ナ・バアル――


「地球人……いや、そんなわけが無い。赤い目をした地球人などいない」


 ――過去を無くした人って意味だ――


「あいつは、誰だ?」




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