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謀略



「おかしい……絶対に何かがおかしい」


 自室の入り口に敷き詰められた赤い花束を見ながら呟く。花に詳しいわけでは無いが、それに強烈なメッセージが込められている事位はわかる。決して安い物では無いし、手間もかかるはずだ。


「うわ、凄いやねあんた。お嬢ちゃんからかい?」


 部屋の前を通りがかったベアトリスが中を覗き込むようにして発する。肩を竦める事で応えると「どうしたもんかな」と溜息を付く。


「あぁ。そいやあんた、花はやらないんだったね。おかしな貴族もいたもんだ。ひとつやふたつ花瓶に活けといて、後はまわりにおすそ分けってのが通例だけど……」


 彼女は「大丈夫なのかい?」と語尾をすぼませる。花のお裾分けを行うというのは、確か二人の関係を公的に周知させるという意味があったはずだ。そこを気にしての事だろう。


「ううむ。正直な所、どうしてここまで激しくアピールをしてくるのかがわからん。ここ最近になって急にだ。嫌なわけではないが、ここまで露骨だと気味が悪いぞ」


 花束を一つつまみ上げると、その甘い香りを感じ取る。花本来の持つ香りとそれに垂らされた香水の匂いが上手い具合に混ざり合い、非常に落ち着く香りとなっている。ただ、それがどういった意味を持ち、どうやって作られたかとなるとさっぱりだ。

 花については一度ウォーレンに講釈してもらったが、はっきり言って全く覚えていない。貴族の嗜みとしては男女問わず一般的な物らしいが、興味を持つ事が出来なかった。どうしても女性が好む物というイメージがあるからだ。それじゃいかんとわかっていても、何かこう。譲れない一線とでも言えばいいのだろうか。


「気味が悪いってあんたねぇ……でもまあ、浮かれるのもわからんでもないさね。恋愛成就ってのは身分問わず皆嬉しいもんだろう? ましてや相手は救国の大英雄だってんだからね。女王だろうがなんだろうが同じじゃないかい?」


 ベアトリスの言葉にそんなものだろうかと曖昧に頷くが、ふと違和感を感じて聞き返す。


「成就? どういう事だ? 俺は何もしてないぞ? 今の所そのつもりもないしな」


 少なくとも今回のフレアには、と心の中で追記しながら発する。それを聞いたベアトリスはしばらくぽかんとした顔で呆けていたが、素早く廊下を左右に見渡すと、青い顔をして部屋の中へと飛び込んでいく。


「ちょっとあんた、何考えてんだい!!」


 こちらを引き摺りこむようにして扉を閉めると、血相を変えて口を開く。


「まわりの連中はあんたが王配になるつもりだって皆知ってるさね。上はウォーレンから下は下女までその噂でもちきりさ。滅多な事は言うもんじゃないよ!」


 強い剣幕でそう言うベアトリス。混乱した頭でその顔を見るが、決して冗談を言っているわけでは無い事がわかる。


 ――どうなってる。向こうの謀略か?


 なおも詰め寄ろうとするベアトリスを手で制すると、考えを巡らせながらベッドの上へと腰かける。


 ――内通者によるものか? くそっ、ろくでもない事をしてくれる


 どういった手法を用いたかはともかく、こちらがあたかも王位へ興味があるかのように見られているというのはまずい。現段階でのジパングは決して一枚岩と呼べる程にまとまっているわけでは無く、わずかな綻びから崩壊する可能性が十分にある。力のある諸侯がこちらを担ぎ上げて事を起こそうとすれば、実際にそれが行われなくとも大きな影響が出る事になるだろう。積極的な協力を得られないというだけでも我々にとっては深刻な問題だ。


「君はウォーレンから下女までと言ったな。それは本当に……あぁいや。こんな嘘をついてもしょうがないか。しかしそうなると想像以上に厄介だな。あのウォーレンが単なる噂程度の話をそうそう信じるとは思えん。相当影響力のある相手という事になるな」


 腕を組むと、それが可能だろう顔ぶれを頭に思い浮かべる。影響力があると言えばクオーネ卿やカダス。それにアキラといった面子になるが、彼らにそんな事をする理由があるとは思えない。

 小さく舌打ちをすると、考えを犯人捜しから対処法へと切り替える。近しい身内がやったのかもしれないと考えると、吐き気にも似た感覚が襲ってくる。


「建国宣言以来人の出入りが急激に増えたからな。有力所の動向は押さえてるつもりだが、見落としがあるのかもしれん。ウォーレンに言って今まで以上に情報を集めるよう念を押しておくか」


 忘れないように手帳替わりの紙切れに短くメモをしていると、「それだけじゃ駄目さね」とベアトリスが小声気味に発する。


「あんたがあの娘をどう思ってるかは知らないけどさ、少なくとも体面上くらいは嬢ちゃんに気があるようにしときよ。それだけで大方の連中は諦めるだろうしね。それとさっきみたいな事を他所で口走っちまったらそれだけで面倒になるよ?」


「わかってるんだろうね?」といった様子のベアトリス。ぐうの音も出ないので素直に頷くが、そんな真似をしてフレアが傷つかないだろうかと不安も感じる。"以前のフレア"であればそんな事は歯牙にもかけないだろうが、今回の彼女となると判断が難しい。


「いや、逆か。むしろそう考えるとフレアの行動にも納得が出来る……なるほど。そういう事か」


 何者かが仕掛けたこのふざけた噂は、当然早い段階で彼女の耳にも入っているだろう。以前と違うとは言ってもフレアはフレアであり、その聡明な頭脳は健在だ。すぐさまその対処として二人の仲を見せつけるような行動を取るというのは、とりあえずの対処としては理に適っているように思える。もちろん最終的には根本を絶つというのが前提だが。


「いくらか口裏を合わせておく必要があるな。ベアトリス、フレアが今どこにいるかわかるか?」


 ぶつぶつとひとり呟くと、いつの間にやら部屋の物色を始めていたベアトリスに声をかける。


「さあねぇ。しばらく前にウォーレンと町へ出て行ったから、まだそっちじゃないかい。それよりあんた、外の様子を見ておくれよ。ここを出る姿でも見られたらそれこそ大問題…………あぁ」


 突然何かを思いついたように声を上げるベアトリス。ドアノブにかけていた手を止めると、何事だろうと振り返る。


「いやあね。考えてみりゃあさ、この状況ってのはかなりおいしいんじゃないかと思ってね。ほら、たった今あんたに貸しを作ったわけだし、今ここで返してもらうってのも悪くないやね」


 一瞬何を言ってるのかがわからず固まるが、意味を飲み込むと思わず苦笑いが漏れる。


 ――あの時と似てるな


 アイロナや川沿いの村での出来事を思い出し、少し苦い気持ちが蘇る。もう随分昔の事のようだ。


「確かにそうだな。君が叫び声ひとつ上げるだけで俺はかなり困った事になる。しかし、だ。ベアトリス。まがりなりにも英雄と呼ばれるような男を脅すってのはどうかと思うぞ」


 こちらの指摘にニヤリと笑みを見せるベアトリス。


「女をほいほい自室に入れたあんたが悪いさね」


 そう言いながら手をわきわきとにじり寄る彼女。別に招き入れたわけでは無いんだがと思いつつ、どうしたものかと思案する。


 ――まあ、いいか


 特に断る理由も無ければ、他の貴族男性のように肩肘張った貞操観念があるわけでも無い。それに彼女の持つふたつの決戦兵器に抗うには、徳の高い僧侶でもなければ難しいはずだ。そうだろう?


「はいはい。いつだって俺が悪いのさ」


 なお、実際のところ機密保持の為に防音加工された部屋――魔法というのは偉大だ――で叫び声をあげても、よほどの事が無い限りは誰かが聞き付けるという事は無い。

 だが、それは言うだけ野暮という物だろう。




「バタフライエフェクトだ……」


 やるせなさに包まれ、膝をつく。


「ちくしょう!! 変わっちまった!! 俺が不用意に未来を変えた影響だ。まさかこんな所まで来るとは普通思わないだろ!!」


 悔しさのあまり拳を地面に叩き付けると、がっくりとうな垂れる。


「ど、どうしたのナバール」


 談話室でくつろいでいたアキラが、いったい何事かと歩み寄って来る。手にしているのは穀物茶だろうか。香ばしい匂いが漂って来る。


「どうしたもこうしたも無いさ。人類にとって貴重なものがひとつ失われちまった……あぁ、そうだ。お前俺とフレアについて、最近何か噂を聞いたか?」


 アキラは真剣な顔で顎へ手をやると、「噂かあ」と思案した様子を見せる。


「細かいのを含めるとキリが無いけど、別に悪い話は聞かないよ。みんな尊敬してるし、婦人方からはなんとか会えないかって催促が凄いよ。あぁ、でもここしばらくは減ったかな?」


 アキラの答えに「尊敬……ね」と複雑な表情で呟く。ベアトリスの胸が以前より極僅かに小さくなっていた事に膝をついて落ち込むような男だと知っても、皆は変わらず尊敬してくれるだろうか?


「フレアが妙に積極的だから、それでみんな遠慮してるんじゃないかな。女王を敵に回してもいい事は無いだろうからね。かわりに男性陣からの要請が増えたよ。ちょっとクセのありそうな連中が多かったかなあ。ナバールが王になるかもってんで今の内に取り入ろうとしてるんじゃないかな」


 こちらの自己嫌悪など知るゆえも無いアキラがいたって真面目にそう答える。権謀術数に興味の無いアキラでさえそう感じるという事は、相当本格的な話が来たと見て良さそうだ。


「なるほど……わかった。ありがとう。それとその噂。俺が王権に興味があるというやつだな。そいつの出所はわかるか?」


 アキラは「もう皆に広まってる事ではあるけど」と前置きをして続ける。


「俺の時はツヴァイとジーナから聞いたなあ。あぁ、でもそうだ。みんなウォーレンが言ってたって口を揃えてたよ。積極的に噂話をするような人じゃないから珍しいなって思ったのを覚えてる」


 ――ウォーレンが? 確かに奴らしくないな


 思った以上に事態は深刻なのだろうかと眉間に深いしわを寄せる。噂が強い影響力を持つこの世界において、彼のしている事は決してほめられたことでは無い。しかしそんな事がわからない彼では無いはずだが……


「ふむ。直接聞いてみるしかないな。自慢じゃないが、こういったやり取りでウォーレンを出し抜けるとは思えん」


 この時間だと執務室にいるはずだと、すぐにそちらへ向かう。「それより人類にとっての貴重なものって何だったの?」というアキラに「お前に教えたら間違いなくショックで倒れるさ」と笑顔で答える。




「これは珍しいですね。どうしました。少しは書類仕事に興味が出てきましたか?」


 部下数名と共に作業をしていたウォーレンが、こちらに気付くとそう声を上げる。


「残念ながらまだその域には達してないよ。それよりちょっといいか?」


 目で奥の部屋への入り口を示すと、「了解しました」とウォーレン。厳重な防音処理が施された部屋で二人ソファへ腰を下ろすと、しばし無言の時が過ぎる。


 ――様子は至って普通そうだな


 いつも通りわずかな微笑と正しい姿勢。聡明そうな目付きがこちらをじっと伺っている。


「単刀直入に聞く。俺が王権に興味があるという噂を流したのは、お前か?」


 下手な小細工は必要無いとそう発する。ウォーレンは不思議そうな顔で少し首を傾げると「はい、そうですが」と事もなげに答える。少しの間呆けていると、ウォーレンが眼鏡を押し上げながら口を開く。


「以前"俺やフレアが王権を民衆に返すといったらどうなると思う?"と仰ってたのは隊長じゃないですか。あの時だけじゃなく、度々そういった言動がありますよ。すっかりその気なのかと思ってましたが、違うのですか?」


 ウォーレンの言葉に動きが止まる。


 ――あぁ……そう言えば……


「私のせいもありますが、ボスは……失礼。女王陛下は完全に舞い上がってますよ。やれ今日は隊長が笑い掛けてくれただの、やれ今日の隊長はかっこよかっただの。正直聞いてるこちらが恥ずかしくなりますよ……それより今は大事な時期です。まさかこの期に及んで女王の寵愛を拒むような真似はしませんよね?」


 眼鏡に日の光を反射させるウォーレン。茫然としたままのこちらに出来る事は、「あ、当り前じゃあないか」と発するのがせいぜいだ。


 犯人はウォーレンであり、フレアであり。

 そして、自分自身。

 なんともまあ、間抜けな話だ。





たまには平凡な日常を。

章全体として平和が続くのは、最後かもしれませんし。

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