白兵
――他の小型船が横付けしたのか?
仲間に注意を促すと共に、一部の部隊を左右へと振り分ける。
「目標は船の制圧だ。前進は止めるなよ……っと、ちくしょう。揺れる地面ってのは頭に来るな」
セントフレア号に押される形となったのか、その場で大きく傾く敵船。駆け出そうとした足を止めて踏ん張ると、ぶつぶつと文句を漏らす。
「囲んじまえ!! なんだか知らねえが突っ込んじまえば同じだ!!」
敵の指揮官だろうか、三角帽子を被った敵兵が声を上げる。
「隊長、どうします。水際で食い止めますか?」
剣闘士の男が剣で船の縁を指しながら発する。
「いや、面倒だからまとめて片付けよう。海に叩き落しても死ぬわけじゃないしな。それより船の制圧を急ぐんだ」
セントフレア号がこの船に横付けしていられるのは、恐らくわずかな時間しかないだろう。かなり低速で身動きも取れない事から、他の小型船に突撃される危険性がある。
喋っている合間にも次々とフックがかけられ、素早い身のこなしで敵の水平が甲板上へと躍り出てくる。五名程が甲板に現れた頃に、そろそろいいかと足を向ける。
「剣闘士相手に乱戦はどうかと思うぜ?」
誰にともなく呟くと、敵の水兵に剣を突き出す。相手はそれを流そうと剣を振るうが、それがぎりぎり届かない距離で手を止める。
――ふむ、確かに素人だな
大振りに払われた剣は空を切り、相手の胴ががら空きとなる。止めた剣を再び突き出すと、鎧の隙間へ差し入れる。素早くそれを抜き取ると、左から突き出された槍を盾で受け流す。
――こういうのはどうだ?
槍を持つ男に盾を押し付けるように体重をかけると、右手を高く上げ、タワーシールドの上から男の首へ剣を滑らせる。ほぼ全身を覆えるこの大盾は、右手の動きを相手の視界から隠すのにも重宝する。かなり重いので行軍には邪魔で仕方が無いが、今回のように限定された戦場で使うには最高の盾だ。
「くそ、死にやがれ!!」
仲間の死に焦ったのか、斧を構えた男が大きくそれを振りかぶる。
「まだ御免だね」
振り下ろされた斧を、タワーシールドを斜めにする事で右へと受け流す。衝撃でシールドが時計回りに回転し、浮いたシールドの足元から相手の膝を切りつける。同時にこちらへ走りこんできていた男に、水平にした盾を思い切り打ち付ける。
「あっ、がっ」
戦闘経験の無い素人なのか、それとも咄嗟の事で反射的にそうしてしまったのか。盾を受け止めようとした剣は中央から真っ二つに折れ、盾は男の首を永遠にあさっての方角へと向けさせる。
――鋼ではない? 銑鉄か?
綺麗に折れた剣を見て、フランベルグの現状をいくらか垣間見る。鋼であれば例え折れたとしても、そのしなやかさをもって大きく曲がる事が殆どだ。このようにポキリと折れてしまうのは、あまり手をかけていない安物の鉄という事になる。
「まともな武器さえ与えられないとなると……フランベルグの混乱は想像以上だな」
手斧を投げようとしていた男に盾を構えて突進すると、前に出されていた左手を素早く切り落とす。振り下ろされた手斧を盾を上げてで受け止め、空いた隙間から男の腹を蹴りつける。男は手の無くなった左腕を押さえながらよろよろと後ろへよろめくと、悲痛な顔で海へと落ちていく。
「アニキ!! 後ろだ!!」
横付けされているだろう敵船を見ようと縁へ近づくが、ウルの声に咄嗟に振り返る。そこには大きな樽を両手で持ち上げた敵兵の姿。
――気を引き締めんといかんな
すぐさま盾を手放し、身を横へ飛ばす。床を一回転して膝立ちになると、空いた左手で投げナイフを投擲する。ナイフは男の身体へと突き刺さるが、恐らくウルが投げたのだろう。既に喉へ刺さっていた一本が致命傷となりそうだ。投げられたタルが床を転がり、そばにいた剣闘士を派手に転ばせる。
「ウル、助かったよ。今度うまい飯でもおごらせてくれ」
落とした盾を拾い上げ、まだ甲板にいた敵兵へとゆっくりと近づく。敵兵はおどおどしながらも身構えるが、二、三歩足を進めると、叫び声と共に自ら海へと飛び込んでいく。
――なんだ?
敵のあまりの怯え方に何があったのかと振り返る。しかし後ろでは相変わらずの盾の壁による攻勢が続いているだけで、特に変わった何かは見られない。
「いや、どう見てもあんたに怯えたんでしょ」
傍にいたウルがじと目でそう発する。何を失礼なと不満気な顔を向けるが、転がった死体にそれも仕方ないかと溜息を付く。
「船倉、制圧完了しました! なお、船倉から船首へと繋がっていたようですが、現在バリケードで封鎖されているようです」
内部攻略に入っていた剣闘士の報告にいくらかの苦笑いをもって応じる。
「そうか、ご苦労だったな。それでは始めるとするか……ラッパ、鳴らせ!」
傍にいた軍楽隊の男に、手振りと共に指示を出す。彼はそれを聞くと即座にラッパを構え、非常にシンプルな単音を長々と奏でる。それを聞いた剣闘士達は慌てるでもなく互いに頷き合うと、手にしていた槍を上段に構え始める。
「よし……放て!! 突撃だ!!」
合図と共に一斉に放たれる投げ槍。それらは盾を持っていない。もしくは持っていてもせいぜいがラウンドシールド程度の敵軍に、致命的な打撃と混乱を与える。アインザンツの得意とする戦法だが、なるほど。国土が広く周辺部族との戦いが多くを占めるの彼らにとって、実に有効な手段だったのだろう。
投げ槍によって生まれた混乱に乗じ、武器を槍から剣へと変えた剣闘士達が一斉に前へと突撃する。盾で相手を打ち倒し、隙あらば剣を繰り出す。何も難しい事は無い。ただただ前へと進むだけだ。
「よし、そのまま海へ……くそっ! なんだ!?」
右手より現れた閃光にすぐさま顔を向ける。閃光は船首へ追い詰められた敵兵へと吸い込まれるように向かい――
「全員伏せろおぉぉ!!」
叫ぶと共に、盾を構えてしゃがみこむ。
数瞬の後、耳をつんざく大音響。
向こうより飛来する残骸。木、鉄、そして人体。
「ミリアか! くそっ、なんてことしやがる!!」
顔を上げると、今まで人でひしめき合っていた船首楼が全くの無人となっていた。まだ上へと昇っていない味方に被害は無いようだったが、少しでも遅かったら大変な事になっていただろう。
どんな魔法を用いたのかわからないが、衝撃で粉砕された船首楼をじっと観察する。焦げや何かの跡が無いので、恐らく純粋に爆風か何かを起こしたのだろう。破壊の範囲は狭いようだが、あれだけ密集していた相手だ。粉砕された互いの肉体や装備が凶器となった事だろう。
「また例の発作か? 何にせよ早い所切り上げて……ちくしょう! 退避だ退避!!」
セントフレア号から続けざまに発せられる光球に、慌てて船首側へと避難する。光球は船尾楼を次々と粉砕すると、つい先ほどまで味方が立っていた甲板をも破壊する。
「あんにゃろう!! 後で散々に文句言ってやらぁ!!」」
飛んできた木片が頭に当たったらしく、涙目でおでこを抑えながらウル。これはいよいよまずいかと不安を覚え始めた頃、ようやくその暴風が収まりを見せる。
――傍にフォックスを付けておいて正解だったな
恐らくフォックスがミリアをなんとかしたのだろう。しばらくセントフレア号の見張り台を不安を持って見つめてたが、次の一撃は訪れそうになかった。
「よし、さっさと戻るとしよう。甲板上にいるのは我々だけだ。いい的になっちまうぞ」
まだ船尾楼内にいくらか生き残りがいるかもしれないが、既に戦闘継続力は無くなったものと見ていいだろう。少なくとも自分であれば災難が去るまでじっとしている。
操船主のいなくなった船が文字通り風の吹くままに動き続け、セントフレア号がそれに追従する形で並走し始める。やがて完全に二隻が並んだ頃合を見て渡しの梯子が下ろされる。
「よう旦那。大した暴れっぷりだったな。損害はどんなもんだ?」
きょろきょろと周囲の海へ目を配らせながらビスマルク。同じように周囲を伺うと、小型船が他のグループに合流すべく距離を取っていくのが見える。
「大した被害は出てないよ。ほとんど完勝と言っていい。だが次からは厳しくなりそうだな」
見張り台を見上げながらそう言うと、ビスマルクが「魔女様は下だぜ」と足を踏み鳴らす。恐らくフォックスが眠らせるなり縛るなりなんなりしたのだろう。
「旗艦がどれかわからねえけどよ、他の三隻が相手してるどれかだろうな。やっこさん達まだやる気みてぇだぜ」
ビスマルクに促されるように視線を向けると、少し離れた場所で激しい射撃戦が繰り広げられているのが見える。
「今のような白兵戦をした場合、船はどれくらい耐えられるんだ?」
次なる標的を探しつつそう発する。ビスマルクはセントフレア号の損害を受けた箇所へ目を移しながら答える。
「次か、せいぜいがその次までだろうな。無理すっと逃げるだけの速力が出せなくなるし、何より沈みかねねえ。勝ったはいいが、帰る場所はなくなりましたじゃ洒落にもならねえだろ」
ビスマルクの台詞に「確かにな」といくらか笑みを浮かべて返す。いざとなればそのまま拿捕という手もあるが、積荷を移し変える余裕は無いだろう。食料を持ち帰れないのでは目的を達成したとは言い難い。
――だが、決して悪くは無い流れだ
味方の四隻はどれも損害を負ってはいるが、依然として戦闘可能な状態で航行している。大して相手は大型船一隻が完全に沈黙。小型船もいくつかにかなりの被害を与えており、中には沈没寸前の物も見える。
「各員損害確認と再編成を急げ。提督がもう一度か二度は暴れる機会をくれるそうだぞ」
剣闘士達が笑い声と共にビスマルクへ敬礼をする。ビスマルクはいくらかむっとした様子を見せるが、まんざらでもないらしい。少し口を尖らせたまま敬礼を返す。
「なあアニキ。盛り上がってるトコ悪いけどよ、あれなんだ?」
迷子になった子供のように、こちらの裾を引きながらウル。「なにがだ?」と振り返り、彼女の指差す方へと目を向ける。
「…………なんてこった。くそっ、見張り台!! 向こうの方角だ!!」
遠目に見える複数の黒い影。鷹族でなくとも見える大きさという事は、間違いなく大型船と見て良いだろう。それが少なくとも八つ。小型船も伴っているとなると、その数は想像も出来ない。
「大型帆船八!! 小型ガレー船は……数え切れません! 少なくとも二十以上!! フランベルグ船です!!」
慌てた様子で見張り台から声が上がる。盛り上がっていた甲板が嘘のように静まり返り、重々しい空気が漂う。
――諦めるにはまだ早いかもしれないが
アキラを陸へ残してきて良かったと心の底から思う。万が一自分がここで果てる事になったとしても、未来への希望があると思えば悪くは無い。
「長い一日になりそうだな……」
自らの手に視線を落とすと、ぼそりと呟く。
返事は期待していなかったが、その通りになった。