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海戦準備

「取り舵半分。速度めいっぱい!」


 大声で発せられるビスマルクの指示に応の声が返され、船が左に旋回し始める。水兵達が大慌てで帆を開き始め、船はゆっくりと加速していく。


「旦那。ここいらで外洋航行できる船を持っているのはどこだ?」


 真剣な眼差しのビスマルク。彼は南方の出身者がゆえ、このあたりの事について詳しく無いのだろう。取り外しの簡単な鎧を身に付けながら答える。


「アインザンツの王国海軍か、フランベルグ王家の私掠しりゃく水軍。クオーネ卿のはこっちに来たから、後はモルトケ伯爵か。北にも群島があるから水軍はあるかもしれんが、ここまで来れるようなのは無いだろう」


 そう答えると、「一番ありそうなのは?」とビスマルク。それに「王家の私掠船だろう」と返すと、「そのしりゃくせんってのはなんだ?」とウルが口を挟む。


「ん。私掠船というのは、王家の許可を得て海賊行為をする船の事だな。簡単に言うと海の傭兵みたいなものだ。西へ真っ直ぐいくとアインザンツと諸外国への航路があるから、そこを根城にしてる連中の可能性が高い。フォックス! 大盾を引っ張り出してくれ!」


 船室から運び出される大盾を伏せた状態で並べて行く。無いとは思うが、相手がただの商船だった場合、甲板が戦闘状態では無駄に警戒させてしまうだろう。


「船長! 小型二隻が追加!! いずれもガレー!! ……あぁ、なんてこと。まだまだ来ます!! 大艦隊です!!」


 見張り台の水兵が錯乱気味に叫ぶ。ビスマルクの「落ち着け!」という声を尻目に、船首楼へと駆け昇る。


「こいつは……幸運の女神は俺の事がよほど嫌いなようだな」


 まだ米粒程にしか見えない敵船だが、見張りが言うにはガレー船との事だ。ガレー船は短時間において帆船よりも素早く、風向きや強さに左右される事無く動く事が出来る。このままではいくらもしないうちに追いつかれてしまうだろう。


「連絡員! 後ろにも戦闘態勢を取るよう伝えてくれ。万が一気付いていないと困る。ウル、夜警の連中も起こすんだ。全員戦闘態勢!!」


 声を張り上げてそう言うと、一気に甲板が騒がしくなる。連絡員の持つ手鏡がちかちかと瞬き、暗号化された信号を他の船へと伝える。剣闘士達が弓を手に甲板へと整列し、船の縁についたロープへ矢筒を結びつけていく。揺れる船の上では、甲板に直接物を置くのが危険だからだ。


「ビスマルク達に習った事を思い出せ! 槍は中央甲板!! ミリア、フォックス。上に上がるんだ!」


 敵の乗り込みに備える為の槍を持った部隊が中央甲板へと走り出す。船尾楼や船首楼に設けられた矢狭間の木蓋が次々と開けられ、射撃の得意な者達が配置に付く。


「ちょっと待って、あんな高い所登れるわけないじゃない……ってあぁ、嫌な予感がするわ……ちょ、ちょっと待って。心の準備が!」


 慌てふためくミリアとは対照的に、冷静な顔をしたフォックス。彼女はミリアを素早く抱え上げると、片手であるにも関わらずすいすいと縄梯子を昇って行く。ミリアが声にならない悲鳴を上げ、少し同情心が沸く。


「これで遠距離部隊は問題無い……ビスマルク! どれくらいで追いつかれるんだ!」


 ビスマルクは操舵員や水兵に細かい指示を飛ばしていたが、こちらの声に気付くと小走りで近寄ってくる。


「旦那、敵で間違いねえのか? 大船団だぞ?」


 訝しげな顔でビスマルク。一度相手船団の方をざっと眺めると、口を開く。


「敵じゃなかったら笑い話にでもすればいいさ。そうじゃなかった時のリスクが大きすぎる。ここに逃げ場は無いからな……おい、油は中央へ持って行け!! 楼の内部で火事になったらどうするんだ!」


 火矢の為の油を持った船員が、船尾楼の方向から慌てて回れ右をする。消火用の木桶と水の入った樽がそこら中におかれ、何人かがそれを盾にするように座り込む。


「船長!! 大型四の小型八!! 向こうさん停船の信号を送って来ました!! フランベルグ方式です!!」


 ビスマルクと二人、顔を見合わせる。


 ――この距離で理由も無しに止まれ、か


 これはもう決まりだなと、戦いへの覚悟を決める。


「突撃隊は班長を除き船室に潜ってろ!! 盾を忘れるなよ!! それよりビスマルク、接敵するのは後どのくらいだ?」


 ビスマルクは少し考えた様子の後に「そうだな」と答える。


「相手がどれだけの速度が出るかによるが、この風じゃあせいぜい一時間かそこらだな。それよりバリスタはどうすんだ。投石か? 銛か?」


 手振りを使って石や銛の模写をするビスマルクに「俺達を何だと思ってるんだ?」と返す。


「剣闘士が白兵しないでどうする。相手を釣れるようなら銛で頼むよ。それよりラム(船首)で胴をかち割られるのだけはなんとか避けてくれよ。泳げない者も多いんだ」


 小型のガレー船による攻撃で最も恐ろしいのは、ラムアタックと呼ばれる体当たり攻撃だ。船首についた突起で相手の船に穴を開けるという至ってシンプルな攻撃方法だが、速度の出るガレー船が行うと強力な武器となる。


「それこそ俺を何だと思ってるんだって奴だぜ旦那。連中がどんなだか知らねえが、海賊稼業の長さじゃ誰にも負けねえよ。任しときな」


 自信満々のビスマルクの声にいくらか安堵の気持ちを覚えると、船室待機組の部隊に食糧を甲板へ持ち運ぶように指示を出す。全ての人員を隠せる程の大盾があるわけでは無いので、穀物の詰まった麻袋で即席の土嚢代わりとする為だ。

 その後も慌ただしく戦闘準備を進め続け、どれ程が経ったろうか。敵の船団がはっきりと目視できる距離になった頃、見張りが再び報告を寄越す。


「旗が上がりました!! フランベルグ国旗です!!」


 甲板にさざ波立つどよめき。部下達に聞こえない程度に、こちらも動揺の声を上げる。


「私掠船をわざわざ正規軍としたのか? 何だ? 何の意味があるんだ?」


 フランベルグには、公式には海軍は存在しない。国家が表だって海賊行為を行っている事を周知するなど愚の骨頂であるし、私掠船であれば偽装としての効果も期待できるだろう。わざわざ正規軍の旗を揚げる理由に全く見当が付かない。


「なあ旦那。うちのはどうするんだ。名前すら決まってねえぐらいだ。旗もねえんだろ?」


 ビスマルクにそう言われ、確かになと苦笑する。一応仮にと用意したフレアの旗はあったのだが、クラーケンとの戦いで全て流されてしまった。帆船とガレーという事で見分けが付く為いらないといえばいらないのだが、どうにも締まりが悪い。


「ウル、お前確か紅を持っていたな?」


 最近少し色気づいて来たのか、彼女がちょっとした化粧道具を持ち歩くようになっているのを知っている。実際に使った所は見た事が無いが、キャラクター的に恥ずかしいのか、それとも使い方を知らないのか。その辺何か思う所があるのだろう。「何に使うんだよ」というウルに「旗を作るのさ」と小さな小箱を受け取る。


「今度上等なのを買ってやるから勘弁してくれよ……ふむ、これでいいだろう」


 旗の中央に紅を伸ばすと、いくらもしないうちに完成する。技巧もへったくれも無いが、それで十分だ。「シンプルすぎやしねぇか?」というウルや周りの声に「俺の故郷の旗なんだ」と説明をする。


「島国だから海軍には思い入れのある国だったんだよ。少しくらいあやかってもバチはあたるまい」


 やがてマストロープを伝い、高々と揚げられる日の丸の旗。懐かしさを持ってそれを見つめていると、仲間の三隻からも次々と日の丸が揚げられていく。内一隻は適当な染料が見つからなかったのだろう。色も形もかなり不格好なものとなっており、かなり滲んでしまっている。果物か何かの汁を使ったに違いない。


「それでも日の丸とわかるあたり、やはり便利なデザインだよな……よし、寄港するまではこいつが国旗だ。こいつは太陽……はここには二つあるな。えぇと、そうだな。うちらのボスはフレアだ。これは母なる太陽を表し、フレア自身をも表す。そうだな。そういう事にしておこう」


 独り言のようにぶつぶつと口にすると、今度は大声でもって訓示を行う。旗というのは士気を保つにおいて、非常に重要な役割を果たす。


「旦那ぁ! そろそろだぜえ!!」


 訓示を終えていくらもしないうちに、ビスマルクが声を掛けてくる。頷く事でそれに応えると、土嚢――詰まっているのは土では無いが――の間から敵船を伺う。


「左右へ別れてるな……海戦の事は良くわからないが、包囲を狙ってるのか?」


 全部でいくらいるのかわからないが、ざっと見ただけでも二十近い敵船。そのうち半分がこちらへ直進し、残りの半分が進路を塞ぐように分かれていく。


「まあ、そんなとこだろうよ。だがラムを持った船は密集できねぇ。仲間の腹をかち割っちまうからな。回頭して突っ込むが、目標はどれにするよ?」


 前を見据えたままビスマルク。「そうだな」と少し考えてから答える。


「同じ狙うならでかい奴でいこう。でかいうちのどれかが旗艦のはずだ。それが落ちれば引くかもしれん」


 戦力差を考えると、まともに戦って勝つのは絶望的だ。ある程度打撃を与えた後、足の長さを活かして撤退するのが良いだろう。


「射撃部隊構え!!」


 段々と近寄ってくる敵船。敵船は統一された規格による船団では無いらしく、何種類かの船舶で構成されている。屋根付きの物やそうで無い物。巨大なラムを持つ物や不格好な船体を持つ物など実に様々で、どれを狙うべきかと迷いが生じる。


「旦那。火矢なら屋根付きがいいぜ。屋根の上の火は消せねえからな」


 ビスマルクの助言に「確かにその通りだ」と頷くと、目標を指示する。


「面舵一杯!! 全速前進!! 野郎ども、気合入れやがれ!!」


 こめかみに血管を浮き立たせたビスマルクが怒声を発する。頼もしい声だと、耳鳴りをする頭を軽く擦りながら少し口角を上げる。


 ――なぜだろう?


「射撃開始だ。各員、リードに従い斉射。矢はうんざりする程あるぞ。好きなだけ使え」


 ――なぜこんなにも


「突撃隊の準備は出来てるな? クラーケンとの戦いでは船倉に閉じこめられてたんだ。その鬱憤を晴らしてやろうじゃないか」


 ――戦いが楽しく感じるのだろう


「相手は人間だ。突けば死ぬし、腕が生えてくるような事も無い。ここはお前らの管轄だ。全てを――」


 メインマストに、素手による一撃を加える。


「物言わぬ骸に変えてやれ」





ヤンデキタ

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