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堺の街で

 秀頼は播磨・妻鹿城を落とし、しばらくたった頃、堺の街に忍んで来ていた。前田慶次郎一人を連れ、一人の商人と会うために。慶次郎は用心棒である。


 「御免! 主は居るか? 」


 慶次郎がある店の中に入り手代の者に尋ねる。


 「あ、貴方様は前田様? 」


 独特の歌舞いた装いは有名である。手代は慶次郎の後ろに居る若い武将に目をやる。いかにも高級そうな出で立ちで凛とした佇まいだ。


 「ま、まさか!? 関白様? 」


 秀頼は笑って頷いた。


 「し、少々お待ち下さいませ! 」


 すぐに秀頼は奥に案内される。


 その男は松江隆仙といい堺・会合衆の一人である。堺の商人の中でも力を持っているのが会合衆と呼ばれる者達であり、その中でも松江隆仙は十指に数えられるほどの実力者であった。


 形ばかりの挨拶を交わし秀頼が用件を切り出す。


 「隆仙殿、手土産でござる。受け取って下され」


 にっこりと笑った秀頼が五千貫を引き出して差し出した。


 「おお、関白様、これはありがたきこと。

  したが、これはいったいどうしたことで?」


 いきなり大金を積まれ訝しがっているのである。


 「いや、堺をよく治めていただいている礼でござるよ。

  この堺は我が関白家にとって重要な地ですからなぁ。

  それに我が手の者に守らせてはおるのじゃが、三千ほどしか兵が避けなくての。

  隆仙殿は、ご自身で兵を雇っていると聞き及んでおりますぞ。

  その兵たちの腹の足しにでもして下され」


 秀頼の言う通り、堺には代官として毛利勝長を置き、三千の兵で守らせていたが、この地の重要性を考えると、満足いく数では無かった。


 「それに茶葉は東で飲まれているようなのでなぁ」


 「そうですな、私の耳にもそのように伝わっておりますな」


 (ははあ、秀頼様は私に目付のような役目をされよとおっしゃっているのじゃな)


 秀頼の言う茶葉とは隆仙と同じ堺・会合衆の茶屋四朗の事であり、東……すなわち徳川家と通じていることを意味していた。茶屋四朗は家康とは古くから昵懇であることは有名な事実であった。豊臣が抑えることになってからも、表立って徳川との取引はしていないように見えてはいるが、裏では以前として物資を徳川に提供しているのであった。


 「関白様、お願いがございます」


 「ほう、隆仙殿のお願いとな?これは聞かねばなりますまいの。申されよ」


 秀頼が先を促した。


 「は、ならば申し上げます。私めにお役をいただきとう存じます」


 「ふむ、役とな…… 」


 秀頼は黙してしばらく考えた。

 (隆仙の言う役とは、役人になりたいわけではあるまい。ならば堺商人としての役ということになる。

 なるほど、意味がわかったわ)


 「よかろう、ならば堺自衛組頭ではどうであるか?」


 隆仙の意を正しく理解していた。


 「ようございます。更にお願いなのでございますが、関白様の書をいただきとう存じます。関白様の意に沿ってという名目が欲しいのでござりますれば……」


 「なるほど。よかろう。で組織を作るのじゃな?」


 「はい、先程、関白様がおっしゃられた自衛組を作りまする。各商人に家の大きさにより兵を出させまする。

 もちろんどなたも兵を雇っているわけではございませんから、実際は銭で集めまする。して銭で兵を雇う訳でございます」


 「ふむ、それは良い考えじゃな。兵を集める際は、余の触れとして出し、余の代理にその方が治まるというのはどうじゃ?」


 「はい、それがよろしいかと存じます。」


 「よし、決まりじゃな。」


 こうして堺の自衛組織が結成されることになった。




 「そうじゃ、向島の様子は耳に入っておられるか?」


 「はい、まるで要塞のようであると……。日夜、鉄を叩く音が聞こえるとの噂でございます」


 「そうか、ならばそこで造られた鉄砲の取引はその方が一手に引き受けるがいい」


 「な、なんと、これはありがたきことでございまする」


 向島産の最新式の鉄砲の取引を一手に引き受けるとなると莫大な利益が見込まれるのだ。


 「ただし、徳川方に売ってはならぬ。今、日の本の鉄砲は海外で人気じゃ、よく売れようぞ」


 「はは、決して徳川には回しませぬ」


 鉄砲はかつては輸入品であったが、日本製の鉄砲は性能の良さから、今では貴重な輸出品となっていた。


 「で向島の鉄砲の利の取り分はいかが考える?」


 「そうですな、我が方で三でいかがでしょうか?」


 これは鉄砲を売却した利益の内、三割が隆仙に、七割が秀頼に配分されるということである。


 「ふむ、いいであろう。今後の窓口は大野修理が務める故、修理と事を進めてくれ」


 「はい。仰せの通りに」


 「それから、十日に一度、繋ぎの者として薄田隼人をここに寄こす。些細なことでも良い。諸国の動きなどを知らせてくれ」


 「そちらも、しかと……」


 こうして秀頼は隆仙宅を後にした。


 秀頼は五千貫で堺の街に自衛兵を組織し、向島で生産される鉄砲の販路まで見通しを付けたのであった。


 ひと月後、堺自衛組は五千兵を擁するようになる。自衛組はその中の小頭以上の者は順次大阪城に連れていかれ明石全途の鍛錬を受けることになった。また事があった時に、毛利勝長の旗下に組み込むために、自衛組の主だった者は勝長と面通しをさせ懇意にさせた。

 堺の街では腕に覚えのある浪人や職にあぶれた気性の荒い者達が自衛組に加わったために治安がとても良くなった。思わぬ副次的な作用であった。


 一つの街に手足となる自衛組を作るなど、手間や時間のかかることであるが、形になった時には大きな力になると秀頼は考えていたのである。

 この方法は一向衆の一揆に加わった農民たちを戦力に育て上げた本願寺の手法を模して、更に組織だって纏めたものである。

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