初陣
一六〇六年四月、秀頼はついに初陣を迎えることになる。
播磨・妻鹿城を攻めることにしたのである。
妻鹿城攻めは、大将に豊臣秀頼 副将に伏見より呼ばれた横浜茂勝を据え、三千の兵で寄せた。
秀頼の初陣であり、前田慶次郎や真田昌幸、前田利長らも同行している。
妻鹿城は黒田官兵衛が居城にしていたことがあるため、小ぶりながらもなかなか堅固であった。
池田輝政の所領となった播磨にあって妻鹿城は水運に関わる大事な城であった。
城代としてこの城を守っていたのは伊木忠繁で、兵は僅かに千名ほどである。
秀頼は自ら考えて指示を出した。横浜茂勝に先鋒を命じ、兵千を預ける。その後詰めは自らが千兵を率いて務めると言う。これには真田昌幸、前田利長は猛反対した。
「上様、それはあまりに危険でございます。上様は後で控え、戦局を大きな目で見て下され。後詰めはそれがしに命じて下され」
と真田昌幸は懇願した。
「いや、昌幸。将として采配を振るうべきだということは、余にも分かる。が、ここは余の経験を積むためにも前に出たいのじゃ。本来ならば先陣を務めて見たいのじゃが、それではさすがに、その方らが認めてはくれまい。ここは余が茂勝を支える。これは決めたことじゃ」
秀頼の決意は固いようである。昌幸、利長は困り果てるが、一人だけ他人事のように呑気な顔をした者がいた。
「御両人、よろしいではありませぬか。我らの主は秀頼様、その秀頼様がお決めになったこと。それに秀頼様のおっしゃる通りにこの戦は経験を積むのにはうってつけ。私が傍につきますゆえ御安心めされよ」
慶次郎は顔色を変えて反対する昌幸、利長に平然として涼しい顔で言ったのである。
「さすがはお師匠!これできまりじゃ!」
秀頼は慶次郎の賛意を受けて押し切ってしまった。
さて、先鋒を務める茂勝は大変である。
「茂勝殿、しっかりと頼みましたぞ。茂勝殿が崩れれば、上様が危のうなり申す。崩れてはなりませぬぞ」
昌幸と利長に強く申し渡されてしまった。
これを笑って見ていた秀頼は
「これ、そう茂勝に重荷を与えるでない。茂勝の戦ぶりはのびのびとした所であろう?そのように申せば茂勝の手足が縮んでしまうわ。
茂勝はこれまでどおりのびのびと戦せよ。余のことを考える事はない。よいな!」
と言ったのである。
真田昌幸と前田利長はさらに後ろに控え、遊軍として機能させた。
「よし、茂勝、ここはそちに任せる故、外郭を落とせ!時は一刻を与える。」
「は、御意に!」
こうして妻鹿城攻めははじまった。
茂勝は秀頼の初陣に参陣できたこと、それも先鋒を務めることができ、感激していた。さきほどの秀頼の言葉で肩の荷がおりたように感じた。よし、我らしくやってやろうではないかと思ったのであった。
茂勝は外郭の城門が固そうだと見るや、城門手前に二百あまりの鉄砲隊を配し、百あまりの槍兵を城門に向け寄せるように命じた。
その一方で外郭の城塀は低く乗り越えられそうだと判断した茂勝は、残りの兵の内三百兵に塀を乗り越えよと命じたのである。
激しく城門前で銃撃が行われる。塀にも茂勝の兵があちらこちらで取り付いている。
それを見ていた秀頼はそばにいる慶次郎にそっと囁いた。
「これはじきに外郭は敗れるであろう。門が開いたら、余は飛び出し、一気に郭内に飛び込むぞ」
これにはさすがの慶次郎も驚きを隠せない。
「なんと! 危険でござるぞ。
したが止めた所で上様はお聞き下されますまいの。
ならば止めは致しませぬ。行きましょう!
これは面白き事になりそうですなぁ。
ふふふ、したが後ろに控えるお二人の慌てる顔が目に浮かびまする」
そう言って二人は笑った。
兵が塀を次々に乗り越えてゆき、やがて城門が内側から開いた。
それを見ていた秀頼は慶次郎と頷き合うと、率いる兵に向かって叫んだ。
「それ!門が開いたぞ!我に続けーッ!!」
そう言うや騎乗し城内に走りこんでいった。隣りには慶次郎が付き添っている。
主に遅れてはならじと雑兵たちも後に続いていく。
秀頼と慶次郎が城内に入りこんだとき、郭内には三百あまりの城兵がいた。攻城兵は百名ほどであろうか。勢いは攻城兵の方があるが、数に劣る。激しく揉み合ってる。
「それっ! 」
秀頼は騎乗のまま三人の城兵を討ち取ると、さっと下馬した。いつまでも騎乗しておれば狙い撃ちされるからである。
ふと前面を見ると茂勝が城兵に取り囲まれている。
「やや!茂勝が危ない!」
秀頼はそう叫ぶと茂勝の元に走り寄り、茂勝を取り囲んでいた兵の一人に槍を突き出した。その兵が倒れる。
茂勝の囲みが崩れると、茂勝も勢いを取り戻した。
「上様自らお助けいただくとは忝く存じます 」
茂勝は槍を出しながら秀頼の方を見ずに礼を述べた。
秀頼と茂勝の周りには、いつの間にか慶次郎も加わっている。
四半刻後、外郭を抑えた秀頼は昌幸、利長に説教を受けていた。
「上様!! 我らの寿命が縮まり申した!これ以上の無茶はなりませぬぞ!」
昌幸は顔を真っ赤にして怒っている。
「まあまあ、お二人ともそう怒らずに、御無事でござったのであるから良いではございませぬか。上様の槍さばきは見事でございましたぞ 」
慶次郎がなだめる様に言ったのである。
それは火に油を注ぐようなものであった。
「慶次郎殿も慶次郎殿でござる!上様をおとめするどころか、一緒になって突っ込まれるとは!」
と利長に慶次郎もきつく怒られてしまった。
「ようございますな、これから先は私と利長殿が菜を振るいまする。上様はここに控えていていだだきまする。慶次郎殿もでございます! 」
と有無を言わせぬ勢いであった。
仕方なく、二人は外郭内の陣に据え置かれることになった。
二人に怒鳴られ、叱られながらも秀頼と慶次郎は顔を見合わせ、してやったりと微笑み合ったのである。
それから妻鹿城はほどなくして落ちた。その際、敵将・伊木忠繁は捕縛されたのであるが、秀頼は処断することなく解き放った。
こうして秀頼の初陣は無事に終わった。この初陣は秀頼に武人としての自信を少なからず与え、また秀頼は成長したのである。