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塔の陰  作者: 礎衣 織姫
第一部
21/47

21.雑談

 七伏は、いい具合に焼けた餅を熱い茶とともにいただいた後、宮仕えの者に七輪の後始末を頼んでボチボチ詰め所へ向かった。詰め所の入り口は冬でも開け放たれているため、近づくだけで中の様子は分かる。三宅は火鉢の脇で刀の手入れをしていた。

「双方とも参ったか」

 三宅は手を止め、顔を上げた。

「おう。そちらもか」

「ああ」

 七伏は返事をしておいて、火鉢のそばにあぐらをかいた。

「真崎に、例の剣士に会いに行くと言ったら驚いておったわ」

「はっはっは」

「三宅殿はどう思う。天高く舞うという話だが」

「さて。六尺(約一八〇センチ)も跳躍すれば腰も引けるが」

「十尺(約三メートル)やも知れぬぞ?」

「ほっほっほ。そうなるともはや神業。常人ではない。あり得ぬわ」

「しかし六尺は跳ばねば、噂に違わぬと言うには不十分だ」

「うむ。そのあたりのことは真崎の家臣に詳しく聞こう。呼ぶように頼んである」

「ほう。根回しのいいことだ」


***


 そうして呼ばれた佐兵は、二人を前に緊張した。興味があるのは慎太郎のことであって自分ではないのだが、帝の右腕、左腕と称される人物に注目されるというのは寿命が縮まるものである。

 佐兵は唾を飲んで、目を泳がせながら語り始めた。

「……稽古場では天井すれすれまで飛び上がりましたので、およそ二間から三間(約三メートルから五メートル)。野外では五間ほど身の丈のある松の上部まで行ったという話でしたので、およそ四間(約七メートル)。しかし崖のようなところは中腹を蹴って更に舞いますので、どれほどと聞かれましても、明確にはお答えいたしかねます」

 七伏と三宅はポカンと口を開けた。我が耳を疑い、もう一度たずねるほど唖然とした。

「人の形はしておるのか」

「は、はあ、それはもう。町の娘が騒いで手を焼いております」

「なんと。うらやましい」

 七伏は言って、顎をつまんだ。

「鼻持ちならぬ性格ではあるまいな?」

「いえ、まったく。言葉数は少なめで、遊び歩く様子もなく、真面目に道場へ通い、まっすぐ帰宅するという生活です。親へも仕送りしているようで、派手な金の使い方もいたしません」

「地味だな」

「はあ。しかし存在感は他を圧倒します。もはや、西の都で慎太郎様を知らぬ者はおりません」

「ほほう。なにやらできすぎている気もするが。人間なら欠点のひとつやふたつ、あるだろう。どうだ?」

 佐兵は膝の上で拳を握った。七伏はそれを見て、痛いところを突いたのか、それとも……と眉をひそめた。考えは後者である。佐兵の表情は穏やかだが、わずかに怒気をはらんでいる。

「まずいことを聞いたか?」

 七伏は軽くいなしてみた。すると佐兵は拳をゆるめ、畳に手をついて頭を下げた。

「お会いになれば、慎太郎様の人となりはご理解いただけるものと思っております。失礼いたします」

 佐兵は身を低くかがめたまま、侍所を出た。それを七伏と三宅は互いの顔を見やってから見送った。


「やれやれ。どうやら気を害したようだな」

 七伏がこぼすと、三宅は苦笑いで答えた。

「おぬしの尋ね方が悪い。あれでは、お家再建のためにいいことしか言わぬのだろうと言っているようなものだ」

「では、どう尋ねろと言うのだ」

「そうかそうかと、素直にうなずいてやればいいのだ。尋ねる必要はない」

「しかしな」

「まあまあ、楽しみにとっておこうではないか。あの者が申すとおり、会えば分かる」

 三宅に諭され、七伏はしぶしぶうなずいた。

 とはいえ、佐兵の話がいくぶん誇張されたものだと訝る気持ちは、捨てきれなかった。どんなに跳躍力があろうと、限界はせいぜい六尺だ。それもなんらかの踏み台がいる。慎太郎は何かを用いて高く跳んだのだ、という己の推測を疑えなかった。

 語って聞かせる者が信用ならないというのではない。だが人は得てして目撃したものに「驚く」などの感情が入ると情報を正しく記憶しない、と七伏は理解していた。目で見たことより感情が優先されるからである。おまけに目測など人によってまちまちだ。

 いずれにしても四間とは言い過ぎだ。こちらをあまり期待させるのは得策ではなかろうに。

 七伏はそのように思って、軽く溜め息をついた。


***


 その溜め息も今は昔である。

 凍てつく冬が過ぎ去り、時は卯月の上旬を迎えた。季節はいい。三宅と七伏は見違えるように修繕された真崎道場の門前へ立った。調査はせぬと言っていた二人だが、多少は町の噂も拾っている。それによると、門弟は百五十名にのぼり、少しずつではあるが安定した利益を生むようになったという。

 この調子ならば、少ない年貢から塔の維持費を捻出しなくても良くなるのではないかと、二人は喜んだ。

「なかなか努力しているではないか」

 三宅の言葉に、七伏は「うむ」と機嫌良く答えた。そして、

「ところで、本気でやるのか」

 と返した。三宅は深くうなずいた。実は、修行の旅をしているという(てい)で、慎太郎に手合わせ願おうというのである。

「止めるなよ」

 三宅が言うのを、七伏は鼻で笑った。

「止めるものか。三宅殿が誰かに伸されるのを一生に一度は見ておきたいと思っていたからな」

「ほほお。おぬしも物見高いの。だが負けはせぬ。宮廷長官の名にかけてもな」

「時代は次の世代へと受け継がれるものですぞ」

「減らず口を叩きよって」

 三宅は皮肉げに笑い、七伏と競うように門をくぐった。

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