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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
廃墟で人は神になった
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研究者と童顔な戦士

 全然、戦闘シーンがないけれども……。

 そのうち入ります。はい。

「随分と突然な連絡だったな。いつもだったら一週間ぐらい前に知らせてただろ?」


 シルバーメタリックのミニバンの後部座席で、美鶴は大人しく外の流れる景色を眺めていた。

 どこまで行っても変わり映えしない都市の景色が続いている。活気溢れているというより随分と息苦しさを感じさせる。この時間帯だと通勤ラッシュが終わったためだろう、車の通りが少なく、快調にバンは路を進んでいた。


「そうだね。まぁ、お父さんはどこかぬけたとこがあるから」


 隣りで由佳里が座席にもたれてくつろいでいた。肩が密着していることに美鶴がずっとドキドキしていることを知る由もないだろう。


まことさんも仕事で忙しかったのだろう。親不孝な発言は控えてやったほうがよいぞ」


 運転席で文蔵がバックミラー越しに二人の様子を一瞥した。

 三人は今現在、首都圏工業区第三区画へと向かっている最中であった。

 理由は、操者アヴィアターとしての美鶴の定期身体調査と新型の騎士機構の試験運用といったところ。定期といっても診断施設の都合上、若干不定期であった。

 沿岸部に位置する工業区第三区画には、名の知られた首都圏第四位の企業、柴川重工が研究所を構えている。

 そこの開発主任は由佳里の実の父親、羽城誠である。

 彼は世界中の他企業が喉から手が出るほどの秀才であろう。把握する限り、一年のほとんどを研究室に篭って実験や開発をしていた。世間には公にされずに今現在、彼は柴川重工の研究所で開発主任の座についている。

 そんな父親をもったために由佳里自身も、機械などの工業関係に強くなった。


「まぁ、時期的にそろそろ診察通知が来ると分かってたけどな」


 美鶴はあいかわらずのパーカー姿で、袖の先から覗く義腕を左手で撫でた。掌にひんやりとした冷気が伝わる。

 右肩関節の接合部には断熱材が入れられているため、接合部分では冷たさを感じず、冬季の凍傷や熱伝導による火傷を防いでいる。


「開発の現場はどこまで進んだ研究をしてるのかな~」


 そう言って由佳里は目を輝かせる。記憶する限り、道すがら鼻歌を歌っていた。

 その服装は上下共に黒の作業服ジャンプスーツ姿。黒とのコントラストで由佳里の肌の白さが一層際立って見える。美鶴はその横顔を恐る恐る窺った。長い睫毛まつげ、薄紅の艶やかな唇、思わず見とれると慌てて視線を外した。日頃、可愛いといわれる少年にも一端の女性に対する興味はあるのだった。

 由佳里にとって、騎士の整備は半ば趣味とも言えるわけであって、そうした機械関係のことには人一倍関心があるらしい。

 美鶴は美人で篭って機械をいじるその将来を想像して、運動不足になりそうだなとどうでもいいことを考えていた。


 ちなみに柴川重工は騎士の開発は行っていないというのが、一般向けだ。

 だが実際には美鶴達に対して、武器や部品などを提供してくれている。《鎌錐》は柴川重工によるワンオフ品の騎士であった。

 操者や補助者は騎士があれば仕事が出来るわけでなく、破損部の修理のための備品提供がなければ、思うような仕事は難しい。騎士同士の戦闘行為が発生した場合、無傷ということはまずありえないのだ。

 そのために大抵の者は契約を交わし、騎士を開発している企業より支援を受けていた。企業としても、自社の護衛や宣伝などにランカーの協力を受けることで利益を得ている。

 柴川重工は表向きは、自動車や輸送船、原材料の生産を行っているが、公にせず騎士の研究もしていた。


「この前訊ねたときには、精神回帰リバイバルシステムの安全強化について研究していたのぅ。ある程度のメドは立ったのかもしれんな」


 文蔵が顎をさすりながら言った。


「楽しみだね」

「いや別に……」


 意気揚々とする由佳里に対して美鶴は興味の薄い返事をした。バンの車内から見える外の景色は、超高層ビルが道路の両脇に隙間なく建ち並んでいる。行政区の近代化の進められた街並み。

 隔離壁の向こう側とは別世界だ。少なくとも同じ日本国内だとは思えない。

 次第に周囲の建造物の背が低くなり、横に大きく拡がっていく。工業区が近づいているのだろう。

 世界各国の政府が倒れて、新たな指導者として立ち上がったのは大企業の人間達だった。彼らには資金もあり、技術力もあった。

 彼らの力なら一〇年以内に日本再建のメドが立てられたであろう。それが叶わぬ夢と化したのは単に彼らが利己主義者エゴイストであったためだった。再生よりも利益を重視した結果が、今現在の企業間の抗争、競争だ。

 美鶴は座席に深く座り直し、腕を組んだ。窓の外には見覚えのある建物の姿はまだ現れていなかった。あと暫くはかかるだろう。

 工業区の方に来れば、車の通りはめっきり減るため、見渡しても他に走行中の車両は見受けられない。バンの小刻みな振動に次第に目蓋が重くなる。美鶴は暫しの眠りについた。

 その寝顔を覗き込んだ由佳里は、ほくそ笑んだ。


「久しぶりに寝顔を拝見。やっぱし童顔っていうか、女の子顔っていうか。うん、弟顔だよね」


 そんな様子を傍観していた文蔵は口元を緩め、優しげな視線を送った。




「よぉし着くぞ」


 美鶴は目をしばたき、首を回した。いつの間にか眠っていたらしい。手を天井に突き上げて欠伸をすれば、目の前が滲んだ。

 文蔵が方向指示灯ウインカーを点滅させ、ハンドルを左に切る。

 入り口には警備員がおり、文蔵は軽い挨拶と共に身分証を提示した。こうした審査はどこの企業でも採用されている。簡便な方法であり、もし犯罪者が騎士で堂々と侵入してきた場合どうするのか、美鶴は多少不安に感じた。確か数日前にどこかの企業の工場が放火にあったな、とニュースで見たのを思い出す。

 だだっ広い駐車場にミニバンが停車すると、ドアをスライドさせて美鶴はアスファルトで舗装された地面に足を下ろした。身体を左右に捻り、座りっぱなしで固まった筋肉をほぐす。


「そんじゃ、行くかの。誠さんは騎士機器研究棟のほうにいるだろう」

「ほら、置いてくよー」


 先を歩き出す文蔵の後を追って、由佳里も軽やかな足取りで研究所へと向かう。

 美鶴も慌ててその背中を追った。

 柴川重工の研究所の敷地内には計二〇の実験棟や研究棟が建ち並んでいる。それぞれは大小様々な規模ではあるが、羽城誠のいる騎士機器研究棟は国立病院と見紛うような佇まいだ。

 よくもまぁこんなデカイ施設を造って世間に騎士の開発をしていることがバレないものだと感心してしまう。

 自動ドアの入り口を入ればすぐに受付が目の前に現れる。といってもこれまで幾度となく訪れているために、既に顔パスだ。「お久しぶり」と快く挨拶までされた。

 白が基調の施設内を道なりに進んでいく。道すがら白衣に身を包んだ施設の人々とすれ違う。その誰もが顔見知りの人々だ。途中、女性研究者が立ち話をしているところに遭遇した。相手は美鶴の姿を見ると否や、その顔に満面の笑みを湛えた。


「あッ、美鶴君だ。可愛いわ~、息子に欲しいわね」

「不憫な子よね。そうだ私の養子にでもしようかしら」

「あなた子供が三人もいるじゃない」

「そうだったわ。美鶴君欲しさについ忘れちゃった」


 そこで笑い声が上がる。どうか勘弁してもらいたい。

 美鶴は努めてそれら声を無視した。あんな悪魔の言葉に耳を傾けてはいけない。軽く会釈するに止めて、その横をすり抜けた。


「奥さま方のアイドルだね。おめでとー」


 パチパチと拍手して由佳里が言うのを耳を塞いでガードした。




 誠は騎士機器研究棟の地下三階に設けられた特別研究・開発棟と呼ばれる、高校体育館並の広さを持つ施設にいる。

 自動で開閉したドアを潜り抜ける。相変わらずの白い部屋。分解された機械や資料が乱雑された作業台。照明が乱反射して美鶴は眩しそうに一瞬目を細めた。研究室では慌ただしく動く研究者達がいた。

 さて、誠はどこにいるだろうか。


「やぁ、やっと来たね」


 白衣を纏った天然パーマ、メタボ体型の男が、颯爽と美鶴達に歩み寄ってきた。

 彼が由佳里の実の父親である羽城誠だ、と言いたかったが思いとどまる。さて、どちらさまだろうか。

 美鶴はこめかみに手を当てて記憶を探ったが、該当した人物はいなかった。

 失礼を承知でその顔貌を凝視する。キメ細かな白い顔、おたふく風邪を疑うような頬もあいまってまるで大福に見える。残念ながら美味しくはなさそうだった。


「すみません。どちらさまですか?」


 結局美鶴は訊ねた。由佳里が隣りで笑いを堪え、文蔵も苦笑していた。


「僕だよ。誠さんですよー」


 首を少し傾げ、餅みたいな頬を両側から指で刺した可愛い子ポーズをとるメタボ。


「……………………」


 暫しの沈黙の後、美鶴は口を開いた。


「何で、肥満体型の機械人形アンドロイドなんだよ……無駄だろ」

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