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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
凄惨な日常に花束を
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愛(かな)しい人

 久々の更新でした。

 すみません、マイペースでいきます。

 美鶴をよく診察していた部屋で羽城誠は、解れた緊張でオフィスチェアに深々と座り込んだ。自分でも気づかないうちに手足が震えていた。


「良かった、良かった」


 口から出てくるのは安堵の溜息と、喜びの言葉ばかり。

 誠は胸を撫で下ろし、目の前のディスプレイが伝える情報を眺める。

 美鶴の精神の消滅は回避された。

 あのラパニールという男が言ったことが正しければ、アギトの精神は七彩ななせの人工脳に定着されたのだろう。二重人格の完全なる分離。そう呼ぶのが相応しい。美鶴の場合、一つの脳に全く別の記憶野が形成されていたという特殊性があったが。


 後ろから肩に手を置かれ、首を捻って後ろを見上げれば涙ぐんだペロッキーがそっと微笑んでいた。

 相変わらず目の下にある隈で冴えなさに拍車がかかっているが、それが彼のチャームポイントだと誠は勝手に解釈している。


「少なくとも、美鶴君の消滅が回避されたことは喜ばしいであります。アギト殿には気の毒ではありますが」

「どっちにしろ、あの二人が共生を維持することには限界があった。僕はこの結果に概ね満足するよ」


 美鶴が生き残った。その結果で由佳里は悲しまない。なんとも薄情な人間かもしれないが、それだけで十分だと思える自分がいる。親馬鹿だと言われても仕方ない。

 しかし、アギトが美鶴を守りたかったという事実に胸を打たれた。まったく予想もしていなかった。

 身体を共有していた者同士、互いに庇護しようとする意思が働いたのだろうか。

 今となっては分からないことだ。


 それよりもラパニールという男。あの男が言った懲罰隊という言葉、ヨルムガンド。嫌な予感がする。あの組織は存在しない仮想敵だったはずだ。それを名乗った男。やはり、実在したのか。

 同調率が一〇〇%を超えることを目指したのは、確か。


 ふとディスプレイに視線を戻すと、画面の隅にアイコンが点滅を繰り返しているのが見えた。黄色の三角の中央に赤いエクスクラメーションマークが浮いている。

 誠の心臓が早鐘を打つ。手汗が滲んだ。


「ペロッキー、大至急、他の研究員をシェルターに誘導して。非常事態だ。館内放送と隔離壁を下ろす」

「いったい何事でありますか?!」


 誠は無言でディスプレイに映し出された映像を指差した。

 そこには一人の小柄な老人と身長二メートルはありそうな偉丈夫の姿が映っていた。


「カースベルト卿……?」


 誠の独白は、一斉に鳴り始めたサイレンの音に掻き消えた。


『緊急事態。施設関係者は大至急、近くの避難所に移動してください。一般の方も職員の指示に従ってください。くりかえします──』


 数度の爆音が誠たちのいる騎士機器研究棟全体を揺らす。

 次々と隔離壁が破壊されていく様が画面に表示されていく。

 机の上に置かれた書類が床に散らばり、研究機材が倒れて激しい音を響かせる。不特定多数の悲鳴と怒声がそれに便乗し、混乱が広がりつつあることが容易に分かる。


 誠はそれにも構わずディスプレイを眺める。画面にタッチして複数のウィンドウを開き、それぞれにパスワードを打ち込んでいく。

 あの映像の姿はとある人物に酷似しすぎている。不自然なほどそっくりだ。記憶にある人物は既に他界しているのだから。もし万が一、本人だとしても感動的な再会とはいえない。双璧と呼ばれた者同士、仲が良かったのかと問われれば、否だ。


 常に比較の対象とされたこともあったが、第一に誠は彼の研究内容にいい印象を抱けなかった。九〇%到達の基礎をつくった彼の研究は、人体に相応の負担を強いるものだった。薬物漬けの人間の顔は、もはや生きる屍でしかなかった。皮肉なことは、彼の研究を基に自分が九〇%の壁を超える研究を大成させてしまったことだ。


 まるで誘導されているかのよう。自分の研究はもはや決まりきった法則に当てはめられているような、結果の分かりきったことをさせられているような。そんな恐怖心に眠れない日々が続くこともあった。


「主任、まさかあれを出すのでありますか?」

「ペロッキー、いやNO.1(アインス)。君だけが頼りだ。僕がサポーターになる。ここの被害を最小限に抑えつつ彼らを撃退するよ。オルカの使用を許可する」


 自分で造ったものであるからこそ、使いたくないものがある。

 その一つがオルカ。


 対騎士用の騎士として、ありとあらゆる知識を応用した最高傑作でもある。美鶴の鎌錐や七彩の戦闘データも開発に役立てている。よって不測の事態に陥る危険もかなり低い。唯一の課題としては、そのスペックの高さゆえに、まともに制御出来ないどころか、同調すら並みの操者にはムリなことだ。

 狭い場所で戦闘でもしようものならば、移動だけで周囲を破壊しつくすだろう。そして、同調者はオルカが受けるダメージをかなりクリアに感じる。まるで自分の肉体が傷ついたかのような。騎士の装甲が破損すれば、皮膚が引き剥がされたかのような激痛が操者の精神体を襲うだろう。

 だからこそ、出したくはなかったが。今回ばかりは泣き言も言っていられない。


「君にはかなりムリをさせると思う。無茶を承知でやってくれるかい?」

「大丈夫ですよ。それに自分は痛みを感じないであります。不死身ノーペイン・ノークライと呼ばれたこの身体なら、オルカもちゃんと制御してみせますです」


 かつてその命を救ったことから、彼は組織を抜けて一研究員としてここにいる。これまでの罪の贖罪のために、彼は身を粉にして働いてくれている。

 柴川重工のトップしか知りえない事実。


「それじゃあ、お願いするよ。急ごう、お客さんはもうすぐそこだ」


 ずしん、一際大きな震動が施設を揺らす。

 侵入者はかなり近くまで来ているらしい。

 誠とペロッキーは駆け足で目的地へと急いだ。


 この全てが誰かの書いた筋書き通りなら、自分が書き換えてみせよう。



 由佳里が泣いている。彼女の頬を伝う泪が地面に零れて黒く染まる。

 何と声を掛ければいいだろう。美鶴は申し訳なさで由佳里の顔をまともに見ることが出来ない。顔を逸らして、歯切れの悪い言葉を吐き出す。


「ごめん、由佳里。心配かけた」

「──バカッ」


 途端に由佳里が抱きついてきて、美鶴は目を白黒させた。


「本当に先輩はバカだと思いますよ」

「みっくんはもう少しカノジョを大切にしなきゃね。死ぬかもしれなかったのに、ゆかりっちにずっと黙ってるなんて駄目だよ」


 瑠璃と悠月さえも涙ぐんでいる。美鶴はただごめんと繰り返し、左手で由佳里の頭を撫でる。

 自分が生きている実感がふいに込み上げて、美鶴は不覚にも泣きそうになった。

 あぁ、良かった。大切な人を守れた。

 いや、守ってくれてありがとうと言うべきなのだろう。


 泣き止まない由佳里から身を引き剥がし、一体の大破した騎士のもとへと歩く。その傍らには小埜崎の龍王が待っている。美鶴が近くまで来ると、小埜崎は気をつかって離れた。

 美しかった少女の顔は切り傷で荒れ果て、鮮やかな狩衣は裾がボロボロに破れていたるところに穴もあいている。左胸は銃弾によってかなりの部分が吹き飛ばされ、醜い傷痕を残している。


「ありがとう、アギト」

『アハハ、ありがとう、カ。ナァ、美鶴。オマエならきっと彼女を守れるサ。今回はボクが手を貸しただけ、これからはオマエが守れよ』

「分かってる。まさか、こうしてアギトと会話をする日がまた来るとは思わなかったな」


 いつぶりだろう。幼少期、自分がボレアースに入って間もない頃、自分の中に別の人格がいることに気づいた。いや違うのだろう。いつの間にか、自分という人格が生まれていたことに気づいたのだ。

 かつてのアギト、植えつけられた人格が自分だ。


『そろそろ時間ダナ。ハッハハ、今日が最期ダ。もうオマエを苦しめることも無くなる。じゃあな、美鶴』


 アギトはそう言って、七彩の顔で微笑した。痛々しい笑みに胸の奥が熱くなる。

 ごめん。お前のことは忘れないから。


「最期くらい、自分の名前で逝けよ」

『ふぅ、ソウダナ』


 アギトの声が金属質の硬い調子へと変わりゆく。


『元気デヤレ、アギト』

「美鶴の分まで頑張るさ」


 これが二人の決別だった。

 そっと目を閉じた一体の騎士は二度と目を覚ますことはなかった。

 温かな春の日差しは、夕暮れに染まりつつある。

 ふっと涙ぐんだ視界は乱反射した茜色に染まりきった。ここだけ周囲から隔離されたように穏やかだった。

 視界の隅に映りこんでいる動かない人影を除けば、だ。


「ラパニール、懲罰部隊って言ったな。いったい、なんなんだよ」


 何か嫌な予感がする。

 自分たちの知らないところで、何か良からぬことが起きているのではないか。そんな不安が胸の奥に靄となって、胸やけのようにむかむかさせる。

 文蔵や誠たちに一刻も早く連絡をとるべきだろう。

 振り返ると、すぐ目の前に由佳里が俯き加減に立っていた。夕焼けのせいだろうか、頬は赤みが差しているように見える。


「どうしたんだよ、由佳里」

「ねぇ、美鶴。私は君が死ぬかもしれないって聞いて、すごく恐かった。だから、もう私に隠し事はしないでって約束して」


 由佳里が顔を上げて、真っ直ぐ視線を合わせてくる。気圧されて、視線を逸らしそうになった。少女の恐怖と哀しみと苦しみと怒りが綯い交ぜにされた感情に対し、どんな謝罪の言葉をかければいいか迷う。


「……ちゃんと、約束するよ。由佳里に話してなかったことを全部話す。なんなら指きりでもするか?」


 おどけたように言ってみせると、由佳里は微笑した。


「なら──」


 由佳里がふいに近づいたかと思いきや、目と鼻の先に顔があった。

 唇に感じる柔らかさ、鼻先にかかる少女の吐息。

 キスをされたのだと理解するのに数秒を要した。

 少し離れた場所から瑠璃の黄色い悲鳴が聞こえてくる。


「キャァ、生キスシーンですよぉ、ってうっわ。悠月先輩何するんですかぁッ!? 目を塞がないでください」

「お子様にはまだ早いよ。年齢制限に引っかかっちゃうからね。るりっちは非行少女になっちゃいけないしね」

「もううちは、お子様じゃないですってば」

「あたしからしてみれば、瑠璃はまだ赤ちゃんよ」

「小埜崎さんも何言うんですか!?」


 遠くでのやり取りはあまり耳に入ってこなかった。鼻腔をくすぐる少女の甘い匂いや触れ合う身体が伝え合う体温。意識の大半を奪われた。

 唇を離した由佳里は赤らめた頬を照れ隠すようにいたずらっぽく笑う。


「誓いのキスだよ。ちなみに私のファーストキスだから。ちゃんと、美鶴が話してくれるように。どこか遠くにいかないようにってね」


 由佳里をより一層愛おしく思った。

 もう悲しませない。それを守れる確証はない。だけど、精一杯自分に出来ることをしよう。

 それで由佳里が笑顔を見せてくれるなら。 









 ふいに視界に映る。





「なぁ、由佳里。それって何?」


 赤いランプが明滅を繰り返し、まるで警告をしているようだった。

 由佳里の顔が目を瞠り、倒れそうになるのを美鶴は抱き止める。

 由佳里の制服の左袖に止まっていた天道虫型ロボットは、誠との通信が途絶されたことを報せていた。


──Communication error...

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