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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
凄惨な日常に花束を
61/66

どんとふぉげっとみぃ

 その時のモチベーションとかによって、文章力とか展開が変わりますね。


 なんか色々と端折ったり、話がおかしな方向へと進みかけるような、考えてた通りに物語は進んでると思うのに……。

 とりあえず回想は入れません。入れようと思ったら流れが悪くなりそうだったので、抜きます。

「美鶴、相手の兵装は連結部のワイヤーの耐久値が高くないから、そこに圧縮空気を当ててみて」

『結構難しい注文だよなッ、全く。了解』


 由佳里はホログラムで映し出された映像をチェックする。美鶴が同調する七彩がピグモという騎士に接近していく、そこですかさず蛇腹の刃が進行を阻害するように振り回される。

 相手ランカーは流石というべきか、二対一の戦況を維持させていた。美鶴たちは現在の戦局を打開することが出来ずにいた。

 由佳里はちらりと視線を映像の右隅に向けた。そこに表示された数値は86%。どうやら美鶴の同調率らしい。色が黄色くされていることが警告のようで不安になる。

 数値を見ながらのサポートは前回のプレデター殲滅作戦以来だ。由佳里自身、美鶴の同調率について把握していたつもりだが、改めて認識させられた。

 美鶴の異常性を。

 会話における数値の変動があれど、戦闘で相手と剣を交えている最中の同調率に動きがない。ここまで冷静でいられるものなのか、と何か恐ろしいものを見る思いだ。

 同調率86%。その事実だけでも常識離れした強さだ。悠月はまだまだそんな数値じゃ生温い、と言って笑っていたが、数値に変動が無くなった辺りから沈黙を続けている。

 瑠璃は目を丸くして、どこか非現実的な光景を呆然と眺めていた。

 そう、非現実的なのだ。この戦闘自体がもはや命のやり取りをしているような、じっとしていられない緊張感に支配されている。サポートをしている由佳里の手は汗を握り、咽喉が渇いていた。

 クラス中の生徒たちも固唾を飲んで、由佳里のサポーターとしての手腕と美鶴の驚異的な戦闘を見守っていた。


「美鶴、頑張って……」

「ゆかりっち、みっくんはやるときはやる人だよ。絶対勝てるって」


 悠月が由佳里を励ますように言って、勇気づけるように力強く頷く。由佳里も頷き返して、映像に視線を戻した。

 丁度美鶴が敵の武装を一部破損させ、右肩部分に過擦り傷を残すところだった。しかしあと一歩が届かない。相手の傷は浅く、戦闘の継続は可能だ。今の攻撃であればもう少し深く損傷を与えられたはずだったが、どうも相手の装甲は予想以上に硬いようだ。

 由佳里はこめかみを押さえて、短く嘆息した。


『──由佳里、美鶴君の同調率はどんな状態だい』


 誠の心配そうな声が通信越しに聞こえ、由佳里は表示された数値を伝えた。誠は脱力しきった様子で、盛大な溜息をついた。そして、押し殺した声で話し始めた。


『もう由佳里に隠してる場合じゃないみたいだね。……仕方ないか。由佳里、これから話す言葉をどうか取り乱すことなく聞いて欲しい』

「どうしたの、お父さん。そんな改まって」


 何故か嫌な予感がした。胸の奥のざわめきは気のせいだと思えなかった。

 早鐘を打ち始めた鼓動がやけにうるさく感じる。


『由佳里は美鶴君が二重人格だと言ったら信じるかい?』


 一瞬何を言われたのか分からなかった。由佳里はキョトンとした顔で首を傾げた直後、ある記憶を頭に思い浮かべた。まるで別人のように見えた美鶴の表情だ。虚無を見つめたくすんだ眸の少年の姿。

 アレを別の人格だとすれば妙に納得が出来そうだった。その考えは次第に由佳里の中で確信へと変じていく。気付けば由佳里は頷いていた。


「信じるかもしれない。この前の診断の帰り道で、オーバーダイブした後の美鶴がまるで別人みたいに見えたから。何て言うか、絶望しきった顔だった」

『やっぱり彼は表に出て来てたんだね……。やっぱり隠してる場合じゃないね。それじゃ由佳里に美鶴君のことを、そして僕の罪を話そう。きっと時間はあまり残されていないと思うんだ。美鶴君の同調率が九〇%を超えたら、今の美鶴君の人格は耐え切れず消滅してしまうだろうから』


 その言葉に由佳里は顔を青くして、右上の数値を咄嗟に確認した。依然86%の表示がそこにあった。ほっと安堵するも、その数値は決して楽観視出来るものではない。もはや4%しか残されていないのだ。終わりの瞬間は目前に迫っている。

 残りたったの4%で美鶴が消えるという事実は、到底信じられるものではなかったが、誠の真剣そのものの口調が由佳里にそれが真実なのだと理解させた。


『本来なら美鶴君の肉体には一人分の人格しか宿っていなかった。それが二重人格になったことには僕の罪が関わってる。美鶴君の二つの人格は互いに別々の記憶野を利用した、どちらも正真正銘の本物だ。互いに独立し、全く別の人間という人格として存在したんだ。ただし、片方だけ、今の美鶴君の人格の方は僕が後から付加したものなんだ』


 由佳里は口を閉じることも忘れて驚倒すると、その事実に思考が追いつかず固まってしまった。

 二重人格だと聞いた由佳里は当然のように、今の美鶴の人格の方が本来のもので、消えかけている理由は新しい人格の影響だと考えていたのだ。

 誠の話を聞いていた悠月もまた似たように固まっている。ボレアースメンバーとして幼少期に美鶴と過ごした彼女でさえ、この事実を知らなかったらしい。

 この件については部外者である瑠璃は当然の如く驚愕の色に染まっている。

 そんな由佳里たちの様子を知りもしない誠は、緊迫した状況に急かされるように言葉を続けた。


『僕がそんなことをした理由はね……美鶴君の延命措置とでも言えばいいかな。本来の美鶴の人格が宿った側の記憶野を利用しての同調は、同調率がかなり高かったんだ。それこそ最悪の場合、一〇〇%を突破してしまうくらいに。だからこそ、僕は当時の美鶴君の頭にチップを埋め込んだんだ。それが僕の最大の罪だよ。そのチップは新たな記憶野を形成し、美鶴君の同調率の抑制装置の役目を果たすようになったんだ』


 話を黙々と聞いていた由佳里はふと思いついたことがあった。二重人格だという美鶴の今までの日常生活についてだ。


「じゃあ美鶴は、今まで二つの人格が宿った状態で生活してたの?」

『いや、そうなることはなかったんだ。あの日、蛇狩りがあった時に、美鶴君のもう一つの人格は深い眠りについたんだ。その人格が母親のように慕っていた女性を殺してしまったせいでね』


 何か冷たいものが由佳里の身体を突き抜けていった。自ずと手足が震えてくる。拳を握り締めて震えをなんとか押さえ込む。


「グロッサね……」


 悠月は心当たりがあるようで、組んだ手の上に顎を載せて呟いた。眉根を落として悠月は下唇を噛んだ。

 思い出したくない過去なのだろう。蛇狩り、ボレアースやニーズヘッグの各世界支部を警察や有志ランカーが制圧した排斥運動。施設から誠を連れ出して逃げてきた美鶴に対して、由佳里がサポーターになることを宣言した日だ。

 一言に悲惨な状況だったのだろう。あの時の美鶴の姿を見れば明白だ。鼻にこびりつく血臭と目に痛いほどの赤色に染まった服、空になった右の袖。


『そうだよ、悠月君。グロッサの死でショックを受けた彼はもう二度と現れないと思ってたんだ。だけど、最近の美鶴君の無理な同調で今の人格を形成していたチップに負荷がかかった。存在が希薄になったせいで、本来の人格が目を覚ましたんだ。

 九〇%が今の美鶴君の生命線だよ。それを超えた場合の最終手段として、七彩の最終兵装があるんだけど、きっとそれでも消滅は避けられないと思う。チップが破損して、今の人格が消える』


 こんな終わりはあんまりだった。由佳里は目の奥に込み上げてくる熱い感情をどうにか押し止めた。ゆっくりとした呼吸で落ち着いた由佳里は、一つの疑問を口にした。


「何で、もう一人は母親みたいに思ってた人を手にかけたの?」


 悠月も顔を上げて、その通りだ、と相槌を打った。彼女も経緯を知らないらしく、沈んだ感情を残しつつも、興味を示している。


『彼女が僕を人質としたから、かな。優秀な科学者の多くが死にゆくさまを見て、気が動転したのかもしれない。少なくとも、彼女は僕を人質にすることを躊躇わなかった』

「孤独の群衆。友はいなく、仲間だけがいた。そう言えば、そんなことをグロッサは言ってたね。でもまさか、彼女がそんなことをしたなんてね。けど、ドクトールが人質にされてなんで、その消えた人格がグロッサを亡き人にしたんかな?」


 悠月は深く椅子に座り込んで、考えに耽るように顎をさすった。徐々に険しくなる眉間の皺を見る限り、考えがまとまることはないようだ。


『それは僕も分からない。グロッサの死とともに本来の人格は消滅し、残された美鶴君の人格は錯乱状態に陥ってしまったからね。その答えは本人に聞くしかないと思うよ。美鶴君の本来の人格である彼に』


 誠の言葉を最後に由佳里たちの間に物々しい雰囲気が立ち込めた。そんな中、廊下が急に騒がしくなった。

 見張りの蜘蛛がいなくなった、侵入して来た騎士を男が倒していった、そんな声が聞こえて由佳里のいるクラスも慌ただしくなる。外に出られるとあっては、誰も校舎内に残るつもりはないだろう。校庭で継続中の戦闘の決着がつく前に、避難した方が安全だ。

 次々と生徒たちが我先にと競うように昇降口へと向かっていく。


『急に騒がしくなったけど、何があったんだい』

「見張りのロボットが居なくなって、侵入して来た騎士が誰かに倒されたみたい」


 そう誠に言っている間も由佳里は悪寒がしていた。

 天道虫型の通信機が周辺に探知した騎士の反応が、校庭にいる美鶴たちのもの三つと、先ほどまで侵入していた騎士のものらしい消えかけの反応が一つ、だけだった。

 生身の男が騎士を倒せる訳がないだろうが、どうやら実際に監視の機械と侵入した騎士は破壊されている。何かがおかしい気がしたがその正体が分からず、由佳里は額に皺を寄せて難しい顔を作った。

 不意にデコピンが眉間を直撃した。


「いったぁッ」


 涙目で悠月を睨む。悠月は誤魔化そうとするように笑った。


「ごめん、ごめん、ゆかりっち。だけど、いいの? ドクトールの話だと、運が悪ければみっくん、ゆかりっちに逢えないで消えちゃうかもしれないみたいだよ」


 よくはない、が自分に何が出来るだろうか。行動出来ず止まったままの由佳里を悠月は強引に立ち上がらせた。それでも黙ったままの由佳里の手を引っ張って、悠月は廊下へと向かう。


「るりっちも来てッ。これから校庭に向かって、みっくんを応援するよ。負けるなって、相手にも自分にも負けるなって言うの」


 悠月の言葉に由佳里は納得すると力強く頷いた。

 そうだ、今出来る精一杯をしよう。

 冷酷にも数値は止まってくれない。美鶴の同調率は非情にも87%へと上昇し、赤色に染まった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「小埜崎さん、あと一押しです。奴の兵装の連結部は破損しました」

「さすがは元執行者ね。にしても硬すぎよ。何で出来てるのよ、あの騎士の金属骨格は」


 美鶴は同意するように頷くと、徐々に圧され始めたにも関わらず不敵な笑みを続けるピグモの名をした騎士、ニーズヘッグのランカーに鋭い視線を向けた。

 見ただけでも蛇腹の剣は使い手を選ぶクセのある武器だと分かる。それを平然と扱いこなす騎士の操者は、ニーズヘッグのNo.8だという。

 ニーズヘッグの騎士はどれも対人仕様だという話を小耳に挟んだ覚えがあったが、ピグモは完全に対騎士仕様のようだった。

 美鶴は緊迫した戦況が長引くことに焦る気持ちを抑えた。視界に走り始めたノイズのせいで、もはや七彩の左眼からの映像が見えなくなっている。砂嵐が起きているように、世界が霞んでしまっていた。

 だが、由佳里の話によれば同調率に変動はないらしい。つまり、半分はもう一人に持っていかれたのだろう。そして今現在はきっとこの世界を共有している。

 まだ身体の主導権は奪われていないが、そのうち七彩の躯体が動かせなくなる、そんな予感がした。


「ピグモはアダマンタイトのレアメタル仕様だ。そもそも、ニーズヘッグが素直に既存の素材を使うと思ってるのか? 殺しの道具として特化されてんだ。そこらの安もんで造られてるわけがねぇだろ、おい」


 多聞の嘲りの声は耳に不快感を残す。

 美鶴は舌打ちすると視線に、笑う戦闘中毒者に対する侮蔑の色を濃くした。


「あんたの騎士はどっちかって言えば、対騎士仕様だよな。さすがにその得物で人を斬りはしねぇよな」


 どこか祈る気持ちを抱いて美鶴は尋ねた。隣で小埜崎がさすがにないでしょう、と呟く。

 それがありえるからニーズヘッグは最凶として恐れられたのだ。


「ネック・チョッパーの刀身にな、何が塗ってあると思う? 仏斬り状態の連結部のワイヤーに何が仕込んであると思う? ははは、猛毒だぁ。おいらのピグモは、猛毒のツギハギ人形だぜ」


 多聞は心底愉快な様子で笑った。

 美鶴は怖気立って、生理的な嫌悪感を抱かざるを得なかった。怒りに全身が震えた。

 狂っている、この男もニーズヘッグという組織も。

 この世にとって最大の悪、まるでその存在こそが災厄だ。ボレアースなど比にならない、狂気に満ちた戦闘中毒者だ。心が歪んでいる、美鶴は悲壮な決意を固くした。

 この人格じぶんが消える前に、こいつを消し去ろう。由佳里が幸せに生きていけるよう、この世界の悪を取り去ろう。


「狂ってるわよ、あなた。あたしは貴方をこの場で捕らえて、警察に突き出すわ」


 小埜崎は隻腕の先に握られた刀の切っ先を、多聞に向けた。その刀身は至るところが欠けて、お世辞にも斬る能力があるように見えない。

 かく言う美鶴もまた、狂刄鈴蟲の刃をこぼしている。二人とも満身創痍だが、意志はくじかれていない。

 美鶴は小埜崎の龍王の横に並んで、鞘に納められた刀剣の柄を握る。

 あまり機会は残されていない。出来ればこれで終わりにしたいところだ。


「そういや、そこのチビの操者。オメェはさっきから何、ラグってんだ? 途中まで意気がってたが、今はてんで動きがチグハグだ」


 多聞の鋭い指摘で今更に気づいたらしい小埜崎が、驚愕して短く声を漏らした。

 美鶴は悟られまいと尽くしたのだが、結局無駄だったようだ。


「だから、やんごとなき理由があるんだよ。安心しろ、あんたを倒すことに支障は出ねぇよ」

「美鶴君、今君の身体に起きてることは深刻なことかしら? あの時みたいに肉体に戻れなくなるみたいな。とゆうより、由佳里ちゃんは知ってるの?」


 動揺した小埜崎の言葉は美鶴の心に突き刺さった。由佳里にこのことは言っていない。そして、何も知らせないままに、自分は消えようとしている。

 馬鹿だと思った。どうしようもなく馬鹿で、罪な人間だと蔑みたい。


「深刻ですね……ドクターストップがかけられるくらいには。今回はまぁ、特殊なケースで、死なないんですけど、俺は消えますね」


 その言葉で首をしきりに捻る小埜崎だった。

 そうだろう、死なないが消える、そんな症状を理解できる訳がないだろう。美鶴はこみ上げる熱い情感を押し止めて、続けた。


「まぁ、深刻ってことですよ。由佳里は知ってないで──」


『美鶴ッ、お父さんから聞いたよ。ねぇ、消えるなんて言わないでよ。今の美鶴がいない日常なんてもう嫌だよ。自分に負けないでよッ、勝ってまたみんなに料理を作ってさ、笑顔にさせてよ。──そうだよ、みっくん。カノジョを残していくなんて、言語道断だよ。──先輩のバカヤロー。童顔やろー』


 突然の通信は美鶴を飛び上がらせるほど驚かせた。

 彼女たちの言葉に不覚にも涙腺が緩みそうになった。精神体で泣くことはないが、眸の奥に熱いものがある気がした。

 教室から見ているのだろうと思って校舎の方を見た美鶴は口の閉じ方を忘れた。

 校舎と校庭を繋ぐ通路に三人分の人影が見えた。

 遠目でも分かるシルエットの持ち主は、精一杯に手を振っていた。七彩の集音機構が集めた音の中に、頑張れ、自分に負けるな、そんな声が混じる。


「おいおい、何で人質が外に出てきてんだよ。フンダートはどうしたんだ? 見張りに蜘蛛がいたはずだ」


 この事態は多聞にとって予想外だったらしく、要領を得ない様子で唸った。暫く逡巡したあと、多聞はイタズラを思いついたように悪意のある笑みを浮かべた。

 美鶴はゾッとして反射的に身構えた。

 ピグモの全身から殺気が放たれるのを感じて、言いようのない不安が募る。嫌な気がした。


「くそ、この様子じゃ見張りが居ねぇとみていいな。フンダートはどこ行きやがったんだ。仕方ねぇな、あそこの三人を人質にしとくか。一人ぐれぇ、ネック・チョッパーの錆にしちまっていいか? おまえらに猛毒の危険性を教えてやるぜ」

「やめろッ、くそったれ」


 多聞が大きくバックステップをとって校舎の方へと跳ぶ。それを追って美鶴と小埜崎は同時に駆け出した。美鶴は急速にノイズが視界を覆い尽くすのも構わなかった。それが最後の一押しになった。


「瑠璃ッ、早く逃げなさいッ」

「由佳里ッ、逃げろ──」


 叫んだ瞬間、美鶴は目の前が暗転した。そして、ドンと押し出すような衝撃が全身を駆けぬけ、一気に視界が広がった。

 幽体離脱とでも言えばいいのか、視線の先に遠くなる七彩の背中があった。それだけで状況が理解出来た美鶴は、その場に立ち尽くした。悔しくて、哀しい思いが綯い交ぜになる。

 いつの間にか隣に肩を並べていた少年が、哀愁を浮かべた顔で弱々しく笑う。


『タイムリミット。ここまでがオマエの限界だよ。あの日、ボクが彼女を手にかけてまで守りたかったのは、オマエの世界ダッタ。ミツルが作った日常は、ボクにとって大切だった。今更思い出したよ。ボクはボクであるオマエが大切だったンダ。少し休んでくれ、ミツル。ここで交代ダ』


 何だそれは、お前は同性愛主義者か。そんなツッコミを心の中でした美鶴は、少年の誘いに素直に従った。二人は互いの拳を打ち付け合った。


「由佳里を頼んだ…………アギト」


 美鶴の身体は爪先から掠れていき、急速にその色をなくしていく。元から希薄だった存在が、完全な無へと昇華する。

 最期に由佳里の姿を目に焼き付けて別れを告げる。


──君のことは忘れない、と。




 同調率92%。


──Last Weapon///open...《ハカナイシニソエルウタ》...


「最終兵装展開。夢幻供歌レクイエム発動。ニーズヘッグのランカー、オマエの命運は尽キタ。大人シク、首を差し出せ」


 その瞬間、一帯を鈴の音が包み込んだ。

 多聞はその場に膝をついて、あまりの事態に言葉を失くした。小埜崎も同じように膝を折って、地面に四つん這いになった。

 七彩の最終兵装は、周囲のランカーの同調率を抑制した。

 本来、美鶴自身の同調率を抑制していた鈴の音の範囲が拡張し、その効力を数倍に増した結果だった。

 そんな全てを虐げる領域の中を、悠然と歩く少女。金髪のショートカットが風に揺れ、動くたびに鈴の音を高くする少女は、今にも泣き出しそうに顔を歪めていた。


「ゴメン、羽城さん。彼を救えなかっタ」


 少女は由佳里たちの方を見遣って呟くと、武器を支えに立ち上がったピグモの姿を見据える。その視線は、獲物を見つけた獣のように鋭く獰猛さを宿していた。

 かつて、暴食の怪人と呼ばれた者の眼だった。

夢幻供歌:レクイエム……儚い死に供える歌 


夢幻:夢や幻のように、はかないこと。

供歌:供花というのが死者に手向けられる花。なので手向ける歌なら供歌かと。

レクイエム:死者のための鎮魂の歌 


というわけで、儚い死に供える歌。

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