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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
凄惨な日常に花束を
60/66

騎士の誓い

 すみません。注意です。

 

 この先、視点が美鶴と由佳里の間を行ったり来たりするかもです。

 読みづらくなったりするかもしれません。はい


 では、本文をどうぞ。時間が多少、戻ってます。

 教室では多くの生徒が蒼白した顔で窓の外の様子を窺っていた。未だに警察の姿は見えず、やっと駆けつけてくれた一体の騎士も力及ばず敵に屈していた。

 教室の壁にかけられた時計は午後四時三〇分辺りを示している。携帯は電波が届かず、使い物にならない状態だった。外部との連絡手段がつかない現状は、軟禁状態の生徒にとって大きなストレスであり、恐慌状態に陥りさせた。


 それがさして大きな混乱とならなかったのは、一人の女子高校生の存在のためだった。


 朴澤悠月ほおざわ ゆずき、時期外れの転校生。やってきてまだ日は浅いにも関わらず、その名も顔も学校中に知れ渡らせた女子高生。ファンクラブまであるという噂まで聞く。

 そんな彼女は、放送室に数人の生徒を連れて入り込むと、学校内に放送で落ち着くように呼びかけた。時折、生徒の笑いをとり、その恐怖を和らげていった。

 教師陣もそれに同調して、各クラスでの暴動騒動が発生しないように気配りを続けた。

 それでも脱出を図ろうとした生徒もいたが、昇降口や非常口は蜘蛛型の機械が絶えず警邏を続けており、逃げ出すのは難しかった。威嚇射撃だけで済んだが、万一撃たれていた場合、即死であっただろう。


 それもあいまって、怯えながらも、助けがくるのを全校生徒は静かに待ち侘びていた。

 そんな様子を観察していた由佳里は、早退して帰宅した美鶴のことを思っていた。

 彼ならきっと助けにくるだろう、そう考えると同時に、先日の国道での事件が頭を過ぎる。まるで別人のような顔を浮かべた少年の表情。

 またあんな顔を浮かべるのではないかという恐怖が今の由佳里の心を痛めていた。

 ふいに肩に手が載せられて、思わず身体がビクッと跳ね上がった。


「ゆかりっち、そんなビックリしないでよ。うちだよ」


 振り返れば微笑を浮かべた悠月の姿が目の前にあった。

 校則に反したエアリーカールの茶髪が目を引く、華やかな少女。お嬢様と言われても納得がいきそうな容姿には、僅かなりとも嫉妬を覚えるほどだ。

 その顔は他の生徒と較べて色付きが良く、この状況を酷く悲観しているようではなかった。


「ごめん、悠月。考え事してた」

「みっくんのことでしょ?」


 途端、頭に血が昇ったのが分かった。由佳里は慌てて言い訳を口にしたが、悠月は笑みを浮かべるだけで真面目に扱おうとはしない。


「いやー、あっつあっつね。どうもありがとうございましたー。うちは満腹です」


 意味の分からないことを言って、悠月はお辞儀した。

 由佳里は溜息をついて、机にうつ伏せた。ひんやりとした机の冷気が火照った顔には心地よかった。


「みっくんだったら、愛しのゆかりっちのために馳せ参じると思うね。きっとそうだよ」

「うちもそう思います」


 突然、湧いて出た後輩の姿に度肝を抜かれた由佳里は、悲鳴を上げそうになるのをなんとか堪えた。今の状況で悲鳴など上げれば、学校中が一瞬でパニックに陥るだろう。


「瑠璃ちゃんかぁ~、驚かさないでよ」


 由佳里の心底安堵した様子に、一学年下である後輩は不思議そうに首を傾げた。しかしその表情は次第に曇り始める。


「でも、小埜崎さんが負けちゃいました。美鶴先輩が来ても、二対一ですよ。無理ですよ」

「無理っていったら無理なんだよぉー。ついでに、るりっちの胸も一生大きくならなくなるんだよぉー」


 一生は言い過ぎだろうと思いながら、由佳里は失笑して腹を揺すった。

 悠月は瑠璃の頬を両手で両側から挟むと、グルグルとこね回す。それに合わせて奇怪な面容と成り果てる瑠璃の表情が、笑いを誘う。


「ゆぢゅき、せんふぁい。何の仕打ちれすか、これ」

「無理って言った罰だよぉー」


 瑠璃で遊ぶ悠月の手を止めたのは、窓の外を見ていた生徒の声だった。


「おい、また別の騎士が来てくれたッ。最初に来てくれた騎士を助けたぞ、これで二対二になった」


 一気に場の雰囲気が明るいものへと転じていく。次々と生徒が窓際に押し寄せた。


「なんか、幼い少女みたいに見えねぇ? しかも金髪だぞ」


 その言葉で由佳里は理解して、ほっと胸を撫で下ろした。胸の奥の暖かさが身体中を駆け巡っていく。窓の外を見なくとも、来てくれたのが彼だと分かった。

 そんな由佳里の様子を見て、悠月は意味深な笑みを口に湛えた。


「おめでと、ゆかりっち。白馬の王子様が来てくれたね」


 そう言われたら、はにかむ以外出来そうになかった。気恥ずかしさを紛らわすように、窓とは反対の廊下側を見遣ると、視界に不自然なものが見えた。

 廊下側の窓に張り付いた物体。不審に思って近づけば、それは小型のロボットだった。見た目は巨大な天道虫のようなソレは、窓を開けると校舎内に侵入し、そのまま由佳里の制服の左袖に留まった。

 隣にやってきた悠月がそれを興味深い目で見る。


「天道虫みたいだけど、デカすぎっしょ。ロボットだね、これ」


 テニスボールを半分にしたような形で、全体に光沢があった。赤い翅には黒い水玉の紋様。触覚はしきりに周囲を探るように動かされている。

 悠月がその斑点模様の描かれた翅に触れた途端、翅が左右に展開し、中からホログラムの映像が飛び出した。

 その立体映像は現在の西徳付属高等学校の校庭を示し、そこに存在する四体の騎士の様子を表示していた。

 それとは別にゲージがあり、その上に浮かんだ文字は《七彩》だった。示された数値は85%。


『よかった、誰かのもとに辿り着いたみたいだ。すみません、そちらはどちら様ですか?』


 天道虫の背中のスピーカーから声が響いた。由佳里はその声に泪が浮かびそうになって、鼻をすすると口を開いた。


「お父さん、由佳里だよ」


 誠は、機械天道虫が無事に由佳里の元へと辿り着いたことに酷く感激した様子で、通信越しに歓声が聞こえた。


『良かった、由佳里なんだね。無事なんだ、良かった』

「ねぇ、お父さん。どうして通信が出来てるの? ここら辺は電波が妨害されてるみたいなのに」

『独自の周波数を使った通信だからね。やっと実用化できたんだ。それで、そっちの状況を教えてくれるかい?』


 由佳里と悠月は誠に掻い摘んだ説明をした。

 敵が二体の騎士であること。学校の出入口は蜘蛛型の機械が見張っていること。小埜崎の龍王が救助に来てくれたものの、返り討ちにされていること。美鶴が七彩でやってきたこと。


『そうか、美鶴君は早退してたから巻き込まれなかったんだね。それで由佳里たちを助けるために騎士で』

「ドクトール、由佳里たちじゃなくて、ゆかりっちを助けるためにみっくんは来た、だと思うよ」


『お、嬉しいこと言ってくれるね、悠月君。んでも、そうかぁー、美鶴君。覚悟を決めたのかな……。由佳里、父親として僕が言えることはこれだけだ。

 全力で美鶴君をサポートしろ。

 幸いなことに、今由佳里の元にある天道虫君Zには、七彩の状況や周辺の状況がデータとしても映像としても映されていると思う。それを最大限に活用してほしい。通信は切らないで繋げたままにしておくよ、どうか後悔のないように』


 誠の言葉に由佳里と悠月は頷きあった。

 絶対に後悔などしないし、させない。


「それじゃあ、ゆかりっち。どうする? あまり時間はないみたいだよ。どこか他の場所に移る前に戦闘が始まっちゃうみたい」


 悠月が指差した立体映像には、敵と対峙する騎士の姿が映されており、互いに臨戦態勢だと言えた。出来れば戦闘が始まる前に、美鶴とコンタクトをとっておきたいという思いが由佳里にあった。声が聞きたいと願う。


「ほら、ぼぉーっとしてないでおいで。みんなぁー、こっちに近寄らないでね。今からゆかりっちがお仕事だから。サポーター関係者及び超親友以外立ち入り禁止」


 悠月が由佳里の手を引いて教室に戻ると、机の配置を一部変えて円卓状に並べた。その中央に座らされた由佳里。

 悠月は由佳里の正面に位置する場所に座り、その隣に瑠璃が並ぶ。


「うちも部外者じゃないですよね」

「もちろんだよ、るりっち」

「それじゃあ、サポート始めるよ」


 そして由佳里は口を開いた。


「美鶴、私が今からサポートするよッ」

『えッ、由佳里!?』

 

 同時に戦闘が始まった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 ピグモという銘の騎士は力にモノを言わせるタイプであり、手にもった包丁のような得物とヌイグルミのような見た目を裏切った怪力が武器だ。綿でも詰め込まれているようなその拳が地面を殴りつけた瞬間、地面を陥没させていた。


 対して、少女の形をした黒い騎士は、化学兵器が詰め込まれている。

 右手のライフル銃は、火薬を使用せずに撃ちだせるカタパルトのようだった。炸裂音なしで放たれる銃弾は着弾と同時に氷柱を造った。

 左手に握られた片手半剣の刀身は空気中の水蒸気が凝縮されたものであるらしい。

 物体の硬さにはモース硬度という基準があるが、氷は-70℃を超えた場合、ナイフでも傷つけることが出来ない。


 だが、ピグモという騎士はともかく、この黒の騎士は対ランカー仕様とはいえないだろう。その兵装は対人の場合、絶大な効果を発揮するだろうが、同じアンドロイドである機械同士では効力は半減した。


「小埜崎さん、まずはあの黒い騎士を破壊したほうがいいですね。あの騎士の兵装は騎士を相手としているよりも、対人目的に造られてます」


 美鶴はニーズヘッグの二体の騎士から距離をとり、隣に並んだ小埜崎の龍王に打診した。二対二の戦いの中で、二対一の形をつくる。

 その提案に小埜崎は同意した。彼女自身、相手の兵装が騎士との戦闘に不向きだと感じていたらしい。確かに操者の腕は立っており強い。それでも騎士の装備のためにあと一歩が足らないのだ。

 美鶴は視線の先に立つ機影を睨む。ここまでの拮抗した戦闘によって、校庭は大きく穿たれた場所や爪痕のように抉られた部分が出来ている。校舎側に被害が出ていないことが幸いだった。


「そこのガキの見た目をした騎士の操者。おめぇ、つえぇな。おいらはびっくりだぜ。序列いくつだよ」


 そう言う相手だが、ここまでの戦闘において狂刄鈴蟲の空気の刃を避けた手前、吹切多聞という操者の方が瞠目に値する。

 多聞の言葉に美鶴は自嘲気味な笑いを七彩の口端に浮かべた。

 驚かれるのは悪い気がしなかったが、残念ながら期待した数字は言えそうにない。


「──六千台だけど」

「なははははははッ、六千かよ。びっくりだな、そいつは。おまえ、何隠してんだ? 俺たちとここまで殺り合えるってのに、何でそんなマイナーとして引っ込んでんだ?」


 突然変わった声のトーンに殺気のような気配を感じ取った。

 腹が底冷えするような恐怖を覚えて、半歩後退る。


『美鶴、大丈夫? 同調率が急変動を続けてる。リラックスだよ、リラックス────頑張れーッ、美鶴。俺らはお前を信じてるぞォーッ。────男子はゆかりっちの邪魔すんなって。るりっち、この男共を向こうに連れてくよ』


 由佳里との通信に紛れ込んだのは、聞き覚えある生徒たちの声。最後のは悠月の声だろう。思わず苦笑してしまい、強張った感情がどこかに消えた。

 美鶴は狂刄鈴蟲の剣柄に手を添えて、体勢を前屈み気味にする。右足を一歩前に踏み出して構える。


「別に何も隠しちゃいねぇよ。それが俺の実力だってこと」

「そうかい。んじゃ、そういうことにしといてやるよ。おい、灰渕。無駄に時間を喰っちまった。さっさと済まして、仕事を終わらせるぜ」


 多聞は包丁を地面に突き立てると、その柄を捻った。ガチャンと金属音が鳴り、包丁の刀身に無数の切れ込みが出来ていく。最終的に包丁の形であった刀剣は、一振りの蛇腹剣じゃばらけんへと変じていた。


「ピグモ最終兵装、《仏斬ぶつぎり》だ。さっさと終わらせるぞ、おい灰渕ッ、お前は手を出さなくていいぜ」

「仕事中はナンバーで、と言ってた筈。仕事の遅れはアハトの責任。だけど、リーダーは容赦ない。仕方ないから、仕事を済ます」


 洸はそう告げると、美鶴たちを残し校舎の方へと跳んだ。

 美鶴は慌てて、その小さくなる背中に叫んだ。


「おい、待てよッ。俺たちとの勝負は終わっちゃいねぇーだろッ。なんで校舎の方に行くんだよ」

「それがおいらたちの仕事だからに決まってんだろ」


『美鶴、構えてッ』


 蛇腹状の刃が振り下ろされてくるのを美鶴は寸前で回避すると、小埜崎とともに後方に下がった。


「期せずして二対一になったのはいいけど、どうする美鶴君? 確か、校舎の方に向かったのは対人特化型だったよね」


 小埜崎の声から気持ちが切羽詰っていることは、容易に察することができた。

 今の立ち位置は、校舎と向き合うような格好になっている。

 視線の先では、蛇腹剣を振り回す騎士が校舎に近づけないように立ち塞がっていた。アレを倒さぬ限り、突破は難しいだろう。蛇腹の刃はそのリーチが本来の倍以上にまで伸びている。


「小埜崎さんは最終兵装を使用できますか?」

「排熱システムにエラーが出てる。一度使ったときに損傷したみたい」

「俺もロックがかかってて使用が出来ない状態になってます。解除法はまだ聞かされてないんです」


 美鶴はそう言っている間も自身の限界を感じていた。七彩の全身から鳴らされる鈴の音が同調率を常に抑制しているとはいうものの、それにも限界がある。視界の隅に走り始めたノイズが徐々に視界を蝕んでいく。あまり長時間の戦闘は続けられないだろう。

 七彩の最終兵装、その使用は同調している美鶴でさえ許可されていない。パスワードがかけられているらしく、アクセス権限さえ与えられなかった。 

 最終兵装がどんな能力かは把握出来ないが、名前だけは分かる。

 それを見て美鶴は首を捻るしかない


──儚い死に供える歌か。

 これを実装した誠は何を思っていたのだろうか。それはまるで今の自分に対して向けられるように感じられた。


「じゃあ、二人で本気モードの相手を倒すしかないか」


 小埜崎はまだ希望を捨てたわけではないらしい。

 美鶴もそれに励まされるように、

「ですね。でも、二人であれば望みはありますね」


 いかに相手が最終兵装を使用したからといって、勝つことが不可能ではないのだ。

 それに吹切多聞の騎士は武器が変化しただけ。

 元々頑丈な造りをしていることもあるが、それでも二体一で数でこちらが勝っている。 まだ、終わりじゃない。


『美鶴、相手の騎士の右肩部分に負荷がかかり過ぎてるみたい。狙うならそこだよ。学校の心配ならまだ平気だよ。騎士は校舎内に入ったけど、教室の方には来ないみたい』

「それじゃあ、由佳里。ちょっと待ってろよ」

『うん、待ってるよ』


 次第に迫るタイムリミットは、冷酷にも止まってはくれない。

 美鶴は小埜崎と同時に地面を蹴り上げた。後ろに砂埃を上げて、敵に肉迫する。


──だからこそ、今出来る精一杯をしようと思う。 

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