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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
凄惨な日常に花束を
57/66

赦された場所

 戦闘ばっか……。

 読みづらかったら、すみません。

 

 新キャラ登場するんですが、秒殺です。


※追記 鎌錐では右腕を振って戦ってるのに、七彩では左腕で剣を握ってるのは、美鶴が実は左利きだったってことにしといてください。とりあえず美鶴は右腕が義腕なんで、日常生活でも左手を多用ってことで。


 

 昔から死の色は白で表現されてきた。欧米でも日本でも白い色は死を連想させるものとして忌み嫌われていた。けれども色としての白とは何物にも染まりやすい。死とはありとあらゆる色を含んでなおあり続ける黒のようなものだと考えたほうが合致して感じる。

 または色なんていうものは存在していないのかもしれない。

 完全な無色。色の概念さえ存在しない場所。────イロナキシ。



「何がどうしてこうなった……」


 美鶴は自分自身の足元までを見下ろして、大いに嘆いた。七彩ななせの身長は143センチであるらしく、肉体の時よりも頭一つ分小さくなっている。周囲のものがまるで巨大化したかのような錯覚を覚えた。

 膝から下が完全に外気に晒された紅絹色もみいろのスカート姿。騎士との同調時に寒さを感じることはないが、非常に気恥ずかしい。由佳里が誠から渡されたものを穿かせたらしいのだが、そのスカートもどうやら上着と一式のデザインであった。ここにきて美鶴は、誠が少女型の騎士を意図していた事実を知った。

 そして何故か、足に履くのは天狗下駄であった。下駄の歯が一つしかない天狗下駄は元来、修行僧や山伏が愛用したらしく、鍛えられた平衡感覚を必要としていた。美鶴はまるで自分が曲芸師にでもなった気がして、ますます落ち込んだ。狩衣かりぎぬを模した戦闘装束が風にはためき、視界に金髪がかかる。どこからか凛とした鈴の音が聞こえ、耳に心地よく響いた。


──結局、完全に女の子扱いだよな。七彩、お前はそれでいいのか!?


 問いかけに答えなど返ることはない。問いかけた相手に美鶴自身、精神を同調しているのだ。美鶴は息を短く吐いて、目の前に急速に迫りつつあるアンドロイドの姿を見据えた。あれもまた、人の精神が移って操られているのだった。相手には幼女、良くて美少女が道に立っているようにしか見えないのだろう、と美鶴は苦笑した。

 左手を後ろに回し、腰にホルスターへ差すように吊るされた刀剣の剣柄に触れる。カチャリと金属音が鳴り、新たな得物の感触を伝えた。バトルナイフと呼ばれていたが、それにもちゃんとした刀銘があった。名を狂刄鈴蟲(きょうばすずむし)。同調したことで七彩の武装についての情報が美鶴の頭に流れ込んでいた。残念ながら各兵装の名称のみであった。性能については自分で調べてくれとでもいうのだろうか、説明のない武装は逆に使用することへの警告めいて見えた。

 美鶴は準備運動のように身体を左右に捻り、筋肉を伸ばすような動作をとる。誠が言ったように同調率に些かの抑制はかかっているようだった。多少、感覚が希薄に思える。先ほどから絶えない鈴の音が少なからず影響を与えているのだ。動くたびにどこからともなく響く音は、鎖のように美鶴を縛って同調率を抑える。

 それでも不思議にも抵抗感や圧迫感はないのだった。それどころかすこぶる気分はよかった。逆に身体が軽いとさえ思えてしまう。

 美鶴はトリガーに指をかけて、姿勢を低く保った。神経を研ぎ澄まし、地響きを起こしながら肉迫するドリル男のその広すぎる胴に狙いをつける。


『トリガーを引けば、七彩の主兵装のバトルナイフが射出されるからね。鞘から抜き放つ動作で相手を斬る抜刀術が応用されてるみたいだから』


 由佳里からの通信が美鶴の頭に反響して指示を伝える。由佳里と文蔵は、五〇メートル後方で事の成り行きを見守っている。由佳里はミニバンの中から、七彩の頭部に生える猫耳をかたどったアンテナと情報のやり取りを続けていた。

 研究棟で絶望していた美鶴は皆目、誠の説明を聞いていない。同調による情報も役に立ちそうになかった。故に付け焼刃の説明を由佳里から受けている最中であった。


「分かったよ。居合い切りが七彩の技なんだな」

『ッ!!』


 通信越しの由佳里の驚きようが美鶴にも伝わった。美鶴も見当がついたがゆえに嘆く自分を励ませなかった。奥歯を噛み締めて屈辱に耐える。


『もう一回喋ってよ』


 思ったとおりの由佳里の反応に、美鶴は七彩の端正な顔を歪めた。泣きそうな自分に同情するしかない。

 七彩に内蔵された発声器からは美しいアルトの声しか出てこなかったのだ。同調してすぐにソレを知った美鶴は無言で頷くと、首を傾げた二人を残して前線へと飛び出していた。しかし、異国風金髪娘で和服で低音域の女声とは、ギャップが酷い。それにも関わらず、不思議と一つの騎士の要素としてまとまりをもっていた。ここに誠の天才としての本領が発揮されている。だが、美鶴には嬉しくも何ともなかった。


『無視ですかぁ~、シカトですかぁ~』


 まるで緊張感のない由佳里の声に、美鶴は呆れと諦めの気持ちを強くした。溜息で由佳里に答えてやる。


『溜息じゃ声が聞こえないよぉ』

「うっさい、由佳里。ちゃんとサポートしろって」


 美鶴は既に二〇メートルも離れていないドリル男をめ付けた。丁度視線の先では警察専用騎士の一体がドリル男の右腕の餌食となったところであった。モノクロの装甲が捩れ、ひしゃげ、千切れ、火花を散らして金属の塊と化す。アスファルトを掘削くっさくするドリルが甲高い金属音を響かせて大地を揺らした。生身の人間である警官達は成すすべなく、彼らの騎士が破壊されてゆく様に耐え忍んでいる。中にはピストルで応戦する者の姿も見えたが、大した効力を発揮することはないだろう。


『足元に潜り込めれば、相手は長身だから一気に有利に進められるね。ってそうだ、まだ美鶴に言ってなかった七彩ななせの能力が────頭上注意ッ!!』


「くっそッ」


 美鶴は咄嗟に斜めに跳躍して、突如上空から落下してきたパトカーを躱した。重厚な落下音を響かせたパトカーはまもなく爆炎に包まれ、周囲に突風が吹き荒れる。

 顔を上げた美鶴は七彩のカメラアイが映し出した光景に嫌悪感を募らせた。ドリル男が左手で腹を抑えてわらっていた。旧式には発声機能がなく、表情も単調であるが、あの笑いだけは見間違いようがない。狂喜する口元はその操者の残虐性を疑わせる。


「パトカーを投げたのかよ。ったく、こっちから攻めにいかなきゃか」

『周囲にも被害が出てるから急いだ方がいいね。歩道にいた人にも怪我人が出てるし、警察の人たちには重軽傷者が複数人いるよ』

「あぁ、ちゃっちゃと排除しますか」


 美鶴は鎌錐とは違った感覚に戸惑いを覚えつつ、七彩の足裏でアスファルトを蹴り上げた。天狗下駄がカッカッ、と硬質な音を鳴らし、スカートが風にはためく。徐々に美鶴は七彩との同調に馴れ、動作のラグがなくなっていく。左手は常に剣柄を握り、トリガーに指をかけてあった。懐に潜り込んだら最後、敵には反撃のチャンスを与えはしない。




 残り九メートル。


「無謀だッ」「誰だか知らんが、やめておけッ」「あれも騎士なのか?!」



 周囲で警察の声が沸いたが、それを意に介さず当然のように無視する。


 ドリル男は周囲のバリケードを手当たり次第に投げ飛ばした。美鶴はそれを難なく回避しては大きく跳んで距離を詰める。美鶴の視界でドリル男が大きく右腕を後ろに引いた。美鶴は慌てて横に回避行動をとった。横に飛び退くと同時に、寸前まで美鶴がいた位置をドリルが駆け抜けてアスファルトを深々と抉った。凄まじい絶叫が響き渡り、細かなコンクリ片が飛び散る。


「リーチが長ッ。軽く四メートルは伸びたって」


 美鶴は内心冷や冷やとしながらも、ドリルを躱したことで生まれた隙を見逃さなかった。姿勢を低くしてがら空きの胴下に潜り込むと、天狗下駄の歯を路面に擦過させて急停止する。

 ドリル男に致命傷を与えるためには、些か相手は巨大で、自分は小さすぎた。

 無防備に伸びる足を一瞥して狙いを決める。トリガーにかけた指に力を込めて、左肩を前に突き出すように上半身を右回りに捻った。生身の人間では肩の脱臼は免れなかったであろう。吹き荒む風が起こり、すさまじい勢いで左腕が跳ね上がった。一際高い鈴の音がどこまでも響き渡って反響した。まるで鞘から射出された狂刄鈴蟲の刀身はドリル男の右脛すねから陥入して、脹脛ふくらはぎへと抜ける。切断とはいかないまでも、作業用アンドロイドの巨体に片膝をつかせるのには十分だった。 

 周囲で今度は警察の歓喜の声が沸いて、暗澹たる雰囲気に好転の兆しを見せた。


『ナイフは鞘に納めて再チャージしてね』


 由佳里の指示に従って狂刄鈴蟲を腰に吊るした。同時に刀剣全体が微弱に振動を始める。鞘内部の気圧を高めているのだろう。

 美鶴は倒れこんでくる巨体を見上げて身構えた。左手は後ろに回して常に剣柄を握り、いつでも抜刀出来るようにしてある。


「ちッ……」


 美鶴は舌打ちするとともに身を翻して跳び上がった。宙を舞う七彩の下をドリル男の右腕の大型掘削機が通過し、空間を薙ぎ払ってアスファルトを削る。七彩の躯体はその見た目を裏切らず驚くほどに軽量であった。鎌錐が重すぎたとさえ思えてしまう。

 美鶴は振り払われた右腕に着地するとそこを伝って一気に駆け上がった。このまま首まで達してその頭部を落とせばコトは済む。往々にして頸椎けいついは弱い部位であり、それは生物でも機械でも大差はないだろう。

 二の腕を蹴り上げて肩に飛び乗った美鶴の意図を察したように、ドリル男は全身を震わして美鶴を振り落とした。踏み止まる努力空しく七彩の身体が地面に向かって降下する。しかし美鶴は落ち着き払っていた。目の前にはアンドロイドの広い胸板が広がっていた。首は無理でも胸部の損傷は望めるだろう。あわよくば致命的なダメージとなることも考えられた。

 宙で身を捩ってトリガーを引いた。がら空きの胴体に対して放った一閃が火花を散らして、深々とドリル男の胸を切り裂いた。あばらに似た金属骨格を数本切断して、その内部構造を白日に晒した。しかしこの一撃は致命傷とはならなかったらしい。

 美鶴は落下の衝撃を和らげるように前回りで地面を転がって静止すると、顔を上げた。視線の先でドリル男はありえないとでも言いたげに損傷部を見下ろしていた。が、依然その活動に支障は出ていないらしく、大きく後方に跳ぶと美鶴から距離をとった。

 それに対し美鶴は悪態をついた。旧式のアンドロイドは想像以上に外部装甲が厚く、度を超えた破壊力を有していた。再度刀剣を鞘に納める。


『付近に他の騎士の反応と巨大な熱源反応を確認したよ。他の場所でも戦闘が起きてるみたいだね』

「もしかして、コイツら今朝のニュースでやってた銀行強盗犯かよ」


 確か犯行に使用されたのが作業用アンドロイドであったことを思い出す。と、美鶴の目の前でドリル男が新たな動きを見せた。

 それは至極単純な突進。向かってくるのが巨大な図体のアンドロイドのみであれば苦労はしないのだが、美鶴は視界に飛び込む巨大ドリルを見て嘆息した。回転に伴う重々しい駆動音を上げて迫る重機。回避行動が採れるかを現状から把握する。相手との距離と腕のリーチの長さを考慮すれば下手に横に回避するよりは、寸前で躱すことで懐に潜り込む方に勝算はあった。


「来いよ、デカブツ」


 美鶴の挑発に神経を逆撫でされたようにドリル男が加速。

 相手には幼女が自分を馬鹿にしてきたようにしか見えないのだろうが、美鶴にはそれが滑稽だった。幼女に負ける巨漢。明日の新聞の一面トップを飾るタイトルだ。

 しかし、意気込んだ美鶴に肩透かしを喰らわすように、視線の先でドリル男の巨体が左脇腹から右肩にかけて切り裂かれ、うつ伏せに倒れこんだ。地面が大きく揺れ、舗装路に亀裂が走る。正面からの風に身体が仰け反った。何が起こったのか判断がつかなかった。美鶴の疑問に答えるように、ふいに男の声が聞こえた。


「なんでガキがこんなトコで遊んでんだよ。……おいおい勘弁してくれよ。それが騎士とかフザけてんのか? お前、ランクいくつよ」


 人を小馬鹿にした声は美鶴の目の前から発せられたが、当然視界にはアスファルトを転がったアンドロイドの巨体しか映らない。が、突然何もなかった空間からカメレオンに近似したフォルムの騎士が姿を現した。その両手には回転刃のついた巨大ヨーヨーを装備しており、左右別々の動きを見せる目が奇怪であった。この騎士の登場で周囲の警察が一際大きな歓声を上げた。まるでこの騎士がいれば安心だというように安堵した様子が窺える。

 美鶴は居づらさを感じて、落ち着かない気分になりながらも目の前の騎士に口を開いた。


「まずはあんたから名乗れよ」


 カメレオン似の騎士は、少女の口から粗暴な言葉が飛び出したことに多少面食らった様子を見せたが、口から先端に球体をつけた舌を伸ばして、


桐ヶ谷煉次(きりがや れんじ)だ。騎士の名はストレンジナイト。ちなみに序列は260位だぜ」

『あ、その名前知ってるよ。桐ヶ谷煉次っていう人は、最近名を上げてるランカーだよ』


 由佳里の言葉に美鶴はなるほどと理解した。どおりで警察が歓喜するわけである。260位であればかなり高序列のランカーということだった。美鶴はそんな相手に自分の序列を答えることに抵抗を覚えた。序列を率先して教えたがる人間の多くは、自分よりも低い相手を見下す傾向がある。


「ここにいるってことはお前もそこそこ名の知れたランカーなんだろ?」

「いや……序列六千番台だけど」

「六千番!? おいおい、千番以降のマイナーがなんでいんだよ。ここは遊び場じゃねぇんだぞ。六千とかありえねぇ。なに出しゃばってきてんだよ。あぁあぁいいよ、名乗らなくて。聞いてもどうせ役に立たねぇし」


 掌を見せて美鶴の言葉を塞ぐと、やれやれと首を振って肩を落としてきた。終いには蔑視の視線を投げかけてきた桐ヶ谷に、美鶴は苛立ちを抑えることで精一杯だった。その人を見下したような態度が気に食わなかった。まだ見てもいないにもかかわらず、相手の全てを知ったかのような物言いが嫌いだった。

 確かに260位は高序列であり、美鶴は六千番のマイナーランカーなのだったが、美鶴は納得し難かった。序列とランカーの強さは必ずしも結びつくとは限らないのだ。主にランカーの実力を左右するのは高い同調率と踏み越えてきた場数による経験だった。実際、マイナーだといわれたランカーの中には、序列100位以内のランカーに引けをとらない存在がいた。ボレアースの執行者であった頃に相手を舐めてかかり、痛い目を見るハメとなった経験をしている。

 目の前の操者はその事実を理解している訳ではないようだった。己の序列が上がることは自身の実力があってこそと過信し、その他の要素を考慮しない。相手の順位が低い理由は単に弱いからだと決め付ける。それどころか率先して蔑んでもいた。

 そんな桐ヶ谷を美鶴はあえて取り合おうとはせず、桐ヶ谷のストレンジナイトの隣に肩を並べた。カメレオン似の頭部の横に突き出した眼球が睨みつけてくる。


「残念だけどな、アレは俺が仕留めるぜ。報酬もお前には出ねぇぞ、ざまぁ」


 別に金のためにココにいるわけじゃないと反論する前に、桐ヶ谷は先陣を切って飛び出した。途中でその後ろ姿が消える。光学迷彩を搭載した仕様であるらしい。完全に周囲の景色に溶け込んだ騎士の姿を七彩のカメラアイでさえ、ロックオンサイトを消して行方を見失った。美鶴は慌ててその消えた後ろ姿を追おうとして、視界に映った光景に足を止めた。

 巨大重機であるドリルを装備したアンドロイドの挙動が美鶴に疑問を抱かせた。ドリル男は右腕を高々と掲げると、それを地面に向かって振り下ろしたのだ。アスファルトへと突き刺さったドリルが地面を抉って砂埃を巻き上げると、周囲が粉塵に呑みこまれてゆく。

 その中にストレンジナイトの輪郭が浮かび上がったのが分かった。土煙の中では、光学迷彩の効力は薄れるようだった。美鶴はその影を視線で追った。ふいにジャラジャラと鎖がぶつかり合うような金属音が周囲で響いた。周辺を見回した美鶴は七彩のカメラアイが捉えた物体を見て絶句した。道路沿い建ち並んだビルの間から伸びるそれは、無骨すぎる黒光りの鉄球であった。

 建築物の取り壊しなどに利用される鉄球は、一直線にストレンジナイトへと飛んで衝突した。伸びた距離は三〇メートルに達したであろう。男の悲鳴に似た声が聞こえたと同時に、ドンッという衝撃音が美鶴の身体を叩き、その衝撃の大きさを教えた。

 グロテスクに全身をひしゃげた騎士が土煙の中から飛び出し、鉄球ごと近くのビルの側面へと激突する。ビル全体を大きく揺らし、コンクリの壁にめり込んだ鉄球は盛大に粉塵を上げて静止した。その光景を目の当たりにした警察が明らかに狼狽して、蒼白に染まった絶望した表情へと一変する。苦々しく表情を歪めて、アスファルトに拳を打ち付ける者も現れる始末。260位のランカーが瞬殺されたことがよほどショックなのだろう。

 そんなことはどうでもいいどころか、先ほどまで見下されていた身としてはいっそ晴々(せいせい)して思えたが、美鶴はそれよりも自分の存在を忘れてもらっては困るといった態度で、新たに出現した作業用アンドロイドを睨みつけた。

 

 右腕の二の腕から先で鎖と連結された鉄球をぶら下げたアンドロイドは、ドリル男よりも頭一つ分程度長身で、一〇メートルを超えた全長であった。カチャカチャと金属音を響かせて、自動で鎖を巻き取ってビルに半分埋まった鉄球を回収し始めていた。

 鉄球の下から現れた騎士の残骸はもはや原型を止めていなかった。美鶴はそれを横目に見て戦慄した。威力過剰な一撃の結果があれだ。

 ドリル男だけでなく、突如出現した鉄球男さえも一度に相手をしなければならなくなったことは非常に難易度が高い状態となったと言える。性能面での差こそあれ、あの二体のアンドロイドの操者は相当の手練れであろう。あの場で咄嗟に砂埃をつくり、味方の援護を受けるなど、余程の経験と信頼が必要となる。


「──でも、負けるつもりはないけどな」

『美鶴、勝ってよ。それでちゃんと戻って来てね』

「あぁ。すぐに終わらせて戻るから」


 美鶴は大切な人を守るために戦うことを決意する。それは人に言うには赤面ものの決意であったが、美鶴にとって由佳里のいる世界が自分の居場所となっていた。かつて居場所を与えられ、居場所を奪われた少年が新たに選んだ安息の場所。それを守るためなら多少の危険も甘んじよう。ふいに凛とした鈴の音が響いた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 厄介なのは、二の腕から先に鉄球をぶら下げたアンドロイドであろう。一〇メートルをゆうに超える長身から振るわれる鉄球をまともに喰らえば、一撃による大破は免れようがない。ビルの側面にめり込んだまま微動だにしない騎士の残骸を見れば明らかだった。

 多くの警察たちが戦意を喪失する中で、一体の矮小な騎士が果敢にも二体の巨体を有するアンドロイドに立ち向かっていた。両者の体格差を較べれば、力の差は歴然といえよう。だが、アンドロイドにおける強さの基準は、大概は操者と騎士との間の同調率の高さが影響してくる。たとえ非力な見た目であったとしても、その同調率が八〇%を超えた時点で、その騎士はもはや無双の域へと達したとも言える。

 それがたとえ異国風金髪娘で和服姿で天狗下駄を履いた見た目が幼女、良くて美少女である騎士であったとしてもだ。


「二体一っていうのはセコいよな。ったく、警察の人らは戦意をなくしてるしな」

『ホントに平気なの? なんかこうも体格差があると逆に不安にならない? しかも相手は二体だし』


 由佳里の心配そうな声色が美鶴に訴えかけてくるも、その答えをはぶらかすように笑った。倒すしかないのだ。周囲の被害をこれ以上悪化させないためにも、由佳里との平和な日常を守るためにも。

 後ろに左手を回してバトルナイフ、狂刄鈴蟲きょうばすずむしの柄に手を触れる。指をトリガーにかけて神経を研ぎ澄ます。両者の距離は五〇メートル近く離れていた。

 相手アンドロイドはこの距離を縮めてくるか、鉄球男による攻撃を与えてくるしかない。そしておそらくは後者を選択するだろう。相手騎士の能力を把握しきれないうちは、不用意な接近を避けるのが定石であろう。

 一度七彩ななせの一太刀を受けたドリル男から注意をされたらしい鉄球男は、美鶴の同調する七彩を値踏みするような視線を向ける。旧式には発声機能が備わっていない代わりに、簡単な信号を送る機能があった。彼らはしきりに情報を交換しあい、その都度頭頂部に付いたランプが点灯した。チカチカチカと瞬く黄色と赤色の光が面白く映る。


『注意してッ!! 前方から鉄球持ちに動きあり』


 由佳里の通信で気を張り詰めて身構える。一瞬の静寂がこの場を満たし、一切の騒音が消えた。沈黙を破ったのは例のごとく、鎖が打ち鳴らされる金属音だった。美鶴は音が聞こえたのと同時にアスファルトを蹴り上げて、前方に大きく跳躍した。あの鉄球さえ回避出来れば鉄球男はもはや敵じゃない。巻き取るには十分な時間が必要なのは先ほどの戦闘で把握している。ドリル男が妨害に入るだろうが、鉄球を躱せば障害はないと言えた。ドリル男はその右腕こそ脅威であるが、扱いにクセがあり精確な一撃を放てない。大抵が薙ぎ払うようにしての攻撃であり、近くに味方がいる状態ではそれは防がれている。味方の存在が自身の動きを抑制してしまう鎖となっているのだ。

 

 そんな美鶴の思惑通り、鉄球男が右腕を振って鉄球を一直線に飛ばした。その軌道は途中で曲がることはない。飛ばされたら何かにぶつかるまで直線に進むのだ。故に躱すことなど造作もない。美鶴は七彩を高々と跳躍させて、黒々とした鉄の塊を飛び越えた。風切り音が恐怖を煽ったものの、美鶴は冷静を保って地面に着地すると、伸びる鎖を辿るように疾駆する。七彩が動くたびに鳴り響く鈴の音は同調率を抑制すると同時に、情緒を安定させてもいた。誠が美鶴のためにかけた保険は一つだけではなかった。


「悪いけど、さっさと終わりにさせてもらうからな」


 視線の先でドリル男が進行を妨害するように立ち塞がり、その右腕を構えた。ここまでは想定内であり、美鶴はそれに苦笑を浮かべた。大様な動作でドリル男が右腕を前に突き出してくる。それを寸前で避けると、すぐ目の前を通過する回転ドリルが上げる轟音に顔をしかめつつ、一思いに地面を跳んで相手の無防備な足元へと転がり込んだ。そのまま股の間を駆け抜け、鉄球男へと肉迫する。未だに鉄球を回収出来ていないアンドロイドはうろたえて後ずさった。

 美鶴は構わずその足元まで駆けつけると、アンドロイドの右腕から伸びる鎖を駆け上がる。太く頑丈な鉄鎖は安定した足場を提供した。鉄球男が腕を払う動作をとろうとするのを察して跳んだ。空中で身体を反転させて左半身を突き出して、トリガーにかけた指を強く引いた。


「うおぉぉぉぉぉお」


 迅雷の一閃が放たれる。抜刀術を利用した七彩の主兵装『狂刄鈴蟲きょうばすずむし』の刀身が、作業用アンドロイドの首筋へと集束する。と思いきや、僅かにリーチが足りなかった。くそ、と悪態をついた美鶴は降下し始める。


『もう一回、トリガーを引いてッ!!』


 由佳里の悲鳴に反射的に美鶴は指に力を込めた。がむしゃらに身体を捻って、刀剣の切っ先を鉄球男に対して向けた。トリガーを引く動作はどうも銃器を連想させた。

 リーン……。

 寒々とした鈴の音が鋭く響き、余韻を残して静寂を呼び込んだ。

 バンッという炸裂音を期待した美鶴は、拍子抜けした。が、目の前で起こった事実を目の当たりにして唖然となった。


──え?


 鉄球男の頭部が重力に従ってずり落ち始め、終いには重厚な落下音とともに大地を揺らした。擬似脳を失った巨体は初め、その場でたたらを踏んでいたが、とうとう両膝をついてうつ伏せに沈黙した。


『主兵装を抜いた状態でもう一度トリガーを引くと、圧縮空気の刃を射出するんだよ』

「ははは、すごいなコレ」


 刃に作られた無数の切れ込みが空気を放つのに使用されるらしい。味をしめた美鶴は背後に迫り来る気配に対し、振り向きざまにトリガーをもう一度引き絞った。






 シ────────ン……………………。






 空しいほどに無反応だった。慌てて何度もトリガーを引くも結果は変わらず。


『あ、言い忘れてた。撃てるのは抜刀状態で一発だけだよ。また鞘に戻して装填し直してよ』


 なるほど、一発のみしか撃てないのか。出来れば連射したかったと、美鶴は肩を落として仕方なく刀剣を鞘に納めた。刃が鞘に完全に収納されると、キキッと金属音が鳴って刀剣全体が振動を始める。

 狂刄鈴蟲の機能は、鞘内部の気圧を高める過程で刀身内部に空気を圧縮して貯蔵する。その威力は金属おも容易に寸断してみせた。美鶴は改めて誠の科学者としての腕前に感嘆した。

 その間にもドリル男が臨戦態勢へと移り、右腕を肩より後ろに引いた。味方がやられたことで存分に薙ぎ払いを繰り出せるのだろう。それでも美鶴は冷静沈着として、迫りつつある巨体を見上げて不敵に嗤った。









 後ろから歓声と賞賛する声が追い縋ってきたものの美鶴は努めて遠慮してきた。あの場は六千番台のランカーには不似合いな気がしたのと、自分は本来祝福される側の人間ではないと戒める声がしたせいだった。振り返れば警察関係者が完全な沈黙を保ったままの作業用アンドロイドを囲み、現場検証の最中らしい。言われた報酬金額には心を揺さぶられたが、由佳里を守れただけでよしとした。

 美鶴は目の前にポツリと停車されたままのミニバンへと急ぐ。由佳里が車体の前で大きく手を振っていた。思わず口元が緩み、心が温かくなる。


「あとは無事に肉体に戻るだけか……」 


 そんなことを思ったのがいけなかったのか。突然、全身を倦怠感が襲い、視界に激しいノイズが走った。同調率に支障をきたし、動作にラグが生じる。美鶴の耳元で少年の声が響いた。


『久しぶりだ、ミツル』


 美鶴は足を緩め、おもむろに振り返った。視線の先にいたのは自分自身の生き写し。思考が真っ白に塗り潰されて、言葉が咽喉に詰まる。何も考えたくないと逃げ出したい衝動に駆られる。


『ボクはマタ戻って来れタ』

「ま、まだ……この名前は返せない」


 やっとのことでそれだけを言えた。そんな美鶴の態度に失笑する少年は手を振って言い放った。


『時間はナイ。自分の存在が薄れてキテることを自覚するべきだ。ホラ、もう身体が半分以上消えかかってル』


 その言葉で慌てて見下ろせば足が半透明に透けて見え、つま先はもはや存在していなかった。美鶴は恐怖に心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを感じながらも、最後にと思って由佳里を顧みた。少女の手を振る姿が見えたところで、視界が暗転した。





 由佳里は視界で突如、七彩の身体がアスファルトに膝をついて倒れこんだのを見て、バンの後部座席へと駆け戻った。ドアをスライドさせて座席を見れば、目の前に目を開けた少年の姿があった。栗色の髪と端正な小顔は一見すると幼い少女のようにも見える容姿。けれど少年が身動ぎするさまを見ても、安堵の溜息をつけなかった。少年の目は淀んで、光を映さない虚無の眸をしていたのだ。由佳里は一瞬、その少年の横顔が別人にさえ見えてしまった。


──君はダレ? 美鶴はどこにいったの?


 そんな疑問を抱いたことに内心驚愕して、少年に手を伸ばした。その手が少年の顔に触れる寸前で、まるで夢から醒めたような顔で美鶴が由佳里を向いた。その表情カオは酷く怯えているようで、泣くのを堪えるように下唇を強く噛んでいた。

 今にも儚く消えてしまいそうな存在の希薄を感じて、由佳里は美鶴の頭を抱きしめた。伝わってくるのは美鶴の震え。何かに怯えたようにそれは小刻みに美鶴の全身を揺らしていた。

 由佳里の抱擁は、赤面した美鶴が息が苦しそうに由佳里の胸から抜け出すまで続いた。しかし、美鶴の震えは結局止まることはなかった。

 


 凛とした鈴の音がどこからともなく響いて、儚く余韻を残した。

 今回、文字数が多くなりすぎました。

 最後のシーンが書きたかっただけだったんです。

 これ以降、戦闘ばっかになりそうです。ニーズヘッグの登場になります。

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