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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
凄惨な日常に花束を
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ソレは幼女じゃないんです。

 なんだこのサブタイトルはッ!!

 すみません。はい。


「美鶴君。かなり深刻そうだね」


 誠は革張りのオフィスチェアを左右に揺らしながら、視線は美鶴から外そうとしない。その眼鏡の奥に覗く眸がどこか責める様子なのに気付いた美鶴は、対照に視線を下に向けたままにしていた。二人は例のごとく、柴川重工の特別研究・開発棟にある診察室にいた。由佳里と文蔵はペロッキーの案内で施設内の見学に勤しんでいる頃だろうか。


「最近は騎士に同調すること自体がなかったのにな。全くもって身に覚えがないんだ」


 美鶴自身、全く心当たりがないというわけではなかった。一つだけ思い当たる節があったのだが、それは最も最悪の場合だった。出来ればただの風邪で済んでいてもらいたいと、美鶴は願った。

 誠は顎に手を当てて、A4サイズの端末のディスプレイを見入った。そこに表示されているのは美鶴の電子カルテ。過去数年分の記録が残されていた。誠はそれを見ながら口を開いた。


「出来れば君にはこれ以上、操者として活動してもらいたくはないんだけどね。今の美鶴君の状況を見る限り、かなり危険な位置にいるのは確かだね。頭部に埋め込んだニューロチップに対して体が拒絶反応を示してるよ。これまでの無理な同調が少なからず影響したとみていいね。それでも、由佳里から連絡を受けておいてよかったよ。おかげで保険をかける時間がつくれた」


 そう言って、端末を操作する誠は新たに別の図面を表示した。それを横から覗き込んだ美鶴は眦を鋭くした。


「幼女?」

「いやいやいや、違うでしょ。ツッコむとこが違うよ美鶴君ッ。えぇっと、ごほん。とりあえず、これが君専用になる騎士ね」


 そう言われて美鶴の頭に超特大サイズの疑問符が浮いた。何の話をしてるんだ、と美鶴は首を捻る。そして誠の言葉の意味を理解した美鶴は目を剥いた。


「はぁッ!? 俺にこの幼女な見た目の騎士に同調しろってッ?!」


 美鶴の驚きに誠は少し距離を置くと申し訳なさげに身を縮こませた。


「鎌錐の整備も大方完了したんだけどね。それでも、アレでは今の君には危険すぎるから。だから、お倉入りしそうだったコレを引っ張りだしたんだ。美鶴君は自分自身の現状を正しく理解したほうがいいよ」


 誠は美鶴の頭部を指差して、表情を硬くした。


「ここ最近、君は体調不良が続いていたんだよね。しかも、今は頭痛が酷いときてる」

「今日は問題ないけど」

「それでも楽観視はもう出来ないよ。さっきも言ったけど、君の頭部に埋め込まれたニューロチップに拒絶反応が起きてるんだよ。それ自体を排除することは不可能だし、万が一それが出来ても、それをすれば最悪キミという人格が消滅する。君はもう分かってるんだよね? 彼がまだ生きていて、キミを拒み始めているってことを」


 美鶴は誠の言葉を黙って聞いて、下唇を固く噛み締めた。

 かつて精神直接転送機構オーバーダイブシステムのために美鶴に施された手術で、頭部に埋め込まれたニューロチップは現在ではほぼ脳と一体化している。それを除去することはもはや脳を破壊することと同義であろう。そして、そのニューロチップこそが今の美鶴の人格のよりどころでもあった。


「自分が消えることを恐れて操者アヴィアターをやめることは出来ねぇよ。この右腕だけじゃ、守れる人も守れない」


 美鶴は右手に拳を固め、それが白銀の光沢を発する様を見つめた。誠はとうとう折れた様子で、端末に向き直って操作を再開し始めた。美鶴は安堵する気持ちとともに、どこか心の奥で泣いている自分の存在を確かに感じた。由佳里に対して隠していることがあることに申し訳ない気持ちが強くなる。誠が共犯であるといっても、その罪の意識は軽くなりはしなかった。

 美鶴の後ろめたい感情を掃うように、誠が美鶴に声をかけた。


「それじゃあ話を戻そうか。これがこれから君にとりあえず使ってもらう騎士だよ。名前は七彩ななせ。由来は鈴虫が鳴り響かせる七色の音色という意味。そして、────動作をする度に響く仕様になっている音色の一つ一つが、君の同調率を抑制する。これと同調すれば理論上は90%にも達しないはずだよ。今の君では、90の壁は危険すぎるからね」


 誠は椅子に座り暫く回ると、ピタりと停止して美鶴に顔を向けた。


「まぁ、見た目は可愛い子だし問題ないよね。鎌錐に未練があるんなら、もう少し時間をもらえば何とか蟷螂から飛蝗ばったに変えてみなくもないけど」

「未練が無いと言えば嘘になるけど、その前に言いたいことがある。何で幼女なんだよッ」

「別にそこまで細部を造りこんでないから、性別なんて決まってないけど」


 誠は美鶴の剣幕に対し、さして興味のない視線を向けた。頬杖をついて、再びグルグルと椅子を回す。美鶴は誠に詰め寄って、陳情を訴えた。


「見た目に大いに問題ありだろッ。それが♂か♀なのか、はっきりと白黒つけるべきだ」


 美鶴は大袈裟な動作で、誠の前に置かれた端末の画面に表示されている騎士の図面を指した。その騎士のショートヘアの金髪と碧い眸の美貌には、男の要素は欠片もなかった。

 誠は眉を下げると、困惑した色を濃くして、


「別にそれは人それぞれの主観によると思うよ」


 誠の言葉にその通りだと納得しかけ、美鶴はぶるぶると首を横に振った。端末のディスプレイに表示された騎士の姿は明らかに幼女。良くて美少女である。一〇〇人に見せれば全員が少女と答えるだろう。美鶴は誠の悪意を感じた。


「そういう問題で済ますのはいけないだろ。これはこれに同調する者として譲れない一線だッ」


 誠は一瞬ポカンとした顔をして、すぐさま苦笑へと変えた。美鶴とディスプレイを見比べて、美鶴がこれほどまで強情になる理由を理解した。つまり、日常でも可愛い、女の子みたいと言われる立場の美鶴は、同調した騎士が完全な女の子だということに耐え切れないのだった。

 美鶴の努力のかいあって、ショートヘアの金髪碧眼の見た目がフランス人形風の小柄な騎士は男という認識で決着した。

 誠は笑いをこらえながら、涙を浮かべた眸を細めて意味深に頷いた。


「君ならどんな困難も乗り越えられると信じるよ。だから、由佳里との日常を守ってくれ。案外、君ならどうにか出来る気がするって言うのは、少し無責任すぎるかな」


 美鶴は「いや」と短く否定した。自分なら屈しはしないだろう。護りたい人がいる自分は決して、負けない。というのはただの願望なのだと、美鶴は知っていたがやめられなかった。実際、このまま黙って負けるつもりはないのだった。


「それじゃあ、後は実物を見ながら詳しい話でもしようか」


 そう告げて腰を上げた誠は美鶴を見下ろす格好になる。美鶴は両者の身長差にうんざりとして、恨めしそうな眼で誠を見上げた。いつかきっと追いついてみせる。

 そう新たな決意を固めた美鶴を待っていたのは、『幼女だよッ、美鶴!! すごく可愛い騎士なんだよ』とはしゃぐ由佳里の姿だった。正直に言えば、一発で美鶴は泣きそうになった。いくら美鶴が『それは男だ、男なんです。男の子にしてください』と懇願したところで、由佳里の認識は揺るぐことはなかった。

 ゆえに現在、美鶴は絶望しきった表情で、オフィスチェアにもたれてしきりに回っている。それを遠巻きに誠と由佳里と文蔵は、やれやれといった様子で見ていた。


「とりあえず、美鶴君が一発K.O.しちゃったから由佳里と文蔵さんに、七彩の機能について詳しく説明しとこうかな」


 誠は二人の目の前で、天井から伸びる高圧電力ケーブルと接続された小柄なアンドロイドの肩に手を置いた。まるで生きているかのように精巧な造りのアンドロイド。身に纏うのは平安時代の狩衣を模したデザインで、茜色の戦闘装束であった。ちなみに由佳里によってスカートを穿かされている。

 そのアンドロイドのショートカットの金髪が僅かに揺れる様は、まさに生命が宿っているかのよう。長い睫毛と薄紅梅色の唇、今は眸を閉じていて分からないが、透き通った碧眼がその目蓋の裏にあるのだろう。チャーミングポイントであるかのように、金髪の間から黒い突起が二つ生えていた。サポーターとの通信用アンテナである。見た目を重視して、まるで猫耳のような形をしていた。


「まず第一に、この七彩は鎌錐と違って、主兵装が内蔵されてないんだ。デスサイスの代わりとなるのは、腰に吊るした刀剣だね。刃渡り六〇センチ、刃幅二〇センチのバトルナイフで、鞘に収めることで鞘内部の気圧を高め、柄にあるトリガーを引くことで射出されて、敵を斬る仕様になっていて──」


 そう説明しながら誠が見せたのは、七彩の腰に銃のホルスターのように吊るされて帯刀された剣。その全長に対し太い刃幅と柄に備え付けられた引き金が、他に類を見ない奇剣を構築している。

 由佳里は興味深々に輝かせる眸で、舐め回すようにアンドロイドを観察していた。文蔵も顎に手を当てて、片方の眉を吊り上げて感心した風に頷いている。誠はそんな二人の様子に満足そうに自信に溢れた笑みを浮かべて「さらにッ」と言葉を続けた。


「副兵装として、左右の肱と膝と踵の六箇所に振動刃が仕込まれてるんだ。ほらね」


 誠が七彩の細い腕を持ち上げて装束の袖をくると、肱の部分を露にした。そこにあったのは金属光沢を発する無骨な肱当て。誠は肱当てを簡単にズラして、その下から刃渡り十五センチ程度の曲刀が伸びる様を、由佳里と文蔵に見せた。再び二人分の感嘆の溜息が零れる。


「すごいねお父さん。でも、鎌錐と違って戦闘スタイルが近距離のみだけになってない? ディスコネクターとかビットみたいな遠隔操作型の兵装がないと不利じゃないかな」


 由佳里は誠に説明された七彩の機能に驚嘆したものの、その物足りなさを感じた。サポーターとして、美鶴のハンディキャップになる要素は出来うる限り取り除きたかった。

 そんな由佳里の心配は杞憂だと、誠は鼻を鳴らした。


「遠距離戦は厳しいだろうけど、七彩ななせのバトルナイフを抜刀した状態でもう一度トリガーを引くと、刀身の切っ先から圧縮空気が射出されるんだ。中、近距離では無類の強さを誇ると自負出来るよ。あとは美鶴君次第だろうけどね」


 そう言葉を濁して誠は、今なお椅子に座って壊れたように回り続けている美鶴を見た。

 由佳里は「あはは……」と乾いた笑い声を上げた。文蔵は重々しく息を吐いた。

 三人の視線に気付いても取り合う気力がゼロの美鶴の脳内では、「幼女」の文字がグルグルと回っていた。


「だから見た目が女の子なんだって……。細部まで造ってないとか関係ないんだって……」


 美鶴の機嫌が直ったのはそれから三〇分後。文蔵がそろそろ昼を食べに行こうと提案した頃だった。しかしその頃、アンドロイドが銀行強盗に使用される事件が再度発生していた。今朝の事件と合わせて、首都圏内一〇箇所において犯行が行われたことをこの時三人は知る由もなかった。

 首都圏の局所で発生していた電波障害によって、各地で情報の伝達に支障が出ていた。文蔵の所有する携帯もまた、その影響を受けていた。ゆえに小埜崎が入れた連絡を知ることがなかった。


「今、国道は全面的に封鎖されていて、大勢のランカーが呼ばれてるんです。目的は強盗の捕縛なんですが、使用されたのが現在は使用が禁止されている重機搭載のアンドロイドも含まれているみたいなんです。犯人は国道を逃走中でアンドロイドの数は九。可能な限り、国道に近寄らないでください。美鶴君と由佳里ちゃんにもそう指示してください」



 不運は重なる。柴川重工の帰り道で美鶴たちが使う道は国道に繋がっていた。


 次回、別美鶴が登場すると、物語が面白くなるかな?

 と思わなくもない。

 感想とか、意見やら指導があればお願いします。

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