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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
凄惨な日常に花束を
54/66

豚と鼠と白鳥と壊れかけの人形と姫

 すみません。書いてたものを大幅に削除して色々やって急いで書いたりしたんで、内容などが変な気がしなくもないです。

 出来れば、大目に見てください。

 

 マイナーだけど、意外に面白い。そんな風に思ってもらえたら恐悦です。

 

 国道は帰宅する勤労者の運転する車両が、絶えない列を地平の果てまでつくっていた。咽返るような排気ガスの臭気が立ち込める歩道にも数え切れないほどの人の流れがある。

 蒼穹に浮かぶ太陽が地上に柔らかな日差しを降り注ぎ、三月の陽気な気候を維持していた。徐々に暮れ始めた時間帯でも冬のような突き刺す冷気を感じることはない。

 そんな人の波で混雑し始めた通路を、一人の少年が額に手を当てて歩いていた。その足取りはおぼつかず、見ていて危なっかしい。その隣では肩を並べて自転車を転がしながら、気遣わしげな表情をする美麗な少女。少年の方も、女の子のような端正な顔造りをしているためか、まるで姉妹、いや姉弟であるかのよう。


「ねぇ、美鶴。本当に平気なの? 帰るときに頭痛がするって言ってたけど」


 由佳里は自転車を転がしながら、隣を歩く美鶴に心配気な視線を送った。その心中は穏やかではないのだろう、声は酷く不安げに聞こえる。対し美鶴は別に問題ないと言って額から手を離すと、弱弱しくも笑みを浮かべた。その顔色が放課後に頭痛で苦しんでいた頃よりも良くなっていることに、由佳里は幾らか安堵して、


「とりあえずお父さんに報告しとくけどいいよね。嫌でもみつるはサポーターの私の指示に従わきゃだけどね」


 鼻を鳴らして得意げな由佳里を尻目に、美鶴は内心悪態をついていた。由佳里に対してではなく、己を苦しめ続けている頭痛にだ。多少鈍痛は和らいだものの、未だに疼痛が頭で響いていた。頭痛の始まりは例の先輩から別れたあとの授業中だった。何故、結城蓮という名の少女がアギトの名を知り得たのか、そんな美鶴の思考を阻害するようにこの痛みは程度を増した。幸いにも現在は引き始めた感がある。


「あぁ、いいよ。任せた」


 美鶴はぎこちなく首肯して、一瞬顔をしかめた。気を抜く度に走る痛みはまるで警告のよう。平和ボケした美鶴自身に対する最後通告。そんな思考をする根拠がある故に美鶴は奥歯を噛み締め、無力感をこらえることに努めた。お願いだ、お願いだ。もう少しだけ、彼女の隣にいさせてくれ。

 そんなささやかな願いを嘲笑するように、止まない頭痛は美鶴を常に苦しめる。

 美鶴の隣で由佳里が携帯を操作し、誠に手早くメールを作成する。美鶴は自然と緩やかになる由佳里の歩幅に合わせて、自転車を押す動きを緩慢にした。


「じゃあ今日は私が美鶴を送るよ。早く帰宅して、安静にしてた方が絶対いいって」


 由佳里は美鶴の顔を覗きこんでそう提案した。美鶴はこくりと顎を引いて同意した。

 その後、三〇分近く経てアパートに到着した二人は、美鶴の看病に勤しむこととなった。この日、美鶴は人生初にして、恋人が作ったお粥を食し、その評価を普通だとした。



「もし、俺が俺じゃなくなったら由佳里はどうするのかな。今までのような日常を維持しようとすんのかな」


 美鶴はその夜、毛布にくるまりながら天井を見上げて、感慨に耽った。

 この世界の人と人との繋がりは自分の存在を確かにする。どうしようもないほど、安っぽい人間関係でも。どうしようもないほど、脆い関係でも。

 しかし、どんなに強いと言われた者でも、愛された者でも、終わりは実にあっけないものだ。死、という事実が残されて終わり。それがどうしようもないほど、悔しい。美鶴は夜の闇が入り込んだ部屋で、その胸に悲壮な覚悟を固めていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 世界は広すぎるが故に不平等に気づかず、社会はあえて窮屈な日常を維持する。

 人生とは何であるかという疑問は甚だ馬鹿らしい。

 それを語り終えるには、人間の生は短すぎる。

 死とは何か、その正体を知らないからこそヒトは死を恐れる。いや、ボクらは自らの骨を人目に晒すのが恥ずかしいだけなのかもしれなかった。




──週末、土曜日。天候は晴れ。北からの強い風。


「今朝、四時過ぎに首都圏内三箇所の銀行に強盗が押し入り、各地のATMを奪って逃走しました。犯行に使用されたのは作業用アンドロイドで、警察ではこれの足取りを追っています。なお、事件現場には銀行員は出勤前で居らず、怪我人はいないとのことです──」


 今となっては珍しいブラウン管テレビを前にして男は胡座をかいていた。恰幅のいい巨漢であった。こざっぱりとした短髪は金髪に染められたようで、くすんだ金をしている。耳にはピアスをつけた三白眼の男はどこぞのヤクザかという風貌。そんな男はテレビを前に身動ぎせずにいた。当たり前だが、この時代にアナログ放送はとっくに終了しており、その画面には何も映されていない。男の傍らには表面が所々凹んだラジオが置かれていた。先ほどのニュースはそこから垂れ流しにされていた。


「暇だァ、おいらの仕事はまだなのか? なぁ、No.100(フンダート)。瑠衣の奴は結局、顔を見せにこなかったしな」


 男が居るのは六畳の居間であり、部屋には脚の短い円卓と何も映さないテレビ、男の横に置かれたラジオだけ。その部屋の唯一のドアを開けて、幼い少女が入ってきた。

 結われていない長髪は幾分脱色されたように灰色がかって腰まで達し、身に着けるのは丈の長い白ローブである。血管が浮き出そうなほど透明な白い肌と奇怪な双眸が目を引く。少女の目は右がライトグリーン、左がサファイアブルーをしていた。つまりはオッドアイ。どちらの色彩が正しいものか判別出来ないが、少女は別段困っている様子はない。ローブの裾を踏まないように滑るようにして男の隣に並んだ。少女の身長は、座ったままの男と丁度同じ高さにあった。


「餌に喰らいつくのを待つだけ。ワタシ達の目的はこのエリアの強者のみ。彼らが動くまで、もう少し辛抱」


 淡々と語った少女は僅かに頭を下げると退室した。

 残された男は嘆息すると頬杖をついて、つい先ほど少女が出ていったドアを見遣った。そして、もう少し表情が豊かになってもらいたいものだと独り言ちた。少女の身の振り方は、とある人間に近似しており、男はその人物に思考を馳せて再度溜息をついた。

 結局どっちもどっち、側にいて居心地の悪さを感じさせないのはこっちの方かと結論づけた。少なくともこちらの方が人を小馬鹿にした態度をとることはない。これまで一度として、かの少女が他人を見下した記憶はなかった。それどころか、笑顔さえも見たことがない。存在自体が希薄、それはまるで陽炎のようである。


「さっさと第二段階にシフトしてくれよな。おいらは暇すぎて眠いぜ」


 男は両手を天井に突き上げて欠伸を噛み殺した。その時、右手の袖口から図柄が覗いた。右の手首に描かれた、残虐性を醸す牙を剥き出しにした蛇の画。ニーズヘッグのメンバーである証拠。

 ふいに玄関の方で間延びしたチャイムが鳴り、部屋中に反響した。男は突き上げた手を下ろし、のそりと腰を上げる。男が立つと丁度、玄関のドアが開け放たれる金属音が男のいる場所まで達し、同時に子供の甲高い奇声が男の鼓膜を揺らした。男は思わず舌打ちをして、部屋中を見渡すとそもそも散らからせるほどに私物がないことを見て取った。

 唐突に扉が蹴り開けられる。バンッ、という大音響が男の全身を叩き、神経を逆撫でした。


「もう少し、丁寧な入室ってもんがあんだろ。少しは礼儀ってもんを覚えろよな」

「「うっさいよ、多聞たもんッ」」


 寸分違わずハモった声には、声変わりの済んでいない少年のものと少女のものが含まれていた。男──吹切多聞ふっきり たもんはくすんだ金髪の頭を乱暴に掻き、その目を吊り上げた。


「おいらのことはNo.8(アハト)って呼べって、林野兄妹」


 多聞の言葉に耳を貸そうとしない、無礼極まりない侵入者は瓜二つの兄妹であった。その片割れはレモンイエローのパーカーを着て、膝上までの丈しかない朱色のスカートを履いた可憐な子供。もう一人は七分丈のカーゴパンツにホワイトのパーカーを着ている。ちなみに性別はスカートを履いたのが♂。つまりは女装癖の持ち主だ。そしてズボンが♀だ。彼らの趣味、女装癖は単なる悪癖だと、多聞は把握していた。


「にしても、しみったれてるねーこの部屋」

「どこの豚箱なの、ここ。ほんと何もないねー」

「「ここに住んでる人の気が知れないよねー」」


 何故か最後をハモらせる双子。多聞は頭痛がする様子でこめかみを押さえた。いきなり人の住んでいる場所を訪問した挙句に、侮蔑するとはなんたる外道か。視線を双子から彼らが突入してきた入口のほうに向ければ、扉の向こうで隙間から三人の様子を窺っているらしき白い少女の姿があった。


れいりゅうもえらく急な来訪だなぁ。事前に連絡の一つや二つ入れろって」


 多聞は床に腰を再度下ろすと、その場に胡坐をかいた。双子──男装少女、林野黎りんの れいと女装癖少年、林野劉りんの りゅうに腰を下ろすよう言えば、男の周りを双子はぐるぐると駆け足に回り始めた。多聞は目も当てられないほどに疲弊しきった顔を浮かべて嘆息。


「ねぇねぇねぇ、ほのかもこっちにくればいいのにー」


 ホワイトパーカー少女の黎が扉の向こうで様子を窺っていた少女に声をかけた。すると、扉の向こうでガチャンと何かが落下する音が少女の声の代わりに返事をした。すぐに少女の慌てふためいた声が聞こえてくる。


「すみません、すみません。お茶でもと思った、けど。落としました、すみません」

「だと思ったぜ。フンダ──いや、灰渕はいぶち。そのまんまでいいから。おいらが片付けるからな」


 多聞は苦労絶えない自身の日常に対し、嘆いてげんなりとした表情をつくった。

 繰り返される平和な日常は多聞にとっては実に味気のないものに感ぜられる。それは多聞の人生の大半が死と隣り合わせであった所以であろう。平和過ぎる日常は退屈で、無意味で、味気ない。

 多聞は今なお流れ続ける銀行強盗についてのニュースに、顔を歪にした。その口端に残酷さを浮かべ、久々の狩りの時を今か今かと待ち侘びた。



 坂道を転がり始めたら止まれない。行き着く先まで辿りついて後悔に暮れる。

 世界の欺瞞が日常を塗り替える。

 次回は美鶴に騎士が戻ってきます。

 騎士が、というのがミソです。鎌錐じゃないです。

 それと美鶴が実は○○○○だった。的なのは、この物語を終わらせるのに必要だったりするんです。ヒントはニ○○格ですが。次回あたりにも触れます。はい。

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