嘘と過去と
そろそろ戦闘シーンに移りたい。
けれど、次辺りは、美鶴関係な話になりそうです。
美鶴が○○○○だった。ってな話には……ならない?
そういえば伏せんを張ってない気がしなくもない。結構回収してるか、公開してる気が……。
てか、どこか話に矛盾が生じてないかが不安です。
では、どうぞ。
散乱した書類が足場を埋め尽くし、酷く乱雑とさせられた部屋で短躯の老体が懸命に土砂崩れのように崩れかかった書籍を元に戻そうと躍起になっていた。
ずんぐりとした体型にほとんど首が無く付いた頭部で、見た者にガマガエルを想起させる。ギョロ目を忙しなく回して、この状況の収拾をつける方法を探している様子。だが、努力むなしく流れに負けて仰向けに転がった。その上に堰を切った勢いで書類や書籍が降りかかる。
「イタタタッ、イテッ。うぅぅ……久々に整理しようとしたらこのざまじゃい。ワシになんか恨みでもあんのかのぉ」
一人ぶつぶつと悪態をつきながら書類の山から這い出た老人の足は光沢を発し、靴を履いていない剥き出しの金属部が床に硬く響いた。老人はやれやれと首を振って、一から書類を拾い集め始める。
「ウィッチマン。何をやっているの? 暇潰しに遊ぶのもほどほどにしといたほうがいいよ」
部屋の唯一の扉の前にいつのまにか少女が立っていた。髪を七三分けにした全身赤ジャージ姿の少女は呆れた表情で、老人が床に這いつくばって書類を掻き集める様を傍観していた。
「浪瀬、丁度良かった。ちょいと手伝ってくれんか?! ワシの力では役不足じゃて」
ガマガエル老人こと、ウィッチマンは縋る視線を萌黄に送った。萌黄は顔を押さえて盛大に嘆息すると、傍らに歩み寄って作業に加わった。
一段落つくと、萌黄は背骨を反らして小気味よい音をたてた。ふっと、身体の力を抜いて脱力すると、座高の高い椅子に座ったウィッチマンを見据えた。
「千景から報告があったよ。とうとう邪龍が動くみたいね。それと気になる情報があって、千景と戦闘行為に及んだ向こうの騎士がプラズマ兵器を使用したって」
萌黄の言葉を口を噤んで聞いたウィッチマンは、顎をさすりながら憶測を巡らすように考え込んで顔をしかめた。その眉間に皺が残るのではないかと思うほどに、眉間を狭めたウィッチマンはやがて椅子の背にもたれた。
「阿嘉嶺が無事でなによりじゃが、些か気になるのぉ。前々から懸念しとったが、これはいよいよ雲行きが怪しくなってきおったかのぉ。対人用化学兵器を主流としていた彼奴等にもワシらと似た騎士か。ニーズヘッグに既視感を覚えずにはいられんのぉ」
ウィッチマンは狙いを定めた蛙のように視線を一点に固定した。
萌黄がその視線の先を追ったが、そこには床に積み重ねられた書籍と書類の塔があるばかり。特にこれといって注視する対象はない。萌黄は再び老人に視線を戻すと、座高の高い椅子の上にその姿がなかった。慌てて周囲を見渡すと、離れた場所で詰まれた書類の中から見繕ったものを引き抜いていた。が、案の定、書類の束が取り出されると共に、書籍と書類から建造された塔はバランスを崩して倒壊した。それはドミノ倒しの如く、周囲の書籍の塔を巻き込んで床一面を再度覆い隠す。
「元も子もないよ、まったく」
萌黄は額に手を当てて天井を仰ぎ見た。このガマガエルは何がしたいのだろうか、と蔑みを凝縮した白い目で矮小な老人を見下した。人に腰痛を発症させたいのか。
ウィッチマンは悪寒が走ったかのようにブルリと身を震わして、恐る恐るといった素振りで萌黄の顔色を窺うと色を失くした。
「いや、浪瀬……これは仕方の無いことじゃ、許せ。いや、許してください?」
「もう手伝わないけどいいよね?」
「…………はい」
深くうな垂れるウィッチマンが憂愁を濃くするが、萌黄はそんなことは眼中にないらしく、
「それで何でその書類を取り出したのかな? さっきの話に関係があったりする? てか、意味がないならここで一回シバくよ」
情け容赦なく言い放ち、右手の拳をきつく固めた。しかし、その華奢であろう体躯から繰り出される正拳の威力は望めそうにない。それでもそのフォームを採ったこと自体がウィッチマンに痛い記憶でも想起させたのか、怯えて蒼白となる老体。
「待った、待つんじゃぁッ。早まるな浪瀬ッ。まだその手を赤く染めるには早計じゃぁ」
なかなか物騒なことを言い添えて、ウィッチマンは息もつかずに言い放って懇願した。
萌黄はやれやれと首を振って肩を竦めた。
「それで? その紙の理由は」
「ワシらが以前に調べたニーズヘッグの所有する騎士に関するデータ資料じゃい。ここにあるのは三体のみじゃが、そのどれもが対騎士よりも対人目的として造られちょる。そして、これを開発したというのが向こうの厄才科学者らしいんじゃが……それは置いておこう。まずはじゃ、彼奴等とワシらではアプローチが違ったんじゃ、この世界に対するな。ワシらが対騎士技術を発展させ、ランカー同士の戦闘を念頭においていたのに対し、彼奴等は対人技術じゃ。人間を標的にした技術発達をしとったんじゃな」
ウィッチマンは束ねられたプリントをめくり上げながら、語る。その内容に萌黄は表情を翳らせた。
「それが双方の災厄を見つけ出す方法の相違ね。私たちがランカーにとっての脅威となり、邪龍は人間社会にとっての脅威となることで災厄を炙り出す。今更ながら早計だったと思うけどね。人間にとって脅威となることはもう少し遅くとも良かった」
過去の悲劇を思い出して萌黄は自分自身に向けて憫笑を浮かべた。
邪龍が活動を開始すると同時に、各地では連日のように死傷者のニュースが絶えなかった。人体に有害な化学物質を兵器に転用していた彼らは度が過ぎていた。それでも数ヶ月も活動が続けられた辺り、背後に巨大企業の存在があったのだろう。資金面でも物資面でも彼らが困窮することはなかった。それ故に世界全体において、蛇狩りの風潮を生んだ。
そして蛇狩りが決行された日。世界中の可住エリアで組織された討伐隊は、各地に点在したニーズヘッグの支部を制圧し、各国の本拠点を手中に収めた。そのためにボレアースは血に染まったのだ。自分達が抱え込んだ研究者たちの血で濡れたのだ。
蛇狩りはニーズヘッグおよびボレアースの双方に対し、武力行使による制圧を目的としていた。しかし、最優先事項であったのは邪龍の排斥だった。対人兵器の所持、その使用を理由に邪龍への攻撃が最初に起こった。当時の日本国内のニーズヘッグであっても、討伐隊を最低一週間は退け続ける事が出来た。はずだった。
彼らが討伐隊としのぎを削る間にボレアースは施設を放棄し、別の場所に移る手筈となっていた。しかし、そのもくろみは成就することはなかった。
日本国内にいた邪龍はたった一日もかけずに、全国の拠点を明け渡した。もちろん無抵抗のままに彼らが降伏したわけではない。討伐隊と激しい攻め合いは行われた。だが、結果を見れば嘘のようなあっけなさが残る。最も度肝を抜かれたのは日本国内のボレアース各拠点であった。逃避の準備が整わぬうちの邪龍の敗退、彼ら拠点の陥落。討伐隊がボレアースの拠点に到達するのはもはや時間の問題となった。
今になって邪龍が活動を再開するということは、彼らがそれが可能なぐらいに再組織されたということだろうか。それとも、身代わりを立て、全く痛みを感じることはなかったのだろうか。現在もそれは分からないが、分かってることが一つ。ニーズヘッグが降伏した日、苦肉の策としてボレアース設立方針に従い、あらゆる技術、知識の抹消が計られた。
萌黄はウィッチマンの足があるはずの場所に生える金属の物体を見た。彼もまた、抹消の対象であった。現在に生きていることはもはや奇跡的であろう。あの日自分がトドメを刺さなかったおかげで、この老人は生きている。
「──もしじゃ。もし彼らが行動を起こすとして、これまで対人兵器ばかりをつくっとった彼奴等が、対騎士兵器を造ったのならそれは。それは、いよいよ災厄の手掛かりを掴んだということじゃろうか」
ウィッチマンは書類の束を崩れた山の中に放った。
「そうかもしれないし、または単に炙り出すために強行手段に打って出ただけかもしれないね」
萌黄はそう言葉を投げかけると踵を返し、ドアへと向かう。どちらにせよ、彼らが行動に出るのなら自分達も指をくわえて見ているわけにはいかない。最悪、各地で戦闘となるだろう。萌黄がドアノブに手を伸ばすと背後で声が聞こえた。
「しかし、最も幸いなのは、マコトが生きておることじゃろうか」
ウィッチマンの呟きに萌黄は伸ばした右手を止めて、振り返った。
「それを言うならば、舌も生きていればでしょ。彼女もまた、天才の一人だった」
日本のボレアースの本拠点アンダーヘルが誇った三人の天才。羽城誠、ウィッチマン、グロッサ。グロッサはランカーとしてもその名を馳せていた。その死は当時の萌黄の心を大きく動揺させたものだった。つねに知的な雰囲気を纏った彼女の語り口は、時折理解に苦しむものもあった。その全てが神秘的とさえ感じられた。
「いや無理じゃろうな。グロッサが死したゆえに、マコトは生きておるのじゃろうし」
「え?」
ウィッチマンの言葉に要領を得ない萌黄は首を傾げた。こめかみに手を当てて、目の前の老体が話した言葉に頭を悩ませる。グロッサの死と誠の生を結びつける材料が不足していた。ゆえに判然とせず、その言葉の真の意味を知ろうとした。
「物事には順序があるんじゃ。グロッサの死があり、それに連鎖した死があり、マコトの生へと繋がった。お前さんは知らんのか、ウル。────暴食の怪人の正体を。あの日、いや。当時のアギトがどんな性質をもっていたのかを」
それは避けられない必然だった。
もう少し書こうとしたら、疲れました。
現在のやる気ゲージはMax10のうち7。
です。きっと。