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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
凄惨な日常に花束を
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最大級の異端児の増殖

 話の書き始めにいつも悩みます。

 何て書き始めようか……で一旦思考を停止。諦めて、天気は晴れだ、とか書いて始めます。

 

 ニーズヘッグが使用する騎士の武装で迷走中。

 どうしよっか……。

 毒ガス、液体窒素、ニトロ、水銀、磁場、蒸気、人形、氷……。

 まぁ、書いてて面白げなモノになるかもです。はい。

 締め切ったカーテンから漏れ出る帯状の光と、けたたましい雀の鳴き声が美鶴の眠りを妨げた。美鶴は二度三度、布団の上で寝返りをうって上体を起こした。気分は悪くない。倦怠感も節々の痛みもすっかり抜けきっていた。残念ながら、この分だと学校を欠席しなくともよさそうだ。

 美鶴はいよいよ寝起きから完全に意識がはっきりすると、立ち上がってカーテンを開けて部屋に朝日を受け入れた。眩しそうに目を瞬かせると、窓に背を向けて洗面台へと向かう。途中で体温計を手にとって脇に挟みこみ、蛇口から直に水を飲んだ。酷く乾いた咽喉に痛いほどの水道水の冷たさ。五臓六腑に沁みる冷気で自然と背筋が真っ直ぐに伸びた。

 ピピ、機械音を上げた体温計を抜けば平熱になっていた。ほっと安堵すると、昨晩の夢の断片が脳裏を過ぎり、美鶴は急に背筋が冷たくなった。あれは確かに自分の記憶であった。今となっては色褪せた思い出のはずであった。それがあれほどまでに鮮明に蘇るとは思いたくなかった。左手が震えるのを拳を固めて抑えこむ。


──いま悩んだって仕方ないよな。あとで先生に聞くか。


 美鶴は汗でべたついた寝巻きの上を脱ぐと、風呂場に向かった。とりあえず、汗に塗れた不快感を洗い流したかった。

 五分程度でシャワーを済ますと、制服に着替えて朝食の準備に取り掛かった。暫くすれば、おおむねいつも通りの時間に玄関に文蔵の姿が現れる。さすがにまだ朝は寒いらしく、身を縮みこませて肩を震わしていた。


「おはよ、オヤっさん。やっぱまだ寒いよな」

「おう、おはようさん美鶴。春になったら一気に暖かくなるもんかと思えば、そうでもないんじゃな」


 文蔵は石油ストーブの前に屈むと、その温風吹き出し口に両手をかざした。美鶴はそれを横目に目玉焼きを皿によそった。

 いつもと変わらぬ朝の光景が今日は非常に心強かった。美鶴は皿を卓袱台の上に運ぶと、腰を下ろした。


「さっさと食べようか、オヤっさん。いつまでそこにいるんだよ」


 いまだにストーブの前に陣取る文蔵に苦笑して、美鶴はいただきますと言って箸をとった。春の柔らかな日差しが穏やかに室内を照らしていた。

 その後、遅刻しないようにいつもよりも早くにアパートを出発した美鶴は、日頃形成される包囲網を無事に突破すると校内に支障なく入った。まではよかった。




「あいつらは何してんだ?」


 今日の西徳大学付属高等学校は早朝から活気付いていた。そんな喧騒も生徒たちの若さ所以であろう。教室へ向かおうと廊下の角を曲がった美鶴は、眉を寄せて首を捻りつつ足を止めた。すぐ目の前には道を塞ぐ形で不特定多数の人間、主に女子が大多数であったが、群れなしていたのだ。美鶴はその中心付近に見覚えある少女が二人いるのを見つけた。相手も気付いたらしく手を振ってきた。美鶴の目の前で女子大多数の集団が廊下の両脇に避けて、道を開けた。


──あぁ瑠璃もいたのか。


 集団に紛れ込んで分からなかったが、学年が一つ下を示す翠色のチェック柄スカートをはいたツインテールが腰に手を当てた格好で出現した。何故そんな威張った態度をとっているのかは甚だ疑問だ。美鶴は集団に歩み寄ると、「すみませーん」と謝罪を口にしながら通過しようとした。朝から面倒ごとに巻き込まれるのだけは堪忍してほしい。だが、美鶴のささやかな平穏への願いは、無頓着な後輩によって呆気なく破棄された。美鶴は腕を掴んできた瑠璃を振り返って見た。


「何だこの手は。俺は教室に行きたいんだけど」

「先輩は美少女たちに囲まれるチャンスをみすみす逃そうって言うんですか?」


 瑠璃が信じられないと言いたげに驚愕した表情を浮かべた。周囲で見知った顔ぶれの女子たちも口々にそうだと野次る。由佳里と悠月もそれに同調してきた。彼女らにとって自分はどんな扱いなのだろうか。どうせ可愛い弟という役柄なのだろう。


「瑠璃、お前が満足するなら致し方なくもある」


 美鶴はそう言って、瑠璃を見た。別に可愛くないわけではない、むしろ平均よりも整った顔立ちをしている。その破天荒な性格もマイナス面よりもプラス面が多いのが事実だ。しかし、しかしだ。この胸はいただけない。


「先輩の眼つきがなんかいやらしいです。どこ見てるんですか!?」

「いや、どこにも見る場所がないな」

「そんな遠回しに言わなくてもいいじゃないですか。うちは単に着痩せしてるだけなんですよッ」


──こいつ、新しい言い訳を考えたな。なるほど、それなら説得力が……。


「──無理があんだろ」


 美鶴は失礼を承知で瑠璃の胴回り付近を見たが、見事に凹凸はなかった。


「そんなこと言わなくたっていいのに。瑠璃ちゃんが可哀想だよ、美鶴」


 由佳里が瑠璃と美鶴の間に割って入った。悠月もそれに続いて、瑠璃の肩を抱いて美鶴を一瞥した。


「いくら無い子で、諦めてたとしても、言っちゃいけないこともあるじゃん。ねぇ、るりっち?」

「朴澤……人のこと言えないと思うぞ」


 瑠璃がふるふると首を振って逃げ出そうともがいていた。この場にいると自身のメンタル面に危険が及ぶと判断したのだろうか。悠月がなだめるも、集団から一定の距離を採った瑠璃は、


「由佳里先輩も悠月先輩も今年一年で超えてみせます。美鶴先輩はもう眼中にないですからッ」


 そう宣誓布告すると、階段へと走って逃げた。


「あちゃーミスっちゃったかな。どうすればいいかなーゆかりっち」


 悠月は反省の色を濃くして、瑠璃が消えた方角を見遣った。まだこの学校に来て二ヶ月であるのだ、瑠璃への対応を完全に把握してはいないのだろう。やりすぎたかもしれないと考えているようで、不安げな顔をしている。


「瑠璃ちゃんなら放置しててもすぐに元気になっちゃうから。悠月もあんま心配しなくても平気だよ」

「由佳里はやっぱ腹黒い……」

「何か言った? 美鶴」


 由佳里の顔に浮かべられた微笑が今の美鶴には悪魔の笑みに映った。


「べ、別に何も言ってないから。そろそろ予鈴が鳴るから、教室に戻るぞ」


 逃げるようにして彼女らから離れて自分の教室に滑り込んだ美鶴は、自分の机に座って額を机につけた。朝から疲れた。

 グダグダとしつつも明るい日常は、現実の悲惨さを柔らげる。それは言いかたを変えれば単なる現実逃避でもあったが、美鶴にとってこれからよりも今が大切だった。




 昼休みを迎えた美鶴は何とはなしに校舎の屋上へと足を運んだ。屋上へと続くドアを開け放てば、通路に吹き込む陽気が心地よかった。しかし、屋上に足を踏み入れた美鶴は何やら不穏な気配を感じ取って足が竦んだ。

 屋上の右隅で矮小な少女が穏やかな日差しの中、まるでこの世界中を鳥瞰ちょうかんするように凝然として立っていた。視線は屋上から一望出来る景色に注がれ、癖なのか耳に髪を掛ける仕草を繰り返している。色素の薄い茶色の髪は、いつか出逢った頃と同じく大きめの黒の髪留めで結わえられていた。

 見た目から言わせてもらえば小学生ですか、という幼い容姿の女子高生は、あくまでも美鶴よりも一学年上である。その証明に蒼チェック柄のスカートが風にはためいている。

 女子高生は美鶴の存在を感じ取ったのか、大様にかえりみた。そして、その整った能面のような顔に皮肉な笑いを浮かべた。


「いつかの小学生の美鶴君ね。お久しぶり」

「覚えてくれてたんですね。いっそのこと忘れてもらった方が嬉しかったです」


 名も知らぬ女子高生は白い歯を見せて、


「君みたいな可愛らしい小学生兼高校生を忘れられるわけがないわ。にしても、卒業の前にもう一度逢えて良かったわ」


 そう言って物思いに浸るように哀愁を帯びた表情をつくる。

 西徳付属の卒業式は確か、今週の土曜日に執り行われる予定であった。高校生活三年間の結びとなる最後の行事。美鶴の目の前の女子高生はいよいよその時を迎えようとしていた。ふと、そこで美鶴は疑問を感じた。


「高三の人たちって、もう卒業式まで学校には来ないんじゃないんですか? なんでいるんですか」

「わたしが美少女だからよ」


 答えになっていない返答をされ、美鶴は頭を掻いた。嘆息すると、取り合うのも億劫に感じて「あぁそうですか」と生返事をした。

 美鶴はここにいると気苦労が絶えないのを確信すると、目の前の先輩に背を向けて屋上を去ろうと決めた。しかしこのまま教室に戻るのは完敗したようで後味が悪い。少女の傍に歩み寄ると、精一杯に皮肉を込めたつもりで口を開いた。


「それじゃあ、少し早いですけど、ご卒業おめでとうございます。幼女先輩」


 精一杯の笑みを顔に浮かべて美鶴はのたまった。目の前の女子高生は唖然とした様子だったが、その双眸を怪しげに光らせた。途端に美鶴の背筋を怖気が駆け昇った。


「ありがとう、美鶴君。君は高校卒業までにあと一二年あるけど頑張って。それとお姉さんと仲良くするのよ。早く、小学校に戻らないと心配するんじゃないかしら。あらごめんなさい。保育園だったかしら」

「すみません、調子に乗りました。申し訳ありませんでした」


 美鶴は完全に言い負かされて、身を小さくした。どうやら幼女は禁句であるらしい。しかし、それ以外に言い得て妙な呼び名が思い浮かばない。


「そういえばわたしは君に自己紹介してなかったわ」


 思い出したように手を叩く幼女先輩。その態度がどこか白々しく美鶴の眸に映る。


結城蓮ゆうき れん。それがわたしの名前よ、アギト君」


 うなじを掻き揚げて微笑する少女はそう告げると、美鶴の脇をすり抜けてドアへと向かう。呆然とした顔をしている美鶴を残してドアノブに手を伸ばした少女は振り向いて、


「君はこの世界の嘘を知ってるかしら? まぁ、今分からなくとも、その答えは直に分かるわ」


 ドアの向こう側へと姿を消した。

 残された美鶴は最後に投げかけられた言葉を反芻はんすうした。


──世界の嘘。


 自分が抱え込んでいる問題もまた、世界の嘘となりうるのだろうか。この星に生きているものとして、その枠組みに組み込まれた自分の存在は世界の一部なのだろうか。

 そして、この嘘の答えが出るときに、自分はその先に進めるのだろうか。




 結城は階段を音も立てずに下りながら、制服のポケットに忍ばせていた携帯を取り出すとそのディスプレイを眺めた。

『新着4件』と表示されたメールボックスを開いて、その一番上を開くと物憂げに溜息をついた。


「相良少年は面倒に首を突っ込むのが好きね。それと他のメンバーもこっちに集まれそうね。あぁ、No.3(ドライ)も週末には着くのね」


 結城は先ほどの後輩の姿を思い返し、申し訳なさげに微笑んだ。


「後輩が巻き込まれるのは気が引けるわね。いくら彼が元執行者であったとしても」


 それでも取りやめるなど言語道断であろう。願わくば、己が覇道の先に光があらんことを。

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