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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
凄惨な日常に花束を
50/66

夜と繁華街と若さ

 どーん。

 一章の頃から、あぁしておけばよかったと思う今日。

 あれ……、どうしてこうなったんだろ。と思いながら執筆中な日々。

 そのうち、美鶴たちも登場します。てか次話で出てきます。

 

──同刻。


 首都圏《エリア2》の繁華街には乱雑とした臭気が立ち込め、汗臭い雑踏が仕事の憂さ晴らしに思い思いの店へと足を運んでいく。活気に溢れ、照明が軒を連ねる店舗を照らす。

 この時間帯にはどこの店も客足が絶えず、盛況振りが窺える。一度この雑踏の中に紛れ込まれれば、見つけ出すことは叶わないほどに。

 そんな人混みを横目に、少年が一人、中華まんを売る出店の前で列をつくっていた。長く伸ばした髪を横に伸ばし、頭の後ろで三つ編みを背中にまで垂らしている。一目で彼を男と判断するのは困難なほど、少女の容姿である。背は周囲の人々に較べても頭一つ分ほど小さく、体つきは華奢であった。クリーム色のハーフコートを羽織い、底の高いブーツを履いていた。まばたく度に長い睫毛が揺れる。少年は期待のこもった視線を屋台の隣で蒸されている容器に注いだ。

 その姿はまさに可憐な少女の形であった。


「お嬢ちゃんは注文はどうする? うちのオススメは特大肉まんだけど」


 いつの間にか順番が回ってきていたらしい。少年はその端正な顔に苦笑いを浮かべつつ、


「すみません。ボクは男です」


 アルトの声色で店主の誤認を指摘した。しかし、悩ましげな表情を浮かべたその姿は、同年代の異性と見間違えられても不思議ではないだろう。

 少年の言葉に店主は目を剥いて、目の前の少年を食い入るように見た。傍で昇る蒸気に顔を火照らせている店主は、納得したのかあいまいに頷いた。


「こいつは失敬。にしてもあんちゃん、綺麗な顔してるから男だと分からんかったなぁ」


 可愛い、綺麗という言葉を言われ慣れてるのか、少年はあまり動じる様子もなく愛想笑いを続けた。


「んじゃ、ご注文をどうぞ」

「えぇーっと、肉まんを二つ、あんまんを二つ、カレーまんを二つでお願いします」

「はいよーッ」


 店主が容器の蓋を外せば、白い湯気と共に蒸かされた匂いが充満した。少年は眸をキラキラと輝かせ、その香りを肺一杯に吸い込んだ。そして、幸せそうに表情を緩めた。

 じんわりと熱を発する紙袋を渡された少年は、代金を支払うとその足で繁華街の奥へと進む。途中で袋から肉まんを取り出すと、おもむろに口元に運んで咀嚼した。途端に至極幸福そうな表情になる。

 少年はそこで用事を思い出したように、顔を上げて繁華街を一望した。あいかわらず混みあったこの場所は、時間が経つほどに人の数を加速度的に増しているように見える。

 少年の眸は雑踏の中に、酷く浮き出た存在を映した。白いとしか言いようのない出で立ち。その少年の頭髪は脱色したような透明な白髪で老いた印象を与える見た目、白衣を羽織っている格好はどこぞの科学者かといった様子である。その隣で肩を並べて歩くのは同じく白衣の中年代の男が二人だった。


「あれ? 確かあの人は……」


 少年は首を傾げて、彼らの姿を目で追った。そこで別の存在に気が付いた。

 彼らの背後を一定の間隔で歩く男二人。当人たちは他の一般客に扮しているらしいが、第三者からの視点で言わせてもらえば、異様であった。険しい顔つきで眼光を光らせ、前方を注視するその振る舞いは、近寄りがたい雰囲気をつくっている。周囲の人混みがあるがゆえに、ばれずに済んでいるものの、先を歩く白衣の者達に感づかれるのは時間の問題であろう。


「へぇー、普通に人前に出てくるんだ。まぁ、ボクにはあまり関係のないことだけど、ここで彼が捕まったりしたら支障がでるのかな?」 


 少年はぶつぶつと独り言ちながら、肉まんを平らげる。空になった右手に新たにあんまんを持たせて、彼らを追跡し始めた。万が一を考慮しての行動というよりは、面白そうという道楽的な意味合いが強かったが。

 視線の先で、白髪の少年が異変に気付いたらしく、しきりに背後を警戒し始めた。同様にその隣に並ぶ男二人も如何わしそうに眉を寄せた顔で、後ろを顧みている。

 追跡者、この場合は警察の線が濃そうであったが、このままではマズイとでも判断したのか、互いに顔を見合わせて話し合っている。

 突然、まるで不意を突くような形で白衣の男三人が脱兎の逃げを見せた。壮年の男二人も慌ててその後ろを追いかける。


「あちゃー、いわんこっちゃ無い」


 少年は愉しげに口端を吊り上げた。歩幅を広げて、見失わぬように彼らの背中に付いていく。

 途中で白衣の三人は三手に別れ、白髪の少年は隘路に逸れると、大通りから外れて細い路地を進んだ。刑事らしき二人は逡巡する素振りを見せず、白髪の少年を追う。


「さてと、どうしよっかな」


 少年の視線の先にはちょうど角を曲がり終える男の姿が映った。少年は手に持った紙袋を小さく四つ折りにすると、コートのポケットに無造作に突っ込んだ。知らぬ間に食べ尽くしたらしい。空腹感を満たした少年は軽い足取りで、彼らが消えた方角に近づくと、懐から取り出したのは洋弓銃であった。折りたたみ式のクロスボウには、照準器として高性能ドットサイトが装着されていた。赤色のレーザーが薄暗闇に赤い点を写す。

 様子を窺うように少年が顔を覗かせると、低くしわがれた男の声が聞こえてきた。


「ボレアースのオステオ、本名を白村宗一郎しらむら そういちろう。お前には逮捕状が出てる。ちとばかし、顔を貸せや」


 そう言って凄んだ男は禿頭の巨漢であった。その隣に並ぶ痩身の眼鏡をかけた男は無言で、着込んだコートの裾のほうに手を伸ばす。ポケットの膨らみが銃を帯していることを報せる。


「なんだよ、刑事さん。オレに用事って、逮捕すんのかい。マジで言ってるんかなーソレ」


 オステオは苦笑を漏らして、腹を揺すった。だが、その目は笑っていない。まるで相手の出方を探るように、視線が二人の刑事の間をさまよう。


「自分の立場を考えたらどうだ、ボウズ。そんな奇怪な髪をしやがって。おっとさんもおっかさんも悲しむぜ」

「あの世で泣いてるかもなぁ~。──どうせなら、あんたらも向こうにいっとけ」


 オステオが腰からベレッタ拳銃を抜くのと、刑事二人がピストルを抜き取るのはほぼ同時であった。数で劣るオステオが現状を打開できる可能性は低いだろう。

 三人は互いに銃を構え、照準を定めて引き金に指を当てた。しかし乾いた銃声の代わりに響き渡ったのは、男の苦悶の声であった。硝煙の臭いの代わりに、僅かな血臭が漂う。オステオの目の前で崩れ落ちる二人の刑事の脹脛ふくらはぎに、矢柄が生えているのが見て取れた。


「危ないところだったね。創世者の骨」

「誰だよ、テメェ?」


 オステオは突然の少年の登場に目を丸くしたが、少年の右手に洋弓銃が握られているのを見ると、眉間を狭めてめ付けた。アスファルトの上で痛みにもがく刑事から銃口を少年に向けた。


「ボクはNo.12(ツヴェルフ)。ニーズヘッグのメンバーだよ」


 少年はそう自己紹介を済ますと、洋弓銃の銃口を天に向けた。警戒しつつ、オステオもベレッタ拳銃を握る右手を下ろした。


「何のマネだよ、邪龍の。オレ達とは極力、遭遇を避けてるんじゃないっけか。どういうわけで、わざわざ顔を突き合わせたりすんのかね。てか、お前……男かよ」


 オステオは新たに見つけた発見に、驚きを隠せなかった。今度は少年のほうが目を丸くした。


「おッ、久しぶりだ。ボクを男だと、言えた人は」

「…………かわいそうだなぁ」


 オステオは危険がないと判断したのか、拳銃を白衣のポケットに落とした。少年もクロスボウを折りたたむと、コートの下にしまいこんだ。


「信用してもらえて嬉しいよ」

「へいへい、とりあえず感謝してっから。んじゃ、面倒になる前に消えますかね」


 オステオは踵を返すと、駆け足に住宅街を包む暗闇へと飛び込んでいった。彼の脱色された白は不思議にも、黒い闇の中で完全に消えた。


「帰るか」


 少年は未だ足元に転がったままの刑事に目もくれず、興味の薄い視線をオステオが消えた方角に送った。

 彼が繁華街で来て何をしていたのかは気になりはしたが、他の二人の身なりを考えれば、あまり選択肢は無いようにも思える。国内のボレアースの現状は、研究員不足が死活的な問題になっているという報告がつい最近にあった。ゆえに、国内企業からの協力でも募るための密談といったところだろうか。

 どうせそんなことをしたところで、彼らに味方する者が現れるとは思えないが。それにもうじき全てが終わるのだ。彼らの努力が水の泡になる可能性もある。

 と、コートのポケットで振動音が身体に響いた。取り出したスマートフォンを耳に当てれば、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。


「瑠衣、どこにいんだ? おいらは、無事に到着したぞ。とりあえず、顔を出しにこいよ」


 通信越しの男の声はやや疲弊しているように、重たく沈んで聞こえた。少年は簡潔に短く言葉を告げると会話を切った。切れる直前に男の静止の声が聞こえたが、気にせずにいよう。むしろ気にしたら負けだ。

 世界の歯車は僅かにずれて、歪み始める。今更、戻れない。


「くッ……」


 少年は苦痛に端正な顔を酷く歪めた。身体をくの字に折り曲げ、鈍痛に耐え忍ぶ。錠剤の入った褐色のビンを慌てて取り出すと、二粒ほどを飲み下した。

 そう、今更戻れない。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 エリア2の夜景は色とりどりの照明が街を照らす、幻想的な光の景色である。その代償として、頭上には星の見えない虚無の夜空が拡がっている。

 三月に入ったとはいえ、まだ冬の冷気が残っており、風が強く吹くほどに震えを走らせる。矮小で華奢な少女が、摩天楼の屋上にあるヘリポートに立っていた。時折、強く吹きつける風が少女の色の薄い茶髪をなびかせている。大きめの黒の髪留めが目に付く。


「──遅刻ですが、プロフェッサー。もう少し、けじめのある行動をとって欲しいですよ」


 あまり感情の隆起が感じられない声色で少女が声を発した。


「わるいのぅ、No,2(ツヴァイ)や。我もこれで、精一杯に道を飛ばしてきたんじゃがな」


 少女の頭上から少年のような声が響いた。少女の周囲を暴風が取り囲み、少女が着る制服のスカートがはためく。少女はあきれた顔で視線を上に向けた。その双眸が捉えたのは、巨大な鳥型マシナリーの姿であり、その背中に搭乗した矮躯の老人の姿があった。モノクルをかけた老人は、白い顎鬚あごひげを数十センチ程度に伸ばしている。猫背であるらしく、余計に背が小さく見えてしまう。

 ヘリポートに降り立ったのは、鷲のようなフォルムをしており、そのディティールは手抜かり無く精巧に造られている。まるで猛禽類の双眸は眼光炯々《がんこうけいけい》のさまである。全長三メートル近くはあり、黒一色に染まった躯体をしている機械鷲は、生命の灯火が宿ったかのように精密な動きをする。

 その背中から飛び降りた老人は背を反らすと、改めて謝罪を口にした。

 少女はあいかわらず、抑揚の無い声で、


No.3(ドライ)から連絡がありました。今頃は彼らの日本拠点にも連絡がいっている頃です」

「ひょっひょっひょ、それは重畳、重畳」


 その見た目を裏切って、十代の少年のように甲高い声で言うと、満足そうに笑みをこぼした。それを見て、少女は生理的な嫌悪感を抱かざるを得ない。

 目の前の男はニーズヘッグの研究・開発主任であり、名をグレゴールと言うらしい。あまり詳細な経歴は知らないが、ニーズヘッグの設立当初からいるという。が、最近まで表に姿を見せたことがなかった。そんな彼が何故、現場に居るのかと言われれば、戦闘を生で傍観してそのデータを採りたいらしいのだ。上からの許可が下りているようだが、少々危険すぎはしないだろうか。しかし、現場の指揮権は自分にあるため、別段文句はない。上の決定に従順になるのが賢いやり方だ。


「プロフェッサーは、あまり現場付近に近づかないでください。邪魔になります」

「重々承知しとるよ。我は十分に離れて、事の行方を見守っとるからのぉ」


 玩具おもちゃを与えられた子供のようにはしゃぐ老人は、再び機械鷲の背に飛び乗ると虚空へと飛び立った。だが、かの老人の眼が蝋人形のように感情を宿していなかったことを少女は見ていた。得体の知れないものを見る目つきで、少女は老人の消えた方角を見遣った。


「──吉と出るか、凶と出るか。まだ分からないわね」


 蒼チェック柄のスカートを揺らして、少女も闇夜に姿を溶かした。

 何も居なくなった屋上は夜の闇が代わりに満たした。


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