瑠璃色の世界
「さて、そろそろクリスマス会も終盤戦へと突入してしまいました」
「誰に話してんだよ」
「美鶴先輩は童顔で弟キャラ……一事はどうなることかとホントに心配でした」
「散々な言い様だな」
「いちいち合いの手は要らないですよ」
「何度も言うが、俺にも人権がある」
「へぇーそうですか。まぁ、話は続けます」
「だから俺の人権を軽く扱うなよ。何だそのコイツめんどくせーみたいな態度はッ」
「さてここはうちの舞台です。うちの独壇場です、他者の介入は微塵も許さないです。たとえミジンコであってもですよ」
「その例えはどうかと思う」
「というわけでまずは自己紹介をしてみたいと思います」
「どういう訳だよ」
「まいねーむいず山田ウィリアム太郎」
「初っ端から嘘つきやがった。性別ちげーし」
「はい。嘘です。本名は相良瑠璃です。美鶴先輩の後輩でラブリーな女子高生です」
「ここぞとばかりに自己アピールすんなッ」
「この場を借りて言わせてもらいます、童顔は絶滅危惧種です。手厚く保護するべきです」
「俺、手厚く保護されたくねぇ」
「半泣きの先輩は放っておいて……何故うちがこうして話をしているかと言いますと」
「あ、やっとその話になんの?」
「うちが大事に保存していた赤い宝石が何者かによって奪われたからに他なりません」
「この大ホラ吹きッ!! さっきから嘘のオンパレードじゃん。赤い宝石って何だよ、ショートケーキのイチゴだろっ」
「いいえ、宝石です」
「……そうか。てか俺が見ていた限り、犯人も瑠璃、お前だ」
「またまたご冗談がお上手ですね先輩」
「現実逃避すんなよ。俺はお前が俺の分まで苺を喰ったのをはっきりくっきり両目で見たからなッ」
「先輩の人でなしッ!! ヒトデになって海中を漂っちゃってください」
「って瑠璃押すなよッ。てか、何で俺はさっきから一方的にやられ役になってんだよ」
「それが先輩の役だからです」
「サイテーだ。人としてどうかと思うぞ」
「先輩のしみったれた哀愁はストックヤードに投げ捨てるとして、今日はいい天気ですね。惚れ惚れとする晴天です」
「転換がはえーな。ちなみに時計を見ろよ。てか外見てみろよ。夜だぞ、八時過ぎてるからな。それに苺の件はいいのかよ」
「最近うちは思うんですよ。青春したいって」
「十分すぎるくらい堪能してるだろ」
「甘酸っぱい果汁たっぷりの恋もしてみたいです」
「まぁ、うん。頑張れ」
「そんなうちをこの非情な日常はまるで嘲笑うかのように見下すんですよ、ε- (´ω`*)フッ、おめーじゃむりやって言うんです。おめーさんは可愛すぎて恐れ多いからな、誰もよってこれんのやって笑うんです」
「自意識過剰なだけじゃん」
「笑う門には福来るとは言うものの、笑っても笑っても惨めになるんです。どうすればいんですかぁ」
「押すな押すな」
「こうなったら八つ当たりです。先輩なんて年が一つ上なだけなんです。基本的にバカでドジでアホの子なんです」
「ここぞとばかりに俺を侮辱するよな。俺の寛大な良心があと僅かで底を尽きそうになってんだけど」
「この童顔野郎、リア充は爆発しろ。海のモズクとなれ」
「モズク!?Σ(´∀`;)」
「そんな顔で驚愕されても何も出ないですよ。はい、パッシャ(ノ´∀`*)」
「撮りやがった……」
「良い顔してますよ」
「消せッ。今すぐに」
「そろそろメインイベントに突入してもいい頃かと思うんですよ。というわけで先輩、ちょっと来てください」
「その前に俺を縛ってる縄を解けよ。オヤっさんも笑ってないで助けろッ。おい、由佳里まで」
由佳里が提供した一室へと美鶴は頭に疑問符を浮かべたまま連行された。瑠璃が一緒に運んできた紙袋の中身に不穏な気配を感じ取り、身を捩って逃れようとしたものの、無意味であった。
何故、美鶴が縄で捕らえられているかと言えば、皆で始めたババ抜きのペナルティーらしい。美鶴自身、何故これをする意味があるのか判別しなかった。しかし、ついさきほどの全員の顔を見て確信した。全員グルだ。
「あの……瑠璃さん? 何するつもりですか。その右手に持ってるウィッグはなんですか? いやいやいや、そんな笑みを浮かべられたまま近づかれても恐いだけだから。ストップ、ストップ。早まるなッ!!」
「自白しなかった先輩が悪いんですよ? これは言わば、罰ゲームって奴ですよ」
「盗撮してた方が十分ワルだろ。それに由佳里は無罪なのか?! てか、何でお前はあんな写真を撮れたんだよ」
「由佳里先輩は特別待遇ですよ。撮れたのは、追跡したからに決まってるじゃないですか」
「うわー、ストーカーだったのか」
そんな会話をしてる最中でも瑠璃の作業の手は休まるところを知らないらしい。次々と美鶴の形質が消えていく。
「待った、待て待て待て。さすがにそれはやらなくてもいいんじゃね」
「妥協は許すなといわれてるんです」
「誰にだよッ」
この瞬間、美鶴の黒歴史に新たな一ページが追加されることとなった。美鶴はこれは悪い夢なのだと、心頭滅却によって現実逃避した。これは悪夢なのだ。そのうちに目が覚めるはずだと。
「じゃじゃーん。それでは入場お願いします」
瑠璃が心底嬉しそうな嬌声を上げる。美鶴は深く深く溜息をつくと、リビングへと足を踏み入れた。
「じゃーん…………」
「「「………………………」」」
美鶴? の登場に唖然とした顔で硬直する由佳里と文蔵と小埜崎。瑠璃はそんな彼らの様子に満足げに頷いた。
「誰でもいいから、何か言ってくれ」
「どちらさまですか?」
由佳里が恐る恐るといった口調で訊ねてきた。その反応は無理もないだろう。
文蔵にいたっては「まさか、いや。しかし、まさかな」と呟くだけだ。
小埜崎はしたたかに、懐からデジカメを取り出してシャッターを切った。あとであのフィルムは回収せねばなるまい。
「いやあのさ。美鶴ですが何か?」
「「「……………………」」」
またも訪れる沈黙に居たたまれなさを覚える。美鶴は自分自身の服装を見下ろして泣きそうになった。
エレガントな黒のワンピースを着込んだ自分はさぞ滑稽に見える筈だ、というのが最初の美鶴の見解だった。が、瑠璃によって用意された手鏡の向こうに映るのがまさか──
「すごく、可愛いんだけど。ほんとに美鶴なの?」
由佳里が近づいて美鶴を凝視した。すごく顔が近くなり、美鶴の心臓は激しく暴れた。
由佳里に続いて、小埜崎も傍に近寄ると、至近距離からフラッシュをたいた。
「すごくないですかぁ? うちの自信作ですよ」
瑠璃が残念すぎて目も当てられない胸を張って、ふふんと鼻を鳴らした。
「いやー眼福、眼福。瑠璃、でかしたよ」
小埜崎が満面の笑みを浮かべて瑠璃を賞賛する。
それほどまでに現在の美鶴は完璧な女の子へと変貌を遂げていた。元々、端正な顔立ちをしており童顔であったために、瑠璃にとっては造作もないことだったらしい。
美鶴は苦笑いを浮かべて、されるがままに観察された。
これはとある冬の無駄話。
近い将来、こんなふうに皆で笑いあうことの出来ない日々が来る前の皆での最後の晩餐。なんてことにはならないはずだ。
クリスマスの夜。一人の少年は禁断の美女へと変貌を遂げた。それを知る者は極僅かの筈だった。
しかし、冬休みが明け、学校が始まった頃に、学校に美しい少女の写真が流通することとなる。この時の美鶴はそんなことを知る由もなかった。
稔と美鶴のクッキングみたいなのも書きたいなと思ったんですけど、諦めました。たぶん。
というわけで、第三章の執筆も進めておきます。
以上でextraパート1でした。はい。