リア充抹消計画
結構、駆け足で書いたんで内容は変かもしれないです。
言葉遣いやら、文章に変な部分があったら……目を瞑ってください。
『我々は今まで圧政に苦しめられてきた。リア充、それは存在するだけで我々の精神を削り、苦い後悔の味を思い出させる。我々は立ち上がり、その忌むべき存在を根絶しなければならないのだ。今こそ同志、立ち上がり、恋人同士でイチャつく不埒な輩を根絶やしにしようぞ』
とある工業区画の廃業して放置され、壁は色が剥離したうらぶれた倉庫にいるのは三人の青年だった。二人を前に熱弁をふるっているのは落ち窪んだ三白眼をした長髪の男、名を谷山克己といい、仲間内では『かっちゃん』の渾名で親しまれている。
克己の前に何故か正座させられて、とうとうと語られるしょうもない話を聞かされている二人は呆れ顔を浮かべていた。短髪に肥満体型のどちらかと言えば、大関タイプの青年は眠たそうに欠伸を漏らした。現在時刻は午前五時。冬休みであるにもかかわらず、こんな早朝に呼び出されて傍迷惑だと苦情を呟く。
「山田ッ、お前はいい歳して彼女の一人もいなくていいのか?!」
克己が恰幅のいい青年、山田を指差した。山田は身体を仰け反らせ、「よくはないけどぉ、一人で十分じゃね?」と言った。
「そんな甘い考えだからかれこれ二〇年にもなる人生において、出会いが一つもなかったんだ」
「というよりも、ぼくの見た目に問題ありかと──」
「そして、成治ッ。お前もどうなんだ。この世界の不条理に反感を覚えないのか?!」
「おれは、かっちゃんのその口調に反感を覚えます」
成治と呼ばれた中肉中背の極々普通の一般ピープルという立場にいそうな青年は挙手と共に口答えした。
「右に同じッ」
ここぞとばかりに、山田も挙手。克己は歯軋りを続けたあと、溜息をついた。
「分かった。分かったから。これでいいんだろ? いいじゃん別に、さっきの方が雰囲気出てただろ」
全く理解出来ない者たちには肩が凝る、とでも言いたげに自身の肩を解す克己。それに対して、山田と成治はここに呼び出された理由を訊ねた。こんな早朝から何用なのかと。
「んなの決まってるじゃん。今日はクリスマス・イブッ。恋人という桃色フィーバー能天気野郎たちがデートする計画を立てている。それを妨害するための準備に呼んだんだよ」
ふははははっはははははっは、と盛大に笑う克己に多少引き気味の山田と成治は互いに顔を見合わせた。この時の克己は何があっても計画を実行し、決まってロクでもないことをしでかすのだ。腐れ縁の二人にとっていい迷惑なのだが、不思議と憎めないのが克己の人間性でもあった。
「それでどうするの? ぼくらに手伝わせるって何を?」
山田に不敵な笑みを送った克己は身を翻すと、背後に安置されていた物体にかけられたシートを一思いに取り払った。三人の目の前に露わにされたのは一体のアンドロイドであった。
「どうしたんだよ、かっちゃん。これ私有じゃないよな」
「ふはははっはは、大学から拝借した」
「「もう既にかっちゃんが罪を犯していたッ!?」」
額に手を当てて嘆息する二人を余所に、克己は一人ほくそ笑むのだった。
こうして世にも恐ろしき『リア充抹消計画』がスタートした。
「美鶴、ちょっと待っててね」
由佳里の声が奥から響いて聞こえる。美鶴は玄関で壁にもたれて、由佳里を待った。
美鶴は現在、由佳里の住むマンションに来ていた。所用は明日のクリスマス会への買出しらしい。参加者は小埜崎・瑠璃ペアと文蔵と美鶴・由佳里ペアで、場所は広いところということで由佳里の部屋が宛がわれることになっている。
記憶する限り、こんなことをするのは初めてではないだろうか。今までなら、オンボロアパートで三人して卓袱台を囲っていた気がする。そして、美鶴の心をドキドキさせていることがそれ以外にもあった。その最大の理由は、今日が恋人同士になった由佳里と過ごす初めてのクリスマス・イブとなることだ。買出しという理由ではあるが、二人で一緒に行動する=デート。という思考しか美鶴には出来ない。
「おまたせ~。それじゃ、いこっか」
由佳里が姿を現した。アーミーグリーンのモッズコートを羽織り、スリムジーンズとモノクロボーダーという出で立ちだった。カジュアルなスタイルのそれらに身を包んだ由佳里は不思議そうに首を捻った。そこで美鶴は自分が由佳里を凝視していたことに気付き、慌てて視線を背けた。
「あ、照れたね。別に視線を逸らさなくたっていいのに」
「いや、…………あぁもう、言い訳はしない。ほら行くぞ由佳里。もう五時だ」
「まだ五時だよ。それじゃあゆっくり行きますか。ショッピングモールに行って、美味しいもの沢山食べて、それから~♪」
「あれ? 買出しなんだよな」
「そうだけどさ。せっかく二人っきりでショッピングに出かけるんだからさ。デートでもいいじゃん」
この瞬間、美鶴の心の中で歓喜が湧いたことを美鶴以外知らない。
「駅前にすんごいイルミネーションがあるんだよ」
由佳里が首に巻いたマフラーを揺らして、美鶴を振り返った。
「由佳里は元気だな。俺は疲れた」
午後七過ぎ。買い物を滞りなく終わらせた二人はお互いに一つずつ戦利品を手にぶら提げ、ショッピングモールから最寄の駅前の方角へと向かっていた。どうやら毎年そこでイルミネーションをやっているらしいのだ。エリア2内ではかなり有名であるらしく、冬の風物詩として知られているらしい。と、美鶴は由佳里から聞かされた。
既に周囲にはカップルらしきペアが散見できている。周囲から見れば、自分達も同じように見えるのだろうかと美鶴は疑問に思った。そうであることを願う。しかし、今のところ、美鶴の願望は儚く散っていた。
「にしても、さっきのお店の店員さんは何て言ったっけ?」
「──思い出さなくていい」
「『ご姉弟で仲がいいですね』だっけ。まさか美鶴があそこまで歳相応に見られないとは思わなかったなぁ」
と言いながら、堪えきれなそうに失笑を漏らす由佳里。美鶴は対照的にうんざりした表情で苦情を呟いた。
一方、そのころ三馬鹿トリオの一人、克己はアンドロイドに同調し、カップルが最も集まるという駅前のイルミネーション付近を闊歩していた。その出で立ちは冬であるにも関わらず、半そでのポロシャツにハーフパンツ。防寒対策というものを度外視した服装であった。
「居よるぞ、いよる。恋人同士でイチャつくバカどもが。くっくっく、これから自分たちの身に何が起こるかも知らず、暢気なもんだ」
『やべーかっちゃんが完全、悪役だ』と山田。
『てか疑問なんだけどさ。周りの人が小さくない? 頭頂部しか映像に映らンけど』と成治。
「そうだな。まるで人がゴミのようだなぁッ」
『『ヤバイだろ、それ』』
克己が愉悦に浸るように高笑いするその横を多くの人間が、訝しげな視線を送りつつ通り過ぎていく。克己が同調するアンドロイドが2メーターを超す巨躯なのだから目立って仕方が無い。それを意に返さず、克己はとうとう色鮮やかな電飾で満たされた空間へと足を踏み入れた。植木から建造物まで、余すところ無く装飾された世界。一言に幻想的であった。────が、
「たっくん。はい、あーん」「すきだよ──」「わたしだって」
「うふふふ、きゃははは」
幻想的な世界を満たす桃色。怖気を催すほどの恋人たちの世界が克己の眼前に突如として現れた。ここに来て、克己は計画を取りやめ、今すぐ家に帰りたくなった。
「な、何なんだぁッ、この空間は」
『『ヤバイ、かっちゃんが気圧されてる。場に呑まれてるよ』』
通信越しで山田と成治が小馬鹿にしたように笑うのが分かった。むっとした克己は己を奮い立たせ、勇んで一歩を踏み出した。
『てか、何をするんだよ、かっちゃん。リア充抹消って物騒な名前だけど、実際に何するつもり?』
『おれらに周辺に警察の騎士がいないか探索させてるのはいいけどさ。かっちゃんの方はどうすんだよ』
山田と成治からの通信が入り、克己は「恋人たちがイチャつけないよう、この場を占拠するのだぁッ」と言ってせせら笑った。それを遠巻きに見ていた人々は、携帯を取り出すと110番をプッシュした。
そうとは知らず、克己は堂々とした態度で電飾に着飾られた特大ツリーの方角へと、突き進んでいく。周囲の人々は左右に分かれると、道を開ける。そんな態度に何を勘違いしたか、克己は愉悦と共に威張り散らす。
「見ろ、皆が俺に恐怖しているぞッ」
『『単に避けられてるだけだろ』』
『かっちゃん。そろそろ警察が来そうじゃないかな。もう既に通報されててもいい気がするんだけど』
山田の心底心配そうな声に克己は喝を飛ばした。
「ここで臆しては、われわれの計画が成就しないぞッ」
『どっちかっていうと、かっちゃん一人の願望だよね』
山田の呟きには反応せず、克己は駅前の中央へと到達した。目の前には巨大なクリスマスツリーが電飾に飾られて煌びやかに光を纏っている。その周囲ではベンチに腰かける不特定多数のカップルの姿。いよいよここからが本番だ。
一人、感慨に浸るその姿は日頃の会社残業に明け暮れた中年会社員のようだった。半袖短パンというのはおかしいが、身動ぎせず佇むそれがアンドロイドだと気付かず、傍に近づいてしまった少女がいた。
それを知らず、克己は大様に振り返ると、両腕を大きく横に拡げようとした。
「きゃッ」
ふいに克己の全身を駆ける衝撃。視線を落とせばすぐ目の前に美しい少女がいた。容姿端麗の少女だった。どうやら振り返った時にぶつかってしまったらしい。少女の転ばず怪我もしていない様子にほっと安堵したもつかの間、克己の心で葛藤が生まれた。激しくうねるような感情の波。そうか……これが恋なのか。
「由佳理、何してんだよ。……その人は?」
少女の後を追って現れたのは目にかかる栗色の髪をした、少女パート2?
右手に買い物袋を持ち、克己を見上げるようにしている。
「そ、そちらは妹さんですか?」
咄嗟に克己の口から飛び出したのはそんな言葉。
『『いや、弟だろ』』
克己の言葉に反対する山田と成治。
克己の目の前で少年は絶望した表情を見せた。一ヶ月地道に進めてきたRPGのSAVEDATAを消された瞬間の山田のような顔だった。あの時は悪かった、山田。
「お……」
「お?」
「俺は男だぁーッ」
「付け足すと、私の恋人だよね」
と少女が言ってはにかんだ。
『『「彼氏……だとぉ!?」』』
三馬鹿トリオの驚愕に染まりきった声がシンクロした。
克己のガラスのハートは音も無く木っ端微塵となった。さらば初恋の人。
「ふっふっふっふ、思わぬところで敵と遭遇したものだなぁッ。我が力を思い知れッ!!」
克己は酷く童顔の少年へと突進した。
美鶴はとりあえず見た目からして常人じゃないどころか、アンドロイドであるエラの張った男と由佳理の間に割って入った。一目見て、相手がズブの素人だと知れた。同調率が低いためか、相手の動きに多少のラグが発生しているのを見て取った。
だがそんなことは今の美鶴には関係がなかった。
「人の連れに手を出してんじゃねぇッ。てか、それよりも俺を妹呼ばわりした罪を知れッ」
右手に持った買い物袋を地面に下ろすと、右の義腕に収納された兵装ソニックブレイドを急速展開し、肉迫したアンドロイドの太い腰回りに対して、薙ぎ払った。問答無用の先制攻撃。非情な一撃によって火花が美しく散り、夜に輝いて淡く消える。
「えぇーッ!!」
男の驚愕のあまりの絶叫が響き、アンドロイドは仰向けに転がった。それを視認すると美鶴は由佳里の手を引いて、人込みの中へと急いだ。二人の姿は瞬く間に雑踏の中に紛れた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……。悪い、何か厄介ごとに巻き込まれて」
現場から離れた美鶴は重く沈んでいた。ずぅぅぅぅぅん、と憂愁を背負い込み、ベンチに腰掛けていた。その隣には由佳理がおり、目の前で幻想的な世界を創造するイルミネーションのアートやツリーを見て嬌声を上げている。触れ合っている肩が心地よく暖かかった。
「すんごく綺麗だね。ほらそんな沈んだ顔してないでよ。別に私は落ち込んでないけど? どっちかって言うと、妹呼ばわりされた美鶴のメンタルが心配だよ」
由佳理が美鶴の肩に頭を乗せるように身を預けてきた。その重さが心地よさを覚えさせた。美鶴はつい先ほどの一件について悩むのを止めて、由佳里に寄り添った。
「俺は言われ慣れてるから……」
美鶴は自分の隣をお気に入りの場所であるかのようにする少女との日常を守り続けることを固く心に誓った。願わくば、自分が彼女の居場所であり続けるように。
クリスマス・イブの夜。一組の恋人は光の幻想世界で静かに想いを重ねた。
その頃、放置された形の克己アンドロイドバージョンは、その後に駆けつけた津野田警部によって、あえなく身柄を拘束された。後日、山田と成治も警察署に連行され、アンドロイドの許可証なしでの使用の罪に問われることとなった。その際、犯行動機について三人は口を揃えて「リア充抹消計画のためです」と言った。
津野田は思わず口を閉じるのを忘れ、「しょーもなッ」と言って呆れたらしい。
次の日、クリスマスの夜。マンションの由佳里の一室にて。
「ネタは挙がってるんですよッ」
「んじゃ、中トロで」
「新鮮なのが揚がってるんですよ~、昨日捕れたばかりの奴ですよ」
「それじゃあ大将、大トロも追加で」
「はいよッ。────へい、お待ちッ……じゃないですよッ!!」
美鶴の目の前で瑠璃が瑠璃が茶封筒をテーブルに叩きつけた。その衝撃で中身が飛び出す。美鶴はそれを見て、度肝を抜かれた。飛び出したのは写真で、美鶴と由佳里の姿が写されている。盗撮かよ。
「肖像権で訴えるぞッ」
「今はそんなことはどうでもいいんですよ」
「いや、重要だろ。俺の人権をそんなふうにあしらうなよ」
美鶴は溜息をつくと、自分に用意されたショートケーキを咀嚼する。お、美味い。
「お二人はどこまでいったんですかぁ?!」
結局はそれが気になるらしい。が、美鶴も由佳里もそれに応じず、ケーキの味を愉しんでいる。それでも瑠璃は諦めることを知らず、美鶴に詰め寄ってきていた。その度に美鶴はうまくはぐらかしていた。実際のところ、隠したくなるような、やましいところは一切ないのだが、この後輩に素直に話すべきか思いあぐねていたのだった。
「むぅ、なかなか手ごわい。ならば強行手段にでるしかないですね」
そう言うが早いか、瑠璃はフォークで美鶴のショートケーキの上に鎮座していたイチゴを奪取した。そして、それを見せびらかすようにして「これを返して欲しければ、洗いざらい自供してください」と言う。自供も何も、罪は犯していない。
「どうぞ、お納めください」
美鶴は平伏した。
「…………(パクッ)」
瑠璃はジト目を美鶴に向けたまま、イチゴを口に頬張った。