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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
来たるべき災厄への希望
43/66

やっと届いた距離

 そろそろ第二章? も終わりになりますね。

 ではー、どうぞ。

 夢も希望も取り上げられたボクらの声は響かず地に落ちて、やがて錆びついた。

 この世界に信頼できる人間など存在しない。この世は既に錆びて、褪めた思想をもつ者しかいない。無垢な子供も、純粋な感情を奪われている。

 信頼できる人間は存在してはいけない。ボクらは孤独の群衆であらねばならなかった。

 決して他人を信用せず、己の力だけを信頼し、戦うことを強制されたボクらには仲間はいたが、友はいなかった。同類であっても決して相容れぬ仲であった。

 施設、機械、薬、血、暴力、怒声、吐気、反吐、泪、唾液──

 思いだせるのは痛みと恐怖だけだった。周りにいた人間の顔は不鮮明に歪んでいた。




「うちには全てが色褪せて見えはしないけどなー」


 留置所の居室でチークは暇を持て余し、小部屋を仕切る柵にしがみついてグダグダとしていた。午前六時三〇分に起床であるらしいが、慣れない場所での生活のためか随分と早くに目が覚めていた。チークが割り当てられたのは雑居房の一室。他に同じ部屋の人間はいない。

 チークは深閑とした留置所に居ずらさを覚え、所在なさげに視線を周囲に走らせた。暇潰しというよりも、思い出してしまった過去を振り払いたかった。かつての仲間の語らいが頭を過ぎり、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。居室には個室のトイレがあるだけで、娯楽の類はなかった。


「うーん、この格好は何だかなー」


 チークは自身の姿を見下ろして、笑みをこぼした。サイズは丁度、いや少し小さめのジャージに身を包んだ自分は酷く冴えない人間に見えることだろう。

 白神との戦闘を終えた後、警察にメディアンを拘束されたチークは、抵抗せずに自分がトランスしている場所へと案内した。そして手錠を嵌められ、連行されていく最中に浅沼と名乗った男性に声をかけられた。その場面を思い出して、自然と口元が緩んだ。




「何故、お前が捕まっているんだ?」

「……もしかして、警官さん? あのジャスティスの操者だった」

「あぁ、そうだ」


 チークの目の前に現れた男は若かった。見た目は二〇歳はたち過ぎぐらい。清潔さを訴える短めの髪と誠実そうな眸、線の細い顔立ちをしている。想像していたよりも、一〇倍イケメンだった。さすがに美男子はこないだろうと低く見積もっていたのだ。まさかの不意打ちに何を言えばいいか困窮してしまった。

 チークの傍らで付き添う刑事が足を止め、浅沼に対し敬礼した。浅沼もそれに答えると、チークに視線を戻した。


「うん? 何か言いたいことがあるのか」

「いや、えーっと、あるよ、いやありますよッ。でも、まさかー、こんなドッキリがあるとは思わなくてー」

「はっきりしないな。別に私……俺は機嫌を悪くしたりもしないぞ。それに無理に敬語にする必要もない」

「えぇっと、何で私を俺に言い換えたの?」

「ッ!! そこか。はっきりさせたいのはそこなのか? まぁ、なんだ。初対面の相手には私という一人称を使うことを決めているんだ。別に深い意味はないぞ。俺の気分の問題であるだけだ」


 浅沼は頬を掻き、咳払いを一つすると質問を重ねた。


「でだ。他に言いたいことがあるんじゃないのか? 俺もお前に聞きたいことがあるんだが」

「うちに訊きたいことがあるの? きゃぁ、どうしよ」

「何でそこで顔を赤くするんだ?」


 浅沼は困惑した表情を浮かべた。チークは慌てて取り繕うように首を左右に振った。チークの隣に控えていた見知らぬ壮齢の刑事が眉を寄せたのも意に返さず、意気込んで言葉を発した。


「恋人になることを前提に、うちの友人になってくださいッ!!」

「えぇッ!?」


 何故か隣の壮齢の刑事が驚愕し、チークと浅沼を見比べて意味深に頷いた。





 その後、結局浅沼はチークに質問をすることなく、チークは護送車で首都圏内の留置所に連れて行かれた。向かった先で待っていたのは、津野田と呼ばれた丸っこい顔をした刑事であった。少しばかり疲れた顔をしていた彼は苦笑いして手短に説明をしてきた。

 どうもウルが一役買ったらしく、チークの処遇は組合連合側に委任されることとなったらしいのだ。数日間の留置期間を経て、しかるべき施設の方へと移送される手筈だと伝えられた。そこで何が待っているのかまでは教えられず、仕方なくチークは寡黙に従ったのだった。


「まぁ、なるようになるさね。にしてもウルが既に手配済みとか。もしかして最初から、うちを抜けさせるつもりだったのかな」


 憶測で物を言うつもりはないが、そう思いたくなるほど手際が良かった。チークが連行されてきた時には着替えとして、この赤ジャージが用意され、身柄は数日後に組合へと引き渡される予定となっていたのだ。


「うーん。ウルのことだから、無きにしも非ずなんだよね。まさか、あのエロガエルが……」


 一人悶々とするチークの耳に誰かが近づく足音が聞こえた。見回りだろうか。

 チークはひとまず、狸寝入りをすることとして壁にもたれて膝を抱えて目を閉じた。不可解にその足音はすぐ近くで止まった。耳を澄まして気付いたことだったが、どうやら複数の人間がいるようだった。


「寝たふりをしているとこ悪いが、お前さんに面会希望が来てる。本来であれば、まだ許可が下りない時間帯なんだが、今回は特別処置だそうだ」


 目を開ければ、目の前にいたのは老齢な見た目の警察官がおり、その隣には津野田が執拗に頭を掻いていた。寝不足なのか目元に隈がくっきりと痕を残している。


「おはようございます。津野田警部?」

「何で疑問符つけたんだよ。ほれチーク──じゃねぇな、朴澤悠月(ほおざわ ゆずき)。ついてこい」


 素直に従って、悠月は突然の面会者への憶測を巡らせた。






「うっわー、みっくん。おひさーッ」


 まさかとは思ったが、本当にそのまさかとは。悠月は驚愕と喜びが綯い交ぜになった感情に笑みを浮かべた。ガラス越しに微笑する少年の姿は昔とあまり変化がないように見えた。身長が幾分か伸びて、いるだけだ。変化に乏しかったからこそ、一目で彼が美鶴だと分かった。


「……もしかして、チークか?」

「そうだよ。あぁ、でも本名は朴澤悠月(ほおざわ ゆずき)って名前だからね」

「お前……変わり過ぎじゃね? 別人なんだけど。昔はもっとこう、風船みたいだったのに」

「風船って……失礼っしょ。まぁ、確かに肥満体型だったのは否定しないけど。そういうみっくんはー、どんまい」

「おいッ。ドンマイって何だよ。仕方ないだろ。どうしようもないんだよ、この童顔は」


 肩を落とす美鶴の姿がか弱な小動物のように見えてしまい、母性本能をくすぐられる。その隣に並ぶ容姿端麗の少女に視線をズラし、悠月は確信した。彼女が美鶴の幼馴染であり、恋人なのだろう。それにしても──


「あんた、めっちゃ美人じゃん。スタイルいいし、いいなぁーうちもそれぐらい欲しいなぁー」


 ジーっと、目の前の少女を凝視する。特に胸の辺りを……。


「朴澤さんだっけ? あの、私なにかしたかな?」

「由佳里、こいつの目を見ろ。加齢臭を漂わせるオッサンと同じ眼つきをしてるからな。おい、チーク。そんなやましい目で由佳里を見んな」

「いいじゃん、別に。見て減るもんじゃあるまいし。もしかして、みっくんは由佳里さんのモノを独占したいわけ? いやー、男の子だねーやっぱ」

「いやいやいや、その流れはおかしいだろッ」

「そうなの? 美鶴。そうしたいなら私だって別に」

「由佳里も乗ってくんなッ」


 美鶴は耳まで真っ赤にした顔を余所に向けた。そんな美鶴の挙動に笑い声が上がる。


「にしてもな~美鶴。俺の苦労も考えてくれよな。おめぇのことを上の連中に言えてねぇから、苦労して朴澤との面会の立会い人になってやったんだからな」


 壁の花と化していた津野田がうなじに手を当て、首を左右に傾げた。ポキ、ポキと小気味のいい音が鳴る。


「すんません、津野田さん。無理を言いました」

「いや、いいんだ。俺はおめぇの手助け出来て、嬉しかったとでも言えばいいか。なんつーかな……」

「不純同性愛はいかんと思います」

「さっきの会話からどう解釈したらそうなったんだよッ」


 悠月の発言に異を唱える美鶴。津野田は思案顔になり「そうなのか、俺は」とブツブツ呟いている。と、津野田が思い出したように顔を上げた。


「そうだった。監獄法施行規則で面会時間は三〇分までと決まってんだ。さっさと話を終えてくれ。じゃなきゃ、他の職員が来ちまう」


 悠月は津野田に急かされるように、背中を押されるようにして口を開いた。今までの思いに踏ん切りをつける言葉を頭に描いて、一瞬ちくりと痛んだ胸を気にせず、言った。


「みっくん。絶対に彼女を、由佳里さんを幸せにしてあげるんだよ。うちから見ても、ベストカップルなんだから」


 視線の先で美鶴が頷いて、由佳里の肩を抱き寄せた。焼きもちを焼きたくなるほどだ。寂しくあったが、嬉しくも感じた。未練がましい行為はしないでいよう。それに自分にも新しい出会いがあった。浅沼の姿を思い浮かべ、したり顔になる悠月に不思議そうな顔を浮かべる一同だった。


◆◇◆◇◆◇◆


「あぁ~あ。これでチークもいなくなって、いよいよ果汁分が枯渇してしまったの~」

「俺を見ながらそんなことを言われても」


 美麗な金髪を生やした少年は机に腰掛け、目の前の書類の高峰に埋まっている老人を眺めた。老人は短躯であり、ずんぐりとした体型をしていた。特徴的なその顔はあえて言わせてもらえば、ヒキガエルに近似していた。両生綱無尾目に属するヒキガエル科の蛙だ。


「どうせ、あんたのことだ。チークをいい加減、呪縛から解放してやろうっていう魂胆だったんだろ? じゃなきゃ、エロでスケベで鬼畜なあんたがチークを手放す訳がない」

「おい、ウルのなかでワシの人物像はどんなことになってるじゃい!? ──まぁ、日本のボレアース支部は現在、あって無いようなもんじゃからの。別に組織に留まっている必要はないじゃろうしな」

「エロいくせして、そういう紳士な態度をとってると、キモいですよ」

「さっきから罵詈雑言にしか聞こえないぞい」


 老人は弾かれるように書類の山から飛び出すと、床の上を転がって停止した。


「っふ、ワシの華麗なジャンプをみたか」

「単に、書類に埋もれてやっとこ這い出したようにしか見えないですけど」


 少年は失笑して、老人に背を向けて部屋の唯一の扉に向かって歩き出した。


「──浪瀬」

「今の俺は創世者の涙、ウルですよ」


 ひらひらと手を振って扉の向こうに姿を消すウルの背中は、哀愁を背負っていた。気の知れた仲間の巣立ちなのだ。悲しみは当然であろう。

 老人はヒキガエルのような顔についたギョロ目を細め、「まだまだ青いな、ウルも」と漏らした。老人は一人になった部屋で、山崩れを起こした書類の山を見て溜息をついた。

 その老人の両足は金属光沢を放っていた。痛々しいと感じさせるそれを意のままに動かし、老人は散乱した書類を拾い集めだした。

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