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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
来たるべき災厄への希望
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鈍色の心に色を塗り重ねよう

 そういえば、他の人のアクセス数ってみられるもんなんですね。昨日初めて知りました……。

 すんごい人達のを覗いてみて呆然としました。軽く一万超えって

 自分と較べるとあれですね、太陽とミジンコほど違うですね。

 ……Σ(´∀`;)

 帰路を急ぐ人々の群れと数珠繋ぎのように絶えない交通を見下ろす機影が高層ビルの屋上にあった。まるで西洋甲冑ような見た目。頭部は爬虫類に類似されたフォルムをしている。腰に佩いた二振りの太刀が目を引き、近寄りがたい雰囲気を醸しだしていた。


『小埜崎さん、うちお腹が空きました。早く帰ってきてくださいよ』


 瑠璃からの通信が小埜崎の耳元で反響する。


「瑠璃、今何時?」

『えーっと、五時三〇分ですよ。三時のおやつの時間を軽くスルーしちゃてますよ。うち、糖分不足で枯れちゃいますよ』

「糖分足りなくて人がミイラになったら恐いね」

『うちもそう思います』

「………………じゃあ、あたしが戻るまで何かクイズとかで時間潰しでもしとく?」


 小埜崎は龍王をフェンスから遠ざけると、非常用階段に向かって歩き始める。


『いいですね。じゃあ──カカオをかけまして、牛乳で溶きます……そのココアは?』

「……あぁ、謎かけじゃないのね」


 小埜崎は思わず脱力しかけて、その場に踏み止まった。何か言おうと思ったが閉口する。


『当たり前じゃないですか。うちにそんな高等テクニックが使える訳ないじゃないですか。あまり買い被らないでくださいよぉ』

「少しでも期待したあたしが馬鹿だった。でもね、あたしは瑠璃の責任者として将来が不安だよ」


 瑠璃が毎回のように採ってくるのは赤点真際の点数が書かれたテスト用紙。それをさも自慢げに見せてくるのだから、呆れを通り越して敬服してしまう。


『将来が不安って、うちの断崖絶壁垂直急降下の胸のことですかぁッ。そんなに絶望的なんですかッ!?』

「えぇッ?! なんでそんな話になんのよ。てか瑠璃、自分で言って辛くないの?」

『人間は苦しみを乗り越えていく生き物なんですよ』

「あたしには瑠璃が困難に特攻しているようにしか見えないけどね」


 小埜崎は龍王のカメラアイ、同調時には自身の眸同然となるソレを暮れなずみだした青空に走らせた。今頃は作戦は完了した頃だろう。結局こちらの依頼は一日かかってしまった。あとで詫びの一つ、いや差入れでも持っていくとしよう。


『にしても結局、エリア内で見かけられた不審な騎士は見つかりませんでしたね。下っ端みたいな人たちは取っ捕まえましたけど、全然情報を持ってなかったし。先輩たちは無事に完遂したんですかね』

「下っ端が使いモンにならないことは初めから分かりきってたから。どうせトカゲの尻尾切りにされただけだろうし。美鶴君の方は問題ないでしょ。なんせあたしよりも序列が上で、元執行者だからね」


 ボレアース所属メンバーのうち、コードネームを持った人間は特に執行者と呼ばれていた。そのどれもが最凶と恐れられ、たった一人で世界の軍事バランスを崩す化物とまで言われていた。世に知られている名は極僅かで、その多くは既に故人となっている。

 アギトの名をもつ彼の強さは折り紙つきであろう。たとえ扱う騎士が違くとも、その事実に遜色はなかった。先日のエリア2襲撃でまざまざと自分との歴然とした差を見せつけられ、それを確信した。


『そうなんですよねー。美鶴先輩がまさかあんなに凄い人だとは思いませんでした。しかも、あんな童顔で幼くてクラスメイトからも弟キャラ扱いで、無駄に口が悪い先輩が暴食の変人だったなんて』

「美鶴君が聞いたら蒼然としそうだね……。とりあえず、暴食の変人っていうのはちょっとやめよ? 食い意地の張ってる変態みたいだから」

『──ところで小埜崎さん。うち、面白い番組を最近見つけたんですよ』

「話題の転換が早いね……」

『タイトルが《欲望に塗れた心》って奴何ですけど──』

「何てモノ見てんのッ!?」

『ッ!! ビックリするじゃないですか。いや、単にネコとネズミが逃走劇を繰り広げるってアニメーションなんですけど』

「製作側は子供たちを混沌に突き落としたいのかな? そのタイトルはいかんでしょ」

『で、結局アニメの最後にネズミがネコに食べられちゃうんですよ』

「結構、シビアなのね。弱肉強食の話なの? それ」


 というよりも、なぜそんなアニメを見つけだしたのかと、不思議に首を傾げる小埜崎だった。階段を軋ませて降っていくほどに近づいてくる街並み。心なしかいつもよりも首都圏全体が賑わいでいるように映る。皆、今回の作戦を厚意をもって迎えているようだ。このまま一気に、デッドゾーンが消滅してくれればいいと願わずにはいられない。


『今日の夕飯は何にするんですか? うちはシチューかホワイトカレーがいいです』

「カレーとシチューの違いってなんなのかね。とりあえずホワイトカレーはカレーよね」


 小埜崎は苦笑を洩らした。

 瑠璃と出会ってかれこれ何年経ったのだろうか。初対面した時の瑠璃は、例えるならば死んだ魚の目をしていた。白濁として何の光も宿していない眸は虚空を見つめ、統合失調症のような障害を患っていた。相良瑠璃(さがら るり)という名を知ったのは出会ってから一ヶ月経った頃で、今のように明るさを取り戻すにはさらに一年も費やした。 




「こんな人形のような自分に名前はいらない。あるだけで使い道がないし、商品名のようだと思う」


 名前を訊ねた時にそう返事が返ってきて驚愕させられた。まるで泥沼に足を取られたようにもがく感情が心を締めつけ、歯がゆい思いがじれったかった。手を伸ばせば届く距離であったのに、声にすれば届く距離だったのに、その心には届くことを許さない虚無があった。





 瑠璃の過去に何があったのか、それを彼女自身は覚えていない。心的外傷後ストレス障害《PTSD》によって、過去を忘れてしまっていた。だが、それでもいいと小埜崎は思う。

 思いだせば壊れてしまうような過去ならば、思い出す必要はないと。小埜崎はそんな瑠璃の過去については調べてあった。それを知るのは文蔵と幾人かの警察関係者ぐらいだろう。いや、まだいる。正確には、まだいただろうか。まぁいい、と小埜崎は首を緩く振って靄を掃った。

 今の彼女には心安らぐ場所があり、それには小埜崎や美鶴や由佳里の存在が欠かせない。彼女にとっての平和はこの世界に存在しているのだ。


『早く戻って来てくださいよー。お腹がグーグー、自己主張してるんですよ』


 通信越しでも分かる腹の音が瑠璃の空腹状態を如実に小埜崎に伝えた。失笑した小埜崎は堪え切れない様子で腹を揺すった。失笑を買った瑠璃は『笑わなくてもいいじゃないですかッ』と抗議の声を上げる。


「分かったから。すぐに戻るよ──ッ!?」


 何気なく、景色に視線を送った小埜崎の視界に映りこんだ機影。朱い帯状のモノが揺らめき、その後方に流れていた。遠目からでも分かる痩躯の騎士はまるで龍のような強靭な尻尾を持ち、それを左右に振りながら外周区の方向へ消えていく。

 まさか、本当にアレがこの世に存在して──

 そこではっと気付いた小埜崎は瑠璃に訊ねた。その声は小埜崎自身も驚くほど、切羽詰っているように聞こえた。


「瑠璃ッ、大丈夫? 気分が悪いとかない?」

『はい? 全然問題ないですけど』

「そう……よかった。悪いけど、周辺に騎士の反応があるか探れる?」

『えーっと、うーんと……。全く反応は無いですよ』

「ありがと。んじゃ、即行で帰るから。首を洗って待ってなよ」

『えぇッ、首を洗うって……うち、小埜崎さんに何されるんですかぁ!?』

「いや、そんな大袈裟に驚かれても。料理の手伝いをしてもらいたいってだけで」


 小埜崎は既に姿を見失った機影を思い返す。まさかアレがまだあるわけがない。ただの目の錯覚だと納得したい自分がいる。しかし、あれほど特徴的なフォルムをした騎士がこの世に二つとあるだろうか。

 小埜崎は一人、静かに外周区の方角を睨んだ。その胸に決意を固め、今まで築き上げてきた日常を守ることを誓った。





 賽は既に投げられ、彼らは訪れるであろう未来をただ、待つよりほかなかった。




◆◇◆◇◆◇◆


「馬鹿、馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」


 どれほど自分は馬鹿なのだろうか、などと美鶴は逆に不思議に思ってしまった。目の前には目元を赤く腫らした由佳里の姿があった。その後方には、何故か思案顔の文蔵と暖かい目を向けている誠がいる。


「いや、ほんとにゴメン。でもちゃんと戻ってきただろ。この通り異常なしだ」

「それは結果論でしょッ。あの時は保障がなかったんだよ。私は何のためのサポーターなの? 美鶴を守るのも私の役目なんだよ」


 胸を反らした由佳里は左手を腰に当て、指を立てて右手を美鶴に向けた。ゆったりとした作業着ジャンプスーツでも分かる胸のふくらみが強調されて美鶴は慌てて視線を外した。


「なんで目を逸らすの? ちゃんと人の目を見てよ」

「いや、そうしたいのは山々なんだけどさ──うッ」


 美鶴の視界が一瞬暗転して、足元がふらついた。何とか踏み止まろうとしたが、耐え切れず後ろ向きに倒れかける。慌てて由佳里が美鶴に駆け寄って背後から抱き止めた。


「全然駄目じゃん……。無理しすぎだよ」


 今にも消え入りそうな声に美鶴は、今更ながら白神との戦闘で自分が採った行動の愚かさを気付かされた。由佳里は酷く心痛であったのだ。美鶴のサポーターでありながら、再び美鶴を危険に晒し、またも死の際に立たせてしまうのではないかと。


「格好悪いよな、俺。由佳里を悲しませてばっかだし」

「そうだよ。すんごく心配だったんだがらぁ」


 由佳里の言葉の語尾は震えて不鮮明となった。再び頬を伝いだした雫を隠すように由佳里は美鶴の背中に顔を押し付けた。


「美鶴君、あとで診療室にいこっか。今回の白神との戦闘は想定外だったからね。美鶴君はまともに精神汚染をくらっちゃったし。まぁ、命に別状はなし程度だとは思うけど……由佳里が落ち着くまで待ってようか」


 誠の言葉より、約五分後。

 由佳里から解放された美鶴は重い足取りで、誠の背中を追った。


「あまり無茶すると、自然再燃フラッシュバックを起こすよ。君は自分の力を過信し過ぎだよ。確かに僕は美鶴君を最強となるようにしたつもりだ。だけど、その代償はあまりに大きかった。今の日常を失いたくなければ、99%以上の同調率は今後出さないで欲しい」

「悪い、先生……。俺は」

「君の性格だと、手を抜いて後悔はしたくないんだよね。はぁ……僕も精一杯努力してみるよ。かつてのアギトを、暴食の怪人を呼び覚まさないように最善を尽くすから。だけど、このことは由佳里には黙秘させてもらうよ」

「ありがとな、先生」

「感謝は僕だけじゃなくて、由佳里にも言ってあげて」


 優しく微笑を浮かべた誠に美鶴は感謝の気持ちで胸が一杯に満たされていた。

 ありがとう、と声に出さずにもう一度感謝すると、誠の後を追って診療室の入り口をくぐった。


 かつてのアギト、それは現在の美鶴と過去の美鶴を単に比較したものではなく、もっと否なる意味を含んでいる。美鶴はその意味を理解したがゆえに、その胸に決意を固めた。 

 由佳里との日常をいつまでも。


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