蒼白の無双と黄金の最強
『ついに戦いのゴングが鳴り響きました。世界ライト級チャンピオンと無名の会社員とのタイトルマッチ。夢の競演です。解説は私、山田が担当させてもらいます。さて、まずは両者共に相手の出方を窺っているかのように、探りあいが続いていま──あぁっと、チャンピオンの鋭い右ッ!! これを無名の会社員何とかかわすッ。目を離す暇がありません。いつ決着がつくか、無名の会社員の無謀な挑戦とも言える今試合。私は今、手に汗を握っています。まるで亀のように身を屈め、チャンピオンの拳をいなす無名の会社員。チャンスを窺っているかのように、その眸には確かな闘争心が燃えています。あぁっと、チャンピオン。ここで右、左と無名の会社員を両側から叩く。このまま終わってしまうのか?! おっと、無名の会社員が動いた、動いた、動いた。キタ────、一発KOッ。無名の男がチャンプを降しました」
……ではどうぞ。
目の前を擦過しては青白い軌跡を描くアンドロイド。目立った装甲は身に纏っておらず、全身痩躯の蒼白の機械。しかし、その躯体の曲線が描くのは女性的なシルエットだった。顔面には巨大なカメラアイがあるだけ。両腕から伸びる鉄槍は時折、プラズマを放出して青白い閃光を走らせていた。
誠曰く、あの槍が白神の主兵装であり内部に指向性のプラズマ発生装置が搭載されているという。騎士の人工筋肉はおろか装甲でさえ溶断可能らしい。また、頭部から生える髪のような接続コードを相手に突き刺すことで、相手操者の精神おも犯すという。計一〇本のケーブルが獲物を見定めるような生き物めいた動きをしているのに対し、美鶴は生理的な嫌悪感を抱いた。
戦闘開始から三分が経過。戦局は完全に白神に傾いていた。既に勝敗は決している。
美鶴は自身の周りに残り三つとなった遠隔思考操作型兵器、ファングビットを旋回させて防戦の構えをとっていた。鎌錐の両腕は既に根元から切断され、切断面は金属が溶けたように爛れている。一方的な暴力。それを前に美鶴は成す術なく、攻め立てられていた。
美鶴と白神の戦闘は他者の介入を許さず、チークは事の成り行きをただ見守っていた。その傍らでは浅沼のジャスティスが機能を停止させようとしていた。
「くッ、早すぎる。それに何だよ、あの反応速度。ビットで全方位から攻めても全機墜とされるなんて」
美鶴は後方にバックステップをとりつつ、白神を視界から外さぬようにしていた。鎌錐の両腕を失ったのは白神を見失い、懐にまで潜り込まれたためだった。注視していても、気付けば視界から消えている。まるで霧のような存在に舌を巻くより他なかった。
美鶴が最後の頼みの綱としていたのは、ボレアース最強の存在だった。
『美鶴、なるべくその場から離れて。そろそろ近辺のランカーが到達する時間だから』
「分かったッ」
同調時には肉体のような疲労感は皆無であったが、極度の戦闘行為は精神を疲弊させた。熱暴走を起こしかけ、ジリジリと焦げつく擬似脳と空回り気味のモーター音。視界を大幅に奪うノイズに苛立ちが募った。焦りが生じ、冷静さを欠いてしまう。
『キィィィィィィィィイイィィィイイィィィ』
耳障りな不快音を上げて急接近してくる白神に対し、残った三つのうち一つのビットを飛翔させて迎え撃つも瞬時に破壊される。やつの眼には全てが止まって見えているのではと思うような所業を何度も見せ付けられた。現在の鎌錐との同調率が92%の美鶴では到底適いそうにないと思うほどに、敵は強大だった。
眼前に迫った蒼白のアンドロイドの酷薄な眸が美鶴を捉えていた。このままじゃやられる。美鶴の心は焦燥に駆られた。敏捷な動きで一瞬白神の輪郭がぼけた。はっとした美鶴は残りのビットを飛翔させた。だが、ほんの三〇センチも離れないうちにビットが宙で断割され、スパークを吐き出して墜ちた。代わりにビットがいた位置に立つアンドロイドの眸が嗤ったように見えた。
──くっそ、今何分経ったんだよ。絶対五分以上経過したよな。
そんな思考を巡らせた美鶴は踏み止まって慣性力を殺すと、あえて前方に跳んだ。目と鼻の距離には白神がいた。迫りくるケーブルの群れと光る鉄槍が視界いっぱいに広がる。
『無茶だって、美鶴ッ』
──無茶でもやられっぱなしは嫌なんだよ。
鎌錐の躯体を貫通する鉄槍が不協和音を響かせ、頭部に覆い被さるケーブルが美鶴の精神を削った。
「う゛ぁああぁあああ゛ぁッ──やっと……一発目だッ!!」
美鶴は思いっきり右足を蹴り上げた。ドンッ、と鈍い衝撃が白神の全身を揺らし、後ろに後退させた。その機会を逃さぬように美鶴は再び突進、無防備の腹部に対して渾身のタックルを見舞った。二回目のヒットは白神を地面に擦過させながら吹き飛ばした。半壊したビルの壁に激突し、粉塵を上げて周囲を白く染めた。
「先生、今何分経った?」
『何分経ったじゃないでしょッ!! 何でそんなに無謀な賭けに挑戦したがるの?! こっちがどんだけ心配になるか考えてよッ』
「……あ、いや……ごめん由佳里」
『美鶴が無茶するとは分かってたけど、ホントに無茶しすぎッ!! ちょっとは弁えてよ──由佳里、落ち着いて。それで経過時間だっけ? えーっと、丁度五分かな』
「まだ、五分かよッ。メチャクチャ永く感じたのに……うッ」
急に美鶴の全身を衝きぬけた衝撃に呻き声が漏れる。視線を落とせば、鎌錐の腹部に鉄槍の切っ先が生えていた。マジかよ、いつの間に背後に回ってたんだ。
引き抜かれる槍の感覚が美鶴に吐き気を催し、言いようのない不快感に全身を支配される。その場に崩れた美鶴の視界に映りこむ蒼白のアンドロイド。その躯体は嫌になるほど無傷だった。
──駄目だな俺は。全然駄目だった。
戦闘開始から五分経過。誠の宣言どおり、鎌錐は大破させられた。動かない身体で美鶴は敗北感に浸った。
「暴食の怪人はまだ死んでなかったっていう話は嘘だったのかな?」
剣戟の音が響き、美鶴の意識が覚醒する。白神と対峙してメディアンの姿が見えた。激しい鍔迫り合いで火花とスパークが綯い交ぜになる。
「なッ、チーク。お前まだ動けんのか?!」
「ふッ、よ・ゆ・う・だよッ!!」
チークが白神の鉄槍を押し返し、美鶴との間に立ち塞がった。既にメディアンも消耗し切っていた。翼は元の半分以下にまで短くなり、右腕は損失、装甲はいたるところでひしゃげている。よくもまだ戦えるものだと感心してしまうほどだ。
「ったく、ウルはどこで道草喰ってんのかな。てか、こいつ……前に廃棄処分されてなかったっけ?」
「は、廃棄処分?」
「そう。メンテナンスが億劫だから、最近になって廃棄が決まったはずなんだけど」
『きっとそれはフェイクだね。よく言うよね。敵を騙すにはまず味方からって。こんなことするのは彼しかいないけど……まさかね。優秀さと奇抜さを考慮したら彼しかいないけど』
何か思わせぶりな口調の誠に美鶴もチークも首を傾げた。二人とも心当たりがあった。かつての日本のボレアース本拠点アンダーヘルにおいて、優れた研究者は誠を除いて二人いた。そのうちの一人はすでに故人であるため、残るはあの男しかいない。
「まさか、あのエロガエル」
「生きてたのかよ、エロ爺」
『二人ともエロって……』
「あとでとっちめてやるッ」
意気込むチークの姿が、可笑しくて美鶴は苦笑した。視線の先で白神も攻めるべきか決めあぐねている様子にも見える。
「まずはこいつを破壊しなきゃだ────」
「なんじゃこりゃッ!?」
素っ頓狂な声が響き渡り、チークの言葉を遮った。この場にいた全員が声の主を見た。
映ったのは赤い回転灯を明滅させ、低く唸るエンジン音を鳴らす車体。その運転席から飛び出した煙草を咥えた丸顔の男。何故、何故、何故、彼がここに。
美鶴は叫んだ。
『津野田さんッ、ここは危険だッ!!』
陳腐な言葉だった。しかし咄嗟に飛び出したのはそれだった。
美鶴の言葉に驚いて、津野田が「危険って、何があったんだ?」と首を捻った。その時津野田の双眸が青白いアンドロイドとメディアンを見つけた。驚きの色に染まる津野田は絶句したように固まった。
────先に動いたのは白神だった。
気付けば猛然と津野田に迫る蒼白の機影に、美鶴は戦慄した。何故、生身の人間である津野田に向かうのか。
『まずい、白神が刑事さんを敵と認識しちゃったみたいだ』
「んな、津野田さんは人だぞ!! なんでそうなるんだよ、先生ッ」
美鶴は動かない鎌錐の躯体をどうにか動かそうともがいたが、一向に騎士の身体は動く気配がなかった。絶望的な状況。唯一の頼みは──
「って、チークはどこだよッ」
気付けば、目の前にいたはずのメディアンの姿が消失していた。まるで霧のようだと感心はしない。ただ美鶴は驚愕し、万策尽きたとばかりに恐怖した。
恩人を助けることが出来ないのか、自らの非力さに苦悶した。
『ドンッ!!』
衝撃波が美鶴を叩き、暗澹たる思考をも消し飛ばした。美鶴の視線の先に、白神を廃ビルに突き飛ばしてメディアンが忽然と現れた。
『あーもう、人の仕事を増やさないで欲しいよ。刑事さん、生きてる?』
「あぁ、俺は全く問題ないが、おめぇさんはチークだろ?」
『ピンポンピンポン、大正解』
「何だかよくわかんねぇーが、礼は言っておくぜ。ありがとさん」
『いえいえ、うちは仕事をしたまでだから』
チークは津野田に背を向けて、未だに白煙を上げているビルの一階部分を凝視した。ふいに粉塵が横に伸び、中から蒼白の機影が飛び出す。ここから見る限り、破損部は皆無のようだ。どれほど頑丈に出来ているのだろうか。
『追加報酬ってあるんかねー? あって欲しいなぁー。さすがにこれであの報酬金額じゃ割に合わないっしょ』
チークが左手を前に伸ばし、切っ先を白神に向ける。刻一刻と縮まる距離。時間が引き延ばされたかのように美鶴には永く感じた。
視界で白神が地面を蹴り上げ、高々と跳躍した。両肘を肩より後ろに引いて突きの構えをとる。チークは微動だにせず、じっと堪えるかのようにしていた。
両者の距離が僅か一〇メートルを切ったとき、静かであるがよく通る声が廃墟に響いた。美鶴が心待ちにしていた存在、いやチークも待ちわびていただろう。
『待たせたな、みんな。ちょっと、爺さんを相手にしてたら禍眼を見失った。あとであのエロ爺からは報酬の上乗せを要求したほうがいいな』
白神の周りを螺旋状のコイルが地面を穿ち、三角形を形成した。と同時にそれぞれのコイルが電流を纏い、白神を囲う。全員の目の前で白神が腰を折り、地面に平伏した。どうやら強力な磁場が生成されているらしい。
美鶴はこれをやった張本人を探した。犯人はすぐさま見つかった。漆黒の外套に身を包んだ……少年が半壊したビルの縁に腰掛け、この場を見下ろしていた。
『ウル、まさかそんな趣味があったのか……』
『最近そんな会話をした気がするな、断言させてもらうがこれは俺の趣味じゃない』
ウルは大仰に両腕を左右に広げると、やれやれと首を横に振った。
『さてと、まずはそいつを破壊しておこうか』
と言うが早いか、ウルは右腕を変形させるとレールガンを顕現させた。可変式であったらしい腕の変形過程は目を奪われるほどに、美しさを兼ね備えていた。人はそれを無駄とも言うだろう。
『ブラドだったら何と言うんだったか……あぁそうだ。ジ・エンドだ』
空間に紫電の線が描かれる。直線は四つん這いとなった状態の白神の頭部に到達すると、爆炎と粉塵を綯い交ぜにして空気を振動させた。轟音が響き渡り、地面が大きく縦揺れを起こした。
やがて治まった揺れ。白神がいたはずの場所には小さなクレーターが残されていた。跡形もない抹消、威力過剰な一撃によって存在が消滅していた。
『お見事』
誰かが言葉を発した。いや、美鶴自身だった。無意識のうちに発していた言葉と共にかつての施設での日々が思い出される。
「くっそー、何でウルには勝てねぇんだよ」
「小学生風情がオレに勝とうなんて一〇年早い」
「んじゃ一〇年経ったら俺はウルを超えてるのか。あと一〇年ってことはー」
「いやいや、時間的な話をしてるわけじゃないぞ」
美鶴の周りには大勢の人間がいた。一〇〇メートル四方の広大な空間はまるで闘技場であるかのようだ。その中央に集まる視線の先で美鶴が同調する銀狼は仰向けに転がっていた。その傍らには金髪をした男が佇み、含み笑いを浮かべている。
「よわっちーな、アギトッ!! 次は俺と代われ。お前のことは忘れねぇ、俺が仇をとってやる」
「人が死んだみたいに言うなよな、ブラド」
「年上には誠意をもって対応しなきゃ駄目だよッ!!」
「チークは余計だ!! お前はもっと痩せろッ!!」
「ひっど……。このチビッ!! 童顔ッ!! さみしん坊ッ!! 甘党ッ!!」
華やぐ場に居心地の悪さなど存在しなかった。この世界が安泰の場所なのだと信じきっていた。
これは過去の日々。いつまでも続くものだと疑わなかった日常。
今では顔を覚えている人間は極端に減った。生きている仲間も極少となった。いまさら後悔したところで詮無きことだろう。
『おっそいってウル。どこで道草喰ってたん?』
『ちょっと気になって、爺さんに問い合わせてたんだ。禍眼に手を加えてないかってね。そしたら案の定これだ。というより、チークは何も話を聞かされてなかったのか?』
『そうだね。いきなり禍眼が逃げ出したって知らされて、捜索に出るときには何もなかった筈……だと思う』
妙に歯切れの悪い言い方をチークはした。『はぁー』とウルが溜息をついた。
『よく聞いてなかったな、チーク。まぁ、オレが聞いたときも、気は抜かないほうがいいぞと言われて何が何だか分からなかったがな』
ウルは未だに半壊したビルの上から声を投げかけていた。縁に腰掛け、両足を宙に投げ出して交互に揺らしている。
「にしても豪華なメンツだなぁ。ボレアースの面々が三人も揃うたぁ、すげーな。他の連中に話しても眉唾物としてあしらわれるだろな」
津野田が腕を組んで全員を見渡した。それで何本目なのか、咥え煙草を吸っている。その足元には踏み消された吸殻が何本も転がっていた。
『あなたは津野田警部ですね。美鶴クンがお世話になった、お礼を言わせてもらおう』
「さすが、俺の素性とかは把握ずみってわけだ。まぁ、礼には及ばねぇーよ。俺は正しいと感じたことをしたまでだ」
『よッ、刑事の鑑』
「よせよせ、照れるだろーが」
何故こんなにも和んでいるんだと美鶴は判然とせず、一人首を傾げていた。
『とりあえず、依頼は完了したからな。チーク、戻るぞ』
ウルが立ち上がり、チークを催促する。
それに対して、チークはゆったりとした動作でウルと向かい合うと、大声で宣言した。
『うちはとりあえず、出頭してきますッ』
『『「……………………」』』
一瞬で場が白けた。
『それは本気で言ってるのか、チーク』
吹きつける風に靡く金髪から覗く冷徹な眸を光らせ、ウルがそう問いかけた。チークは大様に頷いた。
『とりあえず、あのジャスティスの操者の人に礼を言いたいし』
チークが向けた視線の先には躯体の半分が消失した騎士の姿があった。すでに強制転送された後であるらしく、微動だにせず沈黙を守っていた。
『まさか、これを一発K.O.というのか』
ウルは不可解にも納得した様子で頷き返した。
──は? 一発K.O.って、ボクシングじゃあるまいし。
『あぁ、一発K.O.っていうのは、どうも一発で恋に落ちるの略らしいな。オレもブラドに聞いて初めて知った』
唖然とする全員を前に、ウルは踵を返した。去り際に一言。
『この依頼はチーク、お前の送別会だ』
事態をいまいち呑み込めていないチークを置き去りにして、ウルは廃墟の奥へと姿を消した。残された一人と二体の騎士はただ呆然と青い空の下で、他のランカー達が遅れて到着するまで、ウルが消えた方角を見ていた。
次話は、まさかのドタキャンをしでかした、小埜崎の話になるかもしれないです。はい。