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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
来たるべき災厄への希望
38/66

戦慄と戦闘

 はい、やっとこさ戦闘シーンです。

 まぁ、色々と変なところとかあると思います。すみません。

 では、どうぞ。

 浅沼VSチーク

「なぁ先生。気になったんだけど、禍眼は対災厄仕様なんだろ? それなら此処にまで誘導してくるのは無理なんじゃ……」


 美鶴はこの場にはいない誠に対して問いかけた。研究所では自信あり気に誠は言い放ったが、段々その言葉の信憑性を怪しく想い始めていた。名を忘れられた街並みの間を縫うように先を急ぐ。同時進行に頭に別の地点のリアルタイムでの情報が流れ込んでくる。風向き、風の強さ、各ランカーの現在地、それらに対し情報処理が追いつかずパンク状態になっていないのは、同調するのが美鶴だからである。並の操者アヴィアターでは完全に身動きがとれなくなっているだろう。一歩前に踏み出すことさえ困難であるかもしれない。情報量の多寡で言ってしまえば、一般ランカーの倍以上。それはビットの展開数によってはさらに上昇する。


『確かにそうだけど、禍眼に組まれているプログラムには、最重要目標の変更が組み込まれてるはずなんだ。僕が把握している限りでは、禍眼は一定以上の攻撃を受けた場合、その相手を記憶して再度遭遇した時には優先的に排除を行うはずだよ』


 なるほど、初耳だ。必要な情報は出来れば早めに、余さず教えてもらいたい。下手をすればそれが命取りに繋がる。

 美鶴はひび割れた道路を塞いだ車両を飛び越えた。既に津野田がいた集合地点からは遠く離れている。ボレアースからの手紙には待ち合わせ地点などについては触れられておらず、逢うためにはこちらから見つけなければならない。過去の同僚たちは、そうしたことまでも考慮したうえで、あの手紙を出したのであろうか。

 作戦開始から早二〇分が経過した。この時点で美鶴は計二体のプレデターを破壊していた。どちらも錆び付いた身体で、動くことさえ満足にいかない様子だった。手間をかけず破壊することが出来た。しかし、未だにビットからは明るい報せ、いやこの場合は暗いかもしれない、が送られてこない。ボレアースの所有物である騎士、ランカーは他には見られないオーラを纏っている。決して計ることは出来ないが、確かに滲み出る強者の色。


『そういえば、美鶴以外のメンバーってとしっていくつなの?』


 由佳里が唐突に思いついたかのように、言葉を発する。


「確か、当時の俺が七歳ぐらいだったからー、今だと……三〇歳(みそじ)を超えてるとか、二〇歳(はたち)に満たないのも数人だったかな。同い年の奴もいたはず。齢が全く判んない奴もいたな。まぁ、今生きてる奴は俺を含めて六人ぐらいだけど」


 美鶴は、過去の罪を思い出してしまった。己の手を仲間であった者達の血で濡らした日。鼓膜を揺らす悲鳴、妖しく光る血溜り、恐怖に染まった蒼白の顔、怒声と罵声と泪。


『美鶴、同調率が落ちてる。何か暗いこと考えた? ねぇ、元気出してよ。ほら、元気があれば何かが出来るッ!! ていうじゃん』

「えらく消極的だな……」


 美鶴は笑った。ただただ笑った。笑っていれば、一瞬だけかもしれないが悩みも後悔も忘れられた。胸を過ぎる一抹の不安、今の日常が崩壊してしまうのではないかという恐怖は頭の片隅に引っ込んだ。


『無理に積極的になる必要性はない。妥協することが人生の円滑油である、ばい由佳里』

「………………はぁー」

『何? その溜息。私、イイコト言ったと思うんだけど』

「うん、すごくよかった。ちょーカンドー」

『うわ、何か投げやり』

『──ちょっと由佳里いいかい? そこの画面に映ってる反応を探れる?』


 会話に割り込んだ誠の声はどことなく深刻さを纏っている。


『えーっと……美鶴がいる場所からだいぶ離れてるところに、騎士の反応が二つ?』


 由佳里の語尾に疑問符がついた。無理からぬ疑問であろう。なぜなら、今回の作戦でランカーは、担当地域に各一名ずつの配備とされていたからだ。

 美鶴は至急、近辺を警邏させていたビットを現場に向かわせる。ビットが得てくる情報は由佳里たちにも送信されていた。そうした情報の精査は、ほとんど由佳里たちに任せてある。いちいち情報を詳しく解析していては、騎士との同調率の低下を促してしまう。


『美鶴、今いる場所からおよそ一〇キロ離れた地点に向かって。位置情報を記載した地図を送るよ』


 と由佳里の声が頭に響いたかと思えば、すぐさま視界の左隅に円形のレーダーがポップアップされる。向かうべき方角が赤矢印で示されていた。

 悩んでいる暇はない。美鶴は自分の担当区域を脱するために大きく跳躍した。止まることなく先を急ぐ。

 ちょうど、ビットが現場に急行し、騎士の映像を送ってきた。翼をもった黒い機体。光沢をもたない躯体は、そこだけ闇そのものであるかのようだった。鳥のような面貌だけが金色こんじきの光を宿していた。



◆◇◆◇◆◇◆



 騎士と同調している間、自分が力そのものになっているような気がした。何物にも束縛されない、自由な存在。何物にも屈しない、脅威の存在。だからか、と浅沼は思った。だからこそ、肉体から離れて機械の身体でいる方が心安らぐのか。いや、それだけではないのだろう。やはり自分は過去を克服できていないのだ。自分自身の生身の肉体に恐怖しているのだ。だからこそ、肉体から逃避して、旋棍トンファーを己の身体の一部のように、騎士を肉体同然に扱おうと自己鍛錬を積み重ねてきた。気付けば警察組織の五指に入るランカーと呼ばれるようになっていた。弱い筈の自分は最強という役を演じていた。出来ることなら、何事もなく無事に作戦が終わってほしい。だが、何か大きな事件が起きてほしい、と願う自分もいる。並ならぬ強者との戦い。そんな機会があれば、もしかすれば過去を克服できる気がした。それしか方法はないと思っていた。

 そんな自分を理解してくれる存在などいるのだろうか。全てを奪い、守れきれなかった気持ちを知るものがいるだろうか。もしいたとして、その者は過去の闇に囚われずに日々を遅れているのだろうか。知りたいと思う。教えて欲しいと願う。

 視界に赤色で円形のロックカーソルが出現。前方に連なるビル群の上で静止した。熱線暗視装置サーモグラフィーを起動させ、位置の精査を始める。放置された車両が入り口を塞ぐ半壊したビル内に熱源反応があった。すぐさま背中の加速装置ブースターで、白煙を上げて接近する。錆び付いた車両を押しのけ、建物の入り口を露にした。ほぼ同時に奥から飛び出してきた金属塊、浅沼は冷静沈着に両腕のトンファーでソレを地面に叩きつけた。地鳴りが起こり、粉塵が上がる。飛び出してきたのはタイプ・ラビットのプレデターであった。数度、苦しげにもがいた機械兵は最後にスパークを撒き散らし、完全な眠りについた。

 機械を破壊することには、全く躊躇はない。これらは命のない機械でしかない。いくら精巧な動きを実現しても、金属の塊でしかないのだ。風食したビル内部には、他にプレデターの反応はなかった。休んでいる時間はない。配分された地域を余すところなく捜索しなければならない。吹き曝しのエントランスから日の下に身を晒した。騎士のアイカメラが虹彩の変わりに光量を調節し、瞬時に明暗順応する。

 突然、浅沼の視界にカーソルが現れた。つい先ほど、探索を終えたばかりの方角だった。プレデターである筈がなく、この地域は自分以外の担当者はいないはずでもあった。そもそも、各ランカーは基本単独で行動することとなっていた。互いに機械が相手を敵と認識し、カーソルが無闇に表示されるのを避けるためだ。

 不審に思い、その方角を向いて、今にも崩れそうに傾斜している廃ビルを見上げた。太陽を背に浮かび上がるシルエットがそこにあった。記憶が瞬時に呼び覚まされる。自分はアレを知っている。

 強烈な既視感が浅沼を襲った。遡る記憶、駆け巡る思考。そして思い出した。


 アレはボレアースの──




「あーあ、よりによって警察と出くわすなんて」


 シルエットの正体。梟に近似した面貌の騎士は心底落胆したように呻いた。全身青黛せいたい色に染められ、仮面のような顔の部分だけが黄金色。まるで闇に浮かぶ月であるかのよう。騎士は背中に生える翼を左右に広げて、眼下の相手に視線を固定した。

 それに対峙して構えをとるのは、モノクロに塗装された軽装備の騎士が一体。無骨にすぎるフォルムがかえって、荒々しさを際立たせているようである。

 その騎士の操者である浅沼は、翼をもった騎士を見据えて、驚きを押し殺した声で言った。


「その姿に見覚えがあるぞ。過去の事件の資料に確か似たものがあった。──ボレアースが所有した騎士、名を夜の眷属(メディアン)。確か操者はチークと呼ばれていた」


 浅沼は両腕の旋棍トンファーをその手の中で回した。使い込んだ、数多の騎士を破壊してきた銀色の得物が空気をかき混ぜ、弧を描いた。こんなところで思わぬ相手と遭遇したものだ。まさか蛇と出くわすとは、僥倖とでも言うべきか。浅沼は己の奥深くから込み上げる感情に、自分自身驚愕した。

 浅沼は過去の蛇狩りに参加していない。作戦の内容も後から津野田に聞き、可能な範囲で調査して知った。

 警察と有志ランカー協同で行われた蛇狩り。日本に拠点をおいていたボレアース、ニーズヘッグの双方に対し、武力行使による排除を目的とした作戦であったらしい。

 各地で熾烈な戦闘な展開され、討伐隊では騎士の大破が相次ぎ、蛇側には多数の死傷者が出た。そのこと自体は浅沼の想像の域を出なかった。しかし──

 当時、最も激しい戦闘が予想された一つ、ボレアースの拠点アンダーヘルが討伐隊が到達した時には既に黒煙を上げていたというのだ。内部抗争、主要メンバーの一人が反旗を翻した、というのが警察の見解だ。浅沼はこれを知り、強い興味が湧いた。ボレアースの主要メンバーと言えば、最強であり従順の戦士だと、考えられていた。九〇%を超える同調率を叩き出す怪物には、強靭な首輪が嵌められていたのだ。それに抗うなど到底考えられなかった。その認識を覆したボレアースの執行者に、浅沼は聞きたいことがあった。




 何が抗う力となったのか、己の手を同胞の血で濡らしてまで手に入れたものは幸せだったのか。過去の罪を後悔はしていないのか。




 その答えに近づける機会が目の前に存在していた。答えを急いて高まる感情を抑え、あくまで冷静に相手との距離を測った。


「はぁ、よく覚えてるね。そうだよ、うちがチーク。創世の蛇の執行者であって、《夜の舞姫》と呼ばれてた。あんたは並のランカーよりも数段上手みたいだね。けど、うちはあんたと剣を交えるつもりはないよ。こっちはアギトに逢わなきゃだし。こんなとこで油を売ってる場合じゃないから」


 チークは左手をヒラヒラと振って、背を向けた。廃墟の向こう側へとその機影が消えようとする。


──アギトだと。まさか、この場にいるのか。


 浅沼は地面を大きく蹴った。警察専用騎ジャスティスの機体が宙を駆ける。逃がすわけにはいかない。蛇のメンバーは国際的犯罪者だ。それをみすみす見逃すなど言語道断。だが、それ以上にボレアースのメンバーに聞きたいことがあった。渇望して止まない答え、それを知りたかった。一気に傾斜したビルの側面を駆け上がった。


「悪いが逃がさん。お前に訊ねたいことがあるんだ」


 手首を返してトンファーを瞬時に半回転させ、上段に振り上げる。まさか壁を駆け上がるとは思いもよらなかったのだろう、行動が遅れたチークは慌ててバックステップで距離をとった。しかし想定内だ。バックパックに備わったブースターを起動させた。グッ、と全身にかかるG。急速に肉迫するチークのメディアンを視界に捉え、渾身の一撃を生むトンファーを両腕ごと振り下ろした。




『ガキィィィィィンッ』




 耳をつんざく金属音が空気を震わした。廃ビル全体が振動し、新たに壁に亀裂が生まれる。土埃がおぼろげに昇り、微かに視界を霞ませる。


「なッ」


 浅沼は驚きの声を漏らした。

 浅沼のジャスティスが繰り出したトンファーによる二連撃が、完全に防がれていた。全く想定していない事態。メディアンの両翼がまるで壁のように、堅牢な守りを形成していた。と、瞬時にメディアンの翼が横に展開。ジャスティスの躯体が後方に飛ばされる。ビルの頂上から後ろ向きに落下する。時間が酷く緩やかに、スローモーションで流れる。攻撃を見事に防がれ、こちらは宙で無防備の状態だ。この機会を逃す相手ではないだろう。こちらを見下ろすメディアンの口元がつり上がった気がした。

 メディアンの片翼の翼端が分離し、二振りの刀身へと変じる。チークはその場で旋回すると、地面に落下する前に両手に刀を収めた。まばたく間の出来事。

 さすがボレアースの執行者といったところか。騎士を完全に自分の肉体同然に扱い、全く体勢を整える時間を与えてくれない。しかしこちらにも意地がある。


「勝ちにいかせてもらうよ」


 チークが跳躍し、両手の刀を交差させた。浅沼目掛けて急落下してくる。二重の風切り音をともなって白銀の円弧が描かれる。空中で両者がぶつかった。


『ギィィィィィィィンッ』


 盛大に火花が散り、光芒を描いて消えた。


「うっそ……」


 次に驚愕したのはチークであった。確実に浅沼のジャスティスを捉えた筈の刀身が、浅くジャスティスの装甲を抉っただけに止まったのだ。当然の驚きであろう。浅沼は後ろ向きに着地すると、ひび割れた路面を擦過して静止した。視線の先でメディアンがアスファルトを吹き飛ばし、地面を抉って着地する。チークは信じられないといった様子で、手元を見下ろした。


「あんたが異例イレギュラーなのは分かったよ。まさかあの距離で防がれるなんてね」

「私を、警察を舐めるな」


 しかし、危ないところだった。浅沼は謙遜ではなく、本当に奇跡的だったと思った。 ジャスティスの兵装が旋棍でなければ、防ぎきれなかった。激突の寸前で、無理やりに突き上げたトンファーが肩口より振り下ろされた刃の進行を妨げた。ほとんど腕と一体化するトンファーの機動性がなければ、間に合わなかった。

 両者の間の距離はわずかだ。騎士の脚力であれば、一度に詰められる程度の距離。しかし、安易に踏み込めば容易くやられる。

 浅沼は仕切りなおすために、再度構えをとった。


「うちには時間があんまないんだよ。邪魔しないでほしいんだって」


 チークが苛立ちを募らせ、声を荒げた。その背後に可視できないが、異様なオーラが発せられるのを浅沼は感じ取った。ここからが正念場だ。90%という領域へと踏み入れた者が本気を見せようとしている。

 浅沼の同調率は最盛時には83%程度。それでも天才操者と呼ばれた。では、それを遥かに上回る怪物はどんな戦いを見せるのだろうか。チーク、《夜の舞姫》、ボレアースの執行者。その名だけでは知ることの出来ない、本気でぶつかることで知れるその実力。前触れもなく、まるでバネ仕掛けの人形のような唐突な跳躍で、チークのメディアンが肉迫してきた。挟撃せんとする刃が描く白銀の軌道。

 浅沼は咄嗟に腕を胸の前で交差した。直後に走る衝撃を地面に逃がしきれず、ジャスティスの身体が絶叫を上げる。恐ろしく重たい一撃だった。想像以上の膂力である。それに加え、左右とも精確に振るわれる刀の太刀筋は、緩急つけた不測の動きをともなっている。先ほどまでとは別格。近接状態に持ち込まなければ攻撃を与えられないが、持ち込んだ場合、負けるのは必至であるような気がしてならない。


「防戦一方じゃつまらないよッ。ほら、攻めてきなよ」


 チークは嘲笑して、右手に収まった刀の切っ先を向けてくる。まるで戦いを愉しむような口調に戦慄を禁じ得ない。逃げ腰になる自分を心の中で叱責して、浅沼は軋む身体を動かして前方に猛進した。メディアンの手前で高々と飛び上がり両腕を振り上げると、ジャスティスの重量を加算したトンファーの双撃を放った。相手を出し抜くような器用な真似は出来そうにない。ならば正面からぶつかるまでだ。


「ヒュ────」


 チークが口笛を吹いたらしい。視線の先で、チークが回避動作をとらずにその場で時計回りに旋転した。慣性を乗せた斬撃が左下から振り上げられる。力の大小では、騎士の重量が加算されているこちらが上手、勝利はもらった。

 両者の一撃が互いに相手を捉えた。金属音が響き渡り、盛大に散る火花が視界を白く塗り潰す。両者は互いに抱き合うように静止した。静まる廃墟、その静寂を破ったのは無骨な騎士であった。


「くそッ、俺の負けか」


 浅沼は苦々しく呟いた。視界に部位破損のアイコンが表示されている。見下ろせば、ジャスティスの左腕が肱から先より喪失していた。断割された腕からはスパークが飛び散っている。後ろに数歩後ずさり、その場に両膝をつくと天を仰いだ。間をあけて背後に重量ある物体が落下する。切断された左腕であろう。


「いい勝負だったよ。警官さん」


 首筋に刀身が突きつけられる。陽光を反射して煌く刃がいやに眩しい。完全な敗北。敗者には贖罪の機会は与えられない。強制的な退場だ。

 薙ぎ払われる刃の軌道を追いながら、浅沼は呟いた。


「俺は弱い人間だ」

「────ッ!!」


 いくつかのことが同時に起こった。

 チークが突然、大きく後方に跳んだ。間をあけず、両者の間に金属物体が突き刺さった。まるで漏斗の形をした物体。プラズマエンジンを逆噴射して、地面から浮かび上がると高速で周囲を飛翔し始める。そして、金属物体が旋回する中央に、一体の騎士が降り立った。まるで蟷螂を想起させるような、流麗なフォルムをした騎士。おそらくどこかの企業によるワンオフ、ハイエンド機であるだろう。特徴的な右腕の主兵装が威圧してくる。確か名を鎌錐であったか。


「大丈夫ですか!? 浅沼さんッ」


 少年の声が目の前の騎士から発せられた。「あぁ、何とかな」と短く返事を返して立ち上る。しかし、何故彼がこの場にいるのだろうか。確か彼の担当地域はここから一〇キロは離れていた。


「もしかして、みっくん?」


 チークが恐る恐るといった調子で鎌錐の操者、美鶴に訊ねた。その呼びかけは、まるで久しい友に話しかけるようであった。まさか、と思った。もしや、彼がそうなのか。


「誰だよみっくんってッ!!」

『もしかして、チークかい?』


 美鶴の声を遮るように、物柔らかな男性の声が鎌錐から響く。その声の主はチークと面識があるようだった。


「おひさー、ドクトール。元気にやってる?」


 チークの馴れ馴れしい口調で、ほぼ確信できたといえよう。美鶴君、やはり君がアギトなのか。しかしその問いを口に出すのは憚られた。それを口にしてしまえば、彼の日常を壊してしまう気がしたのだ。


『元気にやってるよ。あ、しまった。刑事さんがいるよ。──ッ!! 美鶴君、ビンゴ!! てか、すぐに回避行動とってッ』


 男の悲鳴に近い叫び声。それに従うように鎌錐が跳んだ。メディアンに飛びついて、宙に弧を描いて大きく距離をとる。

 そして、直前まで鎌錐とメディアンがいた地点をすっぽりと覆う影が出現した。上空を見上げて、絶句してしまった。飛翔する円盤。五箇所に突起物があり、緩やかに旋転をしていた。


『浅沼ッ!! ついさっき本部から連絡があった。お前が担当してる地区に巨大な機影が向かったのが確認されたそうだ』


 頭に胴間声が響き、浅沼は呻き声を上げた。津野田の声が大音量で頭に響いただけでなく、既に巨大な機影の正体とエンカウント状態であったためだ。


「先輩、もう遭遇してます」

『部隊が到達するまでこらえろ。一〇分ほどで到着するはずだ。俺も現場の監督官として、そっちに向かう』

「いや、俺が破壊します。危険なんで先輩は来ないでください。それにこの場にいるのは俺だけじゃないですよ。チークと名乗ったボレアースのメンバーもこの場にいます」

『な、何だって。それじゃ、照合不可能の騎士ってのはメディアンかよ』


 ボレアース関係の事件について、詳しい人間を挙げろと言われれば津野田が挙がる。それくらいに津野田はボレアースについて、個人的に調べている。その姿はまるで使命感に駆られた一人の人間だった。


「それと先輩。確か美鶴君とは、彼が小学生の頃から交流があったんですよね。前に彼と街中で逢った時に、彼のことを不幸な子供って言いましたよね。それって、彼が──」


 だが、その先を続けることは出来なかった。

 落下してきた金属塊が粉塵を上げ、地割れを起こした。地震かと思うような揺れにたたらを踏んだ。轟音が鳴り響き、周囲の廃墟が白煙を上げて崩れ落ちていく。



『ヒュォォォォォォォォオオオオオオッ』



 咆哮のように、空気を震わす叫び声を発したのはまるで亀のような機械。その甲羅の一部にカリカチュアライズされた図柄が描かれていた。殻を突き破って、卵から顔を覗かせる蛇の絵。創世の蛇、ボレアース。浅沼は自分が見たものを信じることが出来なかった。あの図柄が示すのは、目の前の兵器がボレアースの所有物であったということ。しかし、その事実を肯定したくはなかった。


 ボレアースが生んだ、巨大兵器《禍眼》はおもむろに周囲を見渡して、大口を開けた。咽喉の奥から伸びる砲身の口でマズルフラッシュが光り、閃光が走る。爆裂音と粉砕音。

 

 浅沼は目の前の存在に畏怖の念を抱いた。現代において、最悪な分類に入るであろう機械兵。それをこの場で破壊することは、己の使命であり、意地でもあった。過去の束縛から逃れるためには、己が正義の代行者とならなければいけない。

 残った右腕を横に伸ばした。土煙が視界を奪う。その奥にいる存在を見据え、浅沼は吶喊とっかんした。

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