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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
来たるべき災厄への希望
37/66

週末になりました。

「よっし、来たね。それじゃ、奥の部屋に行こうか。由佳里と文蔵さんも奥へ」


 先頭を歩く誠を追って、美鶴たちは進んだ。今日が作戦の決行当日だ。今朝のニュースではこのことで持ちきりだった。この結果によって、今後の日本の将来が左右される。

 いまだかつて、国内のプレデター排除を成し得た国は存在していない。いち早く国内を平定させた国の企業は、積極的に海外への事業を展開できる。行く行くは世界の中で、日本がリーダーシップをとれるようになる。そんな思惑が透けて見えるようだと、美鶴は思った。それを暗に示すように、警察の実行部隊や企業から大勢のランカーが今回、参加することとなっている。だが、この前流れたニュースで報じられた、巨大ロボット。それを警戒してという意向もあるのかもしれない。美鶴は今日、自分が柴川重工の研究施設にやってきた理由を思い出して嘆息した。

 数日前、研究棟を訪ねた美鶴に対して、誠が放った言葉のせいだ。


『──美鶴君に依頼するにはいくらぐらい掛かるのかな?』


 簡単に言ってしまえば、ボレアースが開発したという巨大ロボットの破壊の依頼だった。絶対遂行ではなく、もしも遭遇したらという条件であったが、美鶴としては下手に目立つ可能性が考えられたために、遠慮したかった。しかし──

 誠が提示した報酬金額は魅力的だった。いつも文蔵が持ち込んでくる依頼の数倍、いや数十倍の額になるかもしれない。成功報酬だけでなく、前払い金もあったために美鶴は無下に首を横に振ることが出来なかった。金欲に眩んだ美鶴の思考は既に拒否することを放棄していたのかもしれない。

 途中で階段を下り、おそらく地下四階に位置するであろう扉の目の前で誠は止まった。辿り着いた部屋には見覚えがなかった。重厚な金属の扉を開け放つ誠。その背後から中を覗き込んだ美鶴は驚愕に息を呑んだ。まず目に止まったのは巨大なELパネル。そして、空間の中央に円形に並んだ転送装置、五台。その脇にそれぞれ騎士が控え、円の中央にデスクが設置させていた。異様な雰囲気が漂う部屋だった。

 研究というよりは、精神転送トランスのために用意されたようだ。何のための部屋なのだろうか。美鶴の疑問を誠が氷解させた。


「ここは避難場所シェルターだよ、美鶴君。万が一に研究所が襲撃にあった場合に、ここに逃げ込むんだ。だから、操者アヴィアター補助者サポーターの援助のための設備が完備されてるんだよ。この五台の転送装置、モニタリングによるリアルタイムでの索敵、解析。どれをとっても最先端技術だよ。それに、ここは核弾頭による攻撃にも耐えうる耐久度があるんだ」


 どこか誇らしげな誠は美鶴たちを中に入るよう手招いた。美鶴は恐る恐る中に足を踏み入れた。あとに続く由佳里と文蔵。文蔵はカートで運んできた鎌錐弐式を壁際に安置した。


「それじゃ、竹山さん。この転送装置の一台を使用してください──あっと、由佳里にはモニタリングを教えておくよ。ほら、このデスクに備わってる情報端末での映像や解析データが壁のELパネルに反映されるんだよ」


 手際よく進められる作業。作戦開始まで、あと二時間ほどある。

 美鶴を含めた有志ランカー達の多くは、エリア周辺での活動となる。それ以外の地域では、警察や企業が担当している。一日六時間以内と定められた限界転送時間を超過しないために、各地に格納庫シェッドが設けられ、彼らはそこからトランスすることになっているらしい。しかしプレデターの活動が確認出来る地域は、各エリア周辺が多い。それは一〇年近く経過した現在いまも、機械兵が己の使命を、破壊という役目を果たそうとしてのことなのかもしれない。

 美鶴は近くに置かれた椅子に腰かけて、背もたれに体重を預けた。目の前では大体の準備が整ったらしい誠が端末を操作して、ELパネルに図面をアップさせた。見たところ、外部居住区の縮小図であるようだ。


「それじゃ、説明するよ。僕からの依頼内容は先日のニュースで報じられた、巨大機械の捜索。美鶴君には、ビットを複数展開させて広域探索を行ってほしい。万が一、発見したならば、即座に破壊に向かってもらいたい」

「じゃが誠さん。発見の可能性はかなり低いだろう。そんな依頼に高額報酬というのは浪費じゃないか? いくらその機械がボレアースの開発したものだと言っても、警察などの協力を請うべきだ」


 文蔵が作業の手を止めて、誠に向き直る。美鶴は文蔵に簡単に今回の依頼について話をしてあった。


「全くその通りなんですけど、僕としてはあまり公にすべきではないと考えてます。プレデターを完全に排除したもつかの間、今度はボレアースとなれば、日本中が混乱状態になる危険性も考えられるでしょう。──それに、きっと遭遇します。先日、美鶴君が僕を訪ねてきた時に、手紙を持ってきてくれたんです。差出人はボレアースのメンバーでした。彼らが接触を試みて、協力を申し出たんです。きっと、彼らは美鶴君が担当になっている地域に現れる筈です」


 ジ──────。

 文造がそんな話は初めて聞いた、と言いたげに美鶴に睨みを利かせた。美鶴は努めて、素知らぬ顔を造った。こういう時は知らないふりをした方がいい。ただし、あとで文蔵から難癖を付けられることは避けられそうにない。


「ごっほん。それでもし、美鶴君が巨大ロボット、名称を禍眼カメ、に遭遇出来たならば、美鶴君には鎌錐の飛行ユニットを展開してほしい」


 誠が再び、端末を操作して、新たに鎌錐の機体の立体図に切り替えた。ELパネル上の画像を誠が回転させ、鎌錐の後部を表示する。そうして、鎌錐の臀部でんぶから伸びる装備をペンライトで射した。


「鎌錐のテールスタビライザーに内臓された飛行ユニットで鎌錐弐式は数十分の飛行が可能になってるんだよ」

「何で飛行する必要があるんだよ」


 美鶴は道理に適った疑問を口に出した。禍眼というロボットを破壊するためなら、単純に攻撃を加えればいい筈だ。わざわざ飛ぶ工程を加える必要性が解らない。

 誠は画面をみたび切り替えた。次に現れたのは、亀の絵。それを中心として、漏斗状に柱が描かれている。


「美鶴君に破壊してもらいたい禍眼には、重力操作という能力が備わってるんだ」

「何だよ、重力操作って」

「簡単に言えば、禍眼自身の重力を弱めて、身軽に駆動したり、周囲に重力場を生成して相手の動きを封じ込めたりする能力だね。他にも反重力を生むことも出来るみたいだよ。反重力っていうのは、斥力とも呼ばれる、反発力つまり相手を弾く力。この双方を駆使してくる禍眼の攻略にはコレしかない」


 誠は漏斗状の柱の天辺を指し示した。例えるならば、台風の目のような空洞がその下に続いている。


「禍眼はもともと、拠点防衛、戦況の維持のための機械なんだ。主だった兵装は備え付けられてなく、まるで台風の目のように重力場が働かない場所が存在してる。ここが唯一の禍眼の弱点ウィークポイントであって、ここを攻めるには上空五〇〇メートルほどの高度から、ほぼ垂直に降下しなきゃならない。だから、鎌錐の飛行ユニットが必要になるんだ──ただし、問題点がある。鎌錐の飛行ユニットを展開すると、飛行能力向上のために装甲が一部、分離するんだ。大幅な耐久性の低下は避けられないね。もし、展開したならば、それから先で攻撃を受けることは厳禁だよ、美鶴君」


 誠が忠告してくる。しかし、その眼差しはどこかすがるように見えた。美鶴はこくりと頷きを返し、椅子から腰を上げた。


「任せろよ、先生。俺を誰だと思ってる」

「弟キャラの高校生でしょ」

「おい……」


 先ほどから壁の花と化していた由佳里をじろりと睨んだ。やっと会話に参加してきたかと思えば、そんな一言。美鶴は言葉を続けた。


「今度、由佳里はパスタがイイって言ってたよな。んじゃ、ナポリタンにしよっか」

「残念でした。私はそのままのトマトは苦手だけど、火が加えられたのなら大丈夫だから。はっはっはっはッ」

「何だよその笑い方」


 美鶴は苦笑を漏らした。そういえばこの前由佳里の部屋を訪れたとき、冷蔵庫にトマトがあったのだ。ついでにケチャップも。トマトが嫌いな由佳里には考えられないことだ。


「ちゃんと頑張ってよね美鶴。私がちゃんとサポートしてあげるから」

「りょーかい」


 美鶴は文蔵が準備を整えた転送装置に向かった。乗り込むときに、無防備に晒された背中を文蔵がバシッと叩き、激励した。かなり痛い。ヒリヒリと痛む背中に涙目になる。もう少し労わりの気持ちを込めてほしい。何とか痛みを食いしばり、バイザーを下ろすと装置に深く収まった。


「トランス開始ッ。三、二、一……零」


 全ての光と音が消え、意識が飛翔した。






「よし来たな。待ってたぞ、暇人」


 胴間声が閑散とした廃墟に響く。時間ギリギリで辿りついた集合地点で、思いがけない人物が待っていた。


「何で津野田さんがいるんですか」


 美鶴は驚いて、目の前で腰に手を当てている刑事を見下ろした。この場所は外部居住区であり、プレデターが未だに蔓延っているのだ。生身の人間が無防備にいていい場所とは言い難い。それに津野田は、捜査課の人間だ。証拠の捜査や犯人の捜索などを行う類の人間ではないだろうか。


「ここらで騎士を見たっつ─報告があったんだ。現場で指揮をとれる人間で、騎士犯罪に免疫がある奴ってことで俺が来たんだよ。てか警察の実行部隊はどこも出張ってたんで、残ってたのが俺ぐらいだっただけだな。くそ、今日は貴重な休暇だと思ってたのによ」 


 津野田は苦々しく吐き捨て、煙草を口に加えてライターで火を付けた。白煙が棚引いて淡く霧散する。


「仕事中にくわえ煙草は止めて下さいよ」


 美鶴はすぐ隣から聞こえた声で、反射的に顔を横に向けた。そこに居たのは白黒カラーリングの警察専用の騎士だった。最小限の武装のみを施された機体だ。確か日本の警察で使用される騎士はどれもクロヅカ製品だった筈だ。


「煙草を吸わなきゃ戦も出来ぬって言うだろが。なぁ、浅沼」

「言わないですよ」

「お堅い奴だな、相変わらず可愛くねぇな。美鶴の方が1.5倍くれ─可愛いげがあんぞ」


 津野田が鼻を鳴らす。浅沼と呼ばれた騎士は「そうだった」と何やら思い出した様子を見せた。


「私は浅沼諒だ。今日一日宜しく頼むぞ、三ノ瀬美鶴君」

「何で俺の名前を──」

「先輩がちゅくちょく、引き合いに出してきたもんでな」


 美鶴は津野田に盛大にジト目を注いだ。あまり警察関係者に自分の素性がバレるようなことをしないでもらいたい。


「おい、今ジト目で俺を見てんのか? 鎌錐に表情がないから分かりづれーな」


 美鶴の心境が全く解っていないように、快活に笑う津野田。美鶴は短く嘆息した。どうか平穏な日々が続きますように、そう願うしかないらしい。


「浅沼さん、こちらこそ宜しくお願いします」

「あぁ、よろしく」


 鎌錐同様、表情を浮かべない騎士から返事が返った。調整されていない、限りなく本人の肉声に近い声が真摯さを感じさせる。


『いい人そうだね』


 由佳里の声が頭に響く。美鶴は短く「だな」と答えて、気づいた。


「そう言えば、小埜崎さんはまだ来てないんですか?」


 津野田は頬を掻いて、参ったと言いたげに顔をしかめた。口から煙草を抜くと白煙を吐き出した。


「寸前で依頼が入ったらしくてな。こっちはパスだそうだ。高序列ランカーさんが来てくれるなら早く作戦が終わるかと期待したんだがな」


 津野田が周囲を見渡した。この場には美鶴を含め、有志ランカーが既に二〇名ほど集っている。その中には著名なランカーの姿も確認出来た。既に十分すぎる戦力であろう。


「俺じゃ役不足ですか? 先輩」


 浅沼が多少、怪訝そうな声を出す。津野田は両腕をすくめた後、首を横に振った。


「まぁ、頑張ってくれや。おめぇさんらの働き次第では、俺の休暇が戻ってくるからな。いや、どうせなら何かドデカい事件でも起きてもらいてぇな。……てか浅沼、何で今日も律儀に凡庸騎士のジャスティスなんだよ。こういう時はもっと実戦的な騎士か、重武装してこいよ」


 美鶴も津野田に同意見だった。浅沼が同調する騎士──ジャスティスは、無骨で簡素な設計のアンドロイドだ。デザイン性が重視されていない、実用性を追求されたフォルム。 クロヅカの騎士の特徴だ。見たところ武装が両手に握られた旋棍トンファーしかなかった。およそ九〇センチメートルの長さ、通常の倍近くのそれらは、本来刀を持つ敵と戦うために作られた、攻防一体の武器である。

 棒の片方の端近くに、握りになるよう垂直に短い棒が付けられている。空手の要領で相手の攻撃を受けたり、そのまま突き出したりして攻撃することが可能で、逆に長い部位を相手の方に向けて棍棒のように扱う事が出来きる。

 しかし、いかにプレデター相手といっても、打撃武器しかないのは少々心許ない。もし万が一、イレギュラーな事象が発生した場合にはどう対処するつもりなのだろう。


「さすがにプレデター相手にそこまでする必要性は感じられなかったですよ。それに俺は今までこのスタイルで一貫してますから。過去に相手に後れをとったことはないですし」

「さすがエリア2の警察が誇る天才操者だな。言うことが違うな。『このスタイルで一貫してます』だ? 生意気なこと言ってんじゃねぇぞ。不測の事態に備えてこその警察だろが。いちいち後手に回ってたら、面目まる潰れだろ」


「説教は後で、酒の席にでも聞きますから。ここはこらえてください。それに不測な事態が起こる可能性は極めて低いでしょう。照合不可能な騎士が確認され、既にうちの実行部隊が早くから捜査をしてますし、報告された巨大機械についても周辺を警邏していますよ」

「んなのは分かってる。ただな、俺の休暇を奪って平穏無事に終わるのは、気に食わねぇな」

「まだ言いますか。その発言は不謹慎ですよ。平穏無事でいいじゃないですか」


 浅沼はやれやれと首を振った。


「そろそろ作戦開始としましょう。だいたい三時間をメドに、この辺りの建築内部を精査しましょう」


 浅沼の催促に頷く津野田は、拡声器を右手に声を張り上げた。深く息を吸い込んで、津野田は言葉を発した。




『そんじゃ、有志ランカーの諸君に期待する。各自、担当地域の調査を時間内に完了させてくれ。──では、これより作戦開始だ』




 胴間声が廃墟中に反響した。ランカー達は己を鼓舞するように喊声かんせいを上げる。ついにプレデター殲滅という大業を成すための作戦が決行した。美鶴は鎌錐を一旦、跳躍させて少し離れた瓦礫の上に着地する。


『美鶴君、もし例の機影を確認したらそれの破壊を最優先してくれ。僕たちも可能な限り索敵を続けるよ』

「了解」


 美鶴は耳元で聞こえた誠の言葉に頷いた。鎌錐の背部からファング・ビットを四つ展開し、周辺の監視に向かわせる。


「がんばって」


 由佳里が続いて声援を飛ばす。


「サポートよろしくな」


 瓦礫を蹴り上げ、再度跳躍。担当となっている地区へと向かう。

 その後ろ姿を津野田は遠くから見送った。その表情には、感謝の意が浮かんでいた。

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