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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
来たるべき災厄への希望
34/66

過去と今と封筒

 昨日の皆既月食を見逃しました。はい。

 次は三年後……。また忘れそうです。


 とりあえず、大崩壊の説明などが主ですかね、今回は。

「てか冬ぐらいさ、オヤっさんの部屋でもいいだろ。なんで俺の部屋なんだよ」


 美鶴はいつから日課になったか分からない大家への朝食作りを終えて、卓袱台に舞い戻った。今日の朝食は焼鮭と味噌汁と白米だ。居間では文蔵が相変わらず新聞の一面に視線を落としていた。


「今更変えると、儂の朝の計画が狂う」


 面を上げず、新聞に視線を落としながら文蔵が答える。


「どんな計画だよ」

「ふむ。朝、起床したならば、朝食が出来るまで布団から出ずにいる。儂の部屋を使わないなら布団を片付けなくてすむからな」

「そんな計画はすぐに改正しろッ」


 卓袱台の前に腰を下ろすと、美鶴はリモコンを取ってテレビの電源を入れた。音とともに映像が流れ始める。美鶴はめぼしい番組を探すように、チャンネルを回した。



『──昨夜、日本全エリアの総裁による会談が行われました。今回の会談では、今後の基本方針や資源問題について討議されたと見られています──』



 興奮気味の女性の声が流れ、美鶴はテレビの画面に視線を注いだ。文蔵も新聞を卓袱台の上に置いて、顔を上げる。画面には女性アナウンサーの姿が映しだされていた。ふいに映像が切り替わり、代わりに真摯しんしさ、利発さが滲み出ているような、黒のブランドスーツに身を包んだ男性の姿が映し出される。彼こそが首都圏(エリア2)の最王手企業クロヅカの若き社長、伊集院雷いじゅういん あずまだ。

 日本最大規模の企業のトップであり、エリア2における政治家の最高権力的地位にもいる、三〇代前半という若きクロヅカの社長。歴代クロヅカの経営責任者はさすが日本最王手とも言われるだけあり、豪傑揃いであったが彼もまた辣腕に優れており、かなりの手腕をこれまで発揮してきている。


『──今後の基本方針として伊集院総裁は、世界的に枯渇している資源への対策の検討をしていくと説明しました。また、そのために会議において、各エリア総裁と目指す目標への認識を一致させたと語りました』


 ここで再び画面が切り替わり、スタジオに女性アナウンサーがいる映像が流れる。


『かつて、大崩壊、ブレイクダウンと総称される戦争が起こった原因は、慢性的な資源枯渇問題によるものでした。中東で発生した戦争を発端に、世界各地で紛争が起こりました──』


 女性アナウンサーの背後にあったスクリーンにメルカトル図法の世界地図が拡大表示される。その大陸地図に複数の赤い点が描かれていた。それらがかつて起こった紛争の場所を示している。


 大崩壊。プレデターによる無差別的な破壊活動によって、世界が際限なく破壊され尽した戦争の総称だ。その発端は、当時から深刻であった資源の枯渇が引き金となり、化石燃料などのエネルギー資源の確保のために中東で戦争が起こったことに起因する。そして戦争は泥沼化して世界中に飛び火した。その結果、拡大の阻止のため、早期解決のために、当時世界中で反対の声が強かった完全自律型兵器プレデターの戦場への投入が決定された。

 プレデターは米国と欧州諸国が協働し、開発を進めていたものであり、その投入決定は、安保理で決議された。

 



────そして、事故が起きた。

 



 戦場に投入された機械兵が一斉に暴走し、その活動範囲を世界規模に広げたのだ。プレデターの中に飛行可能型が存在したことが拍車をかけ、既存の兵器をもってした人類の抵抗も虚しく、一年も経たずに世界は破壊され尽した。

 日本の外部居住区の問題が解決したとして、その後の発展のためには、資源問題が障壁となることは必至だろう。資源問題は今なお、深刻な状況にある。例えば、パンドラ合金の原料となっているマグネシウムは、日本では豊富に採掘出来ているものの、世界規模で見れば枯渇してきている。パンドラ自体を輸入している国は珍しくない。

 しかし、世界再生が絶望的というわけではない。外部居住区に放置された車両やプレデターに使われている金属は廃墟の埋蔵金とも呼ばれている。それらを再利用することで、重工業用資源の確保は十分に可能であるだろうし、自然エネルギーや再生エネルギー技術もかなり発展を遂げてきている。


「よっし、食べようか」

「そうじゃな」


 変り映えしない平常の朝食。

 美鶴と文蔵はテレビから視線を外し、卓袱台に置かれた箸に手を伸ばした。



「右腕の調子はどうじゃ、美鶴」


 文蔵が箸をお碗の上に置くと、美鶴に尋ねた。美鶴は上目遣いで文蔵に視線を向けた。文蔵に用意した朝食は早々と完食され、皿は洗われるのを待っていた。


「好調好調。動作に支障はねぇよ。ありがとな」


 美鶴は文蔵の目の前で、自分の右手でグーとパーをつくる。それを見て満足そうに頷いた文蔵は腰を浮かせて皿を台所に運び始める。

 美鶴はしばらく一人で、自身の右腕を眺めていた。ついこの間の事件で、オステオの同調する銀狼に義腕を破壊され、先日まで美鶴は隻腕であった。文蔵が造り直したこの義腕は、誠が再設計し直したもので、常備された兵装ソニックブレイドの騒音低減などが図られているらしい。人工皮膚に覆われていない光沢のあるこの腕の役目は、今の日常を、由佳里を守ることだ。


「そろそろ、学校に行く準備しなきゃかな……」


 学校に行くことを考えただけで憂鬱になってしまう。クラスメイトから質問攻めにあうことは回避できないだろう。気が重い。


──昨日の今日だからなぁ。


 美鶴は昨日、初めて由佳里の部屋に入ったことを思い出した。


「にしても、俺の部屋……ボロいなぁ」


 以前は文蔵が使っていたという部屋を見回して苦笑した。そろそろ改築、いやせめて改装してもらいたい。


『次のニュースです。早朝五時頃、エリア2近辺の外部居住区で巨大な機械兵を見たと、警察側に通報がありました。これを受け、警察は大型プレデターの可能性があるとして、当初計画されていた《日本解放作戦》の決行日を一週間早めることを決定しました。なおこの決定は既に有志ランカーに通達されているということです』


「………………おい、オヤっさん」

「なんじゃ」


 文蔵の声が台所の方から響いてくる。


「何か俺宛ての通知みたいなの来てないか?」

「…………あ。そうじゃった、忘れとった。ほれ、プレデター排除の決行日繰り上げの知らせだ」


 文蔵が懐から取り出した薄い黄緑色をした封筒を卓袱台の上にほうった。

 自分に対する大家の対応がぞんざいな気がして、美鶴は嘆息した。

 朝食を作り、夕食を作って、これでもかというぐらい文蔵に尽くしているはずだ。

 この扱われ方は早急に改善してもらいたい。が、文蔵に言っても無駄なのは分かりきったことであるため、口には出さなかった。代わりにもう一つ溜息を零した。



「んじゃ、行ってきます。鍵をよろしくな」

「了解だ。ちゃんと閉めておく」


 美鶴の背後でドアが閉まる。朝の空気は肌に突き刺さる冷気を纏っていた。手の平を擦り合わせて、息を吐きかける。


「さっむ。チャリ漕いでれば、暖まるかな」


 階段を軋ませて下りると、自転車の元へ向かった。辿り着くと、愛車のロックを外し、前カゴに学生鞄を入れようとした。ふとカゴの中に何かが入れられているのを見つけて止めた。


「なんだ?」


 美鶴はカゴに入れられていたものを手にとった。それは宛名の書かれていない長形クラフト封筒であった。中に何か同封されているらしく厚みがある。興味本位に中身を取り出してみて、言葉を失った。

 手紙に同封された写真には、金属光沢のある硬質な物体が映されていた。その周囲に並ぶ半壊した建築物と較べれば、その大きさがよく分かる。一般に知られているプレデターよりも巨大な機影だった。そして、最も美鶴の目を奪ったのは、写真ではなく手紙のほうだった。行頭に『かつての同僚へ』と始まっていた文章の最後、そこに卵の殻を突き破って顔を覗かせる蛇が描かれていた。


「ボレアース……」


 美鶴は怖気が走り、左右に視線を向けて周囲を見渡した。しかし周囲には人通りが少なく、朝の日課らしきランニングをして離れていく赤ジャージ姿や、同級生と肩を並べて登校している学生ぐらいしかいない。こちらの様子を窺っているらしき人影は見受けられなかった。

 美鶴は手元の手紙に視線を戻し、書かれた内容を読んだ。読み終えると元のように封筒に戻し、鞄の中へと大事にしまった。


「……よっし、いくか」


 美鶴は自転車に跨り、ペダルを漕ぎ始めた。途中、スマートフォンで時間を調べれば、遅刻ギリギリであった。


「ヤッバッ!!」


 美鶴は必死にペダルを漕ぎ、通学路を爆走した。度肝を抜かれた歩行者の罵声を意に返さず、学校を目指した。




 美鶴が受け取った手紙の内容は簡単に言えば、とある機械の誤作動を誠に知らせてもらいたい、というものだった。誤作動を起こした機械というのは、同封された写真に写る機影なのだろう。しかし、美鶴はそれについて記憶していなかった。釈然としない気持ちが強かったものの、ボレアースからの知らせの内容について興味があった。そのため、すぐに手紙は破棄せず、誠に話をしてみるだけしてみようと思った。



──放課後にでも、先生がいる柴川の研究施設に顔を出してみよう。


◆◇◆◇◆◇


「美鶴クンはちゃんと気付いたみたいだね」


 小さくなる後姿を見送って、ジャージ姿の少女は呟き、頬を伝う汗を首に掛けていたタオルで拭った。久しぶりの運動はやはり身体にこたえる。


「さてと、掃討作戦に合わせて、こっちも行動しないとか。悠月の方は禍眼の行方を辿れたかな」


 少女は中断していたランニングを再開させた。上気した頬を撫でる冷気は心地よかった。こんな場所にいると本当に世界は平和なのではと錯覚してしまう。しかし──


「それでも世界は欺瞞だらけだ」


『災厄』と自分たちが呼んでいる存在を知らないで、生きている人間はどれほどいるだろうか。知っていても、信じていない人間も大勢いるだろう。


 けれども、自分はその存在を否定しない。その否定は、自分自身の存在意義の否定と同義だ。

『災厄』、その存在こそが全ての始まりだった。

 

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