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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
廃墟で人は神になった
25/66

寒空の下の灯火

 誤字など訂正。

 他にあれば、教えてください。

 この世界における死は酷く色褪せ、現実味を失くした。騎士を介した殺戮は罪の意識を鈍らせ、操者は自らの死を恐れることを忘れ、己を過信する。隔離壁に囲まれた結果、外の世界での悲惨さを人々は忘れた。思い出と化した過去に鮮明さはない。薄れ、霞み、褪せた。



 プレデターの強襲から一週間が経過した。世間は未だに慌ただしく巡り、休まるところを知らない。今回の事件を起こした蛇に援助行為をしたとして、エリア1の複数の企業の経営責任者が身柄を拘束された。別の話題としては、日本国内のプレデターに対して、半年以内の殲滅作戦決行が決まったことだろう。文造は酷く驚いて腰を抜かしていた。

 由佳里はブレザーの下にカーディガンを着込んで、慣れた通学路で自転車を漕いでいた。もうすっかり冬だ。由佳里が通り過ぎた後に白い吐息が棚引く。目の前に登校中の学生の姿が大きくなる。同じ西徳大学付属高等学校の生徒達だ。


「ゆかりっち、おはよ─」「先輩おはようございます」「一緒に登校しよッ」


 明るい声が寒空の下に光を灯した。由佳里は片手を離して、彼らに手を振った。「おはよう、みんな」負けないぐらいの明るい声を出した。

 辿り着いた学校、予鈴にはまだ時間に余裕がある。見慣れた校門を抜け、駐輪場に自転車を置いて教室に向かった。生徒が各々の教室へと向かう流れに紛れて歩く。

 由佳里は2-1の教室の扉に辿り着き、開けようとドアに手を掛けた。ふと視界の隅で、見覚えある姿が映った。隣のクラスの前の廊下に二つ結いの少女が立っていた。可愛らしい顔立ちをしている少女だった。身長は由佳里よりも幾分か小さい。一五〇センチ後半辺りだろう。いつもその表情を占めていた明るい笑顔は消え、重苦しげにくすんでいた。窓際に背を預け、思い詰めた表情をしている。


「瑠璃ちゃん、おはよ」


 由佳里は近寄って、その横に肩を並べた。隣の少女は一瞬、驚いたような表情を浮かべ、すぐに申し訳なさそうに俯いた。ここ最近はいつもこの調子だった。そうなるのも無理はないだろう。だが、彼女がしおれていると学校全体も暗く沈んでいるように感じられた。


「元気だしてよ瑠璃ちゃん。別に瑠璃ちゃんのせいじゃないんだよ。もちろん小埜崎さんのせいでもない。……美鶴が自分勝手に、残された人の気持ちを考えずに決心したことだから、気に病まないでよ。瑠璃ちゃんが暗いと学校全体も暗くなっちゃうよ」

「……そうですね。美鶴先輩の分まで明るさを供給しないとですよね。由佳里先輩、ありがとうございます。少し気がラクになりました」


 瑠璃は笑顔を取り繕って、階段に向かう。彼女が見せたのは無理に笑おうとした、固い笑みだった。由佳里はその小さく萎縮した背中を目で追った。やはり引きずっているようだ。由佳里は瑠璃の後姿から視線を外し、すぐ前の教室を見た。

 開いた扉から見えた机の列。奥の前から三番目の無人の机。

 一週間前からそこの主は戻らない。

 咽喉のどの奥から込み上げてくる感情。咽喉が渇くような情動。由佳里は踵を返して、自身の教室に向かった。逃げるようにして、足早に自分のクラスに滑り込む。失った日常を目の当たりにすれば、胸に穴が開いたような喪失感で息が詰まりそうになる。

 自分の机に辿り着いて、手に持っていた鞄をその上に置いた。時計が午前八時二五分を指した教室には、未だ三分の二近くのクラスメイトがいなかった。

 由佳里は椅子に腰を下ろし、何とはなしに窓側に顔を向けた。窓の外、硝子越しに見た景色には透き通った空の蒼が一面に広がっている。何故か無性に甘いものが食べたく思った。


「あ、そうだ」


 ふと思いついた。放課後に彼が好きなモンブランを買って帰ろう。

 彼は食べてはくれない。笑顔を向けてもくれなければ、話もしてくれない。

 それでも地球は巡り、現在を過去にしていく。

 由佳里は両腕を天に伸ばし、背筋をぐっと伸ばした。今日もまた変らない一日だ。

 モンブランが無性に食べたくなったので、モンブラン起用。

 はい。

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