グッバイ、ナイト
『それが銀狼で、どうして操者が蛇だったのかな。確か蛇は皆、ライセンスを剥奪された筈じゃなかったかな?』
「違うぞ小埜崎。確かにライセンスを剥奪された者もいたが、全員というわけでもなかった。問題視され、危険だと判断されたランカーの多くが蛇であったというだけで、当時は警察側も国際ランカー管理機構も蛇のメンバーを把握出来てはおらんかった。
過去の殲滅作戦において確認された騎士、捕縛した操者よりメンバーを割り出していったんだ。つまり、その場になかった騎士、居なかった操者については未だに把握出来ていないものもいるんだ。実際、死者、捕縛者、確認出来た者を含めても、全メンバーの過半数程度。ごく少数だが、逃れたのもいるんだ」
文蔵が小埜崎の質問に答えた。
『それが銀狼とその操者ってわけですか』
美鶴は龍王から視線をずらし、座り込んでいる由佳里を見た。だいぶ顔色は良くなっているようだ。しっかりとその腕に美鶴の肉体を抱きかかえていた。言いたいことはたくさんある。もしかすれば、二度と言えなくなる言葉がある。
こんな状況になっても、美鶴はどうしようもなく小心者だった。臆病な自分に負けた。
『オヤっさん、俺の身体は任せた。小埜崎さん、急いでゲートに行こうッ』
『でもいいのかな? 君は彼女と話し合いたそうだけど。あたしとしても、わだかまりがないようにしてほしい──そうですよ先輩』
『いや、いいんです。時間がないのなら、急いでいきましょう』
後ろ髪を引かれつつ、美鶴は踵を返して外周区へと走り出す。銀狼の脚部が路面を切削し、その体躯を前へ前へと運ぶ。その後ろを龍王が追い始める。次第に暮れなずむ空が眼前に広がる街並みから、隔離壁へと向かう。
「由佳里、お前さんは別に美鶴のことを憎んではいないだろ。恐れてもいないだろ」
文造が由佳里の傍らに立って見下ろす形で尋ねた。確信めいた口調。由佳里は弱々しく微笑んだ。無意識に髪を耳にかける仕草を繰り返す。
「うん、そうだね。私は美鶴を許してた」
いつの間にか抵抗なく、由佳里は美鶴の名を声に出していた。
「なのに美鶴の奴はいつまでも、由佳里に償おうとして一人抱え込んだんだ。そんな終わりでいいのか美鶴……」
文造の言葉の最期の方は声が震え、殆ど掠れて消え入りそうになる。
「でも美鶴が戻ったら、私はちゃんと彼を許すよ。直接、告げるから」
「もしかすれば、もう美鶴は──」
文造の表情に翳りが生まれる。
言い難い不安が押し寄せ、由佳里は既に小さくなった機影に手を伸ばした。
端から赤紫が塗り重ねられていく青空が視界いっぱいに広がっている。集まり始めた人混みの奥の機影。
届くことのない手は、代わりに彼の姿を隠した。
「帰ってきてよ、美鶴」