表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
廃墟で人は神になった
2/66

夕方五時のタイムサービスと料理

 外部居住区の廃墟を進めば、高さ五〇〇メートルを越えるコンクリートの隔離壁が出現する。

 旧東京・旧埼玉・旧横浜・旧千葉の四県にまたがる地域、首都圏(エリア2)だ。

 大崩壊の後、世界中に再形成された可住地域。日本では旧北海道、旧東京、旧愛知、旧大阪の地域を中心に北州圏(エリア1)首都圏(エリア2)中京圏(エリア3)近畿圏(エリア4)があり、厳格分轄がなされ境界線として隔離壁ディヴィディングラインが建てられた。

 それの存在理由は内陸側からの侵入を防ぐことだった。

 それぞれは巨大企業が統治しており、多くはその企業の総裁がエリアの統治者として君臨している。


 美鶴はその壁の向こうで高級官職に付く人間に対し、憤りを感じて視界を埋める隔離壁を睨んだ。

 彼らは人々の安寧の生活よりも自身の利益を優先した利己主義者だ。エリア内の人間は大崩壊前の生活を取り戻しつつあるが、外部エリアの人間に対しての救済策は講じてこなかった。いや、確かあったはずだ。だが、結局は彼らの傲慢さが仇となり、摩擦を生じさせ途絶された。

 隔離壁を出入りするには馬鹿高い関税が課せられている。どこのエリアでもそれは共通している。そのために美鶴のように騎士を用いて稼ぎを行う者達は、非認可通路を開拓または提供されることでその手の出費を押さえていた。

 今回の依頼では美鶴は、依頼主が用意してくれた偽造証明書パスポートによって、我が物顔で出させてもらっていた。ふいに美鶴は苦笑して声を漏らす。警備を任された騎士の落ち込みようが目に浮かんだ。彼らは日頃の鬱憤うっぷんを非合法者に対して向ける。入り口の一つであった門扉方式通路ローラーゲートの周囲には、ボロボロの衣類でうずくまったままの人や原型を止めない騎士が無造作にされていた。

 さすがにあんなことにはなりたくないな、美鶴はそう零した。

 

 何事もなく門での入圏審査を通過パスし、美鶴は隔離壁の中に足を踏み入れた。いきなり出迎えてくれるのは侘しい景色。首都圏(エリア2)の外周には低層階級の人々が生活をしている。

 綺麗に敷設された舗装路。道路の脇に並ぶ民家はどれも同じに見える賃貸住宅。

 フロントガラスの砕け散った車、錆び付いた金属片、弾痕を残す家の塀。

 一〇年近く経った今なお、大崩壊の痕跡が残される地域。

 それでも外部居住区の人間と比較されれば、天と地であろう。少なくとも彼らには、非情な仕打ちはないのだから。


 美鶴は視線を外周区の奥、エリア中心に向けた。《鎌錐》のカメラアイを通して、その眼に映ったのは天を目指すかの如く、生やされた摩天楼の群れ。欲望の棲家である。

 美鶴は嘆息して、《鎌錐》の足裏で荒れた大地を蹴り上げた。次々と変わる景色、奥に向かえば向かうほどにその街並みは時代を進んでいく。気付けば、既に周囲には整った閑静な住宅街の街並みが続いている。我が麗しのボロアパートももうすぐだ、美鶴は道を急いだ。


『そこの騎士!! 止まりなさいッ』


 ふいな警告に美鶴は《鎌錐》を踏みとどまらせた。


──くそっ、職質かよ。

 視線の先では、仏頂面でひどく丸っこい顔の刑事とそれに同伴する騎士がいた。


「よぉ、美鶴じゃねぇか。今仕事帰りかぁ~精が出るな」

「お久しぶり。津野田さんは見回りなんですね」

「おうよ。てぇめぇとは違ってこっちは公務員だからな。そろそろ休みが欲しいぜ」


 自身で肩をほぐし、首を鳴らす丸顔の刑事がげんなりとした表情をみせる。男の全身からは常に喫煙の臭気が漂っている。その口端に煙草が伸びていないことが珍しい。

 津野田昌親つのだ まさちか首都圏(エリア2)内の治安維持などを目指す治安・法執行機関の捜査課に属す公務員。美鶴にとっては恩人であり、親しい間柄である。

 しかし、仕事の関係で外部の状況などを根掘り葉掘り尋ねてくることに、美鶴は困苦させられることが多い。その引き換えに、美鶴もまた彼から可能な限りの情報を得てはいるのだが。


『ただいま、五時十分前になりました。タイムサービスが始まりますよ~』


 突如、そんな言葉が美鶴の耳元で響いた。美鶴は視界の不通表示が消えていることを確認して、口を開いた。


「分かった!! もう行くからッ」

『逝ってらっしゃい』

「悪意が込められた気がすんのは気のせいか?」


 とりあえず由佳里が機嫌を損ねかけていることははっきりした。急いで戻ったほうがいいだろう。美鶴は目の前で美鶴の挙動に首を傾げた刑事に軽く会釈して、


「すみません。津野田さん。由佳里に急かされてるんでいいですか?」

「由佳里ちゃんはいい子だよなぁ~。別嬪べっぴんさんだしな。待たせて悪いから行けッ」

「あざっす」


 美鶴は津野田と付き添いの騎士の前を跳んで、過ぎ去る。

 後に残された津野田の視線は急速に小さくなっていくその後ろ姿を追った。ふいに背後から声がかかり、津野田は同伴する騎士をかえりみた。


『彼とは友人みたいですね』


 同伴した騎士から発せられたのは、誠実そうな男の声。その騎士の見た目は、白黒のパトカー色に塗装された形姿フォルム。そのカラーディングが表すのは、警察専用の騎士の証である。その操者は津野田の元部下である青年だった。


「あぁ、あいつの事は小学生の頃から知ってる。悲しいほどに不幸な子供ガキさ」


 沈黙する騎士に対して津野田は破顔させて、その硬質な背中を叩いた。


「シケてんと不幸になるからな、後で一杯やるか」

「それじゃ、先輩の奢りで」

「おめぇもしたたかになったなぁ~~」


 津野田は一瞬だけ、その視線をもう見えない機影に向けると反対に歩き出した。



「ゴーーールインッ」


 美鶴は急停止ブレーキをかけて、慣性力を殺して止まった。すぐ目の前には色が剥離し黒ずみ、階段は赤褐色に錆びついたオンボロアパート《白夢荘》が鎮座していた。

 少なくとも見た目は白い夢を提供してはくれなさそうだ、と美鶴は毎回のごとくそう思う。改装工事を心待ちにしているものの一向にその気配がない。美鶴は階段に足をかけず、一気に二階へと跳躍した。《鎌錐》の重さで錆びた階段を踏もうものなら、数秒ともたずに階段が崩壊するだろう。実際にそれをした場合、修理代を請求されれば破産だ。

 美鶴は慣れた動作で二階通路に躍り出ると自室のドアへと走った。傍から見れば滑稽であるだろう。騎士がアパート二階で全力疾走する姿など滅多に見られる光景じゃない。

 もし万が一に見ることが出来た者は幸運の持ち主だ。いや、その瞬間に人生の幸運を使い果たしただろう、ざまーみろだ。美鶴は泣きそうになるのをこらえて、意気がった。


 鎌錐の左手でドアノブを捻る。そもそも、右手はデスサイスが収納されているために、もとより左手しか使えない。ガチャリという金属音が鳴って扉が開けば、見慣れた玄関口とその奥に続く八畳一間の我が茅屋ぼうおく


「遅いよッ」


 叱責が飛んで、美鶴は思わず首を竦めそうになった。八畳の部屋の四分の一、二畳分を占める戦闘機の操縦席の如きカプセル容器の隣で、由佳里が腰に手を当て人差し指を向けていた。


──人に指を向けちゃいけないんだぞ。

 これ以上、由佳里の機嫌を損ねることははばかられたので、口にすることを美鶴は自重した。


「すぐに逆転送リバースしてくれ」


 代わりにそう言って、カプセル容器の隣に並んだ。転送装置であるその中には美鶴自身の人間としての肉体が納まっている。

 天井から吊り下げられるようにして、幾重にも束ねられた高圧電力ケーブルが延ばされ、この容器と接続されていた。由佳里はその中からプラグイン方式ケーブルを見つけ出し、《鎌錐》の首筋の接続部に差し込んだ。そして片手にノートパソコンを持ち、肉体と騎士との精神認証をさせる。


 操者アヴィアターと騎士の間での精神移動は安全面からケーブルを介して直接接続されなければならない。非常時、たとえば大破した場合でも緊急機能における精神回帰リバイバルによって元の肉体に戻ることは可能とされる。

 ただし、その場合は酷い船酔いのような症状、吐き気、頭痛、平衡感覚障害などが生じる。最悪の場合には精神異常、人格の剥離、記憶障害などを引き起こす可能性がある。

 つまり騎士の破壊は相手に対して、相応の傷害を与えることになる。それでも美鶴はそれを躊躇する良心をとうの昔に失くしている。単に破壊に慣れた、心が麻痺したとも言える。


「認証完了。逆転送リバース開始、三、二,一」


 カウントダウンと共に美鶴の視界は暗転する。徐々に不鮮明な景色しか映らなくなり、何も見えず何も聞こえない世界に放り出された。その一瞬だけ虚無になったかのような錯覚を覚える。

 すぐに光と音は戻ってきた。


「お疲れさま」


 由佳里が容器を開封する。プシューという気の抜ける音が鳴った。

 視界を覆う金属製のバイザーを外した美鶴は、眩しそうに目を開くと二度三度しばたいた。やはり自分自身の肉体の方がいい。騎士で見て感じる世界は味気ないのだ。たとえ騎士を自身の身体のように感じることが出来たとしても。

 美鶴は大きく伸びをして、背筋を伸ばす動作をした。それに合わせて身体が小気味な音を立てて鳴る。


「よしッ、ただいま!!」

「接続時間よしッ、タイムサービスが始まるよ!! 行くよ」

「ッ!! うわッ、そうだった。しかも荷物持ちとか何だよ、俺は下僕かッ」

「違うの?」


──おいッ……。


 美鶴はほとんど肉体的な頭痛がしてこめかみを押さえた。嘆息して転送装置から出ると、改めて目の前の少女を一瞥した。


 羽城由佳里。

 彼女は街中を歩けば人目を引くほど、美麗な容貌の女の子であろう。容姿端麗、その言葉が合致している。

 細い眉、大きなひとみ、短めに整えられたクセのない明るい暖かな色の髪で、身体のラインは女性らしい際立った曲線を描いている。今日はデニムパンツにベージュのトレンチコートといった出で立ちだった。いつもは黒の純色の作業服ジャンプスーツか学生服を着ているために私服姿はなかなか拝見できない。

 他に挙げるとすれば時折胸の大きさを妬まれる、主に同性からだ。異性からは色目で見られることがしばしば。すらりとした細身の身体に対し、過剰な凹凸。

 美鶴は重量感ある溜め息を吐き、眉を暗くした。対して自分はどうだと自問自答する。その度に落ち込んだのは何回だったろうか。

 目にかかる少し長めの栗色の髪、小顔でよく女子だといわれた顔貌、身長約一六五センチ。他人に言わせれば、随分と端整な容姿らしい。そして……とても可愛いらしいと。


 ちょっと待ておかしくないか、自分は男だぞ。可愛いなんて言葉が合致しないでもらいたい。美鶴は不幸そうに天を仰いで嘆息した。生まれて此の方、カッコイイと言われたためしがない。大概が可愛いだった。美鶴は自身の容姿の端整さを恨んだ。


「なんか間違ってるよ……」


 これは余談であるが、美鶴には中学校時代の卒業アルバムで『弟にしたい男子』のNo.1に輝いた黒歴史がある。それも卒業生だけではなく、学年全体選挙であった。

 そこで後輩達からも票数を一身に集め、ぶっちぎりの頂点に立った。

 その内訳は全体五六三票の実に四九六票、九割の投票率であった。卒業して二年経った今も学校の伝説として語り継がれている。 


「もう、溜め息ばかりだと幸せが逃げるよ」


 由佳里が笑いながら何かを美鶴に差し出した。彼女の手にはコンビニでよく見かける棒付きキャンデー。

 商名は『ペロッキー』。 何とも愛らしい名前であった。

 美鶴は感謝を口にして受け取ると、包装紙を取り除いて露わになった茶色い飴玉を口に含んだ。


『マッズいなコレッ!!』


 途端に吐き出して悶絶した。

 慌てて包装紙を拾って確認すると、カエルに近似した可愛らしい? キャラクターの足下に並ぶ死の呪文。






『納豆チョコレートバニラクリームカスタード味』






 その文字の羅列を黙読して美鶴は思いっきり包装紙を床に叩きつけた。



「何で最初に納豆をチョイスしたんだよ!!」


 これを開発した製菓会社の社員は異星人か、味覚障害者に間違いない。


「奇抜過ぎんだろ。時代を先駆けしてもこれは有り得ない」


 しかめつつ由佳里を一瞥する。何故この味を寄越したのだ。

 視線の先では彼女は平然とキャンデーを咀嚼していた。もしや味覚障害なのかと心配して、捨てられた包装紙を恐る恐る覗いた。





『チョコバニラ味』





「由佳里、お前腹黒いな……」

「何のことだか分からないなぁ~。ほら、行くよ」


 白い歯を覗かせて由佳里は玄関口へと向かう。後姿に揺れる髪を目で追いながら、美鶴もその後を追った。

 外に出れば、騎士では感じられなかった冷気が肌を舐める。

 今は暦上、秋なのだが既に冬の冷気を纏っている。

 美鶴は翠のパーカーにロングカーゴ姿である。美鶴は右手をポケットに突っ込み、階段を下る。

 一歩ごとに軋む音が響く。毎度毎度、下に抜けないか心配になる。


「そういや、オヤっさんは?」


 先を歩く由佳里に問いを発した。


「竹ちゃんは委員会があるから、七時過ぎに帰るって」

「あぁ、そうなん。分かった」


 由佳里に竹ちゃんと呼ばれる人物は、美鶴・・の整備士である齢五〇を越えるおっさんだ。

 名は竹山文蔵たけやま ぶんぞう

 顔の造形がいかつい上に、体躯ががっしりしている。

 騎士取扱組合に参加しており、騎士の整備士としてもそこそこ名が知られている。

 週三のペースで委員会に出向いてる。

 美鶴の住むアパート《白夢荘》の大家でもある。茶羽織を常に着ていた。


「ほ~ら、急いでよ」

「はいはい」


 美鶴は駆け足になった由佳里を見失わぬように走り出す。

 雲の切れ間から太陽が覗いた。

 茜色に染まりだした世界は、幻想的というよりも血に濡れて見えた。


 隔離壁に囲まれた日常。人々は外の過酷さを忘れかけている。

 創られた平和はいつまでも続きはしない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ