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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
廃墟で人は神になった
16/66

血塗れた少女と蟷螂のワルツ

 難しい難しい、戦闘シーン。

 読むのが耐え難くても、すみませんとしか言えません。はい。

 目的地に指定されたのは、開けたスクランブル交差点。玉突きになった車が乗り捨てられ、根元から折れた信号機や割れた舗装路からは植物が伸びていた。窓ガラスの無くなったビルが見下ろす廃墟と化した大都市。

 美鶴は手が汗ばみ、背中に脂汗が滲むような感覚を覚えていた。鎌錐にはそんな機能はないのだが、そう思うほどの事態に陥った。

 先ほどから美鶴の視界にはセンサーが探知した存在に対してカーソルが表示されていた。その数、およそ四〇。

 ここまでいるとは予想外だった。視界の大半を赤いカーソルに埋め尽くされている。


『そんな、こんな数の騎士が一度に……気をつけてよッ』


 美鶴は答えず、右腕の主兵装デスサイスを展開させる。原動機プライムモーターの駆動音が大きくなり、鎌錐が戦闘態勢をとったことを知らせる。


「ッ!?」


 突如、廃ビルの三階から人影が宙に躍り出た。飛び立とうとするかのように、腕を羽ばたかせて墜ちる。舗装路に落下すると共に地面が揺れ、金属音が響く。同時に視界のカーソルが一つ消失した。

 あれはデッドラインの騎士だ。企業の騎士が何故ここに。美鶴は素早く周囲を見渡した。そして、この異様な数の敵の正体を理解した。

 捕捉したものは皆、既に破壊された騎士だ。

 車両に叩きつけられたもの、四肢を無くしたもの、胴体が二つに折れたもの。どれも辛うじて機能出来ている騎士ばかりだった。つい先ほどここで戦闘があったらしく、どれも大破していた。刻一刻とカーソルの数は自然消滅していく。


「何があったんだ?」

『前方、ビルの三階に反応ありッ』


 由佳里の指示に美鶴は身構えた。つい先ほどに騎士が躍り出た場所だ。

 その場所に真っ赤なコートの少女が憮然と立っていた。空の蒼と対比し、周囲の灰色から浮き出る色。

 二週間前に美鶴とぶつかった少女だった。忘れようにも忘れられないだろう。容姿端麗、眉目秀麗を陳腐な言葉にさせる容貌。

 ただしその手には全長三メートルほどはある大振りの斧槍ハルバード。いや、あの斧頭の大きさは三日月斧バルディッシュに似ていた。その姿はまるで鬼神を思わせる偉容を放っている。視界に現れたカーソルが少女が人間ではないことを示した。

 つまり彼女アレは騎士だ。


「キシシ、やっと来たか。時間になってもおめぇが来ねぇから、暇つぶしに近くの騎士どもを一掃してたんだ。相変わらず、おせーよアギトッ」

『アギト? てかあの子、君が一目惚れした子じゃんッ──何? 美鶴が惚れただとッ!?』

「ちょっと待てッ。惚れちゃいねぇぞ!! オヤっさんも反応すんなよッ。出来れば指示をくれよッ」


 美鶴は急に脱力した。今が依頼の遂行中で、敵が目の前にいることを忘れかける。

 にしても一体でこの数を殲滅したのか。待ち合わせは一〇分弱の遅れではあったが、その時間でこいつらを破壊するなど可能だろうか。ここに来るまでに剣戟けんげきの音も発砲音も聞こえはしなかったのだ。つまりわずか一〇分もかけずにこれらを一掃したのだろう。

 あの見た目であっても、油断は禁物であろう。


「何、駄弁ってんだよ。もう戦いを始めて構わないのか?」

「待った、一つ聞きたいことがある。中の精神ヒトは男か?」


 美鶴は不吉な笑みを浮かべた少女に問いただした。別に本物が可憐な少女であることを期待したわけではない。決して。


「オレを忘れたか、アギトッ。オレはブラドだよ。性別は男だろッ」


 発声器の調整で少女の声色であったが、少女はその顔立ちからは想像出来ない、粗暴な言葉使いで答えた。手の中で軽々とハルバードを回し、円を描く。ここまで風切り音が聞こえてきた。

 そうか、男なのか。美鶴は少なからず落胆した。ブラドと名乗った操者とは面識があった。

 確か無精髭を生やした二〇代後半だったはず。今は三〇代前半あたりか。

 個人の趣味であろうと思うが、些か心配に思う。少女の騎士か、危険な臭いがする。


『ちょっと君、あの子──じゃなくて彼の正体が分かったよ』


 興奮気味に由佳里が通信をしてきた。奴の正体とは何だろうか。気になった。


「なんだよ、その正体って」

『重度のロリコンッ!! 病院に通わなくちゃいけない程度の重症だよ』


 聞いて損した。美鶴は溜息をついたあと、言葉を紡いだ。


「今此処でいう台詞か? そんな情報あったって意味ねぇーじゃん!! どう活用しろと!?」

『よっ、ロリコンって言えば頭に血が昇って判断ミスするかも?』

「ありえないな。しかも語尾に疑問符つけたよな、さっきッ」


 由佳里の近くで文蔵が盛大に溜息をつく音が通信に紛れる。美鶴も呆れてしまった。

 なんとも気の抜けた状態で、敵の騎士を見据える。


「よし、準備は出来たか。おっと、一つ名乗っておこう。オレの騎士であるこの子は、戦猿いざりって名だ。イザリンと呼べッ」


「『『断固拒否ッ!!』』」


 美鶴はデスサイスを構え、跳躍した。踏みつけたアスファルトが砕ける。一気に目の前のビル三階まで跳び、袈裟切りを繰り出した。それに伴い『引き剥がすもの(ディスコネクター)』、射程距離を持つ斬撃を放つ。

 少女が立っていたコンクリの床が粉砕し、あたりに石片や粉塵を撒き散らした。

 始めから全力でいかなければ、きっと負けるだろう。相手があの血塗れのブラドなら尚一層のことだ。

 視線の先で濛々(もうもう)と立ちこむ白煙を水平に分断して、ハルバードが横薙ぎされた。咄嗟に美鶴はデスサイスで刃を受け止める。右半身に衝撃が走り、鎌錐の機体が左方向に吹き飛ばされる。凄まじい膂力りょりょくだ。美鶴は空中で態勢を建て直し、壁が崩れ吹き曝しになった廃墟ビル二階に飛び込む。並べられていた机を押しのけ、鎌錐が静止する。


「あの見た目でこんな莫迦力かよ」


 既に人目を引く朱い外套コート姿は見当たらない。視界に表示されたカーソルはどれも停止したまま身動きをしていない。


『下方より飛翔体接近ッ、構えて』


 由佳里が敵の動きを探り、指示を飛ばす。美鶴はそれに従い、デスサイスを構えつつバックステップをとった。途端、寸前まで鎌錐が立っていた床が突き破られる。コンクリの破片が吹き飛び、穴から大破した騎士が飛び出す。


「なッ、こいつらデッドラインの騎士!?」

『後方より高速接近中ッ!! そっちが戦猿いざりだよッ』


 こいつらは単なる囮か。にしても動きが早すぎる。敵はこいつらを投げ飛ばして、ほぼ同時にビルを跳び上がってきていた。それに騎士を打ち上げて、コンクリの床を抜くとは。

 改めてその怪力に舌を巻いた。

 美鶴は上半身を捻り、右腕デスサイスを大きく佩いた。紙一重で戦猿は跳躍してかわし、天井を蹴り飛ばして跳ね返る。手にはハルバードが握られ、槍の穂先が向けられていた。


「脆弱になったなッ、アギトッ!!」

「俺は三ノ瀬 美鶴だ。それは俺の名前じゃないッ!! その名で俺を呼ぶんじゃねぇよ」


 美鶴は後ろに跳んだ。目の前でハルバードが床を陥没させ、崩壊させた。

 ふいに訪れる浮遊感。


「まずッ……飛ぶぞ由佳里ッ」

『了解ッ』


 加速機ブースターを起動、背中に四枚の光翅が生え、世界が引き伸ばされた映像になる。落下する瓦礫の中から抜け出し、道路を挟んで反対のビルの前まで飛ぶ。錆びて赤褐色に染まった車両の上に着地し、ぐしゃりと車を押し潰した。 


「くそ、捕捉できねぇッ。由佳里ッ、奴の居場所は分かるか?」


 戦猿の動きの俊敏さに鎌錐の捕捉機能が完全に遅れをとっていた。カーソルが表示されたときにはすぐ目の前に迫られている。このままだと防衛一方になってしまう。


『難しいね。送られてくるデータじゃ後手になっちゃうよ』


 由佳里が悔しげに歯軋りした。向こうでも必死に打開策を考えてくれているのだろう。

 手っ取り早い解決法なら無きにしも非ずだ。

 相手がこちらよりも数段(はや)いのなら、こちらは相手よりも手数を増やすだけだ。


「由佳里ッ、副兵装を展開する」

『えッ、使用しちゃうの?──おい美鶴、一つ聞きたい。あやつは蛇か?』

「使わせてくれ。あいつは創世の蛇(ボレアース)の一人、元序列八七番のランカーだ。その頃の異名は《血霧の殺戮人鬼》だった。赤をトレンドカラーにしてた奴だ。昔の愛用の騎士はもっと大人の女性型だったはずだけど、趣味が悪化したみたいだ。ちょいと、本気でいかないとヤバそうだ」

『仕方がない。おい由佳里、ロック解除するんだ──了解だよ』


 美鶴の視界に施錠解除アンロックの表示が現れ、副兵装の使用が許可される。

 多くの騎士には主兵装とは別に複数の兵器が常備されている。鎌錐に搭載されているのは、デスサイスとは別に一種類だけ。遠隔思考操作型兵器と呼ばれる小型兵器だ。


「副兵装展開ッ、ファングッ!!」


 鎌錐の背部から計八つの小さな漏斗型の金属製飛翔体が射出され、音もなく浮遊し四方八方に展開する。同時に美鶴は陶酔感のような意識が気化する感覚になる。一度に複数の映像や、あらゆる角度から見た敵の状態、位置情報が頭に流れ込んでくる。

 思考操作型小型兵器、ファング・ビット。全自動行動ではなく、無線で操者の思考を読み取り、行動をとる。使用には非常に精神面での疲労がある。騎士の擬似脳による脳機能の使用拡張がなければ、思考の処理が追いつかないだろう。尚かつ美鶴の場合は、一度に八機も操作している。その事実は非現実的な数値だろう。

 周囲に展開させたファングが高速で疾駆するブラドを視認する。その位置情報を美鶴に送信する。同時に由佳里側にも情報が送信されている。


『八時の方向、ビル四階だよッ』


 由佳里が驚きの色を濃くして声を上げた。当たり前の反応だろう。

 気付かぬ合間に背後まで回りこまれていた。


「いけッ、ファングッ!!」


 ビットの後部にプラズマエンジンを点火させ加速。思考に忠実に飛翔体が滑空していく。その先にはブロンドの髪をなびかせた少女の騎士がいた。

 

「そんな子供騙しはきかせぇーぞッ」


 ビットに気付いたブラドが、ハルバードで空間を薙ぎ払う。

 それを生き物めいた動きで華麗に回避して、飛翔体ファングは距離を詰める。漏斗型の飛翔体の頭頂部は鋭角な刃が突出している。展開中には高熱を発し、鋼鉄さえ溶断することが可能だ。


「くそッ、思考遠隔操作かよッ。けどなッ」


 ブラドは人間では到底不可能な距離を後ろ向きに跳んだ。あれが騎士であると理解していても、少女のなりでの所業のために美鶴は違和感を拭いきれない。

 まるで本物の人間が戦斧を持って、軽々と飛び回るように見える。そのまま危なげなく道路の上に着地をしてみせた。あそこまで自然な動作が出来るには、相当な同調率も必要だ。九〇台前半の数値は叩き出していることだろう。


「シシッ、目障りだよッ!!」


 戦猿が上半身を捻り、ハルバードを佩いた。逆巻く風を起こして刃が線を引いた。避けそびれた飛翔体が二つに断割、スパークを撒き散らして撃墜する。

 くそ、同時に八つは少し無理があったか。早くも一つを失った。

 美鶴は悔しそうに呻くも、気を取り直し集中する。動揺すればファングの動きが雑になり、格好の標的となってしまう。このまま一つ一つ破壊される前に、数で勝っているうちに勝負を決めておきたい。


『君ッ、大丈夫なの? あまり無理に操作すると戻ったときの反動が大きくなるよ』

「あぁ、大丈夫だ。これで終わりにさせる」


 美鶴は深呼吸した。実際には出来ないが、不思議と気持ちが落ち着く。


──1、2、3、4、5、6、7、これで終わってくれッ。

 美鶴は残りの七つを同時に操作しながら、鎌錐を跳躍させ一気に戦猿に詰め寄った。

 デスサイスを最大まで展開し大剣に変え、戦猿に肉薄する。四方からファングを接近させ、回避不可能な攻撃陣を生む。


「終わりだッ、ブラド!!」

『危ないッ、回避行動を取ってッ!!』


 少女の形をした騎士の赤い外套から取り出された球体が、鎌錐との間に転がった。爆発音響閃光弾フラッシュバンだ、と理解したときには視界が白濁し、炸裂音が空間を満たした。


『後ろに跳んでッ!!』


 悲鳴に近い叫喚が頭に響き、考えるより先に動いた。踏み堪えて無理に慣性力を殺して、後ろ向きに跳躍。直後、右腕に電流が走るような疼痛が発せられた。美鶴は錆び付いた車両の横腹に突っ込み、鎌錐は停止した。

 次第に光が消え、世界が灰色に戻る。

 ジジッ、と不快な音が上がり、右腕を見れば二の腕から先が見事に消失していた。鋭利な刃で切断された断面は放電を繰り返した。視界に右腕部破損の図示が点滅している。

 顔を上げれば、五〇メートル前方にアスファルトに突き刺さる形で、デスサイスが存在していた。その周囲には複数の残骸が乱雑される。


「くそッ、やられた。ファングも全機破壊されたッ」


 美鶴は悪態をついて、立ち上がった。状況はかなり切迫していた。鎌錐の主兵装も副兵装も破壊された。


アギト、やっぱし脆弱になったなッ!! カカカッ」


 哄笑が響き渡る。閑散とした廃墟の交差点の中央で、真っ赤な少女は踊るように舞う。


『大丈夫? 君ッ』


 由佳里の心配そうな声が響くが、美鶴は大丈夫だと言った。

 強がったわけじゃない。ここで負けることは許されていない。


「まだ、まだだ。俺は守らなければいけないんだ。それが償いだろ」

『………………お前さんは莫迦だ』


 文蔵が寂しく呟いた。

 そろそろ物語は後半、終盤ですね、きっと。

 あんまし伏線を回収出来てないんですけどね。

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