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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
廃墟で人は神になった
11/66

熱いのに秋

「さて、どうすっかな」


 美鶴は車体の陰で逡巡しゅんじゅんしていた。紅燕との距離は残り二五メートルほど、目と鼻の先だ。よく此処まで近寄れたものだと、自分自身を賞賛してしまう。

 火焔放射器の射程は目測で五〇メートルにも及んでいるようだった。他の銃器類に比べれば短いが、実際は驚異的だ。もうまともに距離を詰めることなど出来ないだろう。

 自分は馬鹿なことをしている。焼死した死体になるだけだと、憫笑びんしょうする自分がいる。


「はは、ここに来て膝が笑ってる」


 美鶴は足の震えを手で抑えつけた。

 視線の先では吐き出された火焔が道路の上を跳ねていた。火焔が舐めた場所には消えずに焔の道が残される。燃える可燃燃料が線を描いているのだ。

 僅かでも火焔に撫でられれば、数秒でヴェリー・ウェルダン にされるだろう。いや、ただの炭にされることも考え得る。

 どうにか懐に潜り込めれば勝機はあるが、不可能ではないだろうか。

 紅燕の周囲は紅蓮に囲まれている。美鶴に押し寄せる熱風が髪を焦がし、肌をあぶり、喉を焼いていく。

 長期化は身体が持たない。周囲に酸素が不足気味になっている。

 美鶴は視線の先に紅燕をしかと見据えた。紅燕はちょうどこちらに背を向けている。


「ッ!? くッ、やばいな」


 ある異変を美鶴の眸は捉えた。

 前方を走り、ガードレールに突っ込んだ車両に人影が見て取れた。気を失っているのか、動く気配がない。救急車が必要だろうが、紅燕のせいで近づくことは出来ないだろう。それに車両周辺が焔に囲まれていた。

 人命がかかってるのなら、尚更時間はない。美鶴は足の震えを堪えて疾駆した。


主兵装ソニックブレイド展開ッ」


 美鶴は裾をめくり、右腕を地面に水平にして広げた。二の腕から先の義手の上側が金属音を伴って展開する。同時に間に収納されていた二枚の鋼の刀身が連結し、一振りの刀を成す。刃渡り五〇センチの小刀。それが手首の先から手を覆うように生える。

 美鶴が誠に頼み込み設けてもらった武器。自分の手で皆を、由佳里を守れるようにと得た力だ。

 小刀は高速振動刃であり、連結した高周波振動発生機によって、一秒間に五千回の振動をしている。金属板でさえ易々寸断してみせる。

 一つ問題なのは使用中はつんざく悲鳴のような金属音が発せられることだ。これが五月蝿うるさい、耳が痛い、頭に響く。


「ちッ、うるっさ」


 美鶴は車体の陰から飛び出し、紅燕との残り距離二五メートルを走り出す。

 気付かれる前にあの厄介な腕を切り落とせば勝ちだ。

 ふいに紅燕が振り向き、両腕を前に突き出した。美鶴は咄嗟に近くの車両の陰に飛び込んだ。

 間一髪で、火焔をかわした。振り返れば背後で焔の壁が出来ていた。


「あっぶなッ!! 殺す気かッ」


 堪らず美鶴は悪態をついた。残念ながら紅燕に存在を知られた。状況を打開する策など持ち合わせていない。美鶴は右腕の武器を意味もなく見つめた。

 パチ、パチ、と何かが爆ぜる音が突如、鼓膜を揺らし始める。一気に周囲の気温が上がるのを感じた。美鶴の全身に戦慄が走った。

 美鶴が身を隠した車体のフレームがひしゃげ、色が黒ずみ、フロントガラスが溶解し始めていた。車体が紅燕に集中放火されていた。


「やばいッ!! 爆発するッ」


 美鶴は足がもつれ、体勢を崩しながら、車体から離れる。その瞬間を狙われれば、回避不可能だろうが、今は目先の危険を回避するのに必死だった。

 車体の陰から飛び出した途端、背後で轟く爆音が鳴り、熱波が美鶴の身体を吹き飛ばした。

 外熱により、燃料が引火したのだ。

 美鶴は四肢が投げ出され、ガードレールに叩きつけられる。全身にかかったGによって、肺の空気が一気に押し出された。


「がぁッ」


 痛みに美鶴は呻吟しんぎんした。疼痛とうつうが身体中から発せられ、骨が軋んでいた。意識が朦朧もうろうとし、視界が涙で滲んだ。絶体絶命とでも言えばいいだろうか。聞こえるのは業火の燃え盛る音と右腕から発せられる金属音、周辺の人々のヒステリックな叫び声。

 こんなとこで死ねないが、身体が言うことを聞かない。


「ぐぅッ、やっば……」


 幻聴だろうか、サイレンの音が聞こえた気がした。


『美鶴ッ!! 生きてるか!? 死んでても返事しろッ!!』


 拡声器を通して、ふいに胴間声どうまごえが響いた。聞き覚えのある声だった。

 幻聴でも幻視でもなく、回転灯を点灯させた一台のパトカーが反対車線からボラードに突っ込み、中央線を越えて紅燕に猛進した。唸りを上げ、紅燕を轢断れきだんしようとするかの如き速度を出している。

 その運転席に津野田の姿があるのを美鶴は見つけた。紅燕の視線は完全に乱入してきた白黒パトカーに釘付けにされていた。またとない機会が訪れた。

 美鶴は身体の悲鳴を無視して立ち上がった。朦朧とする意識は下唇を血が滲むほどに噛み、覚醒させる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ」


 これが最大の好機であり、最後のチャンスだろう。

 猛然と迫るパトカーに対して、紅燕は斜め右に飛びのいてそれをかわした。津野田はそれで諦めずハンドルを切り、車体を一八〇度回転させた。そのまま紅燕の火焔放射に臆せず、正面から突っ込んでいく。寸前で紅燕が斜め左に跳躍して避けた。そして美鶴は距離を詰めきった。丁度目の前に紅燕が転がり込む形になる。


「くそッ、ただの人間のガキがこんな近くまでッ!!」


 紅燕の操者が舌打ちし、その視界に美鶴の姿を捉える。間近で見た紅燕は驚くほど人のなりに近似されていた。が、両腕とは別に、双眸に浮かんでいる幾何学模様が、人ではなくアンドロイドなのだと理解させた。


「そろそろ幕引きにしとけよッ」


 美鶴は体勢を立て直される前に、逆袈裟に紅燕の右腕を切り上げた。ソニックブレイドによって造作なく寸断された腕が重力に従って、地面に落下。重厚な金属音をたてる。


「くそッ、くそッ、こいつは人間か!? なんで紅燕の腕が切断されんだよッ」


 相手操者が狼狽した様子を見せた。同時に紅燕も恐怖に怯えた表情をする。ほんとによく造られている。美鶴は矢継ぎ早に袈裟切りを左腕に対して放った。火花を散らして、腕が分離する。腕ごと切断されたピンシリンダーから燃料が漏れ出るのが見えた。

 美鶴は反射的に顔を腕で隠した。目の前で燃料が引火、暴発して小さな火の玉が突如誕生し、美鶴は熱風で後ろに倒れこむ。


「あっちーなッ、おいッ」


 毛先が焼けてチリチリと縮こまり、熱風が肌をあぶった。

 紅燕は左腕部がグロテスクにひしゃげ、地面に仰向けに倒れていた。両腕を失ったために上手く立ち上がれないのだろう。必死の形相で道路の上でもがいていた。


「くそッ、何だよ。簡単な依頼だと思ったのによッ!! こんなガキに邪魔されるなんてなッ」

「逃がさねぇよッ」


 美鶴は紅燕の鳩尾みぞおちに右腕の振動刃を突き立てた。アンドロイドの身体を貫通した刃がその下のアスファルトまでも削る絶叫が響いた。

 刃を引き抜き、美鶴は武装を収納させた。紅燕はもはや行動不能だろう。憎憎しげな双眸がこちらを睨むが意に返さず、放置する。


「津野田さん、車両に気絶している人が取り残されてるんで、手伝ってくださいッ」

「んだと? おい、早く案内しろッ」


 美鶴と津野田は人命の救助へと走った。


「おい、何言ってんだ? 美佐子、おいッ。は? 殺されるってお前──」


 その瞬間を例えるならば、身体が次第に溶けていくというべきだろうか。痛みはなく、指先から消えていく。紅燕の操者、国定信治くにさだまさはるは戦慄した。何が起こったのか理解するのに、数秒かかった。


──おれの身体が死んだのか。本体が殺されたッ。

 国定の怒声も悲鳴も、もはや両腕を失くしたアンドロイドは再現しなかった。無表情に沈黙したままだった。

 偉大な化石燃料をふんだんに使いました。


 ここまで読んでくれた方々に感謝します。はい。

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