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イロナキシ-Discolored death-  作者: あきの梅雨
廃墟で人は神になった
1/66

人狩りと蟷螂

 初めに言っておきます。気分転換にこの作品始まりました。

 はい。

 ヘンな部分が数え切れないくらいあるかと思います。すみませんとしか言えません。生理的に受け付けないわー、って部分もあるかもしれないです。多分……。

 ではでは、本文どうぞ。

 

 世界は鈍色の空に覆われていた。大地に凝然として生えた高層建築はどれもこれも半壊していた。ビルの剥き出しにされた鉄筋が見る者にあばらを連想させる。ビルの身体を支える柱には無数に亀裂が走り、辛うじて崩潰ほうかい寸前で維持されていた。

 蜘蛛の巣の如く巡らされたアスファルトのみちはいたるところで断裂し、とうの昔にその役割を放棄している。道路上には、錆びが生じて赤褐色に覆われた自動車が放置され、地平まで続く行列を成していた。

 寂寞せきばくとしたゴーストタウンと化した街並み、この場所もかつては日本の都市の一つであった。既にその名は人々の記憶から忘れられ、その周辺の土地も含めて『外部居住区デッドゾーン関東地区』と呼称されている。現在には過去の隆盛した街並みの一片も見られず、荒寥こうりょうとした廃墟のみが空間を満たしていた。


──それでも、そんな劣悪な環境に人は生活していた。


 この場所に住む彼らは生活の場を追われた浮浪者であった。身に纏う衣類は粗悪なシロモノばかり。裸体を隠すだけの布地を服と呼ぶのならまさにそれであろう。垢にまみれ、見るからに汚臭を放っているようなモノもあれば、擦り切れ引きずるほどほつれているモノも見受けられる。

 彼らが心底切望すると言えば新調の服と充分な食事だろう。彼らは最低限度以下の生活を強いられ、これまで救いの手が差し伸べられることがなかった。そしてこれからもないのだろう。その認識が人々の常識となって久しい。


 代わりに与えられるのは、おびただしい鉛の銃弾や冷酷な刀身であった。

 



『人狩りだ!! 逃げろッ』


 突然、怒声と絶叫が混濁して廃墟に反響、周辺を無気力に徘徊していた人々はまるで弾かれたように思い思いの安泰の場所へと逃走を図る。人々の背後からは複数人、顔面に鉄製の防護面マスクを装着した迷彩服姿の巨漢が迫っていた。高さはニメートル近くになるほどの長身と筋骨隆々な図体。その手には既に突撃銃アサルトライフルが構えられ、銃口は標的を求めるように周囲に向けられている。

 彼らは死神の行進(デッドライン)とも呼ばれ、この廃墟の人間の怨恨の対象の存在。いや、世界中から見てもその存在は嫌悪されていた。彼らの目的は資源採掘の労働力の蒐集しゅうしゅうであり、そのためにその人道から外れた行為も正当化されてしまっていた。たとえ禁止されたことだとしても、外部居住区に救済措置が採られていない現状を見れば、取り締まりきれないことは明らかであろう。

 突如、反対から乾いた射撃音が響いた。廃墟に住む男達が拳銃の照準を防護面の人間に定めていた。その数は五〇人近くに上った。仮面の巨漢を取り囲むように、男達は包囲網を形成していた。


「やれッ!! 皆、女子供を優先して逃がすんだ!! おい、男手をもっと回せッ」


 矢継ぎ早に拳銃の銃口が火を噴き、放たれた銃弾が標的である仮面の人間に見事ヒットする。だが、不可解にも撃たれた巨漢は何一つ動ぜず、被弾部を押さえることをせず、手にしたアサルトライフルの引金トリガーを引いた。フルオート射撃の雨が男達の存在を掻き消し、壁や地面に赤黒い滲みを残す。それは無慈悲な制裁だった。



「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」



 一気に瓦解する防衛前線を蹂躙するように銃弾が浴びせられ、男達の悲鳴を掻き消す。撃たれても止まらない死の行進は続いていく。




 半壊したビルの頂上で、そんな光景を鳥瞰ちょうかんする影像があった。


『どうすんだよ。もう始まっちまったぞ』

『じゃ急いで!! 依頼はデッドラインの殲滅及び人々の援護だから。なるべく迅速に行動してよ。あまり悠長にやってると報酬が減らされるから』


 通信越しの会話。少年と少女の声が飛び交う。


『了解。んじゃ、一掃してきますか』

『ちゃんと完遂してよね。前みたいに取りこぼすなんて事がないようにね』

『了解』


 少年──三ノ瀬美鶴(そうのせ みつる)は眸を閉じ、大きく深呼吸をした。いや、実際には肉体はこの場にはなかった。あるのは金属の骨格をした、人に似た背丈の無機質な機械アンドロイドだった。

 



 騎士──精神のみをそれに設けられた擬似脳に移し、操縦する武装機械人形アンドロイド

 美鶴はそれの操者アヴィアターの一人であった。

 原動機プライムモーターの駆動音が鳴り、美鶴の騎士が稼動を始める。

 まるで蟷螂を想起させる流麗な形姿フォルム。目を引くのが右腕のひじ部分から先、そこに巨大な折りたたみ刃が収まっている。それがこの美鶴専用騎、《鎌錐かまきり》の主兵装、大刀兼大鎌の武器──デスサイスである。



 

 さすがに減給は痛い。美鶴は殺戮を繰り返す人影を視認した。この場所は相手からは死角になっている。手早く相手の数を把握すると、状況の悲惨さに思わず吐気が込み上げた。騎士との同調時に吐くことはないが、擬似的な感覚はある。美鶴は「くそッ」と短く悪態をついた。


重武装兵ヘヴィアーマーがいるから注意して、騎士の損傷は最小限にとどめてよ』

「分かってるよ。てかいちいち話しかけんなよ、由佳里。集中が途切れるだろ」

『なによ、私は君の補助者サポーターだよ。逐一、リアルタイムに指示を出すから』


 少女──羽城由佳里(はしろ ゆかり)の澄んだ声が美鶴の頭に響く。騎士との精神接続状態時には、操者の体感世界は生身の肉体時と大差ない。変わることがあるとすれば、敵を捕捉した時のカーソルが視界に表示されることや、熱や冷気を感じないことだろうか。不思議にも衝撃などの痛覚は感じることが出来た。


「んじゃ、任務を始める」

『目標の駆逐及び、人々の援護だからね』


 ここで救済といえないのが、美鶴には歯がゆかった。己がいかに偽善者であるかを思い知る。今ここで死神の手から救ったとしても、その後に幸せはないのだ。美鶴が今まさに実行しようとするのは、その場しのぎの行動だった。

 だが、それも依頼された任務である以上、私情を挟まず遂行しなければならないのだ。美鶴は一気に跳躍した──自分の肉体を動かすように自然な動作で、同調するアンドロイドである鎌錐の身体が宙に躍り出る。美鶴の人間としての肉体は、遥か数十キロ離れた日本の都市の老朽化し寂れたアパートの一室で今現在眠っている。その一室では由佳里が無防備な美鶴の肉体に付き添っている。

 幼馴染であり、操者と補助者の関係。二人の関係は、戦う者と見守る者という関係であった。


 眼下に迫る人影に向けて、美鶴は右肱を肩より後ろに引いた。刃が収納された右腕のデスサイスは強力な打撃武器にもなる。風切かざきり音を伴って突き出すと、美鶴はデッドラインの一人を地面に叩き潰した。粉塵を巻き上げて地面が陥没し、視界いっぱいに金属片が飛び散る。人間のようであった仮面の巨漢は一体の機械人形アンドロイドであった。


『西の凡庸騎士ね。発声機能も無い粗悪品ばっかで性能面では圧勝ね。ただ銃器には気をつけてよ。相手はやっかいなシロモノを持ち込んでいるみたい。あっ、後ろッ』


 由佳里は、リアルタイムで周辺の解析やルート検索などを行う。騎士頭部に備えられたセンサーより随時送信される情報がそれを可能にしている。

 美鶴はその場で上半身を捻り、右腕を振った。鈍い衝撃が美鶴の全身に走り、背後の騎士が弾き飛んで自動車のフロントガラスを突き破った。巨漢はそのまま沈黙する。殲滅依頼は楽だ、難しいことは考えず破壊すればいい。

 カーソルが自動探知して美鶴に敵の位置を知らせる。視界の右隅で大口径機関銃を構える騎士が美鶴に照準をあわせていた。美鶴はすかさず跳躍し、主兵装を展開させる。

 黒光りする乱れ刃の刃紋が露になった。大鎌──デスサイス。完全展開時には一振りの大剣にも変貌するソレが、鎌錐の主兵装である。


 死神の鎌で死神を刈るのか、美鶴は可笑しく思った。視界で銃口炎マズルフラッシュが瞬き、アサルトライフルの銃口から銃弾が吐き出される。美鶴はその上を跳んで、落下と同時に横薙ぎの一撃を放った。敵の胴体を裁断し、火花を散らす。地面に転がった騎士の赤い双眸が、睨んだ錯覚を覚えて踏み潰す。

 敵の機能停止を確認して周囲を見回せば、やけに巨大な人影シルエットがあった。距離計レンジファインダーが美鶴に知らせたのは一五〇メートル。


──あれか、厄介なシロモロは。

『カノン砲だよ。あんなものを騎士に装備させるなんて……。完全に人の捕縛目的の利用じゃないね』


 美鶴も由佳里に同意見だった。さすがにあれは戦争に向かう戦車さながらだ。

 右肩に装備されたカノン砲の砲身から撃ち出されるのは、榴弾を始めとした遠距離射撃用弾。銃弾内部に火薬が詰め込まれたソレは、着弾と同時に爆ぜる。周辺に人がいることを考慮すれば、撃たせるわけにはいかない。

 美鶴は背部の加速機ブースターを起動させた。同時に冷却装置ラジエーターが急稼動を始める。


『あんまり、加速すると熱暴走オーバーヒートするよ』

「下手打たないさ。一瞬で終わらせる」

『うん、分かった』


 由佳里との会話を簡便に済ませ、美鶴は敵を見据えた。前に踏み込むと同時に、鎌錐の背中に四枚の光翅が生える。そして世界の色が混濁する異様な速度で加速すると、跳んだ。路面で擦過しながら距離を詰める。次第にはっきりとし始める戦車男の姿。


『注意して、来るよッ』


 美鶴の前方で閃光が走った。美鶴は悪態をついてデスサイス振り上げる。転瞬、その刀身を通過した榴弾が寸分違わず二つに裁断されて、後ろに流れた。そして爆発。周囲の空気が熱で膨張し、突風が美鶴を叩いた。


「クソヤロ、撃ちやがったッ」


 背後からの爆風に押し飛ばされ、体勢を崩しかけながら残り距離を跳ぶ。両者の距離は残り十メートル。鎌錐のカメラアイが敵の再照準を美鶴に報せた。間に合え、美鶴は力任せにデスサイスを振り下ろした。

 視線の先で敵騎士の右肩部分が見えない刃に断裂され、その背後のビルのコンクリートが轟音と共に破砕した。デスサイスの一撃が斬撃を飛ばしてみせたのだ。《鎌錐》の主兵装デスサイス、特有機構『引き剥がすもの(ディスコネクター)』、射程距離を有した剣閃である。



 視線の先でカノン砲が完全に分離し、重厚な音を響かせ落下する。武器の無い騎士など、もはやただのマネキン人形に過ぎない。美鶴は加速を伴ってそのまま《鎌錐》の逆間接の脚部で敵を踏み倒す──つもりだった。わざわざデスサイスの錆びにするほどでもない。だが考えが甘かった。

 ものの見事にバランスを崩し、美鶴は相手ごと地面に突っ伏した。


「やっちまった……」


 美鶴は蒼白して、慌てて損傷具合を調べる。損傷軽微。何とかなるだろう、と美鶴は安堵の溜息をつこうとした。それを制したのは不機嫌そうな少女の声だった。


『……何ともならないけど』


 由佳里が美鶴の心を読んだかの如き応答をした。通信越しでもその表情が強張ったのが分かる。


『何華麗に転倒してんのッ!? あとで修理するの私なんだからね!! 君の寝顔に油性の髭を生やすよ』


 どんな嫌がらせだよ、美鶴は呻いた。由佳里が不機嫌になる訳は重々承知している。彼女はサポーターと同時に、整備士としても尽力してくれている。故に馬鹿な行動で傷つけられることに憤りを覚える性格たちらしい。壊すのも壊されるのも格好良く、度派手にやることを所望している。美鶴としては度派手に破壊されたくはないのだったが。


「悪かった、次は気をつけるホントにゴメン」

『ペンキにするよ?』

「やめろ!! かぶれるだろッ」


 人が仕事してる間に人の身体に何するつもりだ、美鶴はげんなりとした。そうこうする間に視界に新たにカーソルが表示され、敵の捕捉を伝える。ザコばかりだが敵の数は多い。

 美鶴は気持ちを切り替え、デスサイスを構えた。もうもうと立ち昇る砂埃、漂う硝煙。その中に機影を濃く、浮かび上がらせていた。





────二〇二五年、世界は戦争によって荒廃し、かつての国家や政府は消滅した。世界の再生計画は企業連合体の分裂により途絶され、世界は今なおその傷跡を残したままにしている。

 二〇三四年、自社の利潤を優先した巨大企業は、その発展のために世界中から労働力を掻き集め、終わらない抗争を激化させていた。

 外部居住区デッドゾーン、戦争の爪痕を色濃く残す地域。助けなど望めるはずのない毎日が延々と繰り返される。

 その場所は今現在も、戦場に取り残されている。



『終わった。依頼主クライアントに報告頼む』

『了解。お疲れ様。五時のタイムサービスの前に帰投してね』

「は? 俺にお遣い頼むのかよ!?」

『いや、荷物持ちだけど。んじゃ一旦通信切るよ。じゃね』


 その言葉で不通を知らせる表示が現れる。


──はぁ、随分な扱いだな。

 美鶴は憂鬱に曇った空を見上げた。足下にはバラされた騎士が機能を停止している。見渡せば逃げ惑っていた人々が美鶴の様子を窺うようにしていた。子供が数人、手を大きく振りかざす姿が見える。

『ありがとうございますッ』『助かりましたッ』そんな声がいたるところから上がるも、大人達がそれを制する。


『さっさと失せろッ』『俺達を救ってくれッ』『俺達が何をしたっていうんだッ』 


 彼らは悪くない、と美鶴は心から同情した。彼らは住んでいた場所が主要都市から些か遠かっただけで、死と隣合わせの日常を送るハメとなったのだ。しかし、残念ながら自分には彼らを本当の意味で助けることなど出来はしない。美鶴は自己嫌悪に身がよじれそうだった。


「俺もまた、救われぬ者だよ」


 美鶴は自分に言い聞かせるように、由佳里に聞こえないように、そう呟いた。




 二〇二五年、その日を人々は忘れることが出来ない。

 その年、その時、世界は終わった。『大崩壊ブレイクダウン』そう総称される世界戦争が起きた。

 二〇三四年、世界は未だ争いが絶えない。

 人々は、欺瞞で溢れる世界に生かされている。

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