Ep.9 『WORLD/BEYOND』
『コノ街ノ『原生種』及ビ『転生種』。全員舌ヲ噛ミチギッテ死ネ』
誰かの『声』が響き渡る。
同時に、朱い液体が明人の頬にかかった。
「え……?」
柄の悪い男の一人がガリッという音と共に、血を吐き出して地面に膝をついたのだ。口元を抑えて溢れる血を止めながら、信じられないと目を見開いている。
隣の男だけではない。
自分の周りにいた人間全員が口元を抑えて地面に倒れ込んだ。
倒れていないのは、門番の男だけ。
その門番も口から大量の血を吐き出した。
「ッ――」
隣の少女は既に身体を横たえ、光の塵になりかかっている。
そして首輪をしていないその他の人間たちは、ただひたすらに苦しみながら地面をのたうち回っている。
「おい、おい!」
明人は一番近くにいた門番の男に駆け寄った。
彼も息が絶え絶えだ。今にも死にそうな様相で、明人の手を握る。
明人は男の重い身体を支えて、呼びかける。
「どうすれば、どうすればいい!」
明人は咄嗟に血を流す口元に手をつっこみ、何とか気道を確保しようと考えて
「……なんで」
口につっこもうとした手を掴まれた。
そして門番は首を横に振ると、苦しげな表情でなんとか立ち上がり、指さした。通りのほうへと。
そして、そのまま地面に崩れ落ちた。
「あ……? お、い」
男は反応していない。
首筋に、手を当てれば。
「しん、でる」
誰も息をしていない中で、明人は一人、絶叫した。
***
明人はスマホを片手に、やけに静かな街の中を走っていた。風切り音しか聞こえない中で心が凍り付くような怖気を感じながら辺りを見て回る。
人間の気配はどこにもない。
誰も、生きていない。
全員が死した街で一人、明人は走り続ける。
「だ、れか…… 生きてる人は……!」
時たま道で倒れる人へ話しかけても、扉を開けて中の人へと話しかけても、全員が死んでいた。
転生種は死んでも死体が残らないのか、血の痕跡すらもない。
死体が残るのは『原生種』の人たちだけ。
本当に、自分以外存在しない街になっていた。
「……ほんとうに、みんな死んで」
明人は大きく息を吸おうとして、走り続けたことによる脇腹痛みに顔を顰める。
その痛みが逆に明人の冷静さを取り戻した。
そして息を吐く。
*
今起きていることは明人の理解の範疇を遥かに超えている。
不吉の予兆であるノイズ。
街に降り注いだ声。
全てが死に絶えた街。
それ以外にも、重要なことがある。
――さっき一瞬だけ見えた、死の光景。
――凍死する自分と、処刑された自分。
――そして、何かを生き延びて今ここにいる自分。
――これらが意味することは、もしかしたら
そこまで思考を進めて、明人は一つの予想、或いは確信を得た。
*
「この状況の答えは、やっぱり」
明人はふらと立ち上がり、走り始める。
側頭部を手で押さえて白い息を吐きながらなんとか歩き、走り、繰り返し。
たどり着いたのは、地下に繋がる階段。
「この先に」
明人が三日間を過ごした場所、この先の地下通路にすべての真相がある。そう確信して、頭痛でふらついた足取りで階段を下り始めた。
そしてふと、後ろで物音がした。
逆光になって見えづらいが、誰かが明人を見ている。
「生きてる、人、大丈夫なんですか――」
それに手を伸ばそうとして。
気が付けば、首元にナイフが。
「黒野君ッ!」
明人は後ろに吹っ飛ばされた。壁に叩きつけられて、息を吐きだし、目を回しながらそれでも前を見る。
「一体、何が」
前方で、ふたつの影が交錯していた。
片方が見覚えのあるもので――
「フィーナ、生きて……! 一体何が起きて」
「早く、逃げなさいッ!」
影が、何度も金髪の剣士に斬りかかる。
短剣を使って、なんどもなんども黒塗りのナイフを操りながら縦横無尽に斬りつける。相対するフィーナは狭い部屋で、得物の長さが不利になる空間でそれをみじんも感じさせないほどの剣技を魅せる。
煌めく金糸が、揺れ、切り裂かれ、舞い散る。
手助けしようにも、目にもとまらぬ戦闘で割り込む余地が皆無。
ふいに、影が自分の懐に入り込んできた。
そのまま、明人の首にナイフを突き立てようと――
「≪光斬≫ッ!!!!」
光の斬撃に遮られて、影は飛びずさる。
明人は後ろを振り返って。
「フィーナ!」
そう叫ぶと、彼女はそれを横目で見て、こう叫んだ。
「私の、私の『前世』の名前は――『木幡陽波』!!!」
フィーナは踏み込み、弾丸のような速度で黒い影に突っ込みながら、そう叫んだ。
「へ……?」
一瞬だけ呆けて、思い出す。
それは高校のクラスメイトの名前と同じだった。
でも、別に仲が良かったわけでも特段何かを喋ったことがあるわけでもない。
なぜこのタイミングなのか。意味が分からない。どういうことなのか。なにか状況を打開するヒントでもあるのだろうか。
分からないが頭を埋め尽くして呆然とする明人へ、フィーナは叫んだ。
「黒野君、出来るなら向こうへ逃げて! また会える機会があれば、その時に!」
訳の分からぬ状況で、それでも逃げろと叫び、明人は聞きたいことが山ほどあったが、それでも。
地下へと駆け出した。
***
地下の部屋。
扉をバンと大きな音を立てながら開け放つと、老婆が目を見開いてこちらを見ていた。それを見た明人もまた目を見開く。
地上の人たちは死に絶えていたが、死んだはずの老婆は何故か生きていたのだ。
否、或いは『転生種』故に生き返ったのか。
明人はその姿に安堵して、息を切らした身体を少しでも休めようと壁に凭れて膝をついた。そして数秒、老婆に向かって叫んだ。
この状況に至って得た明人の予想、或いは確信を。
「エリアール、これは、俺は一体何回タイムリープをしてる!」
おそらく、時間を繰り返している。
それはタイムリープを持つ明人だからこそ得た予想だ。そうでなければ、あんな現実感のある臨死の光景をみることはないし、明人だけが生きているなんて都合のいい現在の状況にはなり得ない。
明人の気づかない内に、相当数この三日間を繰り返している――それが明人の予想であり、確信でもあった。
「……そうかい、聡い子だね」
老婆はしかし、首を振った。
「だけど、それじゃあ不正解だ」
「それは、なら」
「正解は時間遡行をしていたのがあんたじゃなくて、私だからさ」
「ぁ――?」
明人は言葉を失う。
本当は、街がどうしてこんな状況になったのか、なぜ明人は転移をしたのか、なぜ今になってそんな話をし始めたのか、すべての疑問を吐き出したいのに、思考がこんがらがって口から出すことが出来ない。
そして次の老婆の言葉で明人は本格的に言葉を失った。
「何回、か。この三日間、もう千回を超えてからは数えることもやめちまったね」
「せ、千ッ……」
明人は自身が一度一年もの長時間をタイムリープで遡ったからこそ理解できた。
それは異常だ。ただ、たった一年を繰り返すだけで明人は気が狂いそうになった。
なんとか友人たちの手を借りてこそ、繰り返した変わらぬ一年を乗り越えたのだ。
それを、千回。三千日以上。下手をすれば目の前の老婆は十年以上この三日間を繰り返していることになる。
明人は老婆がそれほどまでにこの三日間に固執した理由を問おうとして。
「……時間だね」
老婆は金色の懐中時計を取り出すと、険しそうな顔でそう呟いた。
そして、それと同時にフィーナと明人を襲ってきた影が扉を突き破って部屋に飛び込んできた。
粉砕され埃が舞い上がる部屋の中で、明人を襲った影が黒塗りの短剣を振りながら叫ぶ。
「占い師エリアール、お前は一体この世界に何を呼び寄せたのだ……! 今、この瞬間にも時空間が」
「もう遅いよ、過去と未来は動き始めた。世界の相はこの占命で結する」
老婆の言葉とともに、宙に浮かんだ水晶が眩く輝き、タロットカードが魔法陣のように並び文様を描く。そして、その中心で老婆は金色の懐中時計を握りしめた。
「ッ!」
黒い影が何かに気付いて明人を急襲しようとしたが、フィーナが黄金の剣で弾く。
目にもとまらぬ剣戟の応酬が始まり、フィーナが叫ぶ。
「エリ婆!」
「分かってる。さぁ、行くよ」
――■■■
同時に、街を滅ぼした声が再度響き渡る。
そして内容が分からないうちに、占い師の老婆がボロボロな金色の懐中時計を掲げる。そしてそれに呼応するようにスマホの画面が光った。
懐中時計とスマホが互いに時間を刻み、ノイズを奔らせ、世界の色が変わり、時刻と日付がめちゃくちゃに動き始めて――
***
気が付くと、明人はモノクロの世界に立っていた。
扉で区切られた境界に明人はいる。
扉の向こう側では、フィーナが剣を構えて停止し、黒い影と対峙していた。
そして扉の反対側では。
――公園の中、首から血を流した明人がスマホを片手に停止している。
そしてそれを友人たちが止めようと手を伸ばしている瞬間だった。
この場面は、間違いなく明人が異世界転移する直前の出来事。
その地点に戻ってきて、今回の明人は自分自身を俯瞰するような形で自分を見ている。
そして、その後ろには血に塗れたナイフを持つ、占い師の老婆がいた。
「まさか、あの時、異世界転移の直前にタイムリープが失敗したのは」
──エリアールが干渉してきたから……!
「半分は正解だね。『あんた』を過去のこの地点と、未来のこの地点で繋げる必要があった」
「はん、ぶん? それはどういう」
明人が聞こうとした直後に、老婆はナイフを取り落として倒れこんだ。
慌てて駆け寄り、その体を抱き起そうとした明人はあり得ない違和感に気付く。
「身体が、軽い……?」
人の身体にしては軽すぎる。あり得ないほど軽いうえに、よくよく見れば、彼女の指先あたりからノイズが奔ったかのように白と黒でぶれ始めているように見える。
あたかも消滅し始めているような。
「婆さん、あんた消えかけて」
「老い先短い婆のことなんてどうでもいいさね」
「そんな」
そんな状態で、老婆は苦し気に胸のあたりを掴みながら明人の目を見据えた。
初めて見た老婆の瞳は紫色であり、その眼光の強さに明人は気圧される。
「いったい、なんのためにこんな」
明人の無意識の呟きに。
「未来」
老婆は端的に、一つの単語で答えた。
「その為に十年と繰り返したし、百年千年を繰り返した。私の理由の、全てだ」
明人はあまりの意志の強さに、言葉の重みに息を飲んだ。
明人自身、ただ一年をやり直すだけでも精神をおかしくしかけたのだ。
その言葉の重み、その意思の強さは恐らくこの世の誰よりも、明人だからこそ理解できている。理解してしまったからこそ、その異常さに明人は震えた。
「いいかい、時間遡行なんてものは余録、真に重要なのは人の意志さね」
老婆はそう言って、目を閉じた。
もはや、目を開く力さえないのか全身から力が抜けていく。
ふと、老婆の左手から金色の懐中時計が落ちた。
その針は、12時13分を指していた。
「この、時間……」
それはいつもの教室で、いつもの昼休みに、明人のスマホに『WORLD BEYOND』の最新話が届いた時間と完全に一致していた。
明人は左手のスマホの時間を確認する。
その時間もまた、12時13分。
――まさか。
気づいた瞬間に、明人はこの場から自分が消えかけていることに気付いた。
老婆の様に存在ごと消失しようとしているわけではない。
どこかへ、別の時間に引っ張られるような引力と共に自分がこの空間から消えかかっているのだ。
「……ッ、クソ、分からないことも、聞きたいことも多すぎる! 俺は何のためにこの世界に、なんでこんな未来に連れてこられたんだ、それだけでも教えてくれエリアール!」
明人の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか。老婆は苦しそうな表情で、ほんの少しだけ顔を動かした。
その方向には、子どもを助けようとタイムリープをする直前の明人の姿があり──
「見ず知らずの子どものためにやり直す覚悟、魅せただろう」
明人は、目の前の自分が一年をやり直してでも助けようとした子供を見た。それが始まりであるのなら。
「あの子は、親友の忘れ形見さね」
「なッ……」
「だからこそ、黒野明人。ここで死にかけたアンタを──」
その言葉を最後に、明人の視界が急激に引き延ばされる。
床に倒れ伏し、視界が明滅しながらどこかへ吹き飛ばされていく感覚。
それと同時にフィーナの声を聞いた気がした。
内容も分からぬままに、明人の意識は完全に吹き飛ばされて――
*
「痛ッ――!」
明人は盛大に転んだ。
何かに額を打ち付けて、痛みで目の前が真っ白になる。
数秒してから目を開くと、親友――悠生が不思議そうに明人を眺めていた。
「|なにもないとこで転んで《・・・・・・・・・・・》、どしたの? 朝のことがそんなに恥ずかしかったの?」
「……?」
明人は状況が何も理解できず、声を出すことすらできずにいる。
クラスが一瞬だけ静まり返った後に、皆が談笑に戻る中で、明人だけが目を見開いてスマホを見つめている。
時刻は、12時13分。
日付は、2031年2月25日。
転移に連なる一連の事件。
その始まりである昼休みだ。
例の小説、『WORLD BEYOND』が更新された日付で、時間。
なにもないところで転ぶのは、時間遡行をした証拠だ。
明人は呆然としながら、徐々に状況を理解し始める。
――帰って、きた
異世界から、未来から、あの死地から帰ってきたのだと。
状況を理解して、更に混乱が加速する。
異世界での三日間、向こう側で得た情報。滅びた街と老婆の最期。どれもが真実だとしたら、妄想でないとしたら、明人の、一介の男子高校生の許容量を遥かに超えている。
「……」
「どしたの、明人」
悠生が声をかけてくるが答えることができない。明人は絶句したままスマホの画面を見つめていた。そこには例の小説――『WORLD BEYOND』が映し出されている。
脳内の処理が追い付かず、手を止めていた明人。
それでも、今、一つだけわかることが明人にはあった。
何もわからないが、今起きた事実は変わらない。
だから、目の前で暢気にチョコチップメロンパンを食べている友人に、ありのままを話した。
「今、異世界から、帰ってきた」
序章終了/
明日は4話投稿




