Ep.7 『最初の/異変』
翌々日、異世界も三日目の昼前。
フィーナやシルィアは朝から外出しており、今日も今日とて明人は手持無沙汰だ。やることがないため、とりあえず部屋の掃除でもするかと腰をあげかけて。
「……?」
ふと気になって、スマホを取り出した。
直後に嫌な予感が脳裏を過る。
明人がスマホのロックを解除すると、声を漏らしてしまった。
「まじかよ」
写っていたのは以前と変わらず小説『WORKD BEYOND』だ。
ただ、嫌な予感もまた的中していた。
「これ、ノイズが……!」
写された画面にはノイズが奔っていた。しかも、ノイズがいままでより格段に多い。
明人はいままでの事を思い返して、一人戦慄する。
弟が事件に巻き込まれた時も、転移前に少年が車と衝突した時も、明人が気になって開いた画面では軽いノイズが一瞬奔った程度だった。
それが、今はどうだろうか。
格段に増えたノイズが画面のそこかしこで奔っている。
その状況に明人は恐怖を覚えて、そして――
「黒野明人」
振り返ると、この三日間一度も姿を見せなかった占い師の老婆――エリアールが居た。
**
「エリ、アール」
明人は後ずさりながら、老婆の名前を呼ぶ。
老婆は相変わらずフードを目深に被って表情は分からない。
唐突に現れた老婆に驚いた明人だったが、冷静になれば老婆が苦し気に息を吐いていることに気が付いた。
否、それだけではない。
彼女は血を流している。それは口からも、そして指先からも。
「ッ、エリアールさん、どうして、何があった!」
「時間が、ない」
老婆はそう言って、血を流す指先から水晶を持ち上げた。
宙に浮遊した水晶は、その中身に明人の持つスマホ同様のノイズをはらんでいる。
「それ、その水晶、ノイズが……!」
「黒野明人」
老婆はもう一度明人を呼び、その直後に体勢を崩した。倒れそうになる身体を柱で支えながら、老婆は宙に浮いた水晶を見つめ続けている。
「エリアールさん!?」
倒れかけた老婆を心配して駆け寄ると、明人の足元にはどす黒い血が溢れていた。
老婆が口から血を吐いていたのだ。
「いったい何が起きて」
「もう少しで、私も終局さね」
老婆はそう呟いた。
その声音は淡々としながらも、何かしらの感情があるように思えた。
「一体、何を」
スマホの画面には未だにノイズが奔り続け、そして老婆の水晶もそれは同じだ。
明人が過去二回に渡って経験した不吉の予兆。
それが規模を増して迫っている、そんな予感が増え行くノイズから滲む。
異様な、しかし何かが起こっている状況で明人はまず老婆を助けようと手を伸ばして──老婆が口を開いた。
「黒野明人、お前に預言を与える」
三度、明人の名を呼んだ老婆は指で空に文字を描いた。
すると、床が崩れる感覚と共に宙へ放り出された。
**
明人は直前までとは全く違う景色に目を見開いた。
周囲には白い柱が二本建っており、その他に四つの柱が崩れた状態で浮いている。柱以外はすべてが黒く、或いは無数の星が瞬いている星空のようだった。
その中で一つの流星が星空を駆けている。
その光景に、明人は何故か酷く既視感を感じていた。
「ここ、は」
「預言だ、黒野明人」
そう言うと、老婆の扱う言語が変わった。
内容は分かるのに、違う言語を喋っているようだった。
『再起を果たせし旅人よ、真実を知れ』
同時に頭に流れ込む、いくつかの光景。
何かを見つけた自分と、何かを見て決断をした自分の姿。
それが終わるのと同時に、謎の空間が崩れ去った。
**
明人が目を見開いた時には、既に遅かった。
「エリ婆さん!」
老婆はフードに隠れた表情を見せないまま、光の塵へと還っていった。ノイズを放つ水晶も老婆同様に、塵へと還る。
この現象を明人は知っていた。
正確にはフィーナから聞いていた。
「死ん、だ……?」
転生した人間達は不死身だ。正確には死んでも生き返る。そして彼らが死ぬとき、彼らの死した身体は光の塵となるのだ。
「どうして、いったい何が起こって……ッ」
明人はスマホを確認する。その画面は未だに多くのノイズを奔らせたままであり、それが意味するところは──
「これ、まだ終わってない。何かが起こっているまま、なのか……?」
明人はその事実に怖気を覚え、小さく息を吐く。
明人がスマホの画面に――『WORLD BEYOND』の画面に奔るノイズを見た時、その悲劇を未然に回避できたことは未だにない。
悲劇は依然として進行していて、何が起こっているかも分からない状態。
「…………外に、何か、あるのか?」
明人は閉じられた扉の方を見つめた。
フィーナから外にはまだ出るなと念押しされている。外の世界は明人にとってあまりにも過酷な世界だ。常に死の危険と隣り合わせであると言っても過言じゃない。
転生教団にしろ、転移してきたことにしろ、それ以外にもおそらく、明人にとっての地雷が山ほどあるはずだ。
それは、明人も重々承知していて、それでも。
「それでも、何か」
明人は不気味な預言に感じた動揺を、ノイズが止まらぬ恐怖を、外の世界への恐れを、大きな息と共に吐き出した。
いまは動かないといけない。
何かしなければ、老婆の死以上に酷いことが起こる。
そんな予感に明人は突き動かされた。
「行くべき、だな」
自分に言い聞かせるようにそういうと、明人は部屋の扉を開き、外への一歩踏み出すのだった。




