Ep.6 『暇な一日』
翌日、明人は手元の食器を洗いながらぼやいていた。
「今日も異世界は平和だぁ」
転移してから一日。
そんな呟きをしてしまうほどに何も起きない。
明人はシルィアやフィーナと生活することになった。
とはいえ、やることは掃除や洗濯くらい。この世界の外の景色や空気感を知りたいという気持ちも徐々に出てきてはいるが――それでも、死というリスクを背負ってまで行く気にはなれなかった。
だから、一人で部屋の家事だけを淡々とこなしている。
ただ、一人になると暇になるので、必然と考え事も多くなる。明人は現状を頭の中で整理をすることにした。
まず、スマホの通信は当然のようにできないので通信を切って省電力モードで待機状態にしている。例の小説が表示された画面から移動してしまいそうなのでそもそもほとんど触ってすらいない。
昨日説明された魔法を利用した家事用の道具なども、好奇心から一通り弄ってはみた。暖かい光を照らす光精霊のランプ、水を浄化させる魔法石を利用した蛇口、汚れを清める手袋。
こういう不思議道具がなければ、今いる場所が異世界だと実感もしずらかっただろう。洗い物が終わって椅子に座ると、窓から中天に昇る太陽の日差しが差し込んでいた。
「これも作り物かぁ」
この場所は地下。
窓に景色など映るはずもなく、これも魔道具の一種、らしい。
どこかの景色を映すだけの簡素なもの。草原の中にぽつんと、石の水盆が置かれている。風が吹きすさび、草や水面が凪いでは静かに戻る。どこまでものどかな風景。
それをぼーっとみながら、肘をついて明人は呟いた。
「めっちゃ暇……」
日中はフィーナもシルィアもいないので本当に手持無沙汰だ。なんでも二人は”狩り”というものに出かけているというのだ。危険な害獣の駆除が主な目的と言っていた。金色の髪を揺らして剣を振るうフィーナは想像できたが、幼いともいえるシルィアが狩りを行う姿は、あまり想像が出来ない。
そんなことを考えながら、明人は暇な時間を潰していた。
***
夕方になって、フィーナやシルィアが狩りというものから帰ってきた。
たった一日とはいえ、見知らぬ場所で放置されて心細かったので明人は想像以上の安心感でほっと息を吐いた。そんな明人の心情を知ってか知らずか、見知らぬ緑色の肉、らしきものと野菜を抱えて帰ってきたフィーナはそのままキッチンで肉を炙り始めた。
手伝おうとしたら追い払われたので、明人はひとまず椅子ごと反転させて座り、フィーナに一つ聞いてみることにした。
「あのさ、占いしてるお婆さん――エリアールさんだっけ、あの人はどんな人なんだ?」
「エリ婆ね。あの人は私達の、いわば保護者みたいな人よ。性格は私も分からないの。いつも占いしてるから」
「それ、保護者っていうのか……?」
「一応私達が小さい頃は食事とかも作ってくれてたんだけどね。今は私が自分で作れるくらいには体が成長してるから」
「なるほどなぁ」
仮に料理の知識や腕があっても転生したてではまともに体も動かせない。
誰かが世話をしないといけないのは必然だろう。
「あとはレー婆がいろいろ世話してくれたのも大きいけどね」
「レー婆?」
「この街には頼れるおばあちゃんが二人いるの。一人はさっきのエリアール。エリ婆よ。そしてもう一人がレー婆。『転生種』の訓練場を営む二十代のおばあちゃんよ」
「……?」
二十代のおばあちゃんとは。
そんな明人の間抜けた顔を見て、疑問を察したフィーナが答える。
「亡くなったときの年齢が101歳だったそうよ」
「まじ? いや、そうだな、ありえるのか」
高齢の方が転生しても、例外なく赤ん坊になって生まれる。
だからこそ身体年齢十代、精神年齢百二十代とかも有り得るということ。
それは親友である悠生が必死に隠そうとしてる趣味、或いは性癖──ロリババとかいうジャンルに該当するのだろうか、なんていう意味のない思考で明人の頭は埋め尽くされる。
──まあ悠生自体が合法ショタみたいな見た目してはいるから、あいつはロリババ好きの合法ショタとかいう意味のわからない存在になるんだよな
その上で美人で陰キャな彼女持ちで共依存気味とか、属性過多すぎて頭おかしくなりそうだ
まて、なんか思考が意味のわからない方向にとっ散らかってる気がする……
そろそろ意味がわからなくなってきたと明人は思考をまともな方に戻そうとする。
「つまり見た目が子供でも中身がそれと同じとは限らないってわけかぁ。完全にコ〇ンだこれ。あれ、じゃあシルィアは……?」
「私もよくは分かってないんだけど、聞いた限りだと――どこの国とも交流のないどこかの部族の子供だったみたい。教育もしっかりは受けてないみたいなの」
「あぁ、もしかして裸見せるのに抵抗がないのも」
「うん。あの子の部族はみんな裸で暮らしていたみたいね」
転生してくる人は年齢も居住地もランダムという話。
人種のるつぼ――はまた意味がちがうかもしれないが、それに近い状態なのかもしれない。まだこの世界に来て出会った『転生種』がフィーナやシルィア、エリアールだけだから明人ははっきりと断言できないが。
話していたフィーナは地下通路の扉の方を見る。
正確には向かい側にあるシルィアの部屋を。
「あの子はあれでも、狩りのセンスは群を抜いてるのよ。狩猟をメインに生きていた部族だかららしいけど」
「あんな小さな子がね~」
本当に見た目に寄らない人たちが多いのだと、実感させられる。
「そういえばさ、その『狩り』についてシルィアが話しててさ。『あぶない動物を狩るには”ろーる”がひつようなんだよー』とか話してたけど、ろーるってなんだ?」
「ロールは正確には”役割”っていう字を当てているわね。いわゆる超能力を使うためにある仕組みよ。私がこうやって」
フィーナが宙に浮いたちいさな光の珠をくるくると回す。
「光を操れるのも、その役割のおかげね」
「それがこの世界でいう超能力の源ってわけだ。ちなみに、フィーナの役割は何になるんだ?」
「……」
聞いた瞬間にフィーナは黙りこくってしまう。
どうしたのだろうと明人が首を傾げていると彼女はふいと顔を横に逸らした。
なにか言いづらそうな雰囲気だ。
「……ラ」
「ら?」
「ラ……ト……ド……」
「ラトド?」
歯切れの悪い、意味の分からない回答に明人は更に首を傾げる。
ラトドなどというものは聞いたことがない。
どんな力を持っているのだろうかと不思議に思ったが、それ以上にフィーナの耳が真っ赤なのが気になった。
わなわなと体まで震えている。どんな恐ろしいロールなのだろうかと明人が身構えていると――
「ら、ライト、ブレイド…… ぷ、プリンセス」
「……そ、そう、なんだ~」
「なんでこんな名前っ……」
フィーナはそんな風に呟いた。
そのまま後ろへとそっぽを向いてしまった。明人もいたたまれない雰囲気に申し訳なさを感じた。なんといえばいいのか分からなくなったので、とりあえず何も考えずに反応だけはした。
反応が数秒遅れた時点で致命的だったが。
「いや、その、か、かっこいいよな」
「いいのよ。うん。そう、そうよね……ライトブレイドプリンセスとか、ちょっとセンスどうかと思うわよね。私もそう思うもの、イタイ、イタ過ぎるわ……」
「そ、そうですね」
自分から名乗るのが恥ずかしくなるような役割を作るなと制作者には声を大にして言いたい。ていうか、私の役割はライトブレイドプリンセスです、なんて説明させるのはわりと鬼畜だろうと思う。ちょっとかわいそうではなかろうか。
そんなことを明人が考えていたら、ぱたぱたと後方から足音がやってきた。
ちらと扉の方をみるのと同時に、バンと開く。
「フィーナ! みずあびよー!」
部屋に飛び込んできたのは茶髪碧眼の少女、シルィアだ。
相変わらずしたったらずな発音だが、彼女のそれにもそろそろ慣れてきたものだ。
「今日はちゃんと服着てるな、えらいぞー」
「うん! くろいおにーさんもいっしょにはいる?」
「いや、遠慮しとく。あと俺はくろいおにーさんじゃなくて明人だから、そう呼んでくれると嬉しいな」
初対面が学ランに黒のスラックス、その上で黒髪黒目なのだから、目の前の色彩豊かな少女と比べるとずいぶん黒く見えたのだろう。シルィアからは黒いおにーさんと呼ばれているが、明人としては普通に名前で呼んでほしいところ。
「わかった! くろいおにーさん!」
「わかってないんだよなぁ」
明人は苦笑しながらフィーナの方を見やる。
シルィアもフィーナの方へと向かい、彼女をぐいと引っ張った。そのまま右の扉、シャワー室のあるほうへと連れていく。
「まって、引っ張らないで! 着替えの用意がまだだから」
「いいじゃん、はいろ! はだかー!」
「もう、男の人がいるときは気を付けてって! あ、黒野君は覗いちゃだめだからね!」
「みないよ~〜」
そんな出来事がありながら、異世界二日目となる今日も平和な一日が過ぎていくのだった。




