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Ep.4 『転移した世界/死後の世界』



 状況を整理すると、2031年の2月25日にタイムリープを行おうとした。

 タイムリープの帰還地点(セーブポイント)は一年前――2030年の2月25日だ。

 目的は、目の前で死んだ男児の救命。交通事故の回避だった。


 それが、タイムリープをしようとしてどうだろうか。

 なぜか全人類が転生してくる異世界で突然目覚め。

 さらには|さっきまで地球側にいた時刻から一年後――2032年に全人類が滅亡していたなんて事を聞かされたのだ。



「いやもう、何もわからなさすぎる」

「その気持ちはわかるわ。だけど、すべて事実よ」

「――だとしたら、いや待て。さっきこの世界のことを死後の世界って言ったよな」

「実際にそう言われているわ」

「それなら、じゃあ俺は」



 そう言って、一度言葉を区切る。

 思い返すのは先ほどまでいた場所、『元の世界(地球)』での最後の一幕だ。タイムリープをしようとして、おかしな挙動を起こしたWEB小説。その最期に感じた、『死』という実感。首から溢れる、手にこびりついた己の血が、妄想でもなんでもないとしたら。



「俺、あの瞬間に死んで」



 真っ白になりかけた思考、そこから引き戻すように少女が待ったをかけた。


「聞いて。まずは状況をはっきりさせたいの」


 彼女は明人を、その服を見つめてこう言った。


「とりあえず確認からよ。ここが全人類が転生してくる世界とは言ったわよね。それは本当に、一つの例外なく全員が死んだ上で、赤子として転生してきてる。大事なのは『転生』してるってこと。確認したいのは貴方、本当に赤子に転生した? それとも」


 少女は手鏡を取り出した。


「身体を変えずに、転移してたりしない?」


 そう言われて、明人はバッと鏡を確認する。

 そこにあるのは間違いなく『黒野明人』の顔面で、身体だった。


「元の身体の、ままだ」


 傷一つない。

 首を触っても、頬を触っても傷は見つからないし、血がべったりとつくこともない。制服や手に持つスマホも含めて、着の身着のままの自分自身だ。


 ――間違いなく転移をしている。

 ――タイムリープをした瞬間の、自分だ。


「死んで、ない?」


 しかし、先ほど感じた死がまやかしだったとも思えない。

 一度冷静になると、疑問と推測が頭の中に次々と湧いて出てくる。



 ――さっき感じた死は、こちらの世界に来るために必要な過程だった?

 でも、死んで転生したわけではない。

 そもそもタイムリープするはずだったのに、転移した理由はなんだ?

 『例の小説』には異世界転移した主人公たちの話が描かれていた。

 転移の時の挙動は、小説内容に従っている可能性もあるのか?

 だとしても、登場人物たちに死んで転移したなどという記述はないのが引っかかる。

 或いは、死んで転移というのも広義の転生に含まれるのか?



 頭の中の思考がとっちらかっていくのを感じて、明人は一度目を閉じた。

 そして、今一番重要なことをまず聞くことにした。


「ダメ元で聞くけど、地球に帰る方法なんてないですよね」

「それは、帰ったとしてもあまり意味がないと思うけど」


 想定していた回答とは違う答えが返ってきて、明人は思わず聞き返してしまう。


「意味が、ない?」

「あなたが最初に言ってたでしょう、西暦何年かの異世界だって。そのとおり、この世界はね、地球人の転生が始まってから既に百年以上が経過しているのよ」

「ひゃ……」


 明人は言葉を失った。

 それが意味するところは。


「そう、百年。普通に考えればだけど、おそらく地球も同じように」

「百年以上、経過して」


 明人がまた絶句していると、少女が痛ましそうな顔で声をかけてきた。


「その気持ちは、分かるわ。ただ、今はわからないことだらけでしょう。少し休――」



 深刻な雰囲気の中、扉がバンと開く音と共に言葉が突然遮られた。



「フィーナ! みずあびる〜!」




**




 話を中断された明人が後ろを振り返る。そしてぱたぱたと足音を響かせて部屋に飛び込んできたものを見て、明人はがちんと身体を硬直させた。

 そこにいたのは、ほぼ素っ裸の少女だった。

 そう認識した瞬間に、部屋が光に満たされた。正確に表現するなら、首から下あたりが光のようなもので満たされている。


「シ、シルィア! 男の人がいるときは裸はダメだって!」

「ひかりまぶしー! は、はだか、さささ、さむい~! ここちょっとあったか! いぇ~い!」


 先ほど老婆の部屋にいたもう一人の少女だろうか。

 茶髪碧眼の、小学校高学年から中学生の間の様に見える少女。

 それにしては、多少言葉遣いが幼いというか、舌足らずなような気も。


「あなたも、いつまで見て――あぁ」

「見てない、視てないからなんとかして」


 あまりにも事態が――今までのものを含めて――明人にとっては唐突過ぎて、呆然としてはいたがとっさに顔だけはそむけて頬杖をついていた。

 金髪の少女は、慌てて茶髪の女の子を部屋の右側にある扉へと押し込んだ。部屋の中の眩しさもかなり減ると同時に、水の流れる音が聞こえてきた。


『ひゃっふぅ〜〜! おゆだ~!』


 そんな声が聞こえてきた。

 自由奔放と言うべきか、やりたい放題というべきか。


「はぁ、はぁ。もう、あの子は……」


 扉から出てきた金髪の少女は心なしか疲れた顔をしている。

 いまの一幕で、目の前の少女が茶髪の女の子によく振り回されているというのは察せた。


「あの、大丈夫?」

「え、えぇ。大丈夫よ」

「あの子の裸を隠してたさっきの謎の光は一体……?」

「私の『役割(ROLE)』――えっと、超能力みたいなものよ」

「そ、そう」


 この世界に超能力あるんだという驚きと、使い方それでいいのかという感情が混ざって反応がしづらかった。


 ――初めて見る超能力が漫画でよく見る謎の光でしたとか、どうなのだろうか。


 とりあえず、明人は今見た場面の感想を述べることにした。


「なかなか、愉快な感じですねぇ」

「は?」

「言い間違えた、なかなか大変そうですね」

「……そうねぇ」


 金髪の少女は頭を抱えてはぁとため息をついている。

 いまの、裸で部屋に飛び込んできてシャワー浴びるところを見ただけでも、あの少女が相当にフリーダムなことが分かる。

 かなりやりたい放題してそうだ。


 ――ただ、今のは気分的に助けられた気もする。

 タイムリープしようとして、異世界に転移して、実は百年以上先の未来で。

 動揺していたけど、今ので気が紛れはした。こうなってしまった以上、くよくよしていても仕方もないな。

 まずは自己紹介からだ。


「とりあえず、自己紹介してませんでしたね。俺は黒野明人っていいます。よろしくおねがいします。えっと、姓が黒野で、名前が明人です」

「クロノ、アキト」


 彼女は明人の名前を反芻して何度も口にした。そんな彼女を不思議に思ってみていると、首を横に振って自分の方を再度向いた。


「ごめんなさい、私はフィーナよ。姓はないわ」

「よろしくお願いします、フィーナさん。それで、いろいろと聞きたいことがあるんですけど」

「質問にはちゃんと答えるわ。だけどその前に」


 金髪銀瞳の少女――フィーナは立ち上がると、台所の方へと歩いた。

 そして、指先に小さな光を灯すと一瞬で沸き立った水をポットに注いでいく。

 数秒後、ポットから黄金色の液体をカップに注いで明人に手渡した。


「少し休んでから、ね」



**



 明人は渡された液体をごくりと飲む。

 不思議な味だった。苦みに、嫌にならない甘さが感じられる。落ち着くような淡い花の香り。総じて明人が飲んだ事の無いような不思議と形容せざるを得ない液体だった。

 そして、それ以上に驚いたことは。


「――すごいな、これ」


 感じていた頭の疲労感が一気に抜けたのだ。

 唐突な事態に巻き込まれ、頭の疲労感――或いは身体の気だるさを感じていたが、それが解消された感じだ。


「レー婆印の薬湯なのよ。疲労回復にはぴったりね。ただ」

「ただ……?」


 明人が首をかしげると同時、目の前が真っ白になった。

 否、これは違う。

 明人から出ている何かが視界を真っ白に染め上げたのだ。


「鼻から白い煙が出るのよ」

「ぶわっ、これ」


 息苦しさはないが、何も見えなくて真っ白なのは不便すぎる。

 煙は幸い、数秒もしないうちに綺麗に晴れた。


「なにいまの」

「副作用みたいなものよ。疲労回復に使える薬湯なのだけど、ひとくち目だけ煙が出ちゃうの。だから飲むときはこうやって」


 そういうと、フィーナは少量を口に含んだ。

 それを飲み込むと、鼻から微量の煙がふっと出てくる。


「最初に少しだけ飲むと、煙を抑えられるわ」

「なぁ、それ先に言ってくれてよかっただろ」

「愉快そうだなと思って」

「うわぁ、さっきの仕返しされた~~~~」

「言い間違えたわ、忘れてたの」

「おちゃめさんじゃん」


 とはいえ、疲れは綺麗に取れた。

 明人はすっきりした頭でふんと鼻を鳴らす。微妙に残っていた煙が出ていき、その様子をみたフィーナは微笑んだ。


「その様子だと、疲れは取れたみたいね」

「ありがとう。大量の煙と一緒に出ていったよ」

「悪かったわよ、ひとまずはこれでもうすこし話ができると思ってね」

「話か。じゃあ、さっきの続きから」


 途中で止まっていた問いを再度聞くことにした。


「聞きたいことがたくさんある。この世界は、一体どんな世界なんだ。さっき言ってたフィーナさんが『死ねない』っていうのはどういうことなんだ。他にも地球が滅んだとか言ってたけど、あれは一体」

「そうね、何から説明するか悩むけど」


 そういってフィーナは頬に手を当てて少しだけ考えこむ。


「地球人と現地人――『転生種』と『原生種』についてが一番大事ね。あとは『転生教団』――地球人類を滅ぼしたやつらについても話しておけって言われてたっけ」


 フィーナはこの世界についての説明を始めた。

 新しい世界、異なる世界というものに少しばかりの興味を抱いていた明人は、説明を聞いていく内に次第に顔の色を悪くしていった。




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