Ep.4 『穏やかな時間、そして帰還』
「お疲れ様」
「あ、りがとう……」
疲れ果てて地面に大の字で倒れた明人にフィーナが水を持ってきた。
それを飲み干して、なんとかふらつきながらも立ち上がる。自分の手の甲にはやけどのような白い跡がいくつもあり、それは袖に隠された腕や、足にもいくつもあるだろう。
「ほら、次にこれを飲んで。その程度なら一瞬で治るわ」
「…………大丈夫なのかこれ?」
「えぇ。味以外は問題ないわ」
フィーナから差し出されたのは、細長いガラスのビンに入った液体。紫と緑がちかちかと光輝くどろりとした禍々しい液体だった。毒々しい色合いに顔を引きつらせながらも、明人はそれを受け取った。
「飲むなら一気に飲んだ方が楽よ」
「怖くなること言わないでくれ……」
躊躇いは一瞬、明人は意を決してその液体を飲み干した。
瞬間、舌が焼けるような辛みと苦みと、吐き出しそうな酸味に舌を出して地面を転げ回った。同時に、傷が焼けるように熱くなり――
「あれ……?」
気が付くと味も痛みも傷も消えていた。
驚くほど一瞬の出来事で、明人は呆然と手の甲を見つめる。
「あれでもレー婆は稀代の錬金術師と言われているの。薬の調合も一級品ね」
「なるほど…… これはすごいな」
「どうせなら二、三本渡しとく。ひどいケガだと時間かかるけど、軽いものならすぐに治るし」
「そんなぽんぽんもらっていいのか」
「どうせレー婆がまた作ってくれるからいいわよ。それより、リインも一気に飲みなさい。ためらっててもしょうがないわ」
小指ほどのビンを三つ貰い、明人はそれをポケットにしまう。そうしてリインのほうをみると、彼女もちょうどあの液体を飲み干して地面を転げまわっていた。声にならない悲鳴をあげる様子は自分も共感できる。
あれはそういう類の飲み物だ。
「大丈夫か、リイン?」
「はい…… すごい飲み物でしたね」
「それは同感」
苦笑いしながら、地面に倒れるリインを起こす。
「さぁ、今日は帰りましょう」
そうして、フィーナに先導されて訓練場を後にした。
*
訓練場を出て、地下通路を歩いていると、とある扉の取っ手が目についた。
なにやら赤黒い――血がべっとりついていたのだ。
「お、おいフィーナこれ」
「……あぁ。この部屋の訓練場は結構厳しいところなの。大丈夫よ、大きなけがをしてもレー婆の薬もあるし、最悪は――」
「死んでもいい、てのはあんまり好きじゃないんだけど」
「そう、ね」
フィーナはすぐに階段を昇っていく。
珍しく歯切れの悪いフィーナの様子が少し気になったが、彼女はどんどん先に行ってしまう。リインと顔を見合わせ、明人はフィーナを追いかけるように走った。
***
訓練を終えた次の日。
ちょうど学校も休みということで、明人はフィーナの部屋を訪れていた。
「やっぱこの部屋で掃除してるのが一番落ち着くなぁ」
明人はなぜかフィーナの部屋で掃除をこなしていた。
この世界で一番穏やかで安心していた時間が、この部屋で掃除をしていた最初のループだったからというのもあるのだろう。せっせと掃除をこなす明人を傍目に、フィーナは複雑な表情で食事を作っていた。
「よくよく考えると自分の部屋で男の子に家事させるとか少し良くないことさせてる感じあるわね」
「――わりとそういう、年上の女性の部屋で男子高校生が住み込みで働く、とかいうラブコメ見たことある気がするな」
「誰が年上ですって?」
「ごめんなさい」
部屋の四隅のほこりを丁寧にとりつつ、明人はフィーナの方を向いた。
「一番落ち着いてられる理由はアレがなかったことだけどな」
「<主転教>の襲撃ね…… まあ過去が変わったんだから、そもそも王とかいう<主転使>も死んでこっちに来れてないんでしょうね」
最初のループで起きた、この街への<主転使>の襲撃。
占い師の老婆がいない上、襲撃してきた当の本人も過去改変で死んでいる。
ここまで変われば襲撃が存在しないのも当然ではあったが、二日前――襲撃が起きたはずの時間ではさすがに緊張していた。
「よし、終わり」
「ありがと」
掃除もほぼほぼ終了し、雑巾などは冬場の寒い水を使って震えながらも絞って干しておく。一通り終わった段階で、フィーナが軽い食事を作ってくれていた。
木の実を使ったヨーグルトのような食べ物。
食べてみると案外甘さが強く、驚いた。
「甘い……」
「セリーファっていうの」
二人で黙々と、セリーファを食べていく。
思った以上に甘く、そしておいしかったのでそちらに集中してしまった。
食べ終わったころに一息ついて、フィーナの方が話を切り出した。
「それで、いつ向こうに戻るの?」
「うっ……」
「耳が痛いからってこのままってわけにもいかないでしょう? 黒野君は向こう側の人。ちゃんと戻らないと」
「で、でも法則も本当のところはわかってないからな……」
「一応、それっぽい話はあるんでしょ? 空と時の……なんていってたかしら」
「変位点だ。一応ここもそういう場所だとは思うんだけど、ただなぁ」
転移の条件が本当に分からないのだ。
老婆の部屋で12時13分に、存在しないはずの『次へ』のボタンを押すと転移することは分かっている。しかし、その後の転移ではそれ以外の方法でなぜか転移してしまっている。
それ以外の方法だと、12時13分に意識を失っていることと小説『WORLD BEYOND』を開いている状態での転移。正直転移に関しては、方法が複数あるのか、或いは特定の条件が別にあるのかをもう少し検証しなければいけない。
「検証がてら、今日一度戻ってみようかな。ちょうど時間もいい感じだし」
外の時間と連動して景色が変わる魔法の窓も、太陽が天頂にきている。
この調子ならいまから寝るか、『次へ』のボタンを押すかすれば、地球に帰れるかもしれない。
「ついでに試すのは……っと」
明人は昨日フィーナからもらった小瓶――ポーションをポケットから二つ取り出した。そしてそれを口に含む。
「ぶえっ、にっがぁ…… あ、もう時間だ。ちょっと行ってくるわ」
「え、なんで突然ポーションを飲んだの? っていうか、そんな気軽に行き帰りできるものなの……」
そんなフィーナの驚いたような、呆れたような声を聞きながら。
明人は『WORLD BEYOND』最下部、『次へ』のボタンを押した。
***
◆2031/2/26 18:12 市立病院内個室
「痛ッ、ぁ――」
気持ちよく寝ていたはずが、つんざくような耳の痛みに目を覚ます。
視界に入ったのは見慣れぬ天井で、薄いカーテンで辺りを囲われていた。
手に持つスマホの時刻を見れば午後六時過ぎ。向こう側に転移したのが12時13分だとすれば六時間ほど。よくよく眠れたといったところだろう。
「しかしまあ、こんな簡単に帰れるもんなんだな」
驚くほど拍子抜けな帰還。
面を食らって少しのあいだ呆けた後に、むくりと起き上がる。
主転使にやられた肩の痛みも耳の痛みもあり、向こうの体と比べて酷く扱いづらい。顔をしかめながら、しかし転移前とは少し違うことを実感する。
「これ、ちょっと音が聞こえるな」
主治医の話だと、耳は死んでいないらしい。
補聴器でもあれば聞こえるレベルには恐らく回復すると、そう言っていた。
寝た分だけ回復していっているのもその証拠なのだろう。
「まあ、まだぜんっぜん聞こえないけど、この調子ならいけるか」
そんな独り言もある程度は耳から感じ取れるようになっていた。明人は気分転換に少し体を動かそうとして違和感を感じた。
「なんだ……?」
耳と左肩に違和感を感じる。
何か、熱いような。
「あれ、これもしかして」
数十秒前、異世界側で明人はポーションを服用した。それと同時に、一つだけポケットにいれたまま余らせた。
検証したかったのは、異世界側でポーションを飲んだ直後に転移したら、回復がこちらの身体で適用されるのか。あとは単純にポーションを地球側に持ち運べるかの検証。
もちろんポーションを地球側に持ってくること自体は出来なかった。ただ、服用したポーションの効果は時間差で――
「成功して――」
明人は一つ忘れていたことがある。
この薬をもらった時、フィーナはこう言っていた。
『ひどいケガだと修復に時間がかかる』、と。
その意味は――
「――ッ!!!!」
ときたま起こる程度だった耳をつんざく痛み、それが無理やり治るまで襲い掛かるということだった。
*
小一時間の強烈な痛みに耐えると――その後は嘘のように痛みが引いた。
耳の痛みは無くなり、主治医に簡単な検査をお願いしたところ、耳は完全に修復されているようだった。
『いやいや、ほんと、前の検査だと耳小骨破損、内耳も傷ついてて完全回復はいけるかどうかってレベルだったんだけどねぇ、なんでこんな急に治るのか僕も不思議で仕方ないや。学会に症例として出してみたいよ』
そんな話が印象的だった。
それほどに向こう側の”ポーション”というのは外傷に対して有効的だったのだろう。
或いは――あのポーションを作成したというレー婆が優秀だったか。
ともあれ、夜にある精密検査に問題が無ければ明日には退院できるという話でひとまず落ち着いた。
そして病室で一人、手持無沙汰になった明人は『全人類転生異世界《AURA》』で消費した電力を補充するために、充電しながらスマホを眺めていた。
今見ている記事のタイトルはこうだ。
『大規模テロを未然に阻止か』
予定されていた大規模テロに、国家の垣根を越えて対応したことへの賞賛などが記事には書かれていた。明人が検察に流した情報は有効活用されたようだった。
転生教団にどんな思惑があったかはわからないが、少しづつ潰していけば或いは人類の滅亡だって回避できるかもしれない。
そう考えながら、しかし、大きなため息をつく。
――情報を渡したのが、正解だったのか否か。
正直明人にも判断はついていない。
これを話した時は、事件解決直後でしかも目を醒ました直後。あまり頭も働いていなかった。
「また、いろいろ検証だな」
明人はスマホを台に戻すと、起き上がった。
ふと左肩に触れれば、痛みを感じなくなっていた。こちらも耳同様に修復はされたようだ。耳の痛みが強すぎて、たぶん肩には意識が行かなかったのだろう。
耳も聞こえるようになっていたし、負傷した肩もほぼ元通り動くようになっている。
「ちょっと散歩するかぁ」
明人は元気になった身体で、病室を出ることにした。
*
院内をぶらと歩いていると、見知った少女が前方から歩いてきた。
フィーナとして転生する少女、木幡陽波だ。
「あ、黒野君……!」
明人を見るなり、彼女はタタタと駆け寄ってきた。
「あ、木幡。どうかした?」
「えっと、調子はどうかなって気になって。って、そうだ、耳が」
木幡がポケットにしまったスマホを取り出そうとして、明人が制止する。
「待って、それは大丈夫。なんか治ったみたい」
「え?」
彼女も異世界の事は知らないのでなぜか治っていたということだけを伝える。
不思議そうに首をかしげてはいたが、突然涙を流し始めてしまった。
明人は慌ててどうしたものかと木幡を宥める。
「え、や、大丈夫か? 俺なんかして」
「……わ、私のせいで、耳が聞こえないって、ずっとそうかもって、だから、本当は泣く権利すらないと思ってて、でも、治ったって聞いて、だから本当に、ホントに」
「あー、それは、ただ俺が勝手にいろいろ首を突っ込んだだけっていう感じなんだけど」
明人の視点から見れば、自分が首を突っ込んだだけという話なのだが。
木幡からすればそういうわけにはいかないのだろう。自分が巻き込んだせいで耳が不自由になったなど、どう責任を取ればいいのかという話だ。むしろ本人の前で泣くことを我慢してた辺りが、優しいというべきかと強いというべきか。
「まあなんにせよ、全快だ。もう木幡が気にすることはないよ」
「……うん、ありがとう」
――まあ自分視点からすれば。
異世界では元気な体で動けてたし、耳もちゃんと聞こえていたので本当に気にしてはいなかった、なんてことを伝えるのは、野暮なのだろう。
今の木幡に異世界の事を伝えるわけにもいかないわけだし。
*
数分後、落ち着いた木幡は顔を隠してしまった。
明人はぽりと頬を掻いた。
「どうかした……?」
「顔がぐちゃぐちゃだから」
「えっと、あー おっけー」
何がおっけーなのかは明人自身も理解はしていないが、一度顔を逸らす。
木幡がごそごそと何かをした後、ごめん大丈夫と声をかけてきたので木幡の方を向いた。
「まあ、ちょっと場所変えるか」
周りの大人たちが生暖かいものを見る目で見てたり、あるいはなぜかもらい泣きしてるおばさんもいたので場所を変えて階下の自販機前へ。
彼女は手持ちの電子マネーでおしるこを買っていた。
「おしるこが好きなのか?」
「ん、暖かそうだったからね」
いまだ目元の赤みが残ったまま、彼女は笑顔でそういった。
自分も何か買おうと、明人はポケットに手を突っ込むが――
「あ、忘れた」
スマホだけは生命線ということもあって持ち運んでいたが、カード型の電子マネーは病室に置いてきてしまっていた。
「どうしよ、私もいまのでカードの中身ほぼなくなっちゃったし…… ちょっとこれ飲む?」
「いいのか?」
そうして差し出されたおしるこ。
「………」
一応間接キスになるのでは、なんて考えが一瞬頭をよぎったが、あんまり気にしすぎるのも気持ち悪いと考えて明人は一口飲んだ。
味は当たり前だが餡子だった。餡子の味よりも多少の気恥ずかしさが勝ってしまい、明人はすぐにおしるこを返す。
「あ、ありがとう」
「うん」
彼女は残っていたおしるこをごくりと飲んだ。すこし顔が赤らんでいたのは、明人のの見間違えなのか、それともやはり少し恥ずかしかったのか。
一気に飲み過ぎたのか、すこしむせてから明人の方を向き直った。
「やっぱり飲み物って感じはあんまりしないね……」
「おいしいとは思うけどな」
「そう、だけど……?」
木幡が心配そうに廊下の奥の方をみていたので、明人もそちらを向く。
そこには、いまにも倒れそうな顔色で歩く一人の少女がいた。どこかでみたことがある気がする、そんな少女。
次の瞬間に、パタリと倒れた。
「……!」
明人はとっさに駆け出し――役割の力もあって――すぐに少女の元へと駆け付けた。彼女は呻くのみで話すことはできず、ひとまず近くの看護師の所へと思ったところで制止された。
明人が右を向くと、一人の男性がいた。明人も見知った男性だ。
「倉敷、さん?」
明人に事情聴取を、『転生教団』の話を聞きに来た刑事だ。
彼は近くの看護師を呼ぶと、少女を担架に乗せるところまで手伝い、運ばれていく彼女を見送った。
一連の流れを見ていた木幡も不思議そうに倉敷の方を見る。
彼は何とも言えない表情で少女の方を見ていたが、しばらくしてから、何度か見た胡散臭い笑みで明人の方を向いた。
「やあ、話は聞いたよ。なんでも耳がきこえるようになったとか。回復おめでとう」
「あ、ありがとうございます。それで、さっきの女の子は」
「ちょっと用事があって話を聞きに来たんだけどね、まさかあの容態で病棟を抜け出そうとするとは…… あの子は先も長くないのに、っと」
倉敷は少しだけ悲し気な声音でそう話した後に、なり始めたスマホを取り出して何事かを話しながら、そのまま手を振ってどこかへと去ってしまった。
せわしない公安の刑事を見送りながら、明人はぽつりとつぶやいた。
「倉敷さん、大変そうだな」
「えっと、黒野君と話してた警察の人だっけ?」
「あぁ。忙しい人なんだと思う」
木幡は倉敷が消えていった方向と逆、少女が運ばれていった方を見た。
「さっきの子、大丈夫かな」
「病院の中だし、きっと大丈夫だと思うけどな」
「……なんかね、私あの子見たことある気がするんだよね」
「俺も、どこかで」
お互いに首をかしげて数秒、答えが出なかったのだろう。
話題を変えるように、明るい声音で木幡が明人へ話しかけた。
「あ、そういえば、私は明日には退院できるって聞いたけど、黒野君はどうなの?」
「えーっと、俺も明日の朝には退院できるってよ」
「そうなの? じゃあ、学校は?」
「一応出る予定。もう肩も耳も治ってるみたいだし」
そういって、左肩をぶんぶん回してみる。不調といった不調は見当たらない。
「その調子だと、本当に大丈夫そう。もしかしたら一緒に登校できるかもね」
「かもな」
木幡はおしるこをゴクリと飲み干すと、カンをゴミ箱に捨てた。
「私は病室戻るから、また明日ね」
「おう。また」
***
次の日の朝。
明人は車に乗って一旦帰宅した。急な入院に急な退院だったので書類手続きが大変だったなどと母から聞かされたり、今回の事件の詳細を聞かれてところどころ濁しながら答えたりとせわしなく午前中を過ごした。
そこから、学校の準備を済ませて午後の授業には間に合いそうだったので、教科書などを準備して学校へ。校門についたところで木幡陽波とばったり出会った。
「あ、黒野君」
「おぉ偶然だな、木幡……、さん」
「……なんで『さん』?」
「あー、なんか、ちょっと失礼な気がして?」
いままでほとんど喋りかけたことのないクラスメイトを呼び捨てはおかしい気がしたのだ。緊急事態だったのでずっと呼び捨てにしてたが、よくよく考えれば失礼だしちゃんと敬称つけたほうがいいのでは、などと考えた結果出力されたのが『さん』付け。
最初のループではちゃんと『さん』付けしていたし、元に戻るだけではあるが――
「別にいまさら『さん』なんてつけなくてもいいよ。むしろ名前呼びの方が気楽でいいかな」
「ハードル爆上がりなんだけど」
他人と言うにはいろんなことが起きすぎたが、だからといって明人自身がそこまで気安く呼べるかと言われると――
「そっか。いやなら、しょうがないけど」
しゅんとした表情の木幡。そんな顔をされてしまうと、さすがに呼ばないわけにもいかなかった。
「あー、わかった。陽波。俺も名前でいいよ」
「そ、そう? じゃあ明人君ね」
そう言うと、陽波は下駄箱へと歩き出した。
彼女は上機嫌に振り返って、後ろで手を組んだ。
「じゃ行こうか、明人君」
*
職員室へ寄って、少しだけ事情説明した後、明人たちは教室へと向かった。時間的にはちょうど四時間目が終わり、昼休みにはいるところだった。チャイムが鳴って、教室内がざわつき出したタイミングで扉を開いた。
がら、と扉を開けば全員がこちらを注目している。
そんな中で真っ先に駆け寄ってきたのは木幡と仲良かったグループのメンバーだ。
木幡の手を取って何事かを話している。
明人はその横を通って、自分の席へと向かう。
「明人、その調子だと大分よさそうだね」
「いろいろとな」
明人が席に座ったのを見て、隣の席の船橋が友人達と共に話しかけてきた。
「明人、なんかいろいろあったみたいだな」
船橋亮、郷田幸雄、服部風雅――明人と比較的よく話すクラスメイトであり、友人。
三人が話を聞きたそうな顔で机を取り囲んだ。
「傷害事件に巻き込まれた、なんて話を聞いたけど。今朝のニュースのあれか?」
「あー まあそんなところ。詳しくはちょっと話せないけどな」
「あんま聞かない方がいい系?」
「それ系」
「じゃあしゃぁないな」
朝にどんなニュースが流れていたかは知らないが、営業中のホテルで銃撃事件が起きたのだ。かなり大きなニュースになっていてもおかしくはない。
ただ、木幡が襲われそうになったなんて話をするわけにはいかないし、『転生教団』の話題を出すのは以ての外だ。結局明人には差しさわりのない話をするくらいしかできることはない。
「わりぃね。それよりも服部さ、ニュースで見たけど『スタルク』のルミナちゃん熱愛発覚の話って」
「やめろ黒野、その話は俺に効く」
「スタルク伝道師の服部に布教されてからちょくちょく見てたからさ、ガチオタクの反応が気になり過ぎて病院早めに退院したんだよ」
「その為に!? ガチで性格悪⁉」
「『STAR☆LUXCIA』のルミナだっけ。センターのガチ美少女だからファンも多かったもんねぇ」
「ちなみに郷田も朝練サボるレベルでガチへこみしてたぜ」
「風雅に布教されてから、よく見てたからさぁああああああ」
「阿鼻叫喚だな、これ」
いろいろとあったが、日常が戻ってきた。
そんな実感をなんでもない会話に感じる明人。阿鼻叫喚の地獄ではあるが。
明人は少しだけ悠生に目配せすると荷物を席にかけて、立ち上がった。
「ちょっと言い忘れたことあってさ、おざ先のところ行ってくるわ」
「わかったわ。また話せる範囲で話してくれよー」
「言える範疇でなー」
そう言うと明人は教室を出て教師棟のほうへと向かった。
その最上階まで向かうと、いつの日か見たような光景が――長い髪をぶら下げて階上から明人を睨む京香の姿があった。
「おそい」
「いつも京香が早すぎるんだよ。しかもなんか前みたことあるようなことしてるし」
明人が階段を昇りきるのと同時、階下からパタパタと走る音が聞こえてくる。
悠生も遅れながら来てくれたようだ。
「ごめんね、待たせちゃって」
「ううん、大丈夫よ。悠生はいつも可愛い」
まず手始めにいちゃつくのはやめてほしいと心の底から思う明人だったが、とりあえず話を戻す。
「事件の中で何があったかの情報共有とか考察とかするぞ」
「そうね、じゃあまずは明人から話してもらおうかしら」
**
明人達は木幡陽波にまつわる事件の情報交換を行った。
既に明人と京香が想定していた通りの情報も多かったが、会話の中でやはり疑問点もいくつかは出てきた。
「絶対服従の能力を持ってて、なんでそこまで回りくどいやり方をしたのかはやっぱり未だに謎よね」
「そうせざるを得ない理由はあったんだろうけど、そこの理由だけは全く分からないな」
そもそも事件化せず、相思相愛の二人が妊娠という結果に至るなら明人が妨害するようなこともなかった。<主転使>の能力があればその程度容易かっただろうに。
「それに聞いた感じ、その<主転使>は後方からいろいろ暗躍するタイプでしょ。わざわざ明人の前に出張ってきたのも、結末見てからの後出しだけど、やっぱり悪手だったと思うわ。本来はスピーカーとかスマホとか使って遠距離で『声』かければそれでおしまいだもの」
「俺が介入した三回中二回は出張ってきてたからなぁ。あいつが直接出向いてくること含めて、分の悪い賭けじゃないとは思ってたよ。自分で話すのが好きとか言ってたし、直接会って話したいタイプなんだろ」
だからこそ、『声』を特典にするような性質なのだろうし。
「あと一番心配してるのは、転生教団に明人の情報が渡ってるかどうかだけど」
「俺が異能を披露してから<主転使>と対峙するまで時間的には十分十五分の話だ。転生教団に俺の詳細な情報が渡ったとは考えにくいと思ってるよ」
「であれば一安心、って言っていいのかしらね。相手が相手だし、警戒するに越したことはないけど」
京香は一度悠生の方を見て、明人に向き直った。
「それはそうとして、明人、一度引っぱたいていい?」
「……は、なんで?」
「<主転使>と戦う事、めちゃくちゃ危険なのは承知で行ったでしょう。本当は何回も時間を繰り返して、しっかりと準備してから挑む敵だったはずよ」
「……それは」
明人はそれ以上なにも言うことは出来ず、手を挙げた。
受け入れるというアピール。
京香はそれを見て、手を振り上げると勢いよく明人の頬を張った。
「本当に、心配したんだから」
そうして明人の胸に寄り掛かる。
流石に抱きしめるなどということは悠生がいる手前できるはずもなく、両手を挙げてただ京香が落ち着くのを待つばかり。
「瀬尾さんが操られていた理由ってのはなんなんだろ」
「聞いた話だと、瀬尾さん経由で陽波と例の大学生が知り合ったみたいな話だったし、陽波の行動監視含めて操る対象にしてたんじゃないかな」
悠生の疑問に自分の推測を話す。
<主転使>の服従能力も、すべての行動や意思を操るわけではなく、誘導や緊急時の強制命令等に限っていた。なぜそうしたのかも含めて『条件』や調整が理由として存在するのだろうが、命令を下した当の本人が死亡している以上真相はわからないままだ。
「てかさ、明人さっきから木幡さん名前で呼び捨てにしてるけど何かあったの?」
「向こうから苗字にさん付けじゃなくて、名前呼びにしてって言われてな」
「あれ、案外思ったより進展してる……」
「そういうんじゃないと思うぞ。あんなことがあった直後だしな」
「まあ助けてくれた感謝に、事件に巻き込んじゃった罪悪感に、ケガさせちゃった後悔とか、いろいろな感情がごっちゃになってそうだよね〜」
「そういうとこは察さないのが優しさなんじゃねぇかなぁ……」
そこまで話して、明人はふとポケットに手を突っ込んだ。
スマホを取り出して、そして画面を映し――ひゅうと息を吸った。
そこには一件の新着メールが来ていた。
無題で、中身は――『とある小説サイトへのリンク』だった。
「「明人……?」」
不思議そうに明人を見る二人に、深呼吸して告げた。
「――『WORLD BEYOND』が更新された」




