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Ep.3 『異なる挙動/世界』



 タイムリープは実行した。

 しかし、何かがおかしい。

 明人は一年前の自室へ帰還していない。


「……?」


 そもそも、時間が巻き戻っていない。

 むしろ今起きているのは時間の停止というべきか。明人は時の停止した公園の中で、あたりを見渡す。

 不可思議な時間の停止に疑問を抱き、そして次の瞬間、恐怖を覚えた。



「ァ――」



 時の停止という現象が些細に思えるほどの恐怖。

 それは『死』だ。

 首元に触れると痛みはないのに、べったりと血が付着していた。この止まった時の中で、明人は寸前にある『死』を確実に感じ取っていた。



 ――時間遡行(タイムリープ)がいままでと違う挙動してる……?

 ――え、もしかして死ぬのかコレ……?



 おそらく、時が動き出してしまえば明人は死ぬ。

 首から伝わる感触が、それを鮮明にしている。

 そして、その刻限まで、もう数瞬も猶予はないのだと明人は理解していた。 


「ッ」


 明人は咄嗟に足元にあるスマホへと手を伸ばし、タイムリープを行うボタンを押そうとした。『戻る』ボタン、タイムリープの起動へと手をかけ、それに手が届く寸前に。

 明人は景色が色を取り戻したのを感じた。

 同時に意識が反転し黒く塗りつぶされていくのと、手が何かに触れたのを感じながら。




 明人の意識は最期、死を感じ取った。




***




 明人は寝ている状態でこけて、後頭部をかなりの勢いで強打した。



「いてッ、ぅ」



 明人は後頭部を抱えて転げ回り、声にならない声で痛みを訴えた。

 涙目になりながら、ぼんやりとした視界が徐々にくっきりと輪郭をかたどり始める。未だ痛みで床を転げ回っていたが、それ以上にいまさっき起きた現象が衝撃的過ぎて、明人は意識がはっきりと覚醒したのを感じた。


「いま、寝ながら転んだやつ……! 戻ってこられて」


 この現象は間違いなくタイムリープしたときのものだ。

 おかしな挙動をした『WORLD BEYOND』――あの止まった時の中で死んだ(・・・)と思ったが、勘違いだったのだろうか。

 寝ながら転んだのであれば自室のベッドの上にいるはずだと周りを確認をした。そしてふと声が漏れる。



「――はぁ?」



 くっきりした視界には、見たこともない天井が映りこんだ。

 少なくとも見慣れた自室の物ではない。加えて背中から感じるのはふかふかのベッドの感触ではなく、普通に固い床だ。

 明人は不思議に思って立ち上がると、ほこりが舞い上がっておもわず咳をした。


「けほっ、こ、ここは?」


 辺りがずいぶんと薄暗い。

 明りを出そうと右手に持つスマホを確認する。

 その画面には『WORLD BEYOND』が映し出されていて、急いで確認した時刻はバグでも起こしたかのようなヘンテコな時刻を表示していた。



 ――2112年2月25日12時14分



 おかしな状況に明人は頭をひねって、変な角度からスマホを覗いた。

 そうしたところで、時刻表示が変わるわけもないのだが。


「え、やば、時間バグりすぎ。いや、そもそもの話だよな」


 明人がタイムリープで帰還するはずの時間は一年前、場所は自室のベッドの上だ。

 起きたこと(タイムリープ)の理解が追い付かなくて、なんどもスマホを取り落として顔にぶつけたので時刻までよくよく覚えている。

 しかし、それが今はどうか。

 あまりにも環境が違い過ぎる。


「ここはどこだ?」


 明人はスマホのライトをつけて辺りを見渡した。

 部屋全体が暗くて見えづらい。スマホで照らされた床には散乱した何かの道具が無造作に置かれ、それらが床や椅子、机にも散らばっている。近くでよく見えるのは絵柄のついたカードや、円筒形の石のようなもの、あとは透き通る三角錐だろうか。全体的にオカルトか占いにでも使いそうな道具が多かった。

 そしてその奥。部屋の中で唯一の光源であろう、光る水晶玉に照らされて。



 老婆がじぃと明人を見つめていた。



 フードを目深に被った、童話に出てくる悪い魔女のような風貌。

 明人は誰もいないと思っていたので、一瞬飛び上がってしまった。そしてその静かな視線が首筋を捉えていることに気付き、寒気と共に首筋を抑えた。


「う、え、えっと、あなたは一体、というかおじゃま、してまーす……」


 老婆の不気味な様子に、明人は一歩後ずさった。

 そんな明人を無視して、老婆は震える手でぺらと手元のカードをめくる。二枚ほどめくった後に、 うわごとのように呟いた。


「そうかい」


 そういうなり、枯れ枝のような手で指さした。

 指さした先には、薄暗い部屋で淡く光る何かがある。よくよく見れば、それは縁に精緻な緋色の文様を施された水盆だった。

 薄い藍色に発光する水面が目を引き、中に満たされているものは普通の水ではないことがわかる。藍色の水面と緋色の文様を持つ水盆はどこか魔法の道具であるかのような印象。

 しかし、それをただ指さされただけでは──


「あの、えっと、どういう……?」


 そう聞いて数秒。

 老婆はそれ以上何かを言うつもりはないようで、ただ水盆を指さしている。触れろという事だろうか。


「触れって、ことか?」


 明人はどうしたものかと悩んだ末に、嫌ですといっても何も進まなそうな雰囲気を察して、意を決して歩き出した。そして途中何度か転びそうになりながらも、水盆の前に辿り着く。

 明人は淡く発光する水面に、人差し指で触れた。




 ――ィ




 静かに澄んだ音が響いて、水面が一瞬輝いた。

 その輝きに目を瞑りながら、またも転びそうになる。


「なんっ……?」


 首筋に小さな痛みを感じて触れようとして、そこには何故か金属のような重く冷たいものがあった。目を開くと、見知らぬ人物が険しい顔で明人の目の前に立っていた。

 薄暗くて見えづらいが、おそらく女性。

 その手には長剣が握られており、そしてその切っ先は明人に突き付けられていた。


「止めな、敵じゃないよ」

「っうあ」


 老婆が鋭い声で制止すると同時、明人は剣を突き付けられた事実に驚いて尻もちをつく。そして床に置いてあった雑多な荷物――三角錐を踏んづけてしまい、それが尻に刺さった痛みで悶絶してしまう。


「痛ッ、ァ――!」


 傍から見ると尻を抱えて床を転げ回る男子高校生が爆誕したわけだが、明人がそんな不格好を晒している間に、女性と老婆が何事かを話していた。


「この人は……?」

「この世界にきたばかりの――」



 ――尻痛ッてぇけど!

 ――それどころじゃないことが、起きてねぇか⁉



 明人は尻を抑えて蹲りながら、その意識を老婆でも女性でもなく――スマホに向けていた。



***



 明人のスマホの画面に映るモノ。

 更新された『WORLD BEYOND』の最新話。

 そこにはとあるフレーズが記されていた。




 ――異なる世界への扉。




 そう、異なる世界だ。

 タイムリープを引き起こすような小説に、『異なる世界』などというフレーズが現れたのだ。

 そして、先ほど老婆や女性が話していた言語は間違いなく日本語ではなかった(・・・・・・・・・)。なのに明人は内容を理解できている。



 時間遡行を引き起こす『WEB小説』と、画面に映る『異なる世界』という文字列。

 見知らぬ場所に、知らないはずの言語。

 更には、バグったとしか思えない時刻表示。



 2112年2月25日12時20分



 百年近く後の日付を映すスマホ。

 先ほどはバグかとおもったが、これすらももしバグでなかった(・・・・・・・・・)としたら。



 この『場所』と『時間』に明人は強烈に嫌な予感を抱きながら。

 或いは、強烈に嫌な『確信』を抱きながら、明人はスマホから意識を外す。




***



 頭の方で二人が真面目に何かを話しているのを聞きながら、明人は未だに尻をさすっていた。

 しばらくして明人の尻の痛みが落ち着いてきた頃に、更に別の女の声が聞こえてきた。

 声質的に、まだ幼い少女なのだろうか。薄暗さのせいで容姿は見えないが、元気な声色だ。


「エリばば! ただまー! フィーナ、おふろ~!」

「あ、用意しておくからお部屋で待っててね」

「はーい!」


 タタタと走り去る音が聞こえる。

 明人は痛みが引いてきたので立ち上がると、周りを見渡した。

 相変わらず薄暗いがある程度は目が慣れてきた。部屋の中は想像以上に雑然としており、その中で占い師風の老婆と剣を鞘に納めている最中の軽装の女性が立っている。

 剣を突き付けられたかと思えばお風呂の話をし始めたり、よくわからないことが多すぎることと、お尻がまだジンと痛むのとで思考が混乱していたが、ひとまず手をあげて聞くことにした。

 大事なことだ。


「あの、ここは一体」

「フィーナ、部屋に連れてって説明してやりな。こいつは、『この世界に来たばかり』で何も知らないからね」

「よくわからないこと言わないでよ、来たばかりってそんな」


 老婆がそう女性に話した後、フィーナと呼ばれた女性はため息をついて明人の方を向き、そして、何かに驚いたように後ずさった。


「……は、え、なんで、そんな」

「?」


 自分にそんな驚く要素があっただろうかと服装を見る。

 ただの学ラン、ただの校章、ただの黒ズボン。

 別に驚くような要素はなさそうだが。


「待って、それ、だって」

「予見の邪魔だよ、行きな」

「でも、でも、そんな、この服、だって――!」

「フィーナ」


 混乱している女性に、老婆は再度名前を呼んだ。

 何かを諫めるように。

 女性は大きく息を吐いて、震える手を抑えた。

 傍で聞いていた明人も、その声に宿る圧に少し気おされてしまった。


「……ッ、はい。あなた、ついてきて」

「分かった」


 暗がりでの話は終わりのようだ。

 明人は女性の手に引かれるまま、部屋を出ていった。








 ここは地下なのだろう。

 地下特有の、肌と肺を刺すような冷たい空気と重い質感。

 松明のようなものに丸い明りが灯り、暗い通路を迷いなく歩ける程度には照らしている。歩きながら、明人はチラとスマホの画面を見ていた。







 石で出来た通路を通って、少し歩くと目的の部屋に着いたようだ。


「とりあえず、入って」


 部屋に入ると、座るように促された。

 通路と同じ石造りの部屋だ。

 部屋の中央に机と椅子、右には扉がある。キッチンのようなものと寝台、タンス。本当に必要最低限のものしかない質素な部屋だったが、それなりに生活感はある。部屋の奥にある窓からは光も差し込んでいる。

 明人はここにきて、ようやく女性の容貌をはっきりと見ることができた。



 淡い金髪をポニーテールにした女性――というよりは少女。銀色の瞳と、重そうな鉛色の首輪が特徴的だ。年は自分と同じくらいか、少し年上に見える。軽装の剣士のような恰好をしており、その腰にぶら下げた剣鞘からはなぜだか、威圧感を感じた。

 印象的なのはその気の強さと気怠さが同居した表情か。なぜだかとても疲れているようにも見える。

 少女は頬に右手を軽く当てて息を吐くと、明人の瞳を見つめた。

 明人は意を決して、先に質問することにした。



「聞かせてください。この場所は異世界、正確には西暦で数えると2112年の異世界って認識であってますか?」



 小説の内容に沿うのなら、スマホの時刻表示が正しいのであれば、この場所は数十年後の未来にある、地球とは異なる異世界だろう。

 それが明人の得た”嫌な”確信だ。


「……何年かはともかく、異世界であってるわ。あなた、何も知らないってわけじゃなさそうね」

「うわ、マジで、いや、ホントにそんなことあるのか……」


 自分で聞いといてその反応は何なのかと自分に突っ込んでしまうが、まずは目の前の少女に自分の状況を話すことからだ。


「すいません、いろいろ混乱してて。そのですね、今さっきこの世界にきたばかりなので何一つ知らないってのはそうなんですけど」

「きた、ばかり。そんなことが」


 少女は少し考えこんだ後、明人の方を――彼の手を一瞥した。


「警戒するな、とは言えないわね」

「っ……」


 明人はとっさに両手を握り合わせた。

 無意識だったが、自分の手が先ほどから震えているのを自覚したのだ。

 その理由は。


「さっきあなたに剣を突き付けたこと、ごめんなさい。あなたが望むなら、この首を差し出しても構わない。それで謝罪になるかはわからないけれど」

「そんなこと」

「剣を突き付けるというのはそういうことよ。あなたの命に剣を突き付けたのだから、私も」

「やめてくれ、俺はそんなことをしたくはない!」

「そう、か。そうよね、ごめんなさい。知らないのだから、そういう反応になるわよね」

「……それは、どう、いう?」



 明人が首をかしげると、少女はこう告げた。



「私、いえ、私のような地球から(・・・・)転生してきた(・・・・・・)人間(・・)はね、全員死ねないのよ」



 明人は一瞬黙ってしまう。

 今告げられた事実の情報量が、ありえないほど多いからだ。

 死ねない、というのがまず意味が分からない。それにいまの言い様だと、目の前の少女は地球から転生してきたといえるし、転生者が複数人いるような言い方をしている。



「死ねない? それに今の言い方だと転生した人が複数人いるような」

「全人類よ」

「は?」

「2032年に絶滅した地球人類、そのすべてが転生してくる――それがこの異世界であり死後の世界――世界(オーラ)という場所よ」



 今度こそ、明人は絶句して手に持ったスマホを取り落とした。




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