Ep.1 『あの日の少女』
木幡陽波にまつわる騒動が終結してから二日後、明人は朝早くからガレオの家を訪れていた。
彼の家は『転生種居住区域』と通常の区画との境界にある。
前回訪れた際は家の場所を憶えられるような精神状態じゃなかったので、今回はシルィアに案内してもらってここまで来た。
「ここー! よろいおとこのいえだよ!」
「しーっ、静かになシルィア。あんま目立つと良くないから」
「わかった!」
「わ、わかってくれねぇ」
道行く『転生種』が奇異の目を向けてくるが、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに通り過ぎていく。ただでさえ『転生種』のシルィアと『原生種』に見える自分が話していれば目立つ。明人はさっさと家に入れてもらおうと、手早くノックする。
『――どうしても、――』
『無理だな、よく――』
反応はなく、なにか話し合っているような声が聞こえてくる。
明人はどうするか迷った末に、もう一度ノックしようとして――
「どちらさまでしょう?」
出てきたのは黒髪赤目の少女だった。
首に重い鉛の首輪をつけ、前回とは違い給仕服のような装いだ。露出は少ないのに、妙に妖艶さのある少女。そのすべて見透かしそうな眼は明人としては少し苦手な部類の――
「あっ、でぃーちゃん!」
「あら、シルィアさん。珍しい――というか、そこのえっと、アキト様と……?」
「あ、あぁ。俺はガレオに礼を言いに来たというか」
「ん? その声はあぁ、アキト、だったっけか。ディー入れていいぞ」
遠くから声が聞こえてくる。
ディーがぺこりと礼をしてから『こちらです』と部屋の中へと案内する。部屋の中にはガレオと、そして思わぬ先客がいた。
「よぉ、アキト。いい顔になったな。いろいろ解決したみたいでなによりだ。さて、悪いがテメェは帰れ。別に転生種の奴隷はこいつだけで充分だからな」
「む、無償譲渡ですよ! 後生です――! これでは赤字転落間違いなしに」
「知るかよクソが。テメェの拾いもんならテメェで管理するんだな」
ガレオと話しているのは蒼いローブを身にまとった小太りの男。そしてその横には鎖に繋がれた銀髪の少女がいた。銀色の髪の少女は気を失っているのか、床に横たわって目を閉じている。
明人は二人を見て、一瞬呆然と立ち尽くした。
――この、クソッ、手間取らせやがって
――ごめ、ん、なさ
思い出したのは、こちらの世界での最初のループの時、明人が目の前の門番に拘束されかねない要因となった、小太りの男と蹴りつけられる『転生種』の少女。
明人は二人を見て呆然とし、そしてそれを見たガレオが訝し気に明人を見つめた。
「どうした、アキト。知り合いか?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど」
しかし、見逃せるだろうか。
明人はあの時と同じ感覚――目の前の『転生種』の少女には何かがある、と感じているのだ。
前回と全く同じ感覚。
そして前回はいなかったシルィアが、明人の服の袖を掴んで明人を見上げている。あの子をどうにか出来ないかとでも言うような目でみている。
「ッ……」
脳裏に蘇るのは前回に幻視した、或いは有り得たかもしれない未来。
白装束の何者かに、明人やシルィアが槍串刺しにされる光景だ。
明人は脳裏に過るソレを、振り払うようにきつく目を閉じた。心配そうに見上げるシルィアの頭に手を乗せながら、明人はガレオに質問する。
「――無償譲渡とか言ってたけどさ。ガレオ、俺がその子を引き取るっていうのは、できるのか?」
「……本気で言ってるのか?」
「お、おおっ、まさか引き取り手がこんな形でッ!」
小太りの男は揉み手をしながらすり寄ってくる。
「姿形は整った少女ですぞぉ? 愛玩動物でも性奴隷でも、戦闘奴隷でもなんでもありッ! いまならタダでのご提供!」
「おい、性奴隷は――」
「っ、そうでしたね。この国ではそれを買えば拷問の上死罪でしたっけねぇ、へっへっへ。それで、どうでしょう。自らの身を守ってくれる戦闘奴隷、お値段タダでどうでしょうかぁ、フ、ヘヘ」
明人がガレオへと目配せをすると、ガレオはやれと首を振った。
絶対ダメということではないのだろう。
明人は頷いた。
「譲り受けたい」
「おぉッ、でしたら契約成立ですねぇ!」
小太りの男は心底嬉しそうに明人へ手の甲を見せてきた。
明人が首を傾げると、ガレオが補足説明をしてくれた。
「奴隷紋の譲渡だよ。同じように手の甲を見せてやれ。んで、『リィス・ティオン・レアリアス、受け取ろう』って言えばいい」
「……こうか?」
明人も同じように手の甲を見せる。
すると、小太りの男が徐に口を開いた。
「『リィス・ティオン・レアリアス、譲ろう』」
「『リィス・ティオン・レアリアス、受け取ろう』」
途端に男の手の甲からなんらかの紋章が浮かび上がり、それが明人の手の甲に吸い込まれる。それを見たガレオは、小太りの男に向かって、しっしと手を振った。
「ほら、よかったな。さっさと帰れよ」
「言われずとも。やっと荷物が降ろせてスッキリってね」
男はぱちんとウィンクして、足取りかろやかに家を出ていった。この奴隷を手放せてそんなに嬉しかったのだろうか。明人は床に打ち捨てられた奴隷を抱きかかえると、ガレオの方を見た。
「なんか、食べるものないか?」
「『転生種』相手に、ほんと優しいもんだな。いいぜ、パンもってくるから待ってな」
そうしてガレオがキッチンのほうへと向かった後、奴隷の少女がぱちりと目を醒ました。ぼさぼさに伸ばした銀色の髪に、薄緑の瞳。痩せこけた頬で、少女はなにかを呟いていた。明人は瞳は緑色だったんだな、などと少し呆けたような感想を抱きつつ声をかけた。
「大丈夫か? 痛いところとかあるか?」
「あり、がとう、ございます」
「礼なら別に――」
「今日、助けようと、しれくれて」
「……?」
その言葉の意味が分からずに首を傾げる。
実際に助けになったかどうかは別としても――助けようとしてくれて、という言い方はニュアンスが少し違う気がする。意識が朦朧としていて、言い間違えでもしたのだろうか。
明人は細かいことだったなと聞き流そうとして。
「二回前の今日に、みんな死んだ日に、助けようと、してくれて」
「な――」
瞬間。
言葉を失う。
それはあの日――誰もが死に絶えた以前のループを憶えてるかのような、そんな物言い。
明人はそれを聞いて、驚愕に口をぽかんとあけるほかなかった。
*
ご飯を食べた後、安心して眠ってしまった奴隷の少女――名をリインと言うらしい――をベッドに寝かせて、明人はガレオにいくつか質問していた。
「その、なんであの男は無料で譲ってくれたんだ?」
あの男は、譲れてとても嬉しそうだった。
タダで譲れて嬉しいなど、意味が分からない。
「言ったろ、この国は『転生種』への差別が酷い。『転生種』の奴隷を持つこと自体が忌避されてんだ。自分の近くに置きたくない、なんてな。だから買い手なんてこの国で見つかるわけないだろ」
「なるほどな」
でもそれなら、どこかで捨てるなりすればよかったと思うけど――
そんな明人の内心の疑問に、ガレオが答える。
「一度拾った奴を捨てることはできないんだよ。殺そうにも生き返るし、管理せず放置したら大罪人として捕まる。餓死してセーブポイントにいけば、主がそこまで迎えに行かなければいけない。一回奴隷として持つと、手放す方が大変ってことだな」
「なるほどなぁ」
聞くところによると、奴隷の転生種がかつて、主から放置されたのをいいことに『原生種』を何人か殺してしまったらしい。首輪をつけていても、主から『好きにしていい』という『原生種』の命令であれば、『原生種』を傷つけられるという制約の穴をついた形。
だから奴隷にした『転生種』は基本的に管理しなければならず、しない場合は大罪人として最悪は主人が処刑されると。捨てたくても捨てれず、殺したくても殺せず、餓死させればセーブポイントまで迎えに行く。
聞けば聞くほど、本当に不良債権でしかない。
「でも、あの男もなんでそんなのが分かってて――」
「大方外国から商売に来た奴だろ。この国で親に捨てられた子供の『転生種』見つけて首輪はめて奴隷にしたら、売り手が見つからなくて困るヤツ。稀に現れるんだよな」
「……なんというか」
それは自業自得だ。
アホ過ぎて同情の余地もない。
そんな明人の雑感を察したガレオが、心底呆れたような声を出す。
「しかしなぁ。お前もお前だぞ。『転生種』の奴隷を管理しようなんて、色々聞かせた後だってのにどういう神経してんだか」
「それを言われると耳が痛いんだけどな。まあ、放ってはおけなかったんだよ」
それに、彼女には気になる点も多い。
以前のループの記憶を完全に保持しているような先ほどの言動も含めて。
どうにも自分とは無関係ではないと思ったのだ。
「………アキト、一つだけ忠告しておくぞ。お前は甘すぎる。その奴隷がどんな扱いを受けていたのか、俺は知らねぇ。だけどな、その扱いは良くある話なんだよ。いちいち助けてなんてしてたら」
「わかった。そこはちゃんと気をつけるよ」
首を突っ込みがちな性質なのは明人自身自覚していたが、自分の命と他者の救助を天秤にかけたときに、それがどっちに傾くかは状況次第だ。
身を削る程度であればおそらく手を伸ばすだろうが、それが命となったときにどうなるかは、自分でも分からない。
「そういえば、そもそも今日来た理由はこの子のことじゃないんだ」
「そうだな、なんか用事でもあったか?」
「あぁ。一つは、御礼を言いに来た。ガレオのおかげで、いろいろ解決はしたよ」
「それはなによりだ。良い顔になった――ってのはさっき言ったな。んで」
ガレオは椅子の背にもたれ掛かるのをやめ、机に肘をつきながら明人の方を見つめた。
「二つ目はなんだ?」
「その……働き口を紹介してくれないか?」
言いづらそうに、そういった明人をガレオはぽかんと見つめていた。
***
「ガレオ、聞いたわよ」
その日の夕方、ガレオの家にやってきたのはフィーナだった。狩りの帰りなのか、その服には返り血が少し飛びついており、表情もいくらか疲れている。
そしていつも以上になにやら不機嫌そうなフィーナの声音に眉をあげながら、ガレオはチラと彼女のほうを見た。
「二日前に倒れたのをみたときにはどうしたもんかと思ったが、意外にぴんぴんしてるもんだな。内容はディーに伝えさせたとおりだ」
「あなたのとこのディーから聞いた内容はわかるわ。ただどうしてそうなったのかぜんぜんわからないのよ」
「――あいつな」
いまは『中央』――街の行政施設にて仮の住民登録などを済ませているであろう彼のことを思って、街の中央の方を向いた。
「なんでも働きたいらしくてな。文字が書けねぇっつうから便宜を図ってやっただけだよ」
「……見ず知らずの人に、ずいぶんと優しいのね」
「それはお前も同じだろ? むしろ意味が分からねぇよ。『原生種』――【迷森人】を自分の部屋に住まわせておこうなんて」
そう言ったガレオは持っていた酒を置いてフィーナの方を見る。フィーナのほうは目を伏せて、言葉を詰まらせた。
「そ、れは」
「あんまり深くは突っ込まねぇさ。俺はあいつが悪い奴でないことを知ってる。それで充分だ」
ガレオの脳裏に浮かぶのは炎の中から少女を救出して泣きながら死にゆく姿を見送った少年。そして心折れても立ち上がり、走りだした姿。
あの後、何かが解決したから――目の前の少女は何事もなく生きているのだろう。
街を守る兵として言うことは何もない。
「そら、帰りな。あいつ、アキトにも境界付近に一時的に保護される宿があてがわれるはずだ。明日にでもまた来ればいい。あたりをうろつく『原生種』のバカ共に見つからないようにな」
「わかってるわよ…… じゃ、また」
フィーナはなにかを言いたげにガレオの方を向いてから、扉の外をチラと見渡してから外へと出ていく。ガレオはその後ろ姿に、一言だけ声をかけた。
「過保護なのはいいが、この街の――俺達の現実を見せねぇとあいつはこの街で生きていけねぇよ」
それを聞いたフィーナの口元が、すこしだけきつく結ばれるのを横目で見ながら、酒を飲み干す。次に扉をみたときには、すでにフィーナの姿はなかった。
***
リィスの街にあるちいさな学校。
そこで明人は遠い目をしながら、昨日のことを思い出していた。
――文字が書けねぇのかぁ。読めるのは救いだが、これは一度勉強したほうがいいだろうな。
――ですね。ちょうど私のクラスも多少余裕があるので、子供たちに交じって勉強するのはどうでしょう? 働くのはある程度文字が書けるようになってからでもいいと思います。
――そうすっか。アキト、お前明日から学校でちょっと勉強してこい。
昨日の会話を頭の片隅で現実逃避気味に思い出しながら、明人は目の前の課題をこなす。その様子を周りの子供たちがやいのやいのと見ながら、あるいはあーだこーだと指示しながら明人を囲んでいた。
「やーい、そんな年なのに文字もかけないでやんのー!」
「あったまわりーなー! こうやって書くんだよ!」
「そんな言い方は良くないよー!」
「あ、ありがとうな。頑張ってみるから!」
今、明人は日本でいうところの小学校のような場所で文字の勉強をさせられていた。
一応、明人自身文字は読めるのだが、書くことはぜんぜんできない。それこそ一回り年下の子供に揶揄されるくらいには文字が書けないのだ。
「ほら離れなさい! ごめんなさいね、アキトさん。本当は別室の方がよかったとは思いますが」
「い、いえ。大丈夫です。にぎやかな方が楽しいしですし」
「そういっていただけると助かります……」
教師である女性、シュリィンが申し訳なさそうな声音で疲れたように話した。金色の髪に深い緑の瞳がとても美しい女性。濃い紺のローブを着て、赤い鳥を模した髪飾りが印象的だ。
明人のいる場所はロール関連などを扱う、街の行政機関『中央』から少し離れた小さな石造りの建物。街の子供たちを集めて勉強をさせる、いわば小学校のような場所だ。今は暖炉を囲んで子供達に混ざって文字の勉強をしている。
「この文字は、えっと」
「それはレーだよ!」
「あ、あぁ。これかな」
この世界、というかこの国の文字は英語に近い。
基本の文字数は日本語に近いが、形が歪で分かりにくい。明人には判別がつかないことではあるが、この文字は表音文字と呼ばれる類の文字種であった。
「よくよく考えれば、言葉が通じるのも読めるのも不思議だけど――ここまで出来て書けないってのはなんでなんだろうな……」
異世界転移もので良くある、言語が何故か聞き取れる不思議。
その上に文字も読める。だけど書けない。このあたりにも転移の秘密が絡んでそうな気もするのだが。
「アキトさん?」
「ごめ、じゃない。すいません、ちょっと考え事してて」
明人は気を取り直して、文字の勉強に取り組んでいくのだった――




