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Ep.15 『Back to the Save for...』


「追い込まれたな。或いは」


 誘導された、か。

 明人は逸る思考を落ち着かせるように大きく息を吐いた。

 警官達が発砲してくる状況下で、明人は木幡を連れてなんとか建物の中へと避難していた。ホテルのエントランスはピンクのライトで薄暗く照らされ、いかにもな妖しい雰囲気が漂っている。

 前回木幡陽波が誘拐された廃ホテルとは違い、ここは営業しているようだ。

 もっとも、銃声を聞いて退避したのか従業員の姿はどこにもいない。


「なんの意図でこんなところに誘導した……?」


 明人は何度か悠生と京香に連絡を取ろうとしたが、一向に返信がない。

 向こうでも何かマズいことが起きてるのではと不安が押し寄せるが、悠生と京香には事前にある『準備』をさせている。向こうのことは信じて、まずは現状を打破することからだ。

 現状確認と、そこから推測する相手の目的。

 木幡が誘拐された理由、十億という大金が出てきた謎、『条件』や調整といった単語から組み合わせて推測しうる現状の仮想敵――


「黒野、君?」


 木幡が不安げに見つめてくる。

 明人は頭をふってホテルの受付――そこにある部屋のボタンを見る。


「なんでもない。ちょっと場所を変えよう」


 正面が警察に押さえられている以上、裏口も恐らく押さえられている。反対側からもサイレンがうっすら聞こえてくることからもほぼ確実だ。

 なら、逃げる場所は上にしかない。

 明人はそう考えて、フロントのボタンを押した。落ちてきたカードキーを拾うと木幡と一緒にエレベータで最上階へ。再度薄暗い廊下を通り、カードキーの部屋へと入ろうとしたところで――木幡が手を引っ張ってきた。


「どうした……?」


 木幡は何も言わず、しかし首を振るばかりだ。

 その意味を少し考えて、明人は察する。

 さきほど嫌な事件があったばかりなのだ。こんな部屋に入りたいとは、それもただのクラスメイトである明人と入りたいとは当然思わないだろう。


「わかった。これを貸すから別の場所で隠れていてくれるか?」


 明人はカッターを一つ貸して、廊下の奥を指さす。

 木幡は頷くと、廊下の奥へと行こうとして――不意に明人に抱き着いてきた。


「なッ」

「私、一人はやっぱり――」


 抑揚のない声で、後ろから囁く。

 明人は動揺と共に、頭の片隅に何かがひっかかる感覚をおぼえた。

 手繰り寄せたその違和感は、一周目の記憶だ。


 ――そうだ、あの時も。


 あの廃倉庫での一幕。尋常じゃない様子で、抑揚のない声音で木幡陽波は明人に迫った。或いは慰めを欲した木幡の、有り得る行動ではあったが。

 だが、状況を鑑みて。

 今起きている事件と照らし合わせて。

 今まで起きた事象の全てが繋がっていく。

 そうして、明人は一つの結論を得た。


「そういう、感じ、かよ」


 明人は右ポケットに手をつっこみ。


「っぶね」 


 瞬間、木幡陽波が倒れ伏す。

 明人のカッターが彼女の腕を浅く斬り裂き、うっすらと血が垂れる。そして彼女の右手から振り下ろされんとしていたカッターが音を立てて地面に落ちた。

 木幡陽波は、今この瞬間に、抱き着いた明人へ後ろから牙を向こうとしていたのだ。唐突な木幡陽波の裏切りに、大きく息を吐く。



「びび、ったぁ」



 明人は気を失った木幡陽波を抱えて、部屋の中へと入る。

 そこは、ベッドとシャワー室、そして少し広めのそれ以外なにもない簡易な部屋。本当の意味で『それ』のためだけにあるような部屋だった。

 木幡をベッドに寝かせるのと同時に、京香と悠生から着信が入る。

 出ると、息を切らした京香が落ち着いた声音で話してきた。


『明人、こっちは問題ないわ。瀬尾さんが銃で襲ってきたけど何とかなった。八割前回を経験してた悠生のおかげね』

『咄嗟に動けて、ほんとによかったぁ……』


 悠生の、本気の安堵の声に明人も目を細める。


「やっぱ銃撃前提で動いてて正解だったか。こっちも、警察と木幡に襲われかけた」

『ていうことはやっぱり、この事件の裏にいるのって』

「そろそろ通話切るぞ、多分、あいつがもう来る」

『逃げないつもりね。なら、また会えたら話しましょ。駄目だったら、次の私によろしく』


 そうして通話を切る。

 明人の画面には『WORLD BEYOND』と増えゆくノイズが映されている。

 ノイズが、雄弁に語っているのだ。

 もうすぐ終わりが来ると。


「やるしかないな」


 そして、それに抗うしかないのだと。

 明人はズボンのポケットに、もしもの為に仕込んであった先の細いペン二本を取り出す。手の震えを抑えるように、明人はペンを強く握りしめた。それはいまから起きる痛みに耐えるためでもある。

 強く強く目を閉じて。

 そして。



 二本のペンで自らの耳を、刺し貫いた。



「ッ―――!」



 壮絶な耳鳴りが頭の中をかき乱す。

 耳を抑えて、地面にしゃがみ込んだ。

 鼓膜が破れ、もうなにも聞こえない。それでも立ち上がって身構える。



 ――きっと、来る。

 ――否、間違いなく来る。



 そして、ほどなくして。




 部屋の扉が、開いた。




***



 この事件の最中、突然不可解な行動をする人物が複数いた。それは木幡陽波然り、犯人グループ然り、警察も然り。

 中でもタイムリープをした明人達相手に先手を打ち続けた犯人グループが一番際立って不可解だった。だからこそ、明人と京香は敵対者の『タイムリープ』を疑ったが、実際は違ったのだ。

 犯人達はタイムリープをしていたわけじゃない。背後から事件全体を俯瞰し、解決することのないように介入する第三者がいただけなのだ。



 ――結局、この物語(・・)は茶番だったってことだな



 木幡陽波を取り巻く境遇の話、その裏までは取れなかった。

 祖父母の不動産経営の話などぽっと出もいいところだ。

 だが、この茶番の真相はそこにはない。

 実際、木幡陽波の祖父母を脅すために仕掛けられた事件ではあったのだろう。木幡陽波を誑かして拉致することも元々(・・)計画されていたことのように思う。犯人グループは間違いなく、誰に言われるでもなくこれを仕掛けていたし、木幡陽波はどうあっても被害者になっていたはずだ。

 ただ、木幡の誘拐と暴行というゴールは明確なのに過程が妙にズレていた。犯人たちが何故か自ら遠回りしているような。

 その答えはおそらく、その過程に介入したい存在がいたからだ。




 ホテルへ連れ込む意味。

 十億などという大金の出処。

 『条件』や調整などといった単語の謎。




 その答えを持つ者こそが、この事件の深層に潜んでいた人物。 

 この事件が解決されそうになる度、介入をしていたであろう人物。

 この事件で起きた不可解な行動を『命令』したであろう人物。

 そして今、明人の目の前に現れた人物なのだ。



***



 明人は、扉を開いて現れた人物の名前を呟いた。



 ――(ワン)越响(イェーシェン)



 転生教団最上位階の<主転使>であり、その第七席に座する男。

 細目に整った顔立ちで、中国の伝統衣装である紅い漢装の上に白いコートを羽織った奇抜な格好の男だ。

 この場に降り立った王は面白そうに明人を睥睨する。

 明らかに不自然で、それでいて圧倒的な存在感を持つ者。



「――――」



 明人の鼓膜の破れたの耳には、声が届かない。



「『――』」



 男は明人に何らかの声をかける。

 それは絶対服従を強いる声だったのだろう。

 だが、明人は身体になんの変化もないことを確認する。

 この時点で賭けの一つには勝っていた。



 ――耳を潰せば、絶対服従は機能しない。



 鼓膜をペンで刺し貫いたのはそういう理由だ。

 そして、ここまで来れば後はそう。



「――ゥ」



 息を吐いて、カッターを眼前に構える。

 ここからが最後の答え合わせだ。




***



 この事件(・・)は茶番だった。

 元々起きるはずだった事件に乗っかり、それが解決することのないように。

 そして彼らが望む方向に向かうよう調整(・・)された茶番だった。

 この事件の深層に潜む転生教団が、そう仕向けたのだ。

 そこまでは俺の辿り着いた推測の通り。


 だけど、その理由は?

 一体なぜ、この事件に介入した?

 一体なぜ、こんな回りくどいやり方をした?

 その答え合わせの回答を俺は既に持っている。



 ――最初から転生教団の狙いは、木幡陽波ただ一人。



 しかも木幡陽波を殺すわけでもなく、この事件に介入しただけ。

 十億だの『条件』だのと意味の分からない条件を付け足しただけ。

 おそらく何かしらの理由があって――あいつの言葉を借りれば『調整』の為に、この事件が根本から揺らぐタイミングでのみ、介入をしてきた。

 『調整』と介入。

 意味のわからない条件、その為の調整、それらを行うだけの理由。その答えはきっと未来に世界を滅ぼしたからこそ──



 俺の考えが正しければ、その『理由』は木幡陽波が襲われた末にできた、望まぬ――



 ――そう。だからこそ、いま、目の前にこの男はいる。その理由は――!




***



 調整、『条件』、暴行事件、木幡陽波の過去、彼氏。

 これらの単語が指し示す未来。

 未来では世界を滅ぼした転生教団がただの学生でしかない木幡陽波を狙ったその理由は――


「木幡陽波の妊娠――その子供の魂を狙ったな!」


 明人の叫び。

 ここでの望まぬ妊娠が、いつかの未来で『転生教団』を利する。

 その子供が何かを成すからこそ教団はこの事件に介入してきたのだと。

 その激しい問いはしかして、耳を潰した明人に答えを聞くことは能わず。


「『――ィ』」


 <主転使>は届かぬ言葉と共に、悪戯がバレた子供のような表情、それを答えとした。



「邪悪ッ!」



 明人は一息で距離を詰め。

 そして怒りと共にナイフを振り抜き──





***



 声。

 声。

 声。

 転生教団最上位意思決定機関(・・・・・・)<主転使>第七席。

 彼の異能を媒介するものこそが声だった。

 複数回、その権能を目の当たりにした明人は鼓膜を潰すことでその権能から逃れることを思いついた。

 そうしてしまえば、あとはただの人間。そう思っていたのだ。



 ――しかし、明人はそこで思考を止めなかった。



 『声』という戦闘向きでない能力、漢装に白いコートなどという巫山戯た服装、その立ち振る舞いから自身が戦えそうなどという印象は皆無だ。

 だが、わざわざ事件の最前線に何度も出張ってくる相手が戦えないことなどありうるのか。或いは前回の正確無比な銃撃誰のものであったのか。



 その能力も、或いはその見た目の奇抜さすら、油断を誘う為のものだとしたら――




***



 ≪スライス≫──異世界の異能を使用して高速で振りぬかれたカッターは果たして。

 <主転使>の喉元を狙ったソレは、寸前で半ばから折れていた。

 ナイフ一本で、あの斬撃を捌いたのだ。



「──!」



 今起こったことは明人の予想通りであり、しかし推測を上回っている。

 転生教団<主転使>第七席――(ワン)越响(イェーシェン)は戦闘ができる類の人間だと予想はしていた。

 そしてその予想通り、ナイフ一本で異能の刃を防がれた。やはり戦闘ができる人間だったかという納得、しかし尚も明人の推測は上回っており──



 「マ、ジ──ッ!」



 懐から取り出した、二本目のカッターによる奇襲じみた攻撃すら、王はナイフ一本で受け流した。

 戦闘ができると言っても、『声』を能力にしている以上技術含めて人間の枠の範疇に収まると明人は推測していた。

 であれば、一般の人間の範疇を凌駕している明人の異能の刃はそう何度も防げないだろうと。

 しかし、その推測を遥かに凌駕するレベルの戦闘技術を王は保持している。それを以て、常人が目で追えるような速度ではない異能の刃を捌いている。

 そして今、振り抜いた三本目のカッターすらも弾かれて、その精密さとあまりの戦闘技能に動揺して手が一瞬だけ止まる。

 



 瞬間の空白。




 それを察知したかのように、王はナイフで明人の首元を狙う。

 死が迫る感触に息を詰まらせながらもバックステップで避け、後ろのポケットからカッターを取り出す。


「投擲」


 左手で二本のカッターを高速で投擲する。

 淡い光をまとったソレを、王は体を無理やりひねることで回避した。

 その体勢が崩れた瞬間を狙って、一気に距離を詰める。


「行けッ!」


 はじめて発動する、≪ナイフダンス≫という特殊技能(スキル)

 その内容は超高速で振られるカッター。

 さらにポケットにしまってあった残りのカッターすべてが浮かび上がって自動で男を攻撃する。宙を舞い迫り来る五本のカッターと明人が振るうカッター全てを同時にいなすことなどできない――


『――!』


 はずだった。

 王が何かを叫びながら、あり得ないほどの精密さでナイフを振るった。



◆◆◆



 その一閃で宙を奔る三本が弾かれた。





 明人の振るうカッターが、王の空いていた左腕で脇腹を叩くように弾かれる。



◆◆



 残った二本が当たると確信した、瞬間。

 王が床に落ちたカッターを蹴り上げ、残った二本をはじき飛ばした。





「なっ──」



 完全に体勢が崩れた瞬間の間隙を突いた、明人の持ちうる最大で最高の攻撃手段。全力の総攻撃を王は総て完璧に捌ききった。

 まさかここまで戦える人間だったとはという驚愕。そして<主転使>は明人の驚愕の上の、更に上を征く。

 そのまま身体能力が著しく上昇した明人をして、見切れぬほどの一閃を放った。



「ま、じか、よ」



 よけきれずに左肩を負傷した。

 そのまま体勢を崩した明人。それを好機と見て、更に王が踏み込んでくる。

 もはやこれまでとの諦観と、それでもと手を探る足搔き。

 明人はポケット内のスマホが、これ以上ないほどにノイズを奔らせていると直感して、左手でそれを握る。






 同時に。

 最後の記憶が――流れ込む。






***



 直感で、ここがなんなのかを理解する。

 ここは記憶、老婆の部屋で見た記憶だ。

 エリアールとフィーナが、眠る自分の前で話していた時の記憶であり。

 フィーナが自分に名前を伝えると決めた時の記憶、一連の事件に連なるすべての始まりの記憶であり──



 そして明人も知らない、その続きであると。



 ――私の『光』を少しだけ使えって、エリ婆。そんなことしても意味はないけど。

 私の力はその人を一時的に強くしてあげられるだけよ。

 使った後は一分と持たずに効果はなくなっちゃう。


 ――いや、いいんだ。

 この老いぼれが直々にすこし細工をしてやる。

 こいつが必要な時に、一度だけ使えるような形にしてやるんだ。一秒と持たないだろうが、それが必要な時がくるのさね。

 どうしてって、なにせよく、よーく占ったからね。

 あんたのことを。



 そう言った老婆の視線は間違いなく、今この瞬間、それを見ている(きおくをのぞいている)明人の瞳を射抜いており。

 その口元が、いたずらっ子のようににやりと歪んだ。

 先ほどの主転使と似た表情であり、しかし比にならないほどの強い意志と力強さを感じる表情で──




***





 瞬間に。

 二つの想定外が、同時に起こった。





 一つ目は白い枕。

 自分と王の間に割り込むように投げ込まれた枕。投げたのは、王に『声』をかけられていたはずの木幡陽波だ。それをみた王が、本当にあり得ないとでも言わんばかりに、明人から視線を外して木幡を凝視する。

 二つ目は『光』。

 一秒にも満たない短い時間、フィーナが明人に施した光。それをいまこの瞬間に使えるようにした老婆の細工。

 その効果は、今この須臾の狭間にこれだけの思考が出来るほどの加速を齎している。

 あり得ないほどの速度で自分が思考し、そして動けることが分かる。

 それで、それだけで充分だった。



 木幡陽波が気を逸らし、そしてフィーナの光で加速した明人が態勢崩したまま一気に踏み出す。






 <主転使>は驚愕で逸らした視線を、眼球だけ『光』へ向ける。



◇◇



 枕を投げた木幡陽波は、<主転使>から明人へと意識を向けた。

 瞬間に明人が消え、『光』が揺れる。



◇◇◇



 踏み出した瞬間に視界がブレた。

 今この瞬間だけが勝機であると、直感が叫ぶ。

 流れる視界の中で思考よりも尚速く、右手の刃が銀色の線を描き――



◇◇◇◇



 意識に遅れて、声が響く。



「――らぁッ!」



 気が付くと明人は部屋の反対側の壁に激突しており。

 その後ろでは、首から夥しい血を流す<主転使>がいた。

 二つのイレギュラーが引き起こした<主転使>の撃破を認識することもなく。

 明人は壁から地面にずり落ちながら、意識を暗転させていった。



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