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Ep.13 『Back to the Save...』(前編)


◆2031/2/25 12:13 教室




 帰還の瞬間。


「痛ッ」


 明人は盛大に転んだ。

 机に額を打ち付けて、痛みで目の前が真っ白になる。

 数秒してから目を開くと、親友――悠生も同じように机の上に転んでいた。

 手に持つスマホは12時13分という表示に、小説『WORLD BEYOND』を映し出していた。



 ――帰って、きた



 震える腕を押さえつけ、この先するべきことを考えようとしたとき、ふと異変に気が付いた。悠生がぱくぱくとチョコチップメロンパンを食べていない。机につっぷしながら、震えている。

 いや、そこが、それこそが一番おかしいのだ。



 ――その場で転ぶって、それが起きるのは……!



「――明人。僕、いまタイムリープして」



 ゆっくり起き上がった少年が、そう告げた。

 明人は呆然と、目の前の親友を見つめる。

 ありえない現象に思考をいったん停止しかけるも、それ以上にパニックになりつつある友人の変化に気付いた。



「京香が、明人が、木幡さんが……! どうして、あの時、僕は、なんで逃げようって、だから京香が……!」

「ッ、悠生こっちに来い」



 これはマズいと直感的に思った。

 友人の手を無理やり引いて、外へ出た。そのまま別棟の最上階まで昇る。

 同時にもう一人の友人――京香を急ぎで呼び出した。混乱し、頭を抱える悠生をなだめながら数分、京香がやってきた。


「……これはどういうこと?」

「京香、きょーちゃん! 生きてる、生きてるッ……」


 悠生が京香に抱き着いた。

 そのまま、溢れる涙を止められずに嗚咽するほどに泣いた。

 訳も分からず、京香はただ悠生の頭を撫でながら、明人の方を見た。


「ほんとに、どういうこと?」


 どう説明したものか、明人自身でさえも頭を悩ませる。

 額に手を当てて、少しだけ考えてから話す。

 推論だが、状況的には確定だろう。


「いまから言うことは全部真実だ。それだけ念頭において、聞いてくれ」


 一呼吸置いて。


「悠生も、タイムリープしたんだ」



**



 前回の最後――銃撃で全員が倒れたあの瞬間にタイムリープのボタンを押したのは悠生だ。そしていま、悠生は明らかに前回の記憶を引き継いでいる。

 それが意味するところは――


「戻るボタンを押した悠生も記憶を引き継いだ――タイムリープをしたってことね」

「あぁ。あの時は、みんな銃で撃たれて……」


 いまだ京香に抱き着いて無言の悠生に目を向けながら、明人は呟いた。


「悠生のおかげで、俺はここにいる。京香も、木幡も」

「……なかなか信じられない、けど」


 京香は視線をずらして、悠生の様子を見た。

 悠生はぎゅぅと京香の事を強く抱きしめた。それを見て、京香はふぅとため息をついた。


「ホント、みたいね。普通じゃない」

「あぁ。あの小説の戻るボタンを押せば、俺じゃなくて押した人間もタイムリープするってのは初めての発見だったけどな。ともかく、俺はこれから――」


 話そうとして、予鈴が鳴った。

 次の授業まであと五分もない。この別棟から教室まで歩いて戻るなら二分ほどかかる。話している時間はほとんどなかった。

 正直な話をすれば、授業どころの話でもないのだが――



「なにかやるにしろ、私達のことにしろ、メッセージで送って。私は悠生を保健室に送ってくる。適当に口実は作っとくし、そっちの担任には言っといて」

「了解」





 放課後、明人は机に座っていた。

 少人数残った教室内で、チラとだけ視線を送ってくるクラスメイトが数名。

 それを気にせずに、明人達三人は机を囲んで話していた。


「落ち着いたか、悠生」

「うん。ごめん、取り乱して。大丈夫、たぶん」

「その気持ちは俺も分かる」


 向こうの世界で、致命的な失敗を目の当たりにして明人も動けなくなった。

 それでも今ここにいるのは叱咤してくれる人いたから。ガレオがいたからこそ明人は立ち上がれたのだ。


「それで、明人」

「あぁ。今回は木幡がどこで誘拐されるかが第二候補まで含めてわかってる。相手が銃を持ってることも分かってるし、車種も車のナンバーも全て分かってる。警察にチクって、誘拐場所かどこかに銃が隠されていることを確認できれば銃刀法違反かなんかで牢屋にぶち込めるだろ。ただ……」

「前回は全部先回りされてた、ね」

「あいつら、二つ仕込んだ発信機どちらにも気づいてた。それに俺の事を知ってたのか、警察を逆に利用して俺を追い詰めようとしてきた。正直、不気味なことだらけだ」

「正直『相手もタイムリープしてました』っていう線まで警戒した方がいいわね」

「そう。だから、まずは今回の事件の回避方法だけど――」


 明人がそういうのと同時に、どこからか声が聞こえてきた。

 木幡陽波を含む、クラスでも目立つグループの女子たちの声。廊下で楽しく話し込んでいる。正直、こんな寒い時期に良く廊下で話し続けられるなと感心してしまう。

 そんな雑感を隅に追いやり、話を続けようとした時に悠生がそれを遮った。


「――羨ましいよね、彼氏とか」

「陽波の彼氏チョーかっこいい大学生なんでしょ、知り合いとか紹介――」

「私もほしいなぁ」

「そう、だよね」


 廊下の外から聞こえてくる会話。

 この後、グループはどこかへ行ってしまうのか話が聞こえなくなる。

 廊下側に立って盗み聞く形で待機していた悠生が考えこむように俯いた。


「……悠生、どうした?」

「なんか、ちょっとした違和感がね。すごく、凄く大きくなっていく気がして」

「詳しく聞いても?」

「今の会話もそうなんだけど、木幡さんのテンションが前回とすこし、すこしづつずれていってる気がするんだ。それも暗い方向に」

「暗い方に……?」

「明人、僕の知らない初回――最初のループの木幡さんって、かなり明るくなかった?」

「確かにちょっとテンション高かったかも?」


 そこまで仲良くないので、あまり分からないがちょっと浮かれ気味だったようにも思える。


「かっこよくて王子様みたいな大学生の初彼氏との、付き合ってから初のデートだよ? それにしては、あのちょっと暗めなテンションなのがすごく変っていうかさ。そもそも時間遡行してるのに前の時間軸とテンションが変わるのっておかしくない?」

「たしかに」


 悠生は論理よりも感情に寄りそう節がある。

 言い換えれば、人の機微に異常にめざとい。

 その悠生がそういうのであれば、きっと。


「時間遡行の回数次第で、行動が変わる人がいる……?」


 明人は一年間のやり直しの中で、何も変わらない行動を多く見てきた。

 むしろ同じ行動をして別の反応を帰す存在がいなかったと言ってもいい。

 だが、ここに来てそれに当てはまらない存在がいるのだとすれば。


「前のループとは、全く違う展開になる可能性が――」


 明人は考え込むように下を向いたあと、悠生達のほうを見る。


「作戦変更だ。木幡を追う」




**




 ショッピングモールの正面玄関。そこから奥に入ったセンターコート。そこで木幡と男は仲良く雑談していた。

 はたから見れば美男美女のカップルだ。

 男のファッションはいまどきの大学生らしい、ちいさなネックレスに長めに整えられた髪に淡い色のピーコートを着ている。対する木幡はセーラー服の上に同じ色のピーコートを羽織っている。

 明人は少しだけ二人から視線を外して横を見る。

 二人を見張る影は、明人一人だけではなかった。


「ねぇねぇ、なんで黒野君きてるの? もしかしてストーカー?」


 無視しても話しかけてくるのは、瀬尾玲愛(れあ)。陽波の一番の親友ともいえる女、を自称しているクラスメイトだ。制服の上からブルゾンを着て、髪は肩口でゆるくウェーブをかけた茶髪、クラスでもいつも明るい印象――騒がしいともいえる女子だ。


「静かにしてくれ、見失ったら困るんだよ」

「やっぱりストーカーじゃん。って、あれ? なんか雰囲気おかしくない?」


 木幡が何事かを話した後に、頭をペコリと下げている。遠くからでもわかるくらいに、申し訳なさそうに。

 そして外の方へと出ていってしまった。

 男は頭をぽりと掻いて困った顔をしていた。


「なんで!? 陽波もあんなにぞっこんだったのに! おかしくない!?」

「いや、俺に聞かれても」


 そんなやり取りの間にも、木幡はそのまま帰路についた。

 明人は木幡を追う。

 このまま何もなければ、それでいい。しかし、嫌な予感がする。チラと後ろを振り返れば、男が焦った様子で誰かと通話をしていた。


「ちょ、黒野君、陽波を追うの? それほんとにストーカーだよ!」

「ちょっと事情があるんだ、見逃してくれ」

「なら、私もついてくよ。もし陽波に何かあったら大事だからね」


 そういいながら、ドヤ顔でスマホの画面を明人に見せつけた。

 おそらくは鳴らせば位置情報を友人や家族と共有できる類のアプリなのだろう。


「対策は万全、か」

「ふふん、当り前よ!」


 なぜだか自信ありげに胸を張る瀬尾。胸はないが。


「今! 失礼なこと考えたでしょ!」

「知らない。そんなことより追わないと」

「なんで私までストーカーに付き合わされるのよー!」


 なんだかんだ言いながら、瀬尾はついてくるのだった。





「ねぇー 帰ろうよ~」

「ちょっと静かにしてくれ」


 明人と瀬尾は二人静かに木幡を尾行していた。

 静かに、は少し語弊があるか。

 視線の先、木幡は人通りの少ない住宅街をとぼとぼと歩いている。ちょうど例の公園にさしかかるあたりだ。


「でもなんで、デートしなかったんだろ」


 瀬尾は不思議そうに首を傾げる。


「俺が一番聞きたいけど。なんか彼氏がやらかしたとかじゃねーの?」

「いやいや、昨日まで惚気に永遠と付き合わされてたよ」


 その時、後ろから猛スピードで車がやってきた。

 とっさに瀬尾を抱き寄せて避ける。同時にすれ違いざまの猛烈な風が吹き荒れる。


「あっぶねぇ。いや、あの車ッ」

「おぉ…… なんだか黒野君って目立たないタイプだけど」


 瀬尾が何かを言いかけた時、車が視界の向こうで停止した。

 同時に。


「間に合っ、てないわねッ!」

「明人、これ!」


 わき道から出てきた悠生と京香が合流した。二人から手渡されたレジ袋、そこに入っていたものを取り出す。目まぐるしく変化する状況に、瀬尾はついていけなさそうだが、それについてなにか説明をしている場合でもなかった。


「やっぱ、こうなるかッ!」


 明人の視線の先。

 木幡が数人の男に押さえつけられているところだった。彼女がデートをしない選択をしたから、むりやり連れ去ることを選んだのだろう。彼女はそのまま連れ去られそうになって、ふさがれた口で必死に叫んでいた。

 木幡を抱えた何人かの男が、今まさに、車に乗り込もうとして――


「止める」


 明人は一気に飛び出した。それも、普通の人間には出せないような速度で。

 その右手には悠生と京香に頼んで買ってきてもらったカッターが握られている。

 飛び出した明人は、それを真横に振るう。カッターがナイフに認識されるかは賭けだったが、異世界で得た特殊技能――≪スライス≫は発動し、誘拐犯の一人の健を深く切り裂いた。


「がァッ!」


 痛ましい叫びと共に、男はドアの境目で崩れ落ちる。

 男を掴み、車へ入れないように引っ張る。そのまま踏み込み、車内に手を伸ばそうとしたところで、男ごと外へとはじき出された。男を見捨てて、逃走することを選んだのだ。

 視線が交差した瞬間の、スキンヘッドの男の表情は前回のものとは打って変わって、冷徹に明人を見定めるものだった。

 前のような余裕はなく、ただ明人の実力を見定めるような――


「ッ!」


 かなり手馴れているのか、木幡を乗せたワンボックスカーはそのまま走り去ってしまう。いまの役割(ロール)を習得して、身体を無理やり強化した自分なら、或いは車に追いつけるかもしれない。

 しかし、向けられた銃口に対応する方に気を取られた。

 銃口の射線から逃れた次の瞬間には、車は急発進して遠くへと走り去っていた。


「ちょ、え、まっ、く、黒野君、陽波、陽波が! それにどうして伏見君と彼女ちゃんが一緒? なに、これは何が起きて――」

「おい、起きろ!」


 混乱する瀬尾を無視して、気を失った男の頬を強い力で叩く。

 男は数回頬を殴った後、せき込んで目を開いた。


「んだよ、お前」

「木幡陽波、さっきの女子高生をどこに連れて行った」

「教えるわけ、ッァ――!」


 カッターを、切り裂いた健の内側へと伸ばす。


「く、黒野君!」

「少し黙って」


 自分でも信じられないほど、ドスの利いた声が出てしまった。

 瀬尾が息を飲む音が聞こえるが、それどころではない。


「教えろ」

「わ、わかッ!!! 痛ッ、教える教えます! ティンホテルです!」

「港区の廃倉庫じゃなくて?」

「な、なんでそれを……ッ! 違います! 嘘言ってません、お願い刺さないでッ」


 健を少しずつ刺していきながら、男へ再度問う。


「車の中でやられる可能性は? どうして場所が違うんだ?」

「ヒィッッ、『条件』があるので、車の中はありえません! うぐ、ぁッ、港区で捕まえた場合は、そそそ、そこです。ここで捕まえた場合は、て、て、ティンホテルで回す予定でした」


 頭の片隅を、鎖で繋がれた無残な少女の姿が過る。瞬間、カッターを持った手を誰かに抑えられた。

 悠生と京香の手だ。


「――やりすぎ」

「それ以上は、拷問よ」


 それを聞いて大きく息を吸って、吐いた。

 男の『回す』という単語を聞いた瞬間、言い様のない感情が心の中を荒れ狂った。下手をしていれば、男の足ごと切り飛ばしていたところだった。


「ごめん、冷静じゃなかった」


 明人はカッターから手を離すと、スマホでティンホテルを検索した。

 ここからはそう遠くはない。車で行こうとすると遠いが、仮に一直線でいければそう遠くはなかった。


「ふぅ」

「ひぃッ」


 明人はちらと男を一瞥する。男は恐怖したように、息を詰まらせた。


「悠生、京香。ここは頼む。俺は――」

「うん、行ってきて。今の明人なら出来るよ」

「でも、無理だけはしないように」


 明人は振り向くと、足を踏み出す。

 そして目的地――ティンホテルへ向かって走り出した。




***




 明人が車を追いかけて十分後。

 三人は未だに、木幡が誘拐された十字路の近くで待機していた。


「ね、ねぇ! なんなの、二人一体はなにを知って、陽波が誘拐されるのを知ってたの?」


 一人取り残された瀬尾玲愛――部外者は警察への連絡を手伝った後に、二人にそう問いかけた。悠生と京香は顔を合わせてから、答える。


「そうね、確かに知ってたわ。木幡さんの彼氏、いい噂がなかったのよ」

「そうそう。だから、三人で見張ってたんだ」

「そ、んな、バカな。あいつはこれが初は――」


 なにごとかを喋ろうとした、誘拐犯の一人を京香が蹴って黙らせる。

 そして京香が悠生の耳元でささやいた。


「ねぇ、いまの明人の動きは――」

「間違いないね。あれが”異世界”から持ち込んだっていう解決方法だよ」


 タイムリープをした悠生は、実際に超常の現象に巻き込まれているからこそ理解できる。明人のあの動きは常人の動きじゃない。陸上の世界記録だろうと楽々に塗り替えられるほどの速さだった。

 異世界の異能――役割(ロール)、というものなのだろう。


「なにか、まだやれることはありそうだけど」

「そうね。なにもかもが性急すぎて考える時間がなかったけど、見落としてることがないかとか確認を――」


 そう言って京香が考えこむ。

 警察への連絡は済んでいる。

 ティンホテルにも、こちらにも数分もしないうちに警察が到着する。

 もはや決着していると言っても過言ではない状況。


「どうか」


 悠生は無意識にそう呟いた。

 それは、親友に何もないようにと願わずにはいられない、悠生の願いの現れだった。そして、ふと京香が呟いた。



「……待って、『条件』ってどういうこと? 何か、何かがおかしい気がする。失敗、誘拐犯、『教団』、銃弾、人数――人数? そう、そうよ、こんなことの為にこんな人数? そもそも人数がズレてる。何のために、どういう『条件』をクリアしようと…… いや、そうだとしたら――」



 京香の考察を遮るように、スマホの着信が閑静な鳴り響く。それは明人からの通話だった。

 京香はすぐさまスピーカーモードで明人に話しかける。


「そっちは解決したの!? 私気がついたことがあって、それが正しければ明人、今すぐに逃げ」

『悠生! 京香を連れて今すぐそこから逃げろ!!!』

「マズ」


 明人の叫びと、悠生の小さな呟きと、その同時に、パンと。

 乾いた空気を引き裂く音が。




 銃声が、閑静な住宅街に鳴り響いた。



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