Ep.12 『消え去った過去と――』
選ばないこと、それだけが問題だった。
ガレオに背を押された明人はその勢いのままに走り出した。
今度こそ、選ぶために。
そのために明人はフィーナの所縁の場所――例の地下通路へと向かった。
フィーナと木幡陽波、そのどちらを選ぶにしろ、決めるのはフィーナと出会って、そして『彼女の名前』を聞いたあの場所――彼女と三日間を過ごしたあの部屋であるべきだと思ったからだ。
そうして彼女の部屋へとたどり着いて、ふと思い出す。
『再起を果たせし旅人よ、真実を知れ』
それはこの世界に来て一番最初のループで告げられた預言。
死にかけの老婆に視せられた、『預言』の一幕。
何かを見つけた自分自身と、何かを見て決断をした自分自身の姿。
その光景は、その内容は現状の明人に酷く近い気がした。
**
明人は息を切らしながら、雑多な荷物の散乱する部屋へと入る。
かつて占い師の老婆が住んでいた、生活感もない部屋。
床に散乱した置物、或いは遺品。老婆の残した数々の道具を拾い上げては、違うと放っていく。
「あの預言が、今の状況を指しているのなら」
あの預言でみた光景は朧気だ。
だが、何かを――手紙のようなものと円筒形のようなものを預言の中で見た気がする。
明人はそれに近いものを探して、部屋中を漁っていた。
「これじゃない、たぶんこれでもない」
明人が部屋を漁っているうちに、老婆がいつも座っていた椅子の前にいた。
そして、その引き出しをそっと開ける。
そこに青い液体のようなものが入った試験管らしきもの、そして手紙を見つけた。
宛名は日本語で、『いつか来る後輩へ』
「……これ、は」
明人は手紙の中身を読み、そして試験管を取り出した。
蓋を開いて、そして神秘の水盆――セーブポイントの前に立つ。
試験管の中にある青い液体を水盆へと少しずつ入れていき、最後に手を翳す。
これが正解なのだと、明人は直感していた。そこに、おそらく『真実』があるのだと。
「――ッ」
真実を前に、明人は息を飲む。
そうしているうちに、強く光り輝いた水面が明人を一気に飲み込んでいく。
気が付くとそこは――
***
その場所は、どこか見覚えのある石造りの部屋だった。
どこだったかとあたりを見渡して理解する。この場所はフィーナの自室だ。
部屋の中央に老婆が立ち、そしてベッドの脇にフィーナが膝立ちしている。
過去の記憶かと思ったが、よくよく見ればそうではない。
ベッドの中で明人が眠っている。
これは正確には過去ではない。
これは一周目の記憶。
明人がこの世界へ来た最初の世界線、老婆が存命だったときの時間軸だ。
明人が視線をベッドへ移すと、過去の自分自身が苦しそうに呻いていた。
そしてフィーナが、悪夢にでも魘されているような状態の少年の手を優しく握っていた。
それは、前のループで自分がフィーナにしたことのようで。
『……この世界に来たばかりで何もわからない。帰れるかどうかも分からない状況なんだから、不安で仕方ないでしょうね』
慈しむような眼で、労るような瞳でフィーナは目の前の苦しげな少年を見ていた。
それを見て、思い出して、明人は胸のあたりを強く掴む。
──たしかにそうだった。
新しい世界に来て、平気を装いはした。
でも、本心では家族には会えるのか、親友二人の顔を見れるのか、学校の友人達と再会できるのか、不安で不安で仕方なかった。
それを悟らせないための平気だったが、寝てしまえばそんな強がりはあっさりと崩れていたらしい。
『こいつもまだまだガキってことさね。それよりも、フィーナあんた、名前をコイツには伝えてないのかい?』
『――言ってないわ。それは言えないわよ、言ってしまえばこの子は』
『そうさね、名前を言えばフィーナ、あんたの忌まわしい過去は変わる。今のアンタが消失するとしてもね』
「――⁉」
明人は息を飲んだ。
今話している内容は、あまりにも重要な情報を含んでいるから。
この話が嘘やでたらめでなければ、それが意味するところは。
『この子が、過去に帰還する力を持っているなんて』
フィーナは、最初のループの時点で既に知っていたのだ。
明人が時間遡行の能力を持っていることに。
『エリ婆、私はそれでも伝える気はないの。だって私の事件に首を突っ込めばこの子はきっと危険な目に遭う。そんな危ないことはさせられないわ』
そして、フィーナは最初から決めていたのだ。
自分の過去は変えなくていいと。
自分が嫌だからとか、消えたくないとかそういう理由じゃない。
ただ明人の身をを案じて、そう決めていたのだ。
『その過去が今もお前を蝕む悪夢だとしてもかい?』
『えぇ。それでもよ』
今でも思い出す、悪夢であったとしても。
それが覆せる過去であると知ってなお、明人が危険な目に遭うことが無いようにと願って、フィーナは名前を伝えないとを決めていた。
『ただでさえこんなに苦しそうなのに。これ以上に無理なんてさせられないわ』
フィーナは、そう言って明人の手を握り続けていた。
不安でいっぱいの、強がった子供の手を握って。
『――そう、かい』
それを見た老婆も、何かを決意したような声音で頷いた。
そして、何かの模様を空中に描く。
明人はそれを、いつかのループで見たことがあった。
『お前たちが何を選んでも、それを受け入れるつもりだった。それが未来であり、結果という物さね。だけど、お前たちがソレを理由に未来へ至る道を作るというのなら――』
明人は身体を震わせた。
老婆がいないはずの、見えないはずの明人を一瞬見据えた気がしたのだ。
老婆は視線を下げて、フィーナの名を呼んだ。
『お前に、預言を与える』
そうして床が崩れるような感覚と共に、フィーナ達はどこか遠くへ行ってしまい。
その直後には何事も無かったかのように部屋へ戻っていた。
明人は何も見ることが出来なかったが、フィーナは何事かを見てきたようで。
『エリ婆、いまの』
『サービスってやつさね。後はお前が考えるんだよ、フィーナ。お前が望む未来ってやつをね』
『……意地悪な魔女みたいなことはしないで、エリ婆。でも、ありがとう』
『生意気な子だよ、アンタは。あぁ、それともう一つお前にやってもらうことが』
「っ、これは――!」
その場面を最後に、明人は世界から吹き飛ばされるような感覚を憶える。
フィーナの部屋は、もはや懐かしいともいえる老婆の姿は一気に遠ざかっていき、時間は彼方へと――
***
「ッ、ハァッ、ハァッ」
明人は息を荒げながら地面に座り込んだ。
今の光景は、あまりにも多くの情報が雑多に詰め込まれた記憶だった。
だがその中でも一等に重要な情報は。
私の、私の『前世』の名前は――『木幡陽波』!!!
一番最初の時間軸。
不可思議なタイミングで自身の名を明かしたフィーナ。
それにはちゃんと理由があったのだ。
そして。
「フィーナは、最後に名前を伝えた」
その事実こそが重要なのだ。
それが今回の事件に明人が関わることになった最大の要因であり。
主転使と関わることになった原因であり。
そして、明人が今ここに居る理由だ。
「そう、それこそだ」
――最初、フィーナは本当の名前を俺に告げるつもりはなかった。言ってしまえば、俺がフィーナの事件に首を突っ込むことが分かっていたから。それがあまりに危険なことだと分かっていたんだ。
たとえ十数年経っても魘される悪夢となる、忌々しい記憶だとしても。それを俺が覆す可能性を知っていても。
子どもを危険に巻き込むことがないようにと、それを伝えなかった。
だがフィーナは迷いに迷った末、最終的には名前を明かした。その理由はきっと、エリアールに見せられた預言にフィーナの意見を変える『何か』があったからだ。
そして、いま重要なのはその『何か』じゃない。
重要なのはフィーナが名前を明かしたという事実、そのものだ。
フィーナは、俺が過去を変えることを容認したんだ。フィーナ自身が消えるとしても、俺が事件に巻き込まれることを知っていたとしても。
だからこそ、最初のループでの最後の最期に、フィーナは俺に名前を明かした。
そこに、フィーナが納得できる未来があったからこそ。
フィーナは初めから、既に選んでいたのだ。
であれば、俺が、いまからやるべきことはきっと。
「覚悟決めて」
頬をパンと叩く。
未来の方針は決まった。
もうすでに、自分が進むべき道は定まった。
「行こう」
明人は老婆の部屋を飛び出した。
目指すはこの街の行政を司る施設――【中央】だ。
**
明人は道端で胃の中全部吐き出した後、中央へと急いで走っていた。初めて飲んだ酒の影響か足元がおぼつかないが、急ぎ足で歩く。
中央を目指す理由は極めてシンプル。
この世界の異能、役割を地球側に持ち出すため。
できるかどうかも検証してないが、木幡陽波を助けると決めた以上できることはすべてやるべきだ。
――主転使の襲撃の可能性がある以上、長居はできないけど。
――役割の詳細すらしらない状態だが、いまはこれもある。
明人は自らの来ている服を見る。
なんの変哲もない学ランだ。
だが、それこそが意味のあるアイテムとなる。
「ついた」
中央に辿り着いた明人は、急ぎ中へと入る。
周りの人間は、みなが首輪をつけて水晶や鏡の前に立っていた。明人がその後ろに並ぶと、全員が譲るように道を開けた。
この世界で明人は『原生種』にしか見えないのだろう。
批判するようなまなざしで見る者、怪訝なまなざしで見る者がおり、あるいは一人だけ驚愕のまなざしで見る者がいた。
――この人なら。
明人はその中の、驚愕の眼差しで見る男へと近づいた。
「なぁ。いらない武器とか譲ってくれないか?」
まさか話かけられると思わなかったのか、男は一瞬どもったあと、何とか口を開いた。
「あるが、それより君はなんなんだ? 『原生種』? にしては、服装が、いや違う、君は……!」
「事情があって、ちょっと強くならなくちゃいけないんだよ」
「なんでそんなこと、『原生種』が強くなりたいっていうなら」
明人は声のトーンを落として男に話した。
「この服みて察することないか? 俺は『原生種』じゃねぇ。『転生種』でもねぇんだ」
怪訝な目で明人達を見守る『転生種』達。
その中で一人だけ『学ラン』を着た高校生である明人を見て驚くのならば、彼の出身は恐らく。
「日本から、ってことか? え、マジでいってる?」
「事情は後で話す、ここだとアレだしな。それで、武器が欲しかったり手伝ってほしかったりするんだけど、その辺は」
「え、えっと武器ならとりあえず、この魔素の吸着と解放ができるナイフとか」
「助かる!」
──頑丈で重たい無骨なナイフだ。魔素うんぬんはよくわからないが、そこそこいいナイフなのだろう。これさえあれば、戦うことはできる。
明人はそのままロールストーンへ走り出す。触れると、頭の中にいくつかの選択肢が浮かんだ。それは以前見たものと変わらず、そして目当てのものもあった。
「これなら」
貰った武器を使えそうな”役割”を選ぶ。頭の中で自分の声ではない、不可思議な声が響いた。
『Role:【短剣使い】』
不思議な声が消えたあと、明人は自分の中に何かが芽生えた気がした。
これが、役割を得るという感覚なのだろう。
「少し、手伝ってくれるか?」
「え、えぇ」
明人は口が開きっぱなしの、『転生種』を引き連れて北へと走り出した。
*
時間遡行まわりの事情は隠したうえで、協力してくれる『転生種』に多くのことを話した。聞けば、やはり転生前は日本人だったという。学ランという学生服を来た東洋風の少年に驚愕するのだから、明人の予想は間違えていなかったということだ。
協力してくれるかどうかまでは賭けだったが、どうやらこの様子だと手伝ってくれそうだ。
「この世界に来たばかりというのも、すごいというかなんというか」
「むしろ転移したばっかだから何も分からなくて本当に困ってるよ」
男は興味津々で明人に話を振ってくる。
或いは、久々に出会った同郷だからこそ、話がしたくてたまらないのだろうか。
「昔ハマったラノベやらではいろいろと読み漁ったものですけど、まさか本当に『転移』してくる人がいるなんてやっぱり驚きですよ! 異世界転移なんて、一度は夢見るような話ですけど」
「現実に起きると勘弁してほしいことでしかないだろ」
「ハハ、それも確かにそうだ! 僕も転生した時はこの世界に期待したものですが、裏切られて地獄に落っこちた気分でしたよ。どうですか、この世界?」
「聞いた限りだとかなり地獄だな」
「同感です。この世界はクソだ。差別と偏見と悪意に満ち溢れている。でも、こんな世界で同郷の、しかも転移してきた人と出会えたんだ。きっとこれもなにかの導き。強くなりたいのならお手伝いしますよ。パーティの組み方、わかります? 脳内でパテリアといって、パーティ組む人と親指を合わせるんです、そうすればできますよ」
明人は心の中でパテリアと言ったあと、男と親指を合わせた。
すると、男の名前とロール情報が頭の中に流れ込んでくる。
『リオウ Role:炎導王』
なんというか、ロールの名前からして強そうだ。
「なんというか、強そうな役割だな」
「フフ、きっと強いのでご安心を。明人さん、でしたっけ。役割とかそのあたりの事情ってどこまで知ってますか?」
「正直何も知らないんだ。どうすれば強くなるとかも分かってなくて」
「それでしたら、一番手っ取り早いパワーレベリングでもしましょうか」
「ぱわーれべりんぐ……?」
「内容はやってみれば分かりますよ。制限時間とかはありますか?」
「時間は、そうだな。今日の昼、12時までにはロールストーンの前に居たい」
「わかりました。初期ロールの一つ目であれば、いまから頑張ればカンストまで鍛えることはできるでしょう。狩場は、ノスリウ森林もいいですが、あそこの最深部は会話阻害の霧が…… 西のダンジョンとかどうですか?」
「そこは任せる。強くなれるのであれば、どこでもいいからな」
明人は頷く。
強くなるのに効率的な場所があるなら、それは願ったり叶ったりだ。
「では西のダンジョンで。早速レッツゴーですね!」
そういうと、男は明人を抱き上げた。いわゆるお姫様だっこのような姿勢。
リオウはそのまま膝を曲げて、ジャンプ前のような姿勢になる。
「ちょ、なにす」
「黙っててください! 舌噛んで死にますよ!」
「バッ、それだけは死んでもごめんだ!」
洒落なのだろうが、明人としてはまったく洒落になってない。漢服にコート姿の男のニヤけ笑いが脳裏で蘇るのを頭を振って消した。
「行きましょう! 『炎足』!」
途端にリオウの足から炎が噴き出した。
ぶあっと、寒空の下で汗でも噴き出そうな熱気が明人を襲う。
「あッち!」
「我慢ですよ!」
さらに噴き出した炎が、わずかに明人とリオウを宙へと浮かせる。
そして、リオウが宙を蹴った。
「うあああああああああああああ!」
「ははははははッ!」
明人が叫び、リオウが笑う。
二人は、空を飛んだ。
***
◆??/?? 12:10『中央』一階・ロール関連施設前
時刻は12時10分。半日以上──夜中も眠らず集中を切らさない状況が続いたため酷い眠気に襲われているが、明人はなんとかロールストーンに触れた。すると、頭の中になにかの情報が入りこんでくる。
それはあたかも、記号の羅列のようだった。
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Role:短剣使い
≪スライス≫
≪投擲≫
≪ナイフ・ダンス≫
≪転回避≫
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無理やりの役割強化の末、増えた特殊技能の使い方も言語化しないままに内容が頭に流れ込んでくる。それらを頭に刻み込みながら、狩りの疲れと徹夜の疲れで、意識がどんどんと暗闇に落ちていく。
そして抗うこともできず、明人は目を閉じて眠りにつき――その右手のスマホには、ノイズの奔る『WORLD BEYOND』が映されていた。
明日/三話投稿予定




